65.魔女の集会と新しい物語
先ほどのことがなかったかのように、二人して本に没頭していると、昼の三の鐘が鳴った。
本を汚すわけにいかないので、一度本棚に戻し、テーブルに露店で買ってきたものを広げる。
「魔女って今まで会ったことがなかったんだけど、その召集があれば必ず会えるの?」
「はい。世界に魔女は八人しかおりません。各地に散らばっているので通常時はほとんど会わないのです。そして召集はよっぽど何か急ぎの用事がない限りは強制です」
面倒だなと思う反面、魔女の様子をもう少し知りたいとも思う。
「そのうちカナンも呼び出しがかかるでしょう。使い魔を通じて集合するよう言われ、花も何人かともない訪れます。行く先などもすべて使い魔が知っているので任せれば問題はありません。そこで少し話をする程度ですね」
「何のために招集されるの?」
意味があるようには思えない。
「……私からお話ししていい内容か判断がつきません」
「ええ……まあいいや。魔女の集会がいつかあるってことね。迷宮に潜っているときに呼ばれたら嫌だな」
「十日ほど前から呼びかけがあるので大丈夫だとは思いますよ」
それなら平気か。願わくば街に滞在しているときにしてほしい。
魔女が招集される……集会だ。魔女の集会といえばサバト。ヴァルプルギスの夜だ。どこかドイツの山で行われる。
「場所は? 場所も内緒? いつも違うの?」
「場所は、……それも楽しみにしておいてください。同じ場所に呼ばれます」
言っていいものか悩むラインのようだ。そこは無理強いする気はないので了承しておいた。
「ロアーナともう一人がクロウを取り合ってるんでしょう? 連れて行くのはやめた方がいいよね。うーん、どのくらいかかるんだろう。一人で置いていって大丈夫かな」
私の言葉にトゥルランが笑う。
「彼は大人でしょう。貴方を一人放置してどこかに行くよりはずっと安全のはずですが」
「半月以上滞在しているようなところなら心配ないし、宿もきちんとあるならご飯も大丈夫だろうけど、あのね、一度記憶をなくすってほんっっとに大変なんだよ。未だに料理は一切ダメ。手順なんかが覚えられないって。冒険者だから露店で済ますのがほとんどだけどさ、服を着るのだって一からだよ。大きな赤ちゃんなんだから。それでも生活の中で繰り返しやってきて、身についた。ヴァンが獲物を捌いたりするのをやっていなくて本当によかった。薬に関しては未だに覚えられないから、今は私が違う名前をつけて指示してるんだよ」
トゥルランがすっと真顔になる。
それはいつかくる未来のロアーナの姿だ。
「ヴァン様が記憶を燃やし尽くしたのは、黒の魔物と対峙したときですか?」
「黒の魔物?」
「時折現れる、冒険者では刃が立たぬ恐ろしい魔物です。真っ黒で紫の炎を宿したような目を持ち、火を吐く」
途端に記憶が呼び起こされ、私は身震いをした。
「トゥルランも見たことあるんだ……」
「ええ、何度も。あれは魔女様でないと倒せない。魔女様たちは黒の魔物と呼んでいます。あれが出ると、我々の記憶がごっそりなくなる。花を山ほど抱えているロアーナ様でさえ、何人か記憶を燃やし尽くし名を燃やす花が出るほどです」
煙に喉を痛め、炎に肌がさらされたあの夜。
ヴァンとミーアの名を燃やしてようやく退治できた魔物。
「あれには一番近くにいる魔女様があたることとなっています」
「知らせがくるの?」
「知らせなど、必要ないと。現れれば魔女様にはわかるそうですよ」
「そんなの、わかりたくないな」
あの魔物、黒の魔物にはもう出遭いたくない。
「何年かに一度あるかないか、そんなものです。それでも確実に出遭うので、あなたも備えてください」
備え、か。そのとき、記憶にするための菓子をノートに羅列しておくくらいか。いや、燃やしてすぐ使うのだ。ヒジキが味わう時間を考えるのなら、もっと違うものにしよう。たべものじゃない、シリーズもの……本は燃やしたらダメな気がする。私の記憶でなく、知識を燃やしてしまう。食べ物以外のシリーズは案外難しい。キャラクターものか。
そうか、可愛いキャラクターの鉛筆やペンケースなんかはいいのかもしれない。
今度いくつかピックアップしておこうと決めた。
昼食を終え、机を片付け再び読書だ。私の本の読み方は、興味があればじっくり読む。なければ写真で写し取るように、ページをぱっと見るだけだ。
「算術は興味がないのですね」
「興味がないというか、日常生活に必要ないものでしょう」
治水に関しての読み物だ。領主も手当たり次第本を集めるというよりは、領地の役に立つものを優先しているようだった。治水や土地に根付く作物など、そういった本も多くある。
「物語の方がまだ楽しいってのはその通りだね。そうだ、常に新しいお話を書かせて、その作者と魔女二人だけのものにしたらいいんじゃない?」
私の提案にトゥルランは目をまん丸にして、やがて真剣に考えだした。
「文字にした方がいいと思うけどね。文字にして、紙に書いて、ロアーナに渡す。で、その紙は燃やしてもらうの」
「話自体は短くて構わないのか……」
「そうだね。むしろ短い小話みたいなほうが、燃やしても影響はないんじゃない?」
「それがどの程度の規模の燃料となるかはわかりませんが、試す価値ありですね」
そういってトゥルランは今まで見せたことのないような笑顔を私に向けた。
本当に、彼はロアーナのことが好きなのだ。
「ロアーナ様に提案してみます。いや、ふむ……むしろ続くような話の方がいいかもしれない。そうだな」
にんまりと笑うトゥルランがちょっと気味が悪い。
「よい提案です。報酬としてこのミハナダで売っているものなら、買って差し上げます」
「随分と気前がいいね」
「先の気になる話を準備できれば、私が伽の相手として呼ばれる率が高まります」
「はあ!?」
思わず声に出て、そして頭痛がした。
ああ、そうか。シェラザードか。千夜一夜物語だ。まああれは世界中に記憶として羽ばたいたわけだが、それをトゥルランはやろうというのだ。
「失礼。子どもには少し早い話でしたね」
「いや……クロウを寄越せというからには予想はしてたけど、やっぱりなんというか、うん」
そして気づいた。
「世界各地に八十人の花がいるって言ってたよね」
「ええ」
「今ロアーナの周りに残ってるのって、あの屋敷にいた人たちか」
「そうですね」
やたらと顔のいい男が揃っているなとは思ったのだ。
「痴女にクロウはやらん」
「ロアーナ様に失礼な口は聞かないでいただきたいですね」
拡張鞄から紙とインクを取り出して、トゥルランは嬉々と書き付け始める。
溢れているのは創作意欲なのか、三大欲求の一つなのか、クロウが迎えにくるまでトゥルランの手は止まることがなかった。
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次は来週の水曜日です。
二人だけの物語はどれくらいの炎を宿すのか。




