63.トゥルランと図書館へ
普段、図書館では一人だ。たまにあの神官が現れる。そして私に何か面白い本はあったかと聞くのだ。
しかし今日は珍しい人物がついてきた。宿屋から出たところで現れたトゥルランだ。
「おはよう」
私の挨拶には応えずクロウと私を見比べている。
「今日の予定は?」
「私は図書館、クロウは街の外を出た少し先で狩りだって」
身体を動かしがてら、コルハンから聞いた肉を捕りに行くそうだ。
「では私も図書館へ参りましょう」
「読書?」
「何冊か新しいものが入っていると言われていたので」
トゥルランの記憶を増やすために、なんとも涙ぐましい努力だ。
本は一冊一冊が高い。それを息子の記憶の延命のために増やしているのだ。
「それでも、神殿までは送ろう」
「そうですね、その方がいいでしょう」
子どもが攫われるという話が脳裏をよぎる。
クロウはトゥルランが苦手だ。
以前会ったことがあるらしく、顔を認識できないのだ。もちろん、クロウのために名前を変えるなんてことはしてくれるはずがない。
表情が分からない相手と話すのは大変消耗するという。
「迎えに来るまで待っているように」
「はあい」
飲食禁止とは言われていないのでお昼も買ってきている。拡張鞄で持ち込みだ。トゥルランの分も入っていた。その代わり、金はトゥルランに払わせた。一食分浮いた。
「海石の髪飾りですね。すっかり装いはミハナダだ」
「可愛いね、これ。赤いのは高いって言ってた」
「海石の赤は発色がよく、また魔女ジェイダの瞳の色なので好まれるためですね」
「ああ、そういうことか」
珊瑚みたいに特別なものかと思っていたのだが、違ったようだ。
一つの棚は制覇して、今はまた別の棚に手をつけている。歴史の方が楽しいが、そればかりでもなと、結局棚ごとに読み進めることになっていた。ただ、なるべく古い本を選ぶ。
「それだけ古い文字もすらすら読めるのは、羨ましいですね」
「わからないのがあったら教えてあげるよ」
魔女の特典なのだから、トゥルランが勉強不足だというわけではない。私は古い文字だと認識してそれらを読んでいた。それでも読みにくいと感じたことはない。
「他の花たちにも知識を増やせと図書館に入る許可は与えているのですが、なかなかじっと座って読み続けるのは難しいようです。ヴァン様から交代した年月を考えても、貴方の外見と実年齢はそう変わらないようですから、たいしたものです」
実際はこちらに来てからの年数を足せば、中身三十オーバーなのだ。彼の認識が間違っている。
「でもさ、希少な記憶ほどよく燃えるでしょう? 花同士わけるとそれだけ炎の威力が少なくならない?」
「それは本当に希少なものだけです。この本に関して言えば、写本した者は知っているし、著者が生きていればもちろん知っている。本は作った経緯にもよりますが、だいたいが最低十は複製されます。さらにそこからいくつも。手記のようなものは希少な記憶となりますが、こういったミハナダの歴史などは領主一族は一度は目を通しますし、花が一人二人読んだところで、もう希少性は変わらないのです」
やはり、私だけが知っているこの記憶の希少性はとてつもないもののようだ。
「ロアーナの花って結局何人いるの?」
「そうですね……お側にお仕えしている者は現在二十名ほどです。ミハナダに今回一緒に来ているのは八名ですね。祭が終わり次第、帰りますが。他に八十名ほど世界各地で知識を集めております」
「はあ!?」
私が思わず大声をあげると、トゥルランは小さく笑った。
「ロアーナ様は、我々の記憶を少しずつまんべんなく使うのです。なるべく花が燃え尽きぬように」
「想像していたのと規模が違った……」
「花の記憶はどこにいても繋がっていて取りだし、燃やせますから、他国の迷宮に潜っている者もいるそうです」
花を持てというのはここまでやれということか。
「ヴァン様にも、以前かなり勧めておいででしたね。花を持たない魔女はどうしても散るのが早いので」
「反対にロアーナの花の数を聞いて引いたんじゃない?」
「さあ、ヴァン様はいつも無表情で対応しておられましたからね。他のランタンの魔女様とも一線を引いて接しておられました」
「他の魔女とも会ったことがあるんだ」
「使い魔から聞いておりませんか? 不定期でランタンの魔女が集まることがあるのですよ。私もそちらで他の魔女様たちと対面いたしました」
トゥルランは魔女に対しては敬語になる。
「他の魔女ってどんな感じなの?」
「そうですね、現在の魔女様はみな女性になります。皆様長く生きている分、かなり個性的な方が多いですね」
「我が強そう……」
「ええ。魔女様も元は人です。記憶を失うことが怖い。そうならないよう色々画策しながら、新しい記憶を求める。それがランタンの魔女です。ヴァン様は……まあ大人気でしたね」
「顔か……」
ロアーナがあれだけ言うのだ。
「魔女様は、基本欲しいものは手に入れる。ですが、ヴァン様は魔女様の誘いにはのりませんでしたから」
つまりそういうことだ。ロアーナは断られ続けている。
「特にロアーナ様ともうひとかたが争ってらっしゃいましたので、顔を合わせる際はお気をつけて」
「巻き込まないで欲しいけど、クロウを寄越せって言われたらお断りだね。ねえ、クロウってどんな魔女だったの?」
私の質問にトゥルランは首を傾げる。
「他の魔女様とはあまり関わりを持とうとはしなかったので。また、魔女様もヴァン様に強要することはできなかった。お互い力尽くでとなれば記憶の消耗になるのがわかっていましたから」
「そっかあ」
「結局、ヴァン様は十年もちませんでしたし、やはり花は必要不可欠かと」
「十年もたなかったんだ……」
「聞いてはいないのですね」
「私、子どもだったもん。どうやってヴァンと会ったかも覚えてない」
「今も十分子どもですが」
中身は大人なのだ。これが。
「なんであの街にいたのかもわからないんだよね」
そのあたりの記憶はごっそり失われている。というか、たぶん小さくてわかっていなかった。
「たぶんずっと前は別のところだったと思うんだけど、育ててくれたじーちゃんばーちゃんが私を置いて出掛けて亡くなって、それ以来ヴァンが育ててくれてたから」
「花にするつもりではなかったんですね」
と、心底不思議そうな顔をするので、その感覚は分かりたくないなと思った。
「魔女様のいる街に向かう理由はいくつかあります。大きな災害があったとき助かる確率が高い。魔女様がいるというだけで人が集まり商いが活発になる。もう一つ、魔女様と記憶の共有をして消したい記憶を燃やすため」
「記憶を燃やすため?」
「魔女様に記憶を集めることは推奨されています。そうすれば魔女様は助けてくれますから。そうやって魔女様を訪れる知識人は多い。まあ、衣食住狙いの食客もいますがね。そんな中、たまに忘れたい記憶を持ってくるものがいます。深く愛した妻を亡くした夫とか、魔物に襲われた恐怖で眠れなくなった者なのど。本当に色々です。特別な陣を書き、それで魔女様とその記憶を共有するのです。燃やしてしまえば、その者の頭から消える。かなり最終的な手段となります。魔女様がランタンに二人分の記憶を送り、燃やすようなものだとおっしゃっていらっしゃいました」
「へえ……面白いね」
「使い魔に聞けば、陣は教えてくれるでしょう」
「あとで聞いてみるよ」
すっかり話し込んでしまい、人の気配に気づいたときには扉が開かれていた。
そこには、黒髪に茶色の瞳を持つ、ミハナダ伯爵より少し年若い男が立っていた。衣服は暑いミハナダでも涼しく過ごせる薄手のもの。ただしその一つ一つがかなりよい生地で作られている。
表情は険しい。
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来週からはまた週2に戻ります。




