60.ロアーナの呼び出し
軽く潜って数日休みを繰り返す。二人で入るのは三階までだ。そのあたりならお互い怪我も疲弊もすることなく、余裕でプラスになる。墨はウィラントの牙が素材としていいけれど、二階にもそれなりの骨の材料があった。
三階までで、この迷宮は十分暮らしていける。
休みの間に図書館に通う。神に関する書物はいくらでもあった。そのうち建物に関しての本にも興味を持って読みふけっている。朝ご飯を露店で買って歩きながら食べて図書館まで送ってもらう。昼前に迎えに来たクロウと店を見ながらまた買い食いだ。私は午後からも図書館に籠もって、クロウは街の外に狩りに出る。街周辺にはそれほど強い魔物はおらず、肉になる魔物を狩って酒場へ持ち込むのだ。
その前に私を迎えにくるのだが、捕った獲物を素手で持ち込もうとしたらさすがに怒られたそうだ。
「お供えはするのにね」
「まあ、ちょっと新鮮すぎたかな」
血抜きはしたが完全に抜けきる前に時間が迫り、そのまま街へ入ってきたそうだ。入り口で神官に怒られ、神官が図書館にカナンを呼びに来た。
「ほら、クロウが提供してくれたトリの丸焼きだ」
トリ型の魔物で、焼くと肉汁が溢れてとても旨い。この近くで採れる香辛料で香りをつけてあった。酒場の店主が上手に調理してくれた。
「肉っ! いただきます」
「カナンは細っこいのによく食べるな」
「成長期だからね」
最初に訪れた酒場へ行くと、だいたいコルハンたちがいて、いつものメンバーで食事をすることになるのだ。先日の牙で大もうけしたので長期休みをとっているらしい。
「たまにはな、ゆっくりだらつきたいんだよ」
とはモトラ。今日は薄着で街中で過ごしていたのか、上半身裸だ。このあたりの男たちはそれを恥ずかしいとは思わず、むしろ男らしさの演出と思っているらしい。
女性もそんな男たちに寄っていく。
「俺は軽い仕事を受けていたな」
斥候のアザールが言うと、テマクもうなずく。
「家族の仕事を手伝っていた」
「俺は寝てた。ひたすらな。金も使わんし、一番いい。もう少ししたら拡張鞄を買えるだけの金が貯まるから、クロウ、カナン、もうひと儲けさせてくれ」
つまり、ウィラントの牙狩りに行こうというお誘いだ。
拡張鞄は高い。世話にもなっているし協力して自分たちも金を得ることができるのは悪くない。
この街を出るときにはまた紙と墨をたくさん買い込むし、道中の路銀の心配が減る。
「そうだな、もう一度くらいは行きたい。カナンの墨の材料を補充しておきたい。あれはいい素材だったんだろう?」
私に向かって尋ねるクロウに、元気よく返事をする。
「あれはよかった。この間手持ちの牙を追加で全部預けて明日受け取る。壺三つくらいにはなるって言われてるけど、もう四つくらいあってもいい」
私たちの色よい返事にコルハンたちも笑顔になった。
「明日受け取ってから入ってもいいよ!」
「いや、明後日は満月だ。迷宮の扉が閉鎖される。何かあったときに出られないのは困るだろう」
冒険者ギルドにはまったく顔を出していなかったので知らなかった。
確かに出入りできないのは不安だ。
「扉が開いてから行こう。三日後くらいはどうだ?」
「問題ない」
それまではもう少し図書館に通うとしよう。
「潜って出てきて、もうひと潜りできるかってところだな。祭が始まっちまう」
「祭中は迷宮に入れないの?」
「いや、そういったわけじゃないが、祭だからなあ」
とコルハンが仲間を見ると、彼らもにやりと笑う。
「祭には各地から商隊がやってきて、普段見られない品物や食事が並ぶんだ。もう出始めているところも多い」
「見世物も面白い。奴らも儲け時だと必死だからな、こっちもそれに応えてやらにゃあ。いろいろあるんだ」
「いいものがたくさん見れるんだよ。そう、いろいろと」
ところどころ言葉を選んで言っているのを察するに、子どもで女の私の前で話すのはあまりよろしくないものが出回るのだろう。
「拡張鞄がまた先延ばしになるんじゃないの?」
「だからな、今度しっかりウィラントの牙をとってこよう。クロウの腕もよくわかったしな。前回よりもう少し多めに行けるだろう」
チラリと私の腰にある茶色の鞄に視線を向けてきた。
「拡張鞄の空きはどれくらいなんだ?」
「使用料とるよ?」
「それでもいいくらいだ、なあ」
おう、という仲間の返事にコルハンは笑顔になった。
ちゃっかりした大人たちだ。
「ロアーナ様がお呼びだ」
翌朝、惰眠をむさぼっていると再びトゥルランが人の部屋に勝手に入ってきた。すぐ後ろからクロウが彼の首根っこを掴もうと迫っている。
「魔女ってこんな早起きなの!?」
ミハナダは日が昇るのが早い。それでもやっと薄ら夜が明けてきたところだった。
「就寝前に君たちと話をしておきたいとのことだ」
「昼夜逆転かあ……」
高級宿を手配してもらっていて、逆らうことなど許されない。仕方なく身支度を調えて、眠い目をこすりながらトゥルランの後をついていく。とはいえ、宿は屋敷のすぐそばだ。台座の上でマッサージされているロアーナの元に辿り着くと、彼女は満足そうに微笑んだ。
「ご苦労」
「ご苦労だと思うならもう少しマシな時間にしてほしい」
「ご苦労」
二度目はにっこり笑って言う。嫌がらせなのだろうな。
「で、何? 寝直したいから早く用件を」
彼女は手を振りマッサージをやめさせると身を起こす。私は別になんとも思わないが、一糸まとわぬ姿で何をしているんだこの痴女は。
あれか、それでクロウを誘惑しているつもりか?
クロウを見上げると完全なる無だった。というか、彼に彼女の顔は認識できないのだ。つまり、顔がぼんやりとした裸体がある。
……マネキンか。
「見苦しいから早く服着なよ」
「成熟した女性の美しさがわからないの?」
「どうせランタンでいじってんでしょ? 整形者の末路教えてやろうか」
と思わず前世の記憶が押し寄せてきた。
ロアーナは眉をひそめている。まずいまずい。
「この程度かなで止めておきなよ。そういうの無限だから。完璧に自分が望む姿なんてこの世にはないんだよ。あと、クロウにあんたの顔は認識できないって知ってるでしょ? 顔が分からない裸体なんて怖いに決まってるじゃん」
私の言葉にハッとして、ムッとして。表情豊かな魔女は、トゥルランからバスローブのようなものをひったくって羽織った。そばの椅子に座ると差し出された水煙草を吹かす。甘ったるい匂いが広がる。
「あんた本当に外見通りの年なの? やたらと大人ぶって」
「冒険者やってりゃ耳や目から入ってくることも多いんだよ。それで、どんな用事ですか? ロアーナ様」
私が嫌みったらしく言ってやると、ロアーナはにやりと笑った。
「あなたたち、満月が終わったあと迷宮に潜るんでしょう? 私も行くわ」
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全裸のマネキンが動いてるのは怖いと思うのです。




