59.ミハナダの髪飾り
突然の気持ちの落ちように、我ながら動揺する。
クロウも初めは気を引こうと話しかけてきたが、私があまりにだんまりで上の空で諦めていた。はぐれないようと私の手を引いて先を行くようになった。
街に着いたころよりさらに花が飾られている。言われてみれば地元民はもちろん、冒険者も花を身につけて歩いている。花を持っていない方が珍しいくらいだ。
恋人同士だろう男女が同じ花を同じように胸に飾っているのを見て、また胃のあたりがぎゅっとなる。
「カナン? もう宿に帰るか? それとも図書館に行くか?」
クロウが道の端に導き、私の顔を覗き込むようにして質問する。
反射的に首を振る。
「場所の下見はして行こう」
どうせ暇だし、こんなもやもやした気分では図書館に行っても集中できないだろう。
魚の匂いがキツいなか、私はクロウに手を引かれ歩いていった。
桟橋は考えていたようなものでなく、木と石で作られた立派なものだった。これなら人が多く行き交っても問題ないだろう。幅も最低五人は並べるくらいあり、多少押されても海に落ちるようなことはなさそうだ。
まあ落ちたとて、すぐ助けられるだろう。桟橋に立てられた柱からは何本も縄が結ばれ海に沈んでいた。
「花が届いたら身につけないといけないな」
「クロウは耳元に差したらいいよ」
スミレのようなメーネェクの花は、クロウによく似合うだろう。
「カナンこそ、束にしたものを髪に飾ったらいい」
「もう少し髪の毛が伸びていたら、上手くさせたかもしれないけど、ちょっと難しいかなあ」
男の子のフリをしなくてよくなり、私は少しずつ髪を伸ばしはじめた。今までショートヘアで、襟足を少しでも短くしていた。男の子に見えるようにだ。
そのせいできれいに伸ばすのが難しくて、伸びては少し切ってを繰り返している。やっと髪の下側が揃ってきたところだった。
切るのはクロウがやってくれた。
手先がとても器用なのだ。
「なら、今の髪にもつけられるような髪飾りでも探しに行くか?」
「え、髪飾り?」
「ほら、この街の女性がよくしているじゃないか」
ミハナダの女性は髪の毛の長さは好きなようにしている。長い髪をきれいに結っている人もいれば、短く切っている人もいる。
市民は黒髪がほとんどなので、髪飾りをして個性を出すことが多いようだ。ガラスのようなものを使った髪飾りが多い。
「お金がもったいないよ。つけてて落としたら嫌だし」
「迷宮に入るときはとっておけばいいだろう。暇つぶしだ見に行こう」
言われてみると、髪飾りをしていない女性の方が少ないように思える。露店で菓子を買ったついでに髪飾りのことを聞くと、私たちでも手が届くだろう店を色々と教えてくれた。
普段使いの、安いものは店頭に並んでいることが多い。目をやると男女が楽しそうにそれを見ている。
「いらっしゃい。お嬢さんへプレゼントか?」
「ああ。少し見せてもらうよ」
「どうぞごゆっくり」
店主はそう言いながらゆっくりさせてくれない。片っ端から説明を始めるのだ。
「二人ともミハナダの人間じゃないね。ミハナダの髪飾りは初めてか。このあたりの石は迷宮産の宝石じゃない。ミハナダの海の底でとれる、石を磨いたものなんだよ。この石磨きが子どものいい小遣いでね。ミハナダに住む小さい子どもはみんなこぞってこの石磨きをするもんだ。たまにお宝が紛れている。きれいな赤い色に発色すると良い値で買い取ることになる。そういったのはほら、店の中にある髪飾りに使われる。とはいえ、この石を磨いたものだってきれいだろう?」
濁った青や緑、オレンジなんかの石が米粒くらいの大きさで並んでいる。それが木の櫛のようなものにつけられているのだ。
シーグラスを思い出した。
「お嬢さんはつるつるした髪だから、櫛よりも髪留めの方がいいだろうな。少しだけほら、耳のあたりをすくって、この紐で縛ってそこに留めるんだ。ああ、器用だな兄さん。そう、ほら。青も似合うね」
青い石が五つほど連なった髪留めを、クロウがつけてくれた。
「いいじゃないか。色は? 好きな色があればそれにしたらいい。花もそこに差せばいいさ。……そういやあんたら、花をまだ準備していないのか。うちでも売ってるが」
「いや、加工に出しているからもう少ししたら手に入るよ」
「そうさな。うちにある花は街で暮らすやつら用だ。冒険者はそれなりのものを用意しないとな。何にしたんだい?」
「メーネェクの花」
私が応えると店主は目をむいた。
「はは、そりゃ恐れ入った。それなら店の中のものを買う金だってあるだろう。見ていかないか?」
店主の反応を見るに、宿屋の主たちが言っていたことは間違いないのだろう。花の種類で見る目が変わるのだ。
「店の中のものも見てみようか」
「いいよ、この青いのがいい」
青というより水色のこの石が気に入った。
クロウが金を払い、そのままつけて移動する。
「ありがとう」
「いや、よく似合っているよ」
そう言って頭をぽんとおさえられた。
他の店も覗いたが、結局これ一つだけ買って宿に帰った。
布団にくるまって、ぼーっとしているとにゃあんと鳴き声がする。
ヒジキが鼻先を私の頬に寄せてきた。
『何が気に入らなかったんだ? 途中までは機嫌よさげだったくせに』
「別に、気に入らなかったわけじゃないよ」
ヒジキの喉元をくすぐると、ゴロゴロと鳴く。
しばらくそうやってヒジキのネコの部分を刺激していたら、にゃんと声を上げて指をぱくっとやられた。
「ごめんって……ちょっと羨ましかっただけだよ。家があるっていいなってね」
『ハマムがあるじゃないか』
「あれは避難所だからちょっと違うかなあ」
『屋根があって、ベッドがあって、風呂があるぞ?』
「まあそうなんだけどね。帰る家って大切なんだなって。家族ってやっぱりいいね」
『そうか? 家族という感覚はわからないからな』
「ランタンだもんねえ」
理解してもらってもなんだか困る。
『家族ってのはあれだろう? 父親がいて、母親がいて、子どもがいて、なんならじじばばもいる』
「まあ、わかりやすいのはそれかな」
『わかりやすくないのもあるのか』
「家族の形は複雑なのよ」
クロツルバミの領主のところのスルシュや、このミハナダのトゥルランだって一筋縄じゃいかない。
みんな結構複雑なものを抱えている。
だから、あんな風なお手本のような家族を見せつけられてちょっと参ってしまった。
「いつも心配してくれて、励ましてくれて、守ってくれて、反対に心配して励まして守って。テマクがちょっと羨ましくなったんだよ」
にゃん? とヒジキが顔を傾げる。しっぽがぬるんと私の手の中から離れた。
『励まして心配して守ってしてるのはクロウだろう?』
「クロウは……そうか、そうだね。心配かけてるね」
突然落ち込んだ私の様子を見て、髪飾りを買いに行こうと言ったり。
なぜだどうしたと聞いてくるわけでもなく、ただ、一緒にいてくれる。
「そうだね、クロウは家族かな」
『俺も家族になってやるよ。今日は風呂に入ってないだろう。心配だ』
「あっ! そうじゃん!! やだ、入ってくる!」
『俺も入る』
また外を歩いた服でベッドに寝転んでしまった。嫌だ。
部屋を出るとクロウが椅子にもたれかかり窓の外を眺めていた。日が陰り始めた。もうすぐ五の鐘が鳴る。
「風呂か」
「うん、入ってくる」
にゃあんとヒジキが鳴く。
「それも一緒にか」
「うん、ヒジキもお風呂が大好きみたい」
『ヴァンとも入ったことがある』
「クロウとも昔入ったって」
「ふうん、沈むなよ」
そう言って再び窓の外に目を向けた。
私はヒジキをすくい上げると風呂場に向かう。
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次の更新はまた来週水曜日です。




