58.漁港
久しぶりの乗馬に、軽く筋肉痛が出た。半日もすれば気にならなくなるが、普段から身体を動かしているのに驚いた。
「カナンはまじない師だから仕方ないさ」
「まじない師だけど冒険者だから、こんな風になるなんて思わなかった」
痛くて動けないというわけではないが、動くたびに妙に気になる。
朝の露店巡りをしながら、身体の動かし方も考えなくてはいけないかなと少し悩んだ。
昨晩は私もクロウもかなり早くに寝てしまったので一の鐘で起きてしまった。いつもならもう少し惰眠をむさぼる。
それでなくてもミハナダの一の鐘は早い。太陽が昇るのが早いのだ。
「今日もその細いのか」
「そうだよ。ここでしか食べられないかもしれないし、存分に味わう」
海鮮焼きそばのような麺を広場の石垣に腰掛けて食べるのだ。クロウはパンに肉と野菜を挟んだもので、もうすでに腹に収めていた。皿を準備したりしなくていいからそちらの方が手軽ではあるが、麺に出会えた幸せを噛みしめていた。
「色々な味付けがあって楽しい」
「店ごとにかなり違いはあるな」
お気に入りは魚介のうまみたっぷりのあんかけ海鮮焼きそばなのだ。
ミハナダはかなり大きな漁港があり、小さな漁船は毎日ひっきりなしに海に出ているという。
今日は祭の中日以降に花を捧げるという岬を下見にきた。
風向きによっては街中まで潮の匂いがしていたが、漁港は常に潮の匂いに溢れている。これを嫌がっていてはミハナダでは住んでいられないだろう。
私はこの世界に来る前、わりあい海に近い場所に住んでいたので気にならない。むしろ懐かしい匂いだった。
ちょうど船の帰還が重なっているのか、漁港は人の怒号で溢れていた。水揚げされた魚が大きな木箱に詰め込まれ、次々運ばれている。肩に担いだり、台車に積まれたり、ぶつかったら大惨事なので気をつけて歩いていた。
「クロウ! カナン!」
呼ばれて振り返ると、なんとテマクだ。迷宮内の冒険者の装いとは違って、上半身は裸、ズボンも膝下ギリギリくらいだ。足下もブーツではなく紐で固定するタイプの草履のようなものだ。頭には日よけの布を巻いている。
漁港で働く男たちと同じ服装だった。
「お仕事?」
「親父が船乗りだって言ったろ? 家族みんな漁港で働いてるんだ」
話していると横からテマクによく似た男が箱を担いでテマクの持っていた台車に置く。
「なんだ、ちっこい娘だな。嫁にするには無理があるだろう」
「そんなんじゃねえよ、この間一緒に迷宮に潜って稼がせてもらったんだ」
「へえ、こんなちっこいのが」
「優秀なまじない師だよ」
デリカシーのなさは似ていない。
そしてクロウにはちらりと目を向けただけでノーコメントなのだ。まあ、何も言うことはないだろう。下手に触ればやけどするのがクロウだ。
「テマク!」
「あいよ」
急かす声に応えてテマクは台車を押す。私たちはなんとなく彼の横について歩き出した。といっても、台車を押すスピードはかなり早い。
「悪いな。兄は思ったことをずけずけ言うんだ。悪気がないのがたちが悪い」
運んだ先は屋根があり、長い内側がえぐれたテーブルがいくつも並んでいる。その両脇に女性たちが座っていた。テマクは運んだ魚をそのテーブルに流し込む。
「あら、びっくりするくらいいい男だね。旅の人か……いや、噂の魔女様に呼ばれた人だね!」
一番手前に座っていた年配の女性が声を上げる。女性だらけとなると真っ先に反応があるのはクロウに対してだ。
本当にいい男だと場が湧いている。
「この間一緒に迷宮に潜ったんだ。腕のいい二人だよ」
「二人……この小さい可愛い子が?」
プラスマイナス……プラスかな? 可愛いと言われて悪い気はしない。
「カナンは腕のいいまじない師なんだ。カナンのおかげでかなり儲かったよ」
「それでこの間小遣いだって金を持ってきたのか」
「そういうこと」
テマクを見上げると、鼻の頭をかいて照れていた。家に金を入れているのか。それはずいぶんと珍しいタイプの冒険者だ。
「こんな可愛い女の子が冒険者ねえ。そんな危ないことしなくても、うちで働いたっていいんだよ?」
給料は安いけどねと、後ろからヤジが飛ぶ。
「ほら、さっさと降ろして次の荷を運べ。今日は大漁だぞ。腐る前に仕分けしろよ」
テマク似で、先ほどの兄より年がいっている男が大きな木箱をドンっと置いた。女たちは間の抜けた返事をしながら届いた魚を次々捌いていくのだ。長いテーブルに追加の魚が流し込まれ、女性の脇に置かれた木のバケツに身と捨てる骨や内臓が一瞬で分かれていく。うろこをとり皮を剥ぎ、切り分ける。分業しているので皆手早い。
「木箱も担げないで、テマクはうちで働けるのか?」
海の男、地声が大きい。たぶん父親だろう人に言われて、テマクは困った顔をしている。
「うるさいねえ! テマクは迷宮潜りとして上手くやってんだろ。いいんだよそれで! 怪我したって覚えてる呪符を教えて金とりゃ老後も安泰だよ。なんならうちの事務方の手伝いだってできる。読み書き計算が、あんたよりきっちりできるんだよっ!」
後ろから、船長はねー、書けないもんねー、海の男は陸に上がったら魅力半減だよ~、と容赦ない追撃がやってきて、テマクの父親はむっと口を引き結ぶ。
「お前たちのよく動く口は止めらんねえな」
「口もだが手だって同じくらい動くよ。とっとと次を運んできな! 私たちの仕事はもう終わってるんだ」
フンッと鼻を鳴らして空の木箱を抱えた父親は少し行って振り返った。
「テマク、今日はうちで飯食えよ。今夜はみんな揃ってる。食いたいもんをババアに言っておけ」
「そうだよテマク、何がいい?」
「ああ、ちょっと考える」
「テマクの好きなもん作らないとね」
にこにこと笑いながらも恐ろしい速さで魚が処理されていた。
空の木箱をまた台車に乗せて動き出す。
「みんな口が悪くてごめんな。驚かせちまったな。二人は港に何の用があったんだ?」
「花を流す場所を見ておこうかと思ってな」
「それなら、あっちの赤い屋根を抜けた先だ。港から突き出すように桟橋がいくつも出てる。祭中はあのあたりの桟橋は使わない、花を捧げる用のものになるんだ。
「じゃあ行こうか」
クロウに促されて、私も歩き出す。振り返ると、テマクがニコニコこちらを見ていた。
「どうした、カナン」
「ううん、なんでもない」
テマクは今夜、母親に何をリクエストするのだろう。
なんでかそんなことが胸に引っかかった。
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テマクのおうちは漁師さん。
家族経営+足りない人員を雇う感じ。割と大きいところ。




