57.メーネェクの値段
ルザの言っていた通り、クロウが二匹を圧倒的力量の差で倒したあとは、池は静かなものだった。心なしか、池の底のティティムたちは私たちが花を摘む岸辺から距離をとっているようだった。
メーネェクの花は花弁が五つあるが、そのうち一つはつながっているようなハートの形をしていた。おしべやめしべの部分に光があたって輝いている。
「きれいな花だね」
薄紫色で一つの花は大きくなく、ただそれが一株でいくつも花を咲かせるのでとても豪華に見える。
「ティティムがいるから、それなりに腕がないと採りにこられない。だから、この花を捧げるっていうのは、冒険者としては腕があるって宣伝にもなるんだ。……こっそり高く売るんだよ」
「店頭には並ばないのか」
「並んだら即買い占められる。並ぶ前に売れていくよ」
根ごと掘り起こして、麻袋に詰める。
「いくつくらい持っていっていいのかな」
「半分残せば十分だろう。もう祭まで日がないし、ほとんどみんな花は用意している頃だよ」
それならと、遠慮なく二十近く掘り起こした。麻袋がなくなってしまったところで終了だ。下手に詰め込んでダメにしてしまう方がもったいない。
ティティムには魔石もあった。迷宮外の魔物は、不思議と墨の材料にはならない。どんな仕組みかはわからないが、墨は迷宮産でないとだめなのだ。それでも肉や魔石はとれる。これはギルドに買い取りをお願いしよう。
馬たちは大人しく過ごしていたようで、私の姿を見つけるとブルルンと低く鼻を鳴らした。
「腹ごしらえをしてから行こうか」
馬で結構な距離を移動していたので、もうすぐ太陽が真上になる。私の拡張鞄に入れていた、事前に露店で買ったパンと肉を取り出す。ルザにも渡してやると喜んでかぶりついていた。革袋の水筒はそれぞれ腰に下げているので、私は馬に下げていた水袋を外して、拡張鞄から取り出したバケツに入れてやる。
「カナンの拡張鞄は本当に性能がいいんだな」
「買ったらすごい値段だろうね。人助けってするもんだよ」
魔物か盗賊かに襲われた商人を助けてお礼にもらったという話を何度もしている。途中でどっちだったかわからなくなってきたが、そんな細かいところまで気にしないだろう。よっぽど同じ方角に旅するのでなければ、次会うことはないのだ。
十分休憩をとったところで帰路だ。
行きと変わらずたいした魔物に会うこともなく街まで無事辿り着く。
途中、ルザが投げたナイフがきれいにウサギの魔物の首根っこに突き刺さっており、たいした腕だと褒めたらとても照れていた。大人のような口をきくが、まだまだ子どもだ。
紐がついていて、馬から投げて走ったまま手繰り寄せる。器用なものだ。
「カナンもこれくらいはできるようにしておいた方がいいぜ。俺が教えてやってもいいけど」
と言いだしたので、あちらの馬に近づき身を乗り出してほっぺたをつねっておいた。
日が暮れる前に帰ることができ、宿屋の主人の案内で加工職人に紹介される。
「これは、かなりとってきたな」
一株が、両手で抱えるくらいある。手持ちの麻袋は色々な大きさがあるが、ものによっては一つしか入らないのだ。
宿屋からはかなり遠く、出入りした門の反対側にある加工場までかなり歩いた。出迎えた男はかなり恰幅のいい背の高い地元の人だった。
低い声でうんうんとひとつずつ状態を確認している。
ルザにはすでに馬を返したところで成功報酬銀貨を渡している。ここまで一緒にきたのはたんに暇だったからだそうだ。
「品質も問題なさそうだ。根からしっかりとれている。全部で二十一だね。このうち二つは加工して渡せばいいかな?」
「ああ、それで頼む」
「宿に届けよう。先に言っておくが、花は加工のため根から切り離す。葉もほとんどとってしまい、茎の部分を縛って茎の切り口を日持ちするよう特別な布で覆う。一株に花がだいたい八つだ。もっと花を増やしたいなら株を増やすしかない」
「八つずつで十分だ」
クロウの答えに男はうなずいた。
「それじゃあ、加工賃は一株につき銅貨三枚。そっと置いておけば二ヶ月ほど花を咲かせ続ける。祭まではそれで十分だろう」
それで、とテーブルの上に並ぶ残りの麻袋を指す。
「一株銅貨五枚で買い取ろう」
「八枚だ」
すかさずクロウが言い放つ。
男は眉をあげて、宿屋の主人を見る。
「五枚だと言ってあるよ」
宿屋の主人は困り顔で私たちを見た。
「メーネェクの花はこのあたりでは一番の花で、己の力を誇示したい冒険者が金貨で買うこともあると聞いた」
「そりゃ、さすがにふかしすぎだろう」
「ギルドだと八枚で買ってくれるそうだ。今の時期ならそれくらいになると言われた」
まったく動じないクロウの隣で私もにやりと笑ってうなずいた。
ギルドへ寄ったときに、あの地図を見せてくれたギルド職員が話しかけてきた。花の話をしてどんな花が人気か詳しく聞いたのだ。
私たちがとってきたメーネェクの花は大変人気だ。しかしティティムが手強く、圧倒的な力を見せないと花をとっているところへも突進してくることがある。花をとりにいって大けがをして帰ってくることも少なくない。
宿屋の主人はクロウの力量を知ってか知らずか、私たちを危険な場所へ誘ったのだ。
まあそれはいい。
メーネェクの花は人気でギルドでも扱っていること。花の加工はギルドでやってはいないので、別のところで銅貨四枚くらいかかるが、花の買い取りはこの時期になると銅貨八枚が最低価格だそうだ。もうすぐ祭りが始まるので、もう採りに行く冒険者はいない。みんなだいたい準備ができている。となるとついでに採ってくる冒険者もいないので値はつりあがる。
「こっそり売るのもかなり吹っかけるって話だったし、もう少しもらってもいいくらいかなと思うけど」
私が言うと、加工職人はチッっと行儀悪く舌打ちした。
「まあ、バレてたら仕方ないな。どうする?」
宿屋の主人は共犯だ。加工職人に尋ねている顔は悪びれた様子もない。
情報を持っておらず騙される方が悪いと目が言っていた。
「俺たちはどちらでもいい。ギルドは帰る道中にある」
「一応、ロアーナ様のお客だからね。揉める気はない」
決めるのは職人だ。
結局、花が高く売れるのはわかっているので全部買い取りになった。ルザはそんな私たちのやりとりを見て笑っている。
「情報って大切だな」
「そうだよ。冒険者になるなら耳がよくないとね」
私たちのそんな様子を見て、加工職人はまた舌打ちをした。
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人付き合いは大切だよって話。




