55.魔女に捧げる花
迷宮に入り、三階層あたりを一周して一日休む。頼んでおけば朝食も部屋へ届けてくれる。昨日のうちにお気に入りの麺を注文しておいた。
今日は午前中ゴロゴロして、午後からギルドに解体を頼んでいたものを受け取りに行く。そこで素材を売って精算するのだ。
だから朝は宿から出る気がなかった。
「あと十日もすれば祭が始まるが、あんたたちは花を準備したのか?」
つるんと塩味の麺を飲み込みながら、私は首を傾げる。
「花とは、そこら中に飾っているものとは別か?」
「ああ、聞いてないのか。花の祭の由来は知っているよな。魔女ジェイダがこの地を救って花をもたらした」
「聞いてるよ」
それにあやかって、今後も平和であるように、魔女へ感謝をと花を飾るようになった。外の街灯などに飾られているのは造花だ。高い場所にあるので枯れたら交換というわけにはいかず、祭の期間中は造花を飾るそうだ。それ以外はみんな生花だった。
「各家庭なんかは、普段から鉢植えの花を育てて、祭が始まったら窓際に置くんだ。その中から花を摘んで海に流す。だいたい祭の中日、三日目あたりから、海が花でいっぱにになる。当時亡くなった人たちへの献花の意味もある」
「へえ……花は売ってるの?」
「もちろん、旅行者用に馬鹿高い花が準備されるよ。足りなくなりゃ、家の軒先にある花を買う奴らも現れる。祭近くに訪れた冒険者や旅行者はそれでいいんだよ。だけど、あんたらは二十日も前からいる」
街の冒険者や一時的に住み着いている冒険者は特別な花を用意するそうだ。
街を出て少し強い魔物のいるあたりに咲く珍しい花なんかを集めることも多い。
そうするのが普通で、もし店売りの普通の花を献花として海に流している姿を見つかったら、いわゆる、ダサい、と見られるらしい。
「良くも悪くも目立ってしまっているから、ある程度の花は用意しておいた方がいいよ。冒険者ってのは舐められたらおしまいらしいしな」
にやっと宿屋の主人は笑う。
「別に、花程度で何を言われても構わないけど?」
「そうやって店売りの花を買った冒険者の末路はな、隣のへ行っても、船に乗ってその先へ行っても、ずっと言われ続けるんだよ。花も準備できないヤツだって。たかが花と思うかもしれないが、この花の祭は有名だ。あちこちから人が来る。悪いことは言わないから、時間を作って花をとりに行った方がいいよ」
クロウの顔を見ると、うなずいている。
「面倒だなあ……」
「少し多めに花をとってくればそれもまた売れるよ。冒険者の用意する花にも段階があってね。クロウはシルバーランクの実力者なんだろう? 剣ができれば問題ないあたりに自生している花が、結構な値で売れる。拡張鞄もあるって言うし、とってきてすぐ加工業者に渡せば祭が終わるまで枯れないように処置してくれるし、その加工業者が買ってくれるさ」
なんだかやたらと押してくる。
魂胆があるような気がする。じろりと宿屋の主を見ると、彼はまたにやりと笑った。
「甥っ子が祭前に小遣い稼ぎをしたいんだと。十になったばかりだが、一株銅貨五枚で売れる花の場所へ案内できる。ちなみに店頭には銀貨二枚で並ぶ」
「たかっっ!!」
「その高いヤツを買う嵌めになるのさ」
このあたりはまだクルーゼルム王国だ。彼が言う銀貨はクル銀になる。つまりそれなりに悪くない宿屋に泊まれるほどの金を、花一つに払うのだ。
「子どもがついてきて大丈夫なのか?」
「子どもって言っても、自衛くらいはできるさ。花の加工技術はミハナダが一番でね。二ヶ月はもつ。街の冒険者はあらかた準備が終わっていて、紹介するあたりも魔物はある程度間引かれている。カナンはまじない師で、後方で〈防護〉の呪符の中で援護するっていうじゃないか。甥っ子も一緒にいればいいだろう。そこへ着くまでの道中にはたいした魔物は出ない」
断っても周辺の花の調達場所を知らない。
「行くなら明日だね」
「わかった。準備しておくよ」
いいようにまとめられた気もするが仕方ないなと諦めることにした。銅貨五枚は、またいい小遣い稼ぎにもなるだろう。
ハマムにベッドを買いたいのだ。
お金はあればあるほどいい。
昼からと思っていたが、翌日のことを考えて早めに行動することにした。朝食を済ませると冒険者ギルドへ向かう。ここも迷宮隣と、また別のところに冒険者ギルドがあるが、迷宮産の獲物は基本併設所の方へ提出する。
ウィラントをたくさん捕まえたと、すっかり顔馴染みだ。かなり若い男性だった。クロウより年下かもしれない。
「こちらの素材は全部売りでいいですか?」
「はい、お願いします」
三階の素材には私の墨の材料も含まれていたが、ウィラントの牙を得た今、この等級の墨は必要なくなっている。
「三階程度でこれだけ集められるならいいな」
クロウも満足そうだが、職員はそんな私たちに肩をすくめて首を振る。
「これはお二人だからですよ? 三階のこのボウェロは動きがかなり速いので、〈探知〉の魔導具の性能がよくないと気づいたらそばにいるということも多いですし、一撃で仕留めようとしても三匹同時に相手するはめになったらそれなりに怪我を負います。群れて現れるタイプですからね。四人くらいで立ち向かう魔物なんです。二人で対応すればそりゃ一人あたまの収入だって大きくなりますよ。あと、大きさがかなりあるから、性能のいい拡張鞄がないと数をとって帰れません!」
叱られているのか褒められているのか。
「とにかく! 十分油断しないよう気をつけてください」
心配してくれているということか。
「わかった」
それじゃあねと、解体場を離れようとすると、奥で何かを捌いていた年配の男が声を掛けてきた。手招きをされてそちらいにいくと、小さな声で尋ねられる。
「ボウェロの角と牙と蹄を解体したのはどっちだ」
「……私だけど」
「誰の銘のナイフだ?」
切れ味が鋭すぎる、例のアレだ。
「もらいもので、銘とかはなかったと思うけど」
「握りの手前の刃の部分に何もなしか?」
「うん」
「そうか。残念だな。俺も欲しかった」
「どちらにしろクルーゼルムでもらったものじゃないから」
「そうか。呼び止めて悪かったな」
あれは私が適当に買ったものに、ヒジキにお願いして切れ味を増す魔導具用の紋様を入れてもらったものだ。紋様も見えないよう、握りの内側に入れている。本来ならそのナイフを分解したときは紋様が壊れるように作るらしい。魔導具作りの技術を漏らさないためだ。
私のナイフにはそこまでしていないので、これを見せるわけにもいかなかった。
しかしそうか。解体場の人間が欲しがるくらいのものなのか。
私は、ハマムを作り始めてからずっと金欠だ。今手元にはたしかに金はあるが、好き勝手使える金ではない。クロウに知られずにたんまり金が欲しいのだ。ベッド用の魔獣の皮を買う金が欲しい。
どうにか上手いことできないかと頭の中で算段していた。
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次は来週の水曜日です。




