54.世界地図
この世界はまだまだ疑問に思うことが多い。
というか、よく知らない。
何より一番気になっていることは、地図の端だ。
地球は丸かった。太陽系の第三惑星だ。
しかし、この世界は? 太陽が昇り、月が沈む。星々が輝き、虫が、鳥が、獣がいる。
そして、魔物がいてまじないがあり、魔法があるのだ。
猫もいて似ているものや動物がたくさんいる。けれど絶対に違うものもある。
まったく別の世界なのは間違いないのだ。
球体ではないのかもしれない。重力はある。物は落ちる。落ちれば怪我をする。
地図はあることはあるのだが、基本その国や都市、わかっている場所の地図だ。ギルドで発行されていて、常に中央はその場所だった。
一度、このずっと先には何があるのかと聞いてみたら、きょとんとした後に街がありますよと言われた。ずっと先にはずっと先の街がある。
図書館には地図も多数あったので、床に広げて繋がるように当てはめてみることにした。テーブルの上では収まりきらなかったのだ。
「もう、縮尺も違う。国土地理院でしっかり管理してもらわないとっ」
頭の中で縮尺を合わせて並べると、まあ、おかしなところがたくさん出てくる。それでもなんとなく全容が見えた。
「魔女なんて、こういった地図を作ったりとかで働けばいいのに」
人にはできないことをやってもらう。
人ではどうにもできない魔物というのは、いったいどうやって生まれるのだろう。だいたい、神はなぜ魔物を生み出したのだろう。
そんなことを考えながらだいたい地図を並べ終わった。ずっといった端が見えてくる。
端は、国境だ。ここには他国の地図もあるのだが、それでも端は国境なのだ。だが、これで終わりとは思えなかった。きっとこの先もある。単に地図の収集の終点だっただけだ。
「てことはこれが一番東の端で、北はこっちと。ただ、北上したら寒くなるなんて話ではないのよね……場所に共通した風土があるってわけではなさそうで」
「おやまあこれは」
「ひゃあ!?」
突然後ろから声がして飛び上がる。
夢中になりすぎて、また神殿内の図書館に敵がいるなどと思ってもみなくて、すっかり気が抜けていた。
振り返った先には真っ白な神官服を着た男が立っている。このあたりには珍しい肌が白く濃い茶色の髪に青い瞳の男だった。
「あ、えっと、これ……」
床に地図をぶちまけている状況に怒られると首をすくめるが、神官はそんな私を気に留めることもなく、広げた地図をまじまじと眺めている。
「こう並べると、この先が気になりますね」
「え、あ、はい」
「ロアーナ様から読みたいものを読ませるようにというお話でしたが、いったいどんな冒険者にそのような便宜を図ったのかと思って見にきたら、大変興味深いことをしていますね。あなたは地図を広げて、何を考えたのですか?」
「何?」
「気になることがあったからやっているのでしょう?」
馬鹿のフリをするのは簡単だが、逃してもらえない気もする。
「その、世界の果てについて考えていて……」
「果て、ですか」
「私は、ここ、クロツルバミからやってきました」
ミハナダの地図から北東へ行ったあたりを指す。
「この先、ずっと東に行くとどうなっているんだろうって。ミハナダの海の向こうは、また別の街がありますよね。その先のさらに先の南には?」
「私が知っているのは、こちらの東にも大陸があるということですね」
「……大陸」
「船で行った先に大きな大陸があり、そちらから神官が渡ってきたという話がありました。二十年ほど前です。ここにはありませんが、神殿の書庫に事務的なそういった話を記載した書類が保管されています」
世界の規模感がわからない。地球よりもずっと広いのだろうか。
「普通の子どもは自分の住んでいる場所で精一杯です。冒険者になりあちこち行っても、行った先で聞いた迷宮都市の場所が限界です。考えられたとしても国の単位までですね。ロアーナ様が好きに読ませろといっただけある……ここの書庫はかなり書物がある方ですが、蔵書で一番は王都の神殿付属の図書館です。王都に行った際は寄ってみるといいでしょう。ここよりさらに多くの地図があるでしょうから。ただし、このように床に広げるのはあまりよろしくありませんね」
「ご、ごめんなさい」
慌てて集めると、神官も手伝ってくれた。
集めた地図を元の場所に返しているところへ、クロウがやってくる。
「カナン!」
「神殿内はお静かに」
少し険しい顔をしたクロウが駆け寄って、私と神官の間に立つ。
「そろそろ行こう」
「うん」
最後に山積みになった古い本を片付けようと手を伸ばすと、神官がそれを全部持ち上げた。
「あとは私がやっておきましょう」
「あ、ありがとうございます」
無言で神殿を出て、しばらく行ったところでクロウが厳しい声色で尋ねた。
「あいつは誰だ?」
「さあ、名前は知らないけど神官さん」
「そうか……部屋に入るまで、カナンの他に誰かいるなんて思いもしなかった」
「歩くとき足音がしないよね」
いつの間にかそばにいた。何か武芸を習得しているのではないかと思った。足運びが単なる神官とは思えなかったのだ。
クロウは私の返答にもまだ納得いっていないような様子だった。
「トゥルランに会ったら聞いてみようか」
「いや……余計な詮索はする必要がない。祭が終わったら次の街へ行こう。目指す迷宮も検討しないとな」
「ラーメンがあるところがいい!」
「ラーメン?」
「ほら、麺が汁の中で泳いでるってやつ」
「ああ。泳ぐというのがわからないんだが……地図を買わないとか」
「図書館にあった地図なら覚えてきたからあとで紙に書き出すよ。普通の紙が手持ちにないな。帰りか、明日にでも買いに行こうよ」
「図書館の地図は古いものだろう? ウィラントの牙でかなり懐が潤った。普通に買ったらいいさ。ついでに情報ももらえる。それよりも今夜はやることがあるだろう。食事をしたらカナンが寝てしまわない時間に帰らないといけない」
そうだ、髪を染めなければ。
「そろそろ粉の材料も調達しないと」
今の髪染めの粉は、この国を入ったあたりに生えていた草から作っている。買うと、髪を染めているのがバレるのが面倒だったので、ヒジキから知識を引っ張り出した。
「移動中に見つけられるのが一番だったが、なかったからな。このあたりにはまた別の物があるのかもしれない」
「少し調べないとね」
ミハナダの人々の髪色は黒だ。年を取ると色が抜けるから、染め粉はあるかもしれない。ただ、注目を集めている今、聞いて回ればさらに注目される。髪を染める必要のない私たちが黒の染め粉を求めることで、髪色に疑念を抱かれるのが嫌だった。
結局、自然にあるもの採取し自分で作るのが一番だと思う。
夜、しっかり風呂に入ったあとに、お互いの髪を黒く染めた。
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