53.いい匂いの紙さがし
墨屋はテマクオススメの店を利用することにした。紙屋は相性がある。墨は、墨屋の腕の方が重要だった。
ウィラントの牙を試しに十ほど渡して、出来が良いならさらに追加する。
その後は紙だ。
テマクは今年で二十五になる地元民で、紙以外の店もよく知っていた。私とクロウが後ろをついて歩くのを気にしながら、迷宮へ潜る際の道具を購入する店や、旅をするときに必要なものを揃える店を教えてくれる。
父親は船乗りらしい。兄弟もほとんどが漁港で働いている。
「テマクはなんで冒険者になったの?」
「俺は……船に弱かった」
「ええっ!?」
「船酔いがひどくて、船乗りになれなかったんだよ。かといって、漁港で働くにも男はどうしたって船に乗る機会があるだろう? 親の伝手無しに最初からいい仕事は探せなかったし、そうしたら親戚のまじない師が弟子になるかって言ってくれてさ」
「弟子ってことは、その親戚のお世話をしつつ呪符の描き方を教わったんだよね」
独り者のまじない師は晩年そうやって弟子を取り、世話をさせ、自分の呪符を教える。魔物相手に戦うことができなくなってきた時に、生活の面倒を保証に自分の知っていることを教えるのだ。
もちろん金で教えることも多い。その金で生活をする。
「だいぶ高齢だった。金は貯め込んでいた人だからさ、世話係が欲しかったんだ。どうせなら近しい親戚筋に自分のまじないを引き継げる方がいいし、って。おかげでこうやって冒険者をやっていられる。カナンは?」
「私も同じようなものだよ。高齢のまじない師のところで教えてもらったんだ」
いつものお決まりの経歴を話す。
「町が襲われたところを助けてもらって拾われたんだ。クロウも同じだけど……」
「俺にはまじない師の才能はなかったからな」
「……兄妹じゃないんだ」
「兄弟子みたいなもんだけどね」
あえて曖昧にしておくと、勝手に何かを理解してテマクは頷いていた。
「カナンは街で使うような呪符は描けるのか?」
「うん。多少はね」
「呪符屋もできるなら、ミハナダはいいぞ。船があるから人の往来がある。迷宮に入らないときも金は稼げる」
「うーん、ミハナダは最初目立ってしまったからなあ。祭まではいるつもりだけど。ウィラントの儲けはかなりよかったね。でも二人だとちょっとあそこまで行くのはキツい」
何よりまだ私の体力が保たない。
「ウィラントは俺らと行けばいいだろう。カナンは最初から〈身体強化〉使ってさ。呪符代を引いてもかなりプラスだろう」
実力を認められてのお誘いは、嬉しいことだ。
私は軽く微笑んで答えは曖昧にしておいた。
魔女のお膝元だから早々に去るつもりだなんて、言えるわけもない。
「まあ、祭までにもう一回か二回潜りたいな。ね、クロウ」
「そうだな。祭の小遣いを稼いでおかないとな」
そのためにも紙屋だ。
テマクの案内で、紙屋がたくさんある通りまで来る。鼻から大きく息を吸い込むと、何か気になる匂いがあった。これは好感触だ。
紙屋は露店売りしていることはほぼない。店舗をきちんと構えている。紙の保存には注意が必要だからだ。
九件目でようやく、スワランの紙屋とはまた違うのだが、よい匂いに行き合った。
「ここ、入ってみたい!」
「お、あったか」
クロウはいつも通り黙ってついてきてくれたが、テマクも文句を言わず少し行っては立ち止まる私の後をついてきてくれた。まじない師だから、紙選びの重要性をよくわかっているのだろう。
中に入ると店主がテマクを見て声を掛けてくる。
「どうした、可愛い子を……二人も連れて」
「余所から来た子だよ。紙屋選び中だ」
「おお、いいね。ご新規さん大歓迎だ。試し書きをするか? どの階級の物が欲しい?」
ひょろりと痩せている、テマクとそう変わらないような年の男だった。
後ろの棚から何枚か紙の切れ端を取り出す。呪符の大きさに切り出すときの端紙を使って、私の墨に馴染むかを調べるのだ。
「参等級と肆等級を」
あの〈氷結〉はかなり良い紙を使っていた。〈防護〉も紙の等級で持ちが違う。ぶつかって壊れるとき、相手の攻撃も崩壊するので陸くらいを使う。虫除けに至っては玖だ。
カウンターに私の墨を出して、端紙をもらって紋様を描く。これは、己の墨との相性を見るための紋だ。にじみ具合で馴染むか馴染まないかが変わる。
「うーん、合格ギリギリか」
「いや……もう一つ墨がある」
墨の作り手によってまた紙を活かせるかも変わった。今のはニア婆の墨じゃない。
新しく瓶を取りだし、別の場所に描くと、今度はまったくにじむことなくきれいな紋様になった。
「墨屋の腕か」
「そうなの。前に作ったのを使ってしまいたいんだけど……こっちの墨師の腕がよかったんだよね。この、肆等級の紙を十五枚ください」
もう一回はウィラント狩りに行きたい。きっとコルハンたちも一緒に行ってくれるだろう。本当によく捕れた。
「あとは今作ってる墨ができてからまた合うかどうか見ることにする」
金額も予想の範囲内だったし、なかなかよいところを見つけられた。ミハナダに定住するのなら、もっと自分に合う紙探しに勤しむが、どうせ一月で出ていくのだ。これだけ合うものを見つけられたのならそれでよい。当面は問題ない。
紙と墨の問題が片付いて、テマクと分かれ、適当に昼食を買って帰る。すっかり麺に魅せられた私はあちこちの露店を試していた。
その後図書館へ来た。クロウは図書館はやはり向いていないと、街を歩いて回るそうだ。
「迎えに来るまで決して動かないこと」
「別に宿へなら一人で帰れるよ?」
「ダメだ。慣れない土地で一人でうろつくのは許可できない」
少年のなりをやめてからは心配性が加速している。
「わかったから。日が暮れる前に迎えにきてね」
クロウは頷いて図書館を後にした。
棚の端から読むにしても、やはり興味のあるところからの方が楽しい。さらに言えば、先日の神に関する記述が気になる。
古い本にあった記述なので、同じくらい古そうなものをいくつも選んで閲覧のためのテーブルへ移動する。
だが、あれ以上の違和感は何も拾えなかった。
さすがに同じような神に関する記述ばかりで飽きてしまい、魔物関係や、都市について読むことにした。
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