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転生魔女と魔法のランタン  作者: 鈴埜
クロツルバミの章

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5.スワランの紙屋

 窓から入ってくる朝の光にまぶたの裏を焼かれる。

 しばらくそのまま動かないでいると、毛玉が私の手のひらを尻尾でぺちぺちと叩く。


「おはようヒジキ」

 目を閉じたまま言うと、今度は鼻を尻尾で叩かれた。


『なんか唸ってたぞ』

「うん……思い出しムカつきしてた」

 過去、私がこの世界で意識を持った瞬間から数時間の出来事に、ムカついていた。


『またあのときの夢か』

「うん……」

 何度も何度も夢に見る、ヴァンが、ミーアが名を捧げたときのこと。そして私が彼へ新しい名前をつけたときのこと。


『安心させておいて、お前たち二人で逃げてやったんだからあいつらは十分ダメージを食らったろうよ』

 ランタンの魔女に逃げられた街というレッテルは、彼らの生活にひどく影響したことだろう。今は山を越え、国を越えている。


「そうだね。はあ、……お腹空いた」

 ぐっと寝たまま伸びをして、起き上がる。

 と、扉が開く音がした。


「カナン? 起きたか?」

「うん」

 すると衝立からコップを持ったクロウが現れた。


「もう午後だ。熱は下がっていたしよく寝ていたからそのままにした」

 身体を起こして渡されたコップを受け取る。喉がガサガサだ。


「ギルドで依頼完了の届けと、ワラン商会から報酬をもらってきた。呪符(トゥル)の枚数は出発前に聞いていた分から鞄の残りを引いた分を言った」

「うん、ありがと」

「一人にするのもどうかと思ったが」

 そういって黒猫を見る。にゃあんとまた鳴く。


「ランタンがついているから大丈夫かと」

「ヒジキ、だよ」

「……ヒジキ、な。不思議な名前だ」

「黒い食べ物の名前なんだ。ちょっと光の当たり方によって紫にも見える。外で呼ぶとき間違えるといけないから、クロウもヒジキって呼んで」

 そう言って私は子猫の背を撫でた。今ではハリネズミよりこちらの姿をとっていることが多い。そしてこれは他の人にも見える。

 街を見捨てて逃げてきた身だ。私がランタンの魔女だと知られるわけにはいかなかった。


『何度言ってもこいつは覚えないな』

『慣れない音なんだよ。それに、クロウにとってランタンは特別だから』

 心の中で会話する。これは私とヒジキの間でしかできない。


「〈治癒〉の呪符も三枚分、普通の売値の価格で払ってもらった」

「えっ!? ローレンさんが払ったの?」

「そうだな。あちらに請求するとは言っていたが」

「……わけありすぎて、それ以上聞かない方がいいね」

 どうにもおかしくて、ただ、尋ねても絶対に答えてくれなさそうだったので放置していた。けれど、襲撃が多かったのは絶対あれのせいだと思っている。


「今日一日は休んで、明日墨取りに行こうか」

「そうだね。紙も買ってこないと」


 コップを置いて、ブーツを履いて立ち上がると、ぐうっとお腹が鳴った。


「まずは腹ごしらえだな」

 さらしを巻いて支度をすると、ランタンのヒジキも姿を消した。


「ローブ、まだ乾いてないよね」

「どうだろう。朝から干してくれてはいたが、俺の分も渡してしまった」

「やっぱりローブももう一着必要だよ」

 ローブだって服だって、数着もっておきたい。


 今回は仕方ないのでこのまま出かけることにした。昼間ならそこまで寒いわけではない。

 

 階段を下りるとマーニャが笑顔を見せる。


「昨日はずいぶんとひどい怪我をしていたらしいじゃないか」

「うん。でももう俺の〈治癒〉の呪符で治したから大丈夫」

「さすがだね。〈治癒〉まで描けるなんて」


 ニコニコと笑いながらトレイに食べ物を載せて渡してくれた。一階の隅のテーブルに向かい合って座る。


「〈治癒〉の呪符、一人一枚じゃ足りないね。二枚持つようにしよう」

「カナン、それはやりすぎだ。〈治癒〉を持っていること自体が冒険者では珍しいのに、二枚も持つなんて」

「備えあれば憂い無しって言うんだよ」

「初めて聞いた。忘れた言葉か」


 ランタンの魔女ヴァンであったとき覚えていた言葉を、再び覚えるのはかなり難しい。生活に密接したことなら、例えば時間や、フォーク、ナイフの使い方は反復することで思い出すのではなく新たに覚えて使えるようになった。

 魔物の名前も出会って何度も特徴を確認し、やっと覚えられる。知識というものがまっさらな状態なので何を覚えていて何を覚えていないのかがわからず、子どもが自然と生活の中で知識を積み上げて行くことを再びやらねばならぬのだ。

 クロウも私もとても大変だった。

 それでも、皆を、ミーアを救った彼の面倒を見るのは私だと思っている。ミーアは祖父と祖母亡きあと、血のつながりも何もない自分を育ててくれたヴァンに感謝し慕っていた。彼女の身体を受け継いだ私も、この気持ちを無視することはできなかった。魔女でなくなり、クロウと新しい名前を持った彼の面倒を見るのは私だ。


「いや、元からないかもしれない」

 うん、この世界にはない言葉かもしれない。

「覚えなくていいよ」

 きっと他にも通用しない。

 クロウはそうか、とつぶやいた。


 そんな風に他愛ない話をしながら食事を済ませ、外に出る。相変わらず街には人が多い。気を抜いて歩いていたらすぐ人にぶつかってしまう。


 このクロツルバミの迷宮都市は、迷宮クロツルバミを中心に発展した街だった。街の中央に迷宮への入り口がある。入り口には何重にも門が作られ、魔物が溢れる氾濫(タシュク)を起こしたとき少しでもあふれ出る魔物を押さえるための準備がされていた。

 普段から迷宮に入り魔物を狩り続けることで氾濫(タシュク)は押さえられる。

 さらに、迷宮産と呼ばれる魔物から採れる素材は高く取引された。魔物のうろつく恐ろしい場所ではあるが、たくさんの生活に欠かせない素材の宝庫でもあった。

 現在四十層まで開かれていて、日々冒険者が迷宮に挑んでいた。


 まじない師に必要な紙と墨も迷宮産の素材によって作られる。特に墨は魔物から採れる素材によるところがほとんどで、まじない師が働くためには迷宮が必要であった。


「スワランの紙屋でいいか?」

「うん。〈治癒〉はあの店レベルのものじゃないと無理」

 呪符に使う紙には等級がある。使っている素材で質が変わり、まじないによって使う素材も変わっていく。多種多様な種類があった。


 都市は広く、どうしても定宿の周りでことを済まそうとする。しかしこれに限ってはとことん合う品質のものを探した。紙を作る職人にもまた相性があるのだ。


 スワランの紙屋はこの都市に来て二ヶ月してやっと見つけた、私の〈治癒〉と相性のいい紙屋だった。

 クロツルバミの迷宮都市はとても広く、迷宮を中心に外に広がるほど地価が安い。冒険者が泊まるような宿屋は各門近くにあるので、冒険者向けの店も各地に散らばっていた。見つけるのに二ヶ月もかかったということは、スワランの紙屋はかなり遠い。マーニャの宿からほぼ反対側の門まで行かねばならなかった。


「いらっしゃい」

 紙屋は独特の匂いがする。呪符用の紙は、植物から採れるものに、店特有の釉薬(うわぐすり)を塗る。それに相性があるため私は必死に探したのだ。

 スワランの紙屋はいい匂いがする。


「〈治癒〉用の紙をちょうだい。……四枚」

「ずいぶん買うね。一回分の護衛依頼料が全部飛ぶんじゃないか?」

 そう言いながら彼は奥の引き出しから私が使う紙を持ってきてくれた。三十になっていないくらいの、茶色の髪に茶色の瞳。ごくごく一般的なこの辺りの人たちの色をしている。彫りが深く、はっきりとした顔立ちだ。背はクロウよりは低い。職人だが筋肉質なのは人種的なものなのだろうか。それとも釉薬作りには筋肉が必要なのか。


「しかし、四枚も。どうした? 依頼でも受けたのか?」

「人に売ったから、追加を描いておくんだ」

「へえ、それはそれは。カナンが怪我をしていたそうだし?」


 財布から金を出していたところで、その手を止める。


「南門で何やらもめていたって聞いたよ」

「こちらの門にまで聞こえてきているのか……」

 クロウがそっと眉をひそめた。


「良くも悪くも目立つからな。クロウは」

 これには私もため息をつく。

 背が高く剣の腕もたつ。そして顔。顔がよすぎるのだ。この薄い青の瞳に見つめられたらなびかない女なんていない。


「カナンがうちの店に出入りしてるのも知っているし、すぐ話は回ってくるさ」

「大きな迷宮都市なのに……」

 中断していた支払いを終わらせて、私は紙を黒の鞄へ滑り込ませる。


「まあ、気をつけて。うちの大切なお客様だしな。迷宮に行くんだろう?」

「うん。墨の材料も欲しいし、しばらくは護衛依頼は受けたくない」


 私の言葉にクロウが苦笑した。

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