4.目覚め
『お前はどんな形にする?』
「私……かたち?」
ミーアが話していた相手、ランタンだ。
ミーアの記憶、まだ幼くて世間が狭くたいしたことのない記憶。でもそれは今の私にとって大切な記憶だった。ここがどこでいったい何が起こったのか、少し考えると答えが得られる。
『形だよ。ほら、さっきミーアと俺が話していたのを聞いていただろう?』
ハリネズミのような形が脳裏によぎる。
ランタンは姿を変える。ランタンの魔女の使い魔と呼ばれているが、実際あれはランタンなのだ。
「使い魔?」
『そうだ。使い魔。ヴァンは俺をアドバイザーと言った』
ランタンの魔女として生きるための、ランタンの魔女の心得を説くもの。
『ミーアは決める暇さえなかったが、お前は決められる。変な感じだ。長い間と歴代の魔女を見てきたが、こんなことは初めてだ。お前は何だ? たまに別の人格を持つ人間を見ることはある。心の中に別の人間を飼っているやつだ。お前は、それか?』
「私も、ちょっと混乱していて」
わからない。わからないのだ。
「ミーアの記憶が、断片的にはあるの。全部燃やしたんじゃないの?」
記憶を燃やして魔法を振るうのが魔女なのだと、知っている。
『わからない。イレギュラーが過ぎて、俺にもわからない。しかも契約がなんだか少しおかしい。まあいいや。決めないのか? なら、このままでいいのか?』
左手の中のランタンがピンク色の霧となって、さらに目の前に先ほどのハリネズミのような生き物が現れる。
「……使い魔と言えば黒猫が定番だけど」
そうつぶやくと、ぐにゃりと輪郭が歪み、私が知っている黒猫に変化する。可愛い、子猫だ。生まれて間もない、柔らかい子猫。
「この世界にも子猫っているの?」
『猫の子どもだろう? いるが? どういうことだ?』
頭の中に声が響いてくるので、頭の中を覗かれているのかと思っていたが、それはちがうようだ。
『まあ、いくらでも姿は変えられる』
「うん」
瞳が金色をしたその姿があまりに可愛くて、無意識に背を撫でると私の手に顔をこすりつけてきた。
「でも、あのハリネズミも可愛い」
そう言葉にするだけでまたぞろり変化する。
『好きにしたらいいよ。よろしくな、新しい魔女さん』
ピンクの炎がさらに激しく燃え上がったかと思うと、消えた。
炎も、魔物も、あとかたもなく消え去っていた。
真っ暗だと思っていたが、東の空が白んで来ている。そこら中で燃えていた木々が燻りつつも、広がる炎は消えていた。
「あ、ヴァン!」
私は立ち上がろうとして、すっかり腰が抜けていることに気づいた。私というよりミーアが、恐ろしさに早い段階でその場から動けなくなっていたのだ。
己の足腰を叱咤激励し、四つん這いになって倒れたままのヴァンの元へ向かう。
かすり傷はいくつもあるが、大けがや火傷はなさそうだった。首筋で脈を診ると生きていることはわかった。
『記憶を燃やすだけだ。死にはしない。だが、死んだも同じだ。名前を燃やしたからな』
名前はその人物を表すものだ。名を燃やせば己が何者かを知ることすらできず、すべてがなくなってしまう。記憶の中で最上のものが「名」だった。
『ヴァンは名前以外もそれまでに全部燃やした。完全な抜け殻だ。ミーアは名前を先に差し出したから、多少の記憶は残っているのかもしれないな』
私は頷く。日常的なこと、自分がなぜここにいるか、どうしてこうなったか。私のものでないミーアの記憶は思い出そうと思うだけで頭の中に現れた。
普通の魔物は冒険者が狩る。だがたまに、とんでもなく強い魔物や大量の魔物が現れるときがあった。
そんなときのために、ランタンの魔女が存在する。街に住むランタンの魔女は、街が彼らを保護し手厚くもてなす。こういったときのためだ。
ヴァンとミーアが暮らしていた街もそれなりの大きさの街で、そこからそう遠くない場所だった。先ほど燃やし尽くした恐ろしい魔物が現れたと聞き、ヴァンが向かい、金魚の糞がごとく、自分をヴァンの弟子だと豪語するミーアが一緒に向かった。ヴァンは拒否するが、ミーアは頑固だった。揉めている時間が惜しいと、結局一緒に来てこの有様だ。
現場は本当に近くの森だった。
まるでここにランタンの魔女がいることを知っているかのように。
そして……ヴァンはすべての記憶、最後には名まで差し出すこととなったのだ。
魔物が消えたのは森の外からでもわかったのだろう。武装した兵士と冒険者がヴァンの名を呼びながらやってきたのは、それからすぐだった。
倒れたランタンの魔女のヴァンと、その側に座る私、そして、手の甲の魔女の印を見つけると、彼らはため息を吐き、やがて私に笑顔で語りかけてきた。
「新しい魔女の誕生、おめでとうございます」
「おめでとうミーア」
口々に言祝ぎ、さあ行こうと促す。
「立てないか? 大変なことだったものな。では、俺が担ごう」
そうやって私を抱き上げてその場を後にしようとする。
「待って! ヴァンも、連れていかないと」
死んでいない。今は眠っているが起きても街まで一人で帰ることはできないだろう。
「後で人をやって運ばせる。大丈夫だ」
「板を持ってこないとな。運べないだろう」
『嘘だよ』
ケケケ、とランタンが私にだけ聞こえる声で笑った。
『ランタンの芯は住んでいた街で世話をするって話だがな、記憶を失った何もできない男なぞ、邪魔なだけだ。魔物にでも喰われたらいいと思っているんだろうよ』
ランタンの芯という言葉に背中がぞわりとする。
私を担ぎ上げた男は、いや、周囲の誰もかもが、ヴァンのことを振り返りもせずに森の外へ出ようとしている。
誰一人、名まで燃やした、ランタンの魔女だったヴァンに興味は持っていなかった。
腕に鳥肌が立つ。
「ダメ、ヴァンも連れて帰る。ヴァンの家に帰るわ」
「だが、彼は長身だし……」
周囲の男たちの戸惑ったような表情の目の奥に、嫌悪のような色を見つけた。
「じゃあ降ろして。降ろしなさい!」
私を抱きかかえる男の胸を押しやり、飛び降りる。
「ミーア!」
ダッと走ってヴァンの横に立った。
「そこの木でも切って板を作ればいい。布もほら、貴方のマントがあるじゃない。作って」
強い口調で言う子どもに、大人たちは戸惑いを隠さない。
「だが――」
「じゃあいい、私とヴァンはもうあなたたちの街に帰らない」
目を見張る男たち。
魔女を擁しているのは、街にとって一つのステイタスだった。
何かあった際に魔女に依頼ができる。
魔女のいる街にすぐ連絡が行くよう、普段から頻繁に人の行き来がある。
ヴァンがどうやってあの街に定住し、普段は薬師としてやってきていたかは知らなかったが、街がヴァンの機嫌を取っていたのはわかる。
幼いミーアにはわからなかったが、私にはわかった。
「ランタン」
呼ぶと、手の甲が淡く光り、左手にランタンが現れた。
「待て、待ってくれミーア」
「わかった、ヴァンも連れて行こう」
「担架を作れ!」
男たちは慌てて動き出す。
「ヴァンの世話は私がするからいいよ。連れていってくれるだけでいい」
あなたたちに任せてなんておけない。
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