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転生魔女と魔法のランタン  作者: 鈴埜
クロツルバミの章

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3/5

3.記憶

 まぶたの裏にチラチラと映る赤い影。ひんやりとした空気と熱風。

 ああ、と声が漏れる。またあの夢か。


 熱さに顔をしかめる。燃えさかる木々。ゴオと音を立てて渦巻く炎。うつ伏せに寝転んだ身体を、腕で支えて起き上がろうとして側頭部に鈍い痛みが走る。

 ぼんやりとした視界が徐々に開けていき、やがて目の前に現れた銀髪の青年に思わず目を見張る。


「ミーア! 無事か?」

 振り返ったその端正な容貌に息を呑む。

 アイスブルーの瞳は真っ直ぐこちらを見ていた。


 真っ暗な森の中。炎があたりを舐め尽くし、前方に大きな大きな黒い影と光る紫の瞳。そのすぐ下に燻る赤い炎。

 さらに手前に、私をかばうように立つ銀色の長い髪をなびかせた男。

 クロウだ。

 クロウが左手にランタンを持ち、叫んでいる。


「ランタン! 記憶を! 全部……、我が名を燃やそう!」

 木々の燃え盛る音の中でも、彼のまっすぐな声ははっきりと聞こえる。

 その言葉に応えるように、炎の勢いが増した。


 そしてこちらを悲しげな表情で見つめる。


「すまない、ミーア。押しつけることになってしまう」

 ミーアは私の名前だ。そうだ、私は、ミーア。


「ヴァン、ヴァン!」

 クロウは――ヴァンは寂しそうに笑い、私の身体はその名を叫ぶ。

 記憶が錯綜する。ミーアの記憶が、私のものと混じり合った。

 軽いめまいを覚え、腕の力が抜けそうになるのをなんとか耐えてさらに起き上がる。うつ伏せ状態から立ち上がろうとするが、足にはまだ力が入らない。


「すまないミーア。次のランタンの魔女は君だ」

 そう言われた瞬間、ランタンが炎をまといながら宙に浮いた。同時に左手の甲が熱くなる。熱くて痛くて、右手で抑えたそこには、八つの花弁を持つランタンの魔女の証である花が咲いていた。

 小さな手の甲に、薄桃色の痣ができていた。


「ミーア本当にすまない。もっと、遠ざけておくべきだった」


 崩れ落ちるヴァン。目の前の大きな炎を吐き出そうとしている魔物が、ランタンの炎に巻き取られ咆哮を上げる。


 そんな映像を、私は見ていた。


『ミーア、足りねえ。ヴァンの記憶だけじゃ足りなかった』

 へたり込んだミーアの目の前に、ハリネズミがいた。乳白色で、背中に棘を背負った小さな手のひらサイズの生き物が話している。

 そうだ、これがヴァンのランタンだ。ランタンのまた別の姿だ。

 黒い目をくりくりと動かしながら私の、ミーアの前をちょろちょろと移動する。


「ヴァンの名でもたりなかったの?」

 再び、私の意思に関係なく言葉が口から滑り出す。炎に炙られた熱気を吸い込んだそれはガサガサでひどいものだった。


『足りない。あの魔物は普通のものと違う。あと少しだが燃やしきれない』

「きおくを……もやさないと」

『だけど、小さいお前程度の知っていることは誰でも知っている。価値が低い。ランタンの燃料にならない』

 そうだ。記憶は、なるべく知っている者が少ない方がよく燃える。希少性のある記憶の方がより大きな力となる。


「じゃあ、名をもやすしかないね」

 ミーアは賢い娘だった。すぐさまランタンが求めているものがわかった。

 記憶がだめなら名だ。ヴァンのしたように、名を燃やすしかない。


「名前でたりる?」

『ああ、ヴァンが頑張ったからな。それに、名前はその人のすべてだ。人間が思っている以上に、名を燃やしたときの魔法の力は強い。何よりも、強いよ』


 炎に巻かれた魔物が苦しげに身をよじった。小山のような大きさの黒い魔物が動くたびに、周囲の木々が倒れた。ここだってそれなりに離れているのに、あれの発する炎と魔力に周囲が震えるのだ。


「わたしの名をささげよう、ランタン。わが名は、ミーア」

『しかと受け取った。次を決めなければならないんだが……』


 ミーアの身体があたりをぐるりと見回す。


「周りには誰もいないよ」

『だけど、いるんだな、これが。なんだか変な具合だがいる。ミーア、お前さっきその大きな岩が飛んできて頭を打ったろ? そのときおかしな具合になった』

「何を言っているの、ランタン」

『さあな、俺にもよくわからない。だけどそばに一人いる。そいつに渡す、でいいな?』


「何がいるの? それに同意ももらってないけど……仕方ないね。世界からランタンを失うわけにはいかない、でしょう?」

『そう、世界にはランタンの魔女が必要なんだ』


 ハリネズミが燃え上がり、鈍い光を放つ赤銅色のランタンが現れる。

 私の左手がそれを握って高らかに宣言した。


「我が名はミーア。この名をささげる。悪しき魔物をもやしつくせ!」




 あのとき、私は突然ミーアの身体の中で目覚めた。

 私が、石川香奈子が、ミーアの身体で目覚めたとき、ヴァンと、ミーアは名を燃やした。


 ランタンの中には台座と灯芯があった。本来なら蝋や油が燃料としてあるべきだが、このランタンの燃料は記憶だ。そして記憶のすべてを引き出すのが名だった。名を燃やすということは、今までの人生すべてを燃やすということだ。


 私の中からミーアが消えていった。ミーアの身体だったものは、今、私の身体となっていた。


 ミーアの宣言によってピンク色の炎がランタンに点り、魔物にまとわりつく炎がさらに大きくなった。そこまでくると炎の力は魔物から暴れることすら奪った。

 焼き尽くされるまで吠えることしかできない魔物に、私は身じろぐことすらできずただ呆然とこの状況を眺めていた。


 自分の手の中にあるランタンがカタカタと震えている。

 左手の甲にできたピンク色の痣がじんじんと主張を続ける。


 やがて、ランタンは私に語りかけてきた。

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