49.ヒジキと密談
夕暮れが迫る前に神殿を後にする。またうかがいますと、神官に挨拶をした。
この世界の宗教は一神教。そしてあくまで神殿は神に祈る場であり、必要だから領地内に立てられる。神官は無償で神殿に仕える者で、神殿を運営するのは領主なのだ。
様々な宗教というものがない。
この世界の神はただ一柱、ヨク神だけである。宗教絡みの戦争もなく、神殿の中に官位もない。
政治には関わらず、ただただ人の心に寄り添う存在だ。
神殿内には贅沢もないし、貧困もない。
神官になるのはほとんどが領地内で身寄りがなくなった子どもたちであった。
神殿を掃き清め、清潔に保ち、祈る。それだけの生活だ。だから、子どもはほとんどが仕事を探して神殿を出て行く。たまに、そのまま残る者がいるので新しい子どもたちの世話係となった。
それが、建前だ。
長い年月を経て、神官の中にも位ができる。寄進をやりくりし、贅沢をする。それを領主も見て見ぬ振りをした。足りなければ領主が出さねばならぬのだ。神殿が独自に自分たちで用意するというならそれに越したことはない。
また、時代を経ると神殿に併設して治療院ができる。
人が集まるところでさらに金を集めようとしたのだ。
決して法外な治療費を求めるわけではない。ただ、人は神へ祈る神殿の膝元で治療をしてもらったと、金払いはいい。そうやって多めにもらった中から金が払えないような者への治療も賄っているとすれば、なおさら金があるものはよけいに払うようになる。そういった圧力が生まれる。
さらに〈治癒〉の呪符だ。私は魔女という立場を利用し教えてもらった。普通は教えない。教えるにしても法外な値段を要求されたりする。治療院の〈治癒〉の呪符が法外だと言う気はない。相場でそれくらいにしないと釣り合いがとれない。確かに紙と墨代はかなりかかる。質のいいものを使わなくては傷が治りきらない。希少価値を高めておかないと、市場が荒れるのだ。
迷宮がある都市はなおのこと、この治療院の〈治癒〉の呪符で儲けている。
ミハナダの神殿はどこもかしこもきれいで、神官たちの衣装には汚れ一つなかった。
「カナン、何か問題があったか?」
「ううん。ただいっぱいあったから、次はいつ行こうかなって。迷宮に潜って、出てきて、二日くらい通うのもいいかな」
「もっと通いたいのなら、迷宮に潜るのをやめてもいいが……」
「ええっ!? せっかく来たのにもったいない。上層階ならそこまで厳しくなさそうだし、行ってみたいよ」
「そうだな」
夜は露店で買ったものを部屋で食べることにした。酒場でも食べた麺類がたくさんある。拡張鞄から木の皿を出し、そこへ盛り付けてもらう。いい加減木の箱を作ろうかとも思っていた。プラスチックの簡易容器は本当に便利だったんだなと、毎回感じる。
「その細いのが気に入ったのか」
「うん! 美味しい」
「北や東の方から来た人たちは珍しいっていうね。ここから西の方に行くとスープの中にこの麺が泳いでいるんだよ」
ラーメンか!
クロウは泳ぐという単語に首を傾げている。
「クロウ、次は西に行こう!」
「地図を買い足さねばならないな」
この際だ。ロアーナに買わせよう。せっかくここを拠点に迷宮に潜ろうと思っていたのに、またすぐ移動しなくてはならなくなった。彼女のせいなんだからせいぜい金を出させよう。
夜。ベッドに潜ってヒジキを呼びだした。
『なんだ珍しい』
「ちょっと聞きたいことがあって」
昼間の図書館で読んだ古い本の文章だ。
「あのね、本に書いてあったの。『そうして、世界を作り終えた神はまた新しき世界へと旅立ったのだ』って」
びくんとヒジキのしっぽが跳ねた。
「神がこのランタンを作ったのよね。だから私は、神様はいるんだと思っていたんだ。もしかして、神様はもういない?」
世界を作り終えた神はまた別の世界を作るために次の場所へ移動していった。神がいないということなのだろうかと思ったのだ。
『神に関しては語ることを許されていない。普段の軽い話じゃないだろう? そうしたら俺は何も話せない』
「禁じられているの?」
『そうだな。人に神の実態を話すことはできないよ。どこでも言われている、みんなが知ってる神様の話ならいくらでもできるけど』
「そっかあ」
神が存在するこの世界なら、何かしらの方法で神とつなぎをつけられれば、ランタンを神に返すことはできるのではないかなどと勝手に考えていた。
その可能性が少なくなってしまって残念だ。
ロアーナが気になることを言っていた。
どうしても、人にはどうにもできない、魔女でなければ対処できない事柄が起きると言っていた。まるで、必ず起きるのだと、知っている風に話していたのだ。
布団の上で丸まるヒジキの背を人差し指で撫でる。
しっぽがそのたびにふんにゃりと動いた。
「私の元の世界はね、神様っていうのはいるって信じられていたけど、それでも、信じられているだけだった。姿を現したり、誰もが認める目に見える奇跡を起こすことなんてなかった」
言ってる人もいたけれど、まあそれはノーカンにしてもらおう。私には感じられなかった。生活の中の理の一つ。
「でもさ、ここにはランタンがあるでしょう? 神様がいるのなら、ランタンは神様が作った物なんだって信じられた」
『ヨク神はいるさ』
「……うん。難しいなこの感覚」
神が存在する、その奇跡に触れることができるというなら、ランタンは神が作ったものだと信じられた。
でも、本当にいるかわからないとなったとき、このランタンという記憶を燃やして力を得るモノはいったい誰がどんな目的で作ったのだろう。
考えてもわからない。
ロアーナはまだそこまでそういった話を深く話し合う相手ではない。だいたい、隙あらばクロウを寄越せとうるさい。モノみたいに言うのが気に入らない。
魔女の力を使って無理やりどうにかしようとしないところは、評価しているが。
「ミハナダの迷宮はどんな感じなのかな。明かりは必要だって聞いたけど」
『以前のクロツルバミのように迷宮全体が光ってる方が珍しいんだよ。あそこはあれだけはよかったよな』
真っ暗な中を進むのは、やはり怖い。
それでも、地図を見る限りそこまで危険な魔物はいなかったし、少し楽しみでもある。
怖いと、好奇心が微妙にせめぎ合い、その日の夜はなかなか寝付けなかった。
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ヒジキはいろいろと制約があるけれど、カナンとは仲良し。




