48.図書館と神話
案内された部屋は、本を読むための場所だ。テーブルと椅子が並んでいる。他にもテーブルの場所もあった。
「こちらを一ヶ月お貸しいたしますね。ご自由にいつでもいらしてください」
神官はとても穏やかな笑みを浮かべていた。
「本はその先に並んでおります。古い物もございますので扱いには気をつけてください」
部屋のさらに先に扉があり、開かれると絨毯が敷かれ、木の棚がずらりと並んだ場所だった。
「あちらの扉の向こうにも同じように本を置いた部屋がございます」
驚いてトゥルランを振り返る。
「一財産でしょう」
少し自慢げな様子で口元に笑みを浮かべている。
息子の知識を増やすため、父はやれることを、できうる限りの彼の知識の補強を行った。
息子が花に志願し喜んだと彼は言ったが、それは本当なのだろうか。
「どういったものをお探しですか?」
「端からすべて――」
「神様に関する物から」
全部読めばいいのだとばかりに、トゥルランが紡いだ言葉を遮って私が言うと、神官は頷いてこちらへと、一つ目の部屋の奥へ案内してくれた。
そりゃ時間が許すのなら全部読んでおきたいが、迷宮にも潜りたいし期間は一ヵ月ほどだ。全部を読破する余裕はない。それなら、少しでも興味がある分野に目を通したいと思う。
「このあたりに多くございますが、とても古い言葉で書かれていて……読みにくいかもしれません」
「わかりました、読めるものを読んでみようと思います」
無用な心配だ。
不思議なことに、私は書いてあるものは何でも読める。
それが魔女の特性なのかどうなのかはわからない。
言葉は、幸いといおうか、この世界のバベルの塔は崩壊していなかった。ほとんどが同じ言語を使っているのだ。
最初はそんなことがあるのかと驚いたが、どこへ行っても聞き取りにくくはあるが通じるしわかる。そしてそのうち言い回しにも慣れる。
言葉に困らないのはとても助かった。が、それほど狭い世界なのか? 普通の、私が知っているような科学的な進化はなかったのだろうかと不思議に思うのだ。髪色や肌の色の遺伝子的な話、地形のできあがり方、動き方、そんな科学的な話をするのをためらってしまう。
この世界にとって過ぎた学問なのではないかと不安になるのだ。
もちろんそういったことを学び研究している機関はあるのかもしれないが、冒険者のカナンには聞こえてくる機会すらなかった。
「それでは私はこれで失礼する」
トゥルランと一緒に神官が退出していった。
この世界の識字率はあまり高くない。市民は基本読めない。帳簿をつけたりするために、自分に関わる文字や単語は把握していても、本を読むことすら珍しくある。反対に、文字を読めることは技能とされる。
クロウは以前は読めていたが、すべてを忘れたら文字も忘れた。
基本の二十文字は教えてなんとか覚えた。そこからは魔物の名前や普段使う物を教えていった。繰り返し教えれば覚えるし、本人も覚えなければと必死だったのでそれなりに書けるし読めるようになっている。
忘れたと言っても話はできたのだから、文字を習得するのは比較的楽だった。
「これは読めないな」
だが、古めかしい言葉などは無理なようだ。教えていないから当然だし、今からこれを覚えろと言うつもりもない。
「今日は宿に帰る?」
「いや、魔物について普通の文字で書かれているものを探す。テーブルから移動しないでくれ」
神殿に不埒者がそうそう現れるとは思わないが、素直にうなずいておいた。
だいたい、剣も、呪符も、拡張鞄さえも持ち込んでいる。
私たちが本を盗み出すなどとは考えていないのか。いや、魔女の客人だからそんな疑いをもつのも不敬だし、実際本を持ち去られたとしても魔女の客人が持って行ったならば仕方ないということか。
魔女の存在というものの大きさをあらためて知らされる。
言われた本棚から適当にいくつか抜き出した。ペラペラとめくると、するりと内容が頭に入ってきた。これは魔女の特性だ。見ればわかる。読めばさらに詳しく考えられる。
本はヨク神について、その偉大さについて書かれている。
世界を一から作り上げ、人や獣、そして魔物を作った創造神ヨクは今もなお、世界を見守っているという話だった。
どれもこれも、神を称えて感謝を述べている。
いつの間にか一冊本を持ってきたクロウが、目の前の席で熱心に本を読んでいた。
「面白い?」
「このミハナダの迷宮について書かれている。魔物の情報も多い。ギルドの地図に加えて書かれていたものよりも詳しい」
「それはいいね、私も次読もうかな」
「先に読むか? カナンの方が速い」
「いいよ、読む本はまだまだたくさんあるから」
私のは読むというよりページを頭の中に写し取る感じだ。同時に内容もするりと理解できてしまう。それがいいのか悪いのかは、正直なんともいえない。疑問に思う暇もないのだ。
読み終わった本を抱えてまた同じ棚へ行く。次の本はまたずいぶんと古めかしかった。
壊れそうで怖いが、そういった古いのを読みたかったので一冊を大切に移動する。
席につくとクロウが視線をあげ、私が開く本をじっと見ていた。
「何か気になる?」
「いや、そうじゃなく、むしろ……何が書いてあるかさっぱりだ」
「ああ、最近の文法じゃないんだね。古い言葉だ」
「古い言葉でも、意味はなんとなくわかる。その古い言葉が変化したのが今の言葉だから。そうじゃなくて、まるで別の言語のようだ。意味を感じ取ることができないんだ」
「じゃあ、本当に古いものなんだね」
それでも難なく読めてしまうのだ。
書かれていたのは同じく創造神についてだ。
神はこうした、ああした、こんなことをしたと書かれている。
ただ、いままで神について書かれたものは『ヨク神は』とあったのに、ここには『神は』としか書かれていない。
すべてはヨク神のやったこを書いてある。たぶん古いからだ。
古いからわざわざヨク神はと書いていない。つまり、時代を経るにつれてわかりやすく書くようにしただけのことだ。
そう思っていたのに。最後の一行ですべてがひっくり返った。
『そうして、世界を作り終えた神はまた新しき世界へと旅立った』
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ランタンを作ったのが神様なので、神様のことはとっても気になるカナンでした。




