46.ミハナダ迷宮の酒場
迷宮のことを漏れ聞くなら冒険者がよく出入りする酒場だ。私の質問で意図は伝わっていたのだろう。近くて出入りも盛んな酒場を教えてくれた。
ここなら、酒を奢るかわりに迷宮の話を聞かせてくれそうな冒険者がいるだろうと思ったのだ。
しかし、私は見誤っていた。
自分たちが予想以上に知られていることに。
トゥルランは目立つ。彼が街の人に知られていたのは魔女の花だったからではない。領主の息子で自ら魔女の花になった、この街の安全を己の身を差しだした人だったからだ。しかもあの容姿に物腰、魔女の花としてそろいの衣装を着ている。このあたりであの髪色はとても目立った。
そのトゥルランが街にやってきたばかりの冒険者を屋敷へ呼び出した。
さらに、クロウの容姿が目を引いた。
長身で黒髪長髪の見目麗しい男冒険者なぞそうそういない。しかも成人していない少女を連れているのだ。
酒場に入った途端視線が集まり、あっという間に席に連れていかれる。ここは大きな丸テーブルがいくつもある。中央にある一番大きなテーブルに誘い込まれた。
私が性別を偽るのをやめた頃から、クロウはこういった場所であまり話さないようになった。今までは私が必要以上に口を利かなくていいように、無理をして矢面に立っていたのだ。
おかしな輩が絡んできたとき以外は黙って聞いている。
「あの迷宮氾濫に巻き込まれていたのか」
「そう。魔女様がなんで知ってるのかはわからないけど、そのときの話が聞きたかったらしいよ」
「そりゃ、俺らだって聞きたい」
「あ、そこ、テーブルに着くなら何か食べ物持ってきな」
しれっと輪に加わろうとする男に私が指摘すると、頭を掻きながら店の者に金を握らせ注文を通している。
隅の方の席で静かに周りのテーブルの話に耳を傾ける予定が、こちらが話す側になってしまった。「魔女様は何を聞いた?」、「何について話したんだ」、この二つが彼らの知りたいことだった。
もちろん本当に話したことは秘密だ。言えるはずがない。だから、別の話題を提供する必要があった。
街に入って来た途端、トゥルランが出迎えにくるような話題が。
幸い迷宮氾濫は彼らにとって納得のいくものだった。
あちらであったことも全部話すわけにはいかなかったので、迷宮氾濫に巻き込まれた不運な冒険者視点で話をすることとなった。
「急に真っ暗な中に落とされるなんて怖いわね」
クロウの隣にちゃっかり座って寄り添う女性の目の前の皿を空にしてやる。私の好きな肉を持ってきたのが運の尽きだ。
持ってきた皿が空になると交代になる。そんな制度だ。後ろの男に追いやられて怒っていた。
「それまでは迷宮全体が薄ら明るかったからね。〈照明〉の魔導具を持っていなかった人は大変だったと思うよ。みんな基本的に狩りをする階は決めていたし、必要のない道具はなるべく持っていかないでしょ?」
「そうだな。荷物はかさばらない方がどうしたって動きやすい」
「だが玉がでたんだろ? なんでそんな良さそうな迷宮からこっちに来たんだ」
男が私の前に海鮮の炒め物を寄越しながら聞いてくる。麺と炒めてある。海鮮焼きそばのようなものだった。そう、ミハナダには麺があるのだ。
「私とクロウは二人で決まった場所で狩りをしていたから、新しくて何がどんな風になっているかわからない場所には向かないんだ。地図屋が潜って地図が完成するまでは浅い層にしか入れない。それじゃあやっていけないからね」
「まあそうだな。だが玉だ。宝石と聞いたら、なあ」
と周りに同意を求め、宝石について根掘り葉掘り聞かれた。
だから、スイリョクの迷宮と戒律が似ていて、一層にとても大きな宝石が実っていたことを話すと、酒場が湧く。私だってあんなややこしいことがなかったら素直に宝石が成る木に感嘆の声をあげただろう。宝石の木なんて、それこそおとぎ話だ。
「ねえ、こっちばっかり話していて、私もミハナダの迷宮の話が聞きたい。私はまじない師で骨が必要なんだけど、質のいい骨は出る?」
「ああ! ミハナダの名物はなんといっても浅い層でも十分に稼げるってところだな。とはいえ、品質がいいものなら五階層には行きたいところだな」
「五階って、何日くらいで行って帰ってできる?」
「迷路に慣れれば、三日でなんとか往復できるかってくらいだ」
「なんなら徒党を組んで行くのもいいぞ。そういった募集をギルドでもしている。定期便なんて呼ばれてるがな。目的階で解散して、そこで狩ったものはそれぞれの収入だ」
「面白いシステムだね」
「案内屋を雇うのが基本だな。いちいち地図を見ずとも最短の道を行ってくれる。地図は見たか? かなり複雑なんだ。入って戦いながら動いているとわかりにくくなる。ギルドがなるべく目印をつけてくれてはいるが、目印を見つけたら思っていた場所と反対に来ていたなんてのがざらだ」
「地図で見ているのと実際歩くのは結構違うよね」
「そうなんだ。冒険者何年目だ? その年で理解が早いな」
ふふんと笑っておく。
「潜るなら一緒に行きましょうよ」
新しい女性がクロウにしなだれかかった。
クロウは困った顔をして押しやろうとするが、なかなかに女性の神経がが図太いようだ。
「こちらの利点は?」
「り、利点?」
「うん。あなたと一緒に潜ることによって得られる利益」
「私もそれなりに腕が立つわ」
「一人で潜ってるの? 誰か一緒にでしょう? どのあたりを中心に狩りをしてるの?」
「普段は……一階層を一人で、たまに何人かで行くこともあるけど」
一階層はもともと魔物がそこまで強くない。ソロでも余裕でやっていける。
「こちらにまったくうまみがないね」
笑って言ってやると顔を真っ赤にして席を立つ。
「厳しいな」
「一緒に潜るなら同等か、上の人がいい。この迷宮には慣れてないから思い通りに動けるかもわからないし。一緒に潜って少しは盗めるものを持っている人じゃないと」
できれば男性の方がありがたい。
クロウへ気が向いていて動きが鈍くなるなんてことがあったら困る。
隣に座った男はこの酒場でも一目置かれているらしく、他の者は皿を持って次々交代していくのに彼だけは変わらず座り続けている。
「しばらくは一階あたりをうろつくんだろう? 迷宮の雰囲気を見たいなら五階くらいまでなら連れて行ってやってもいい」
「本当!? あんたはよく知ってそうだし頼もしい」
すると男と、その隣の数人が大きく笑う。
「おい、兄さん。こいつに話をさせていたらいつか生意気だって喧嘩になるぞ」
「そうなる前には止めるさ。みんなカナンを子どもだと侮る。その方が、口がよく回る。もう少し大きくなるまでは、カナンが話している方が欲しい情報はよく手に入る」
クロウの言葉に男たちは一瞬黙ったあとにやりと笑った。
「確かに、話を聞くつもりがこちらもだいぶ話し込んでるな」
これはやられた、と笑って酒をあおる。
「コルハンだ。この迷宮にずっと潜ってる。他にまじない師一人と剣士二人。四人でよく行動している。五階層か、それより深く潜ってみたいなら声をかけてくれ。ここか、ギルドか。ギルドは伝言も預かってくれる」
差し出された手をクロウが握り返し、その日はかなり遅くまで酒場で飲んでいた。
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コミュニケーションって大切だよね……
カナンは本当に子どもとみられるので、侮られます。
が、中身はおねえさんなので、やりこめられます。
それではまた来週水曜日に。




