45.迷宮の地図
私が花を嫌っているのは、花の契約はほぼだまし討ちのような状態で、ほとんどが子どもの頃から契約を結ばせるからだ。
特別な魔法陣を描き、相手が心から魔女に仕えると思わねば結べない。
魔女が記憶を燃やすことは有名で、そのいわば外部記憶として花に名を捧げさせるのだ。魔女は花からいつでも記憶を取りだし燃やすことができる。
だから、貧しい家庭の親が、口減らしのために差し出すことが多い。その子を差し出した町を気に掛けると約束し、多額の金を払い子と契約を結ぶ。
今まで満足に食事を摂ることができなかった子どもの目の前に、見たこともないようなごちそうを並べて、屋敷の中の豊かな暮らしを見せて、魔女に仕えないかと迫るのだ。
魔女になってすぐ、町の者がそのような話を持ちかけてきた。そのやり方に吐き気をもよおしながら、少し考えさせてくれと先延ばしにしていた。
私の記憶の希少さを知らなかったヒジキも、最初は花の重要性を説いた。
ヴァンにも同じように進めたそうだが、彼も花を持つことを拒否したのだ。彼のことをミーアを通してしか知らなかったが、好感を持ったことを覚えている。それこそ、彼を慕いつきまとっていたミーアを花にしていなかったことに、彼の善性を見いだし、彼の面倒をきちんと見ようとあらためて決意した。
十五歳という、ほぼ成人しているような年に花になったという事実に絶句している私に、自慢げにトゥルランは笑う。
「この身を捧げようと決心したのは十三の時です。それから二年、図書館にある書物を端から端まで全部読んだ。完全に覚えていなくとも、契約をすればロアーナ様は記憶を引き出せると聞いていたのでね」
「伯爵様は、止めなかったの?」
「父上は大喜び、母上は絶望しておられた。が、私は三男なので最終的にはわかってくださった」
それで、か。
魔女が住みつく都市は栄える。安心安全が保証されるからだ。
それでも魔女は八人しかいない。それが領主の息子が花となったとなれば、住んではいなくとも、目を掛ける土地だと宣言されたようなものだ。
都市の賑わいも理解ができた。
迷宮そばの冒険者ギルドは人で溢れていた。冒険者の多い街はよい街だ。
「トゥルラン様、こちらへ」
ギルドの奥、個室へ通される。先に話を通してくれていたのだろう。部屋のテーブルには地図が山積みになっていた。
「買うのではなく見るだけでいいのでしょうか?」
職員がチラリと私たちの方へ目をやる。
「かまいません。さすがに金貨で売買するものを全部タダでというわけには参りませんから。知的好奇心で最深部までの地図を見たいという話でしたが覚えられるのはせいぜい三階層くらいまででしょう。なにせミハナダの迷宮は一階層が広い」
ということで、私とクロウは渡された地図をギルドの一室で眺めることに半日を費やした。言うとおり、一階層がとても広くかなり複雑だった。
さらに面白いのが海が近いせいか、潮の満ち引きで魔物の強さが変わるという。
「海の魔物というわけじゃないのになんでだろう」
「魔力の濃度がどうのと書いてあるが……まあ強さが変わることを覚えておけばいいだろう」
地図を覚えるのは一瞬だ。
持ち出さないよう見張るための職員が部屋の隅に控えているが、彼はこちらの会話に入る気はないようだ。
私が重ねてある地図一枚一枚を一瞬眺めるだけで次に行く様を見て、ほんとうに眺めたいだけだと思ったようだった。
おかげさまで全部覚えた。
あとはクロウが限界まで覚えるだけだ。
「これだけ広いと、一階進めるのに半日かかりそうだ」
「戒律が、満月の夜は迷宮を出入りすることはできないってだけだからすごく緩いね。それでも得られる素材はいいものが多そう。私の墨になりそうなのは二階のこれかなあ」
テーブルに並んで座り、横から感想を漏らす。
私は魔女の能力で一度見たら忘れない。けれど他の冒険者はそうはいかなかった。本来は地図を買い、それを見ながら何度も通うことでようやく覚えるのだ。
クロウは地図を覚えるのが上手い。
一度見たらかなりの部分を再現できる。
私が紙に思い出して書き出せばいいのだが、それが見つかって変に思われるのも嫌なので、クロウもここでなるべく覚えていこうという話になった。今日、明日くらいまでは休憩とする予定なのだ。
「明日は紙屋を探して、明後日は迷宮?」
「満月はいつだ……」
「満月は十日後です。明後日ならば午後からが干潮になります。ギルドに潮の満ち引きと満月の知らせは張り出してありますのでご確認ください。満月時も、中にいるのならばそのまま居続ければいいだけですし、扉を閉め切ってしまいますので出ようとしても出られません」
「死にそうでも出られないんだね」
「ミハナダの迷宮に入ったからにはそこは覚悟していただきます」
笑顔の職員。戒律は絶対だ。
とれる素材やそのだいたいの値段についても書いてあって、確かに魅力的だ。
十階層まで潜れば高額買い取りの魔石もとれる。
「できれば三階層へ行きたいが……」
「道を間違えないで最短でならいけそうだけどね」
途中少し注意しなければならない場所があるのでそこの具合による。
私たちは基本一日くらいで帰ってこられるように想定している。クロツルバミは十階層に休憩できる場所があったから、あそこで眠ってさらに深部へということが可能だった。しかし、ミハナダはそういった安全地帯がない。
二人で交代で仮眠をして、行けて五階層くらいまでだろう。本気で潜るときは人数を揃え、交代でしっかり休息をとって進むのだ。
地図には出現魔物の特性なども書かれている。
一階層でも地図がそれなりの値段なのにはわけがあった。
集中力もだが、起きてすぐ連れてこられたので腹が減った。クロウも三階くらいまではだいたい把握したということで、おいとますることになった。
「もうよろしいのですか?」
「ありがとうございました」
普通ならタダで閲覧できるとなれば死に物狂いで覚えようとするのに、私たちがあっさりお腹が空いたと終わりにするのが納得いかなかったようだ。
「どこかおすすめのお店ってありますか? 冒険者の出入りが多くて、迷宮の近くがいいです」
「食事ですよね……それならば」
職員の気に入りの店を教えてもらい、ギルドを後にする。
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夏がきました。
とってもあつい!!




