44.魔女の花トゥルラン
いちいちムカつく言い方をするが、確かにここへ呼び出されたことはもう街中の噂になっているだろう。迷宮に潜れるかどうかもわからないが、宿代がタダで、しかも高級ならば風呂がつく。
出すと言っているんだから出してもらって、気になる図書館にも行ってみよう。
「宿代は前払いにしておいてね」
「ほんとうに、図々しい子ね。まあ、払うのは領主だし私は構わないわ。あと、また呼び出すからそのときは応じるように」
「はあ!? じゃあ、冒険者ギルドの迷宮地図全部ちょうだい」
「あなた、遠慮ってものを知らないの? ……まあいい。それもまた知識ね。貴方が名を燃やし尽くしたら、今度こそヴァンをもらうわよ」
「そんな事態は絶対にこない」
私の言いようにロアーナは眉を吊り上げて立ち上がり、私たちが入ってきた扉とは別の扉から出ていってしまった。
「それでは、宿に参りましょう」
トゥルランがまた先導する。
領主の屋敷の近くは高級なものが揃っている。すぐ近くの宿に入っていったときは、さすがに引き留めた。風呂さえついていれば十分だと。しかしトゥルランは頑として受け入れなかった。
「ロアーナ様のご命令ですから。ロアーナ様がそのような宿を与えたと思われては困ります」
面子の問題を出されては引き下がるしかない。
分不相応な宿にやってきた私とクロウに、宿屋の主人は笑顔を崩すことなく現在空いている中で最上の部屋をと案内してくれた。
「クロウ……次の宿に泊まるとき、文句を言っても聞き流して」
「気持ちはわかる」
私たちの会話に宿の主が笑った。
「ロアーナ様は冒険譚を聞いた相手によく宿を提供されます。本拠地は別の場所ですが、たまにこのあたりにも顔を出してくださるのです。魔女様が気を配ってくださっているという事実に我々は安心し、感謝しております」
有事の際には魔女が駆けつけてくれる。
その保証があることに安堵を覚えるのだ。
「一ヶ月丸々借りては珍しいですが、それだけ希少な冒険譚をお話になったのでしょうね。どうぞごゆっくり。何か食べ物が必要でしたら、それも先方にお支払いいただけますのでお好きなだけお申し付けください」
衣食住の食住が保証され、私とクロウはあまりに豪華な部屋に圧倒されてしまった。
風呂はなんと、洗い場と大きな浴槽があるセパレートタイプ。驚いてクロウに報告したら、入り方はわかるかと心配された。
そういえば、風呂付き宿は浴槽の中で身体を洗うタイプだった。洗い場と浴槽が分かれているタイプの方が高級なのだ。
着いたのはまだ明るい頃だったが、宿に入った頃には日が暮れていた。今から酒場や屋台を吟味するのは気疲れしていて辛かったので、早速宿屋に頼んだ。ほどよく美味しい物をという注文に、ほどよく答えていただき大満足だ。
しばらく荷馬車や地面に布を敷いて寝る生活を続けていたので、最高品質のベッドに私は思う存分この身を預けた。
そして目が覚めると、部屋の中にトゥルランがいた。
「さすがにそれはダメだ」
後ろからクロウが慌ててやってきて扉の外に引きずり出そうとしている。
「常識がないっ!」
「ふんっ、ロアーナ様以外の女に興味などない。早く準備してください」
正直、久しぶりのベッドに安心しきって警戒することを忘れていた。部屋が鍵付きだったというところが大きい。
高級宿では当たり前の、寝室は別にいくつもあるタイプの部屋だったので、クロウと私が別々の部屋で寝ていた。手前の寝室に私がいたのでクロウも間に合わなかったのだろう。静かに入ってきたのは、宿屋の主が鍵を渡したせいだ。
この魔女の花の地位はそれだけ高いのだ。
「もう日が真上に登る。私はこれでもかなり待った方ですよ」
「あのねえ、商隊を護衛してやっとついた宿なの。なんなら丸一日ごろごろするんだけど」
「迷宮の地図を要求したのはそちらでしょう。いらないというならかまいませんが」
それは、絶対に手に入れておきたい。
「すぐ用意する!」
半身を起こして言い合っていたが、一気に起き上がって寝間着を脱いだ。よっぽどゆっくり休む時は着替えることにしている。贅沢の一つだった。
「カナン!!」
クロウが非難めいた声をあげ、トゥルランを引きずり出して扉を閉める。
冒険者は動き出すまでの速さが勝負だ。身なりをあっという間に整えて部屋を出た。さすがに普段使っているローブは暑くて着ていられない。街中を行くときの服を買った方がいいかもしれない。
一時期手持ちの金は空っぽになっていたが、クロツルバミを出るとき詫び金をかなりもらった。スルシュを迷宮に連れて入ったときよりもらった。紙と墨を買い占めたとはいえ、それでも懐は温かかった。
「クロウ、準備できた?」
寝室に向かって声をかけると、彼もまた上はシャツ一枚で現れる。
「暑いよね。服は買った方がいいかも」
「そうですね。手頃な服屋をまた紹介しましょう」
「一ヶ月滞在することになるのなら、その方がいいかもな」
私は現金なもので、宿代と食費が賄える上に、新しい迷宮都市に着いたとき一番金がかかるギルド所有の迷宮地図がタダで手に入ると言われて割り切っていた。
しかしクロウは私たちをそうやって一ヶ月ここに縛り付けようとする魔女の意図に、不信感を持っていたそうだ。
何を企んでいるのかわからないという。単にクロウの顔を長く見ていたいだけのように思えるが、そうではないのだろうか?
昨夜、クロウは食事をしながら長いこと考え込んでいた。
準備を終え、トゥルランと一緒に階段を降りると宿屋の主人が従業員になにやら指示をしていた。私とクロウは鍵を渡したことを咎めるよう、じろりとそちらを睨むがまったくどこ吹く風で堪えている様子はない。自然な笑顔でいってらっしゃいませと送り出す。
あれくらい面の皮が厚くなければ貴族や高位の者を相手にする商売はやっていけないのだろう。
「ちなみにこの宿は私が出資しておりますので、責めても無駄です」
「やっぱり、あんた貴族だよね」
「父にはお会いになったでしょう?」
宿屋の主が? と思ったが、違う。顔つきが似ていない。しかしよくよく見ればトゥルランの髪は陽が当たると金に近い。不思議なことにこの世界にもメンデルの法則は生きている。たまに私の常識でとんでもない髪色や目の色の者はいるが、だいたいが濃い色の方が表に出やすい。
「母親は金髪?」
「ミハナダ伯爵の妻は余所の土地から来た、それは美しい金髪の女性でね」
「子どもを花に差し出したの!?」
つまり、トゥルランは伯爵の息子で、このミハナダ迷宮の主の息子だということだ。
「いえ、私がロアーナ様の花に志願したのは十五のときでした」
その事実に絶句する。
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次は来週水曜日です。




