43.魔女の施し
「まず、感謝を。ランタンの芯になったヴァン……クロウを、拾ったのは本当に素晴らしいことだわ! この顔が! いったいどうなっていたことか」
「その芯って言い方不愉快」
「もちろん、私も不愉快だわ」
ランタンの魔女がすべての記憶を、名前を差し出しだせば、残るのは燃えカス。廃人のようになってしまった元魔女のことを、人がランタンの芯と呼ぶのを嫌というほど聞いた。
もちろん私に面と向かって言うようなことはないが、あちこちで囁かれるのを漏れ聞いている。
「知ってる? 元魔女の行く末を。ほとんどが使い切った場で魔物やらなんやらに殺されて死ぬか、生き残ったところで何の記憶もない生活力のない女が辿り着くものなんて知れている。男は放置されるのがほとんど。クロウだって顔で貴族にでも買われていたら幸運な方だった。それを救ったあなたには感謝しかない」
「私が新しい魔女だと知った途端、ヴァンを捨てていこうとしてたね」
己が価値無しと捨て置かれた話なぞ、聞いていても愉快なことではないだろう。あえてヴァンと言ったことに、ロアーナはにこりと微笑んだ。
「ただね、そうならないように魔女は常に花を従えておくべきなの。そうしなかったヴァンが一番おろかよ」
そう言って後ろに立つトゥルランに、ロアーナは手を伸ばす。
トゥルランは軽く目を伏せ口元に笑みを浮かべたまま、その手に顔を寄せた。
「花の契約をし、花の記憶をすべて己のものとして、有事に花の記憶から燃やしていくようにしなければ、魔女の記憶なんてすぐ尽きるわ。だからね、あなたも……名は?」
そこでやっと私の名前を知らないことに気づいた魔女が問う。
「今の名はカナン」
「……前の名は、ヴァンも忘れてしまっているものね」
ミーアでは、私を認識してもらえなかった。新しい人間としてあの場ではカナと名乗り、女であることを隠すとき、どちらでも使えるカナンを名乗ったのだ。
「カナン、あなたも花を持ちなさい。なるべく、たくさん。花の契約の魔法陣は、使い魔が知っている。必要な道具も教えてくれる」
「花は、嫌だ」
「そう言っていられるのも今のうちよ。名を燃やせば自分が自分でなくなり、世界のどこかであっけなく朽ちる。その恐ろしさに悲鳴を上げるのよ。花の契約は無垢な子どもでなくてはほとんどが弾かれるから、事前に色々と準備をしなければならない。差し出す子どもがいる者を募らねば、ね」
「何も知らない子どもを餌で釣って契約させるんでしょう。いざとなったらお前が燃えカスになれって」
周囲をぐるりと見回すが、部屋のあちこちに立つ男たちは眉一つすら動かさない。
魔女は花の記憶を己のものとして燃やすことができるのだ。そうやって己の記憶を守り、花から使い捨てていく。
「魔女の引き継ぎが円滑に行われないと世界が困窮する。どうしても、通常の、人にはどうにもできない事柄が起きる。それを収めるのが魔女の仕事だからね。ランタンを継承せずに魔女が死ねば、ランタンは次の主を探すために行方をくらます。そうなっては困るのよ。ヴァンにも再三花を持てと言ってきたのに……まあ、引き継ぎができてよかったわ」
水煙草をふかしながら、ロアーナは私を見てきた。
「ヴァンを花にはしていないのでしょう? だったら私にちょうだいよ。こんないい男、冒険者なんかにしておくのはもったいないじゃない」
「人を物のように扱わないで」
「お前から無理やり奪うことだってできるのに、ずいぶんな態度だわ」
口を尖らせて言うロアーナはどこまで本気なのかわからない。
「私はやられたらやり返すよ」
売られた喧嘩は買う。
「ヴァンを一人の人間として見ていないあなたになんて渡さない」
飾り物の一つとして持っておきたいだけなのが透けて見える。
「おお、怖い。たかだか十数年生きた程度の記憶なんて、花を百持つ私の相手にもならないわ。ランタンの魔女であることを隠し、人々の願いを聞くつもりがない魔女もいなかったわけじゃない。記憶を使わなければ死ぬこともないもの。でもね、世の中そう上手くはいかないのよ……まあいい。先輩魔女として、花の重要性は説いてあげた。このあとどうするかはあなた次第。ミハナダの図書館は大きいわ。許可をあげるから知識を得ておきなさい」
図書館はほとんどが神殿に併設されており、かなりの献金をしなければ入ることはできない。
ロアーナの意図が読めず、不信感が顔に出てしまう。
「魔女の引き継ぎが頻繁だとそれはそれで面倒なのよ。しきたりをわからず勝手をして秩序を乱す。カナンはまだ、隠して冒険者をやっているからそこまで教える必要はなかったのだけど、近くに来ていたからちょうどよかっただけ。私はね、新参者には親切なの。使い魔を出して」
「使い魔を?」
「そうよ、記憶を消費せずに連絡できるようしておくのよ。さあ、早く」
何が目的なのかわからないが、とりあえず呼び出す。
「ヒジキ」
ピンク色の炎が渦巻き、小さな黒猫のヒジキが私の膝の上に現れた。
「なんか、記憶を使わずに連絡するためって……」
『ああ! 使い魔に紐をつけておくんだ。別にこっちの場所を知られるわけじゃないし、単に連絡をとりたいとき俺を通じてやりとりできるってだけだから問題ないと思う』
ロアーナの使い魔は、彼女を絞め殺してしまいそうなくらい太くて長いヘビだった。表皮の色は金色だ。それがずるずると這いずって、ヒジキの前に移動する。
生理的に無理だし、ヒジキが食べられてしまいそうでぎゅっと手の中に握りこんだ。
ただ、当のヒジキは平気そうで、二人の間にピンク色の霧がふわりと揺れた。
「何か困り事があったら使い魔へ私に連絡をとるよう言うだけでいいわ。記憶を使わないからとても便利なの。ヴァンにはこれも拒否された。せめて繋いでおけば、名を燃やし尽くす前に駆けつけることだってできたのにね」
少しだけ眉尻を下げて言う姿に、案外いいやつなのかと思ったのも束の間、にっこり笑って爆弾発言を落としていく。
「ちょうど継承した瞬間にヴァンをさらってしまえたかもしれないのに。惜しかったわ」
「やっぱりクソじゃん!」
「まあ! 下品な娘ね。トゥルラン、宿を手配して。一ヶ月。あと、明日でいいから神殿に閲覧許可を」
「宿?」
「一ヶ月分払ってあげると言っているのよ。今の時期、この街で手頃な宿をとるのは至難の業よ。高級宿を手配してあげるから、せっせと知識を積み上げるといいわ。二十日後に祭が始まるし、それも見ていけばいい。正体を隠して過ごすなら、冒険者としてこの街ではやりにくくなったろうし、それくらいは施してあげる。一か月はミハナダの知識を吸収しなさい。それが今回いろいろ便宜を図る代償よ」
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