42.魔女との初対面
領主の屋敷の周りはぐるりと高く分厚い壁に囲まれていた。都市全体も塀で囲んでいるがそれは魔物から人々を守るためだ。しかし、この塀は人々から貴族を守るためだった。または、その中で起きることを漏らさないため。
屋敷は大きかった。三階建てで小学校や中学校くらいの敷地に同じようにいくつも屋敷が建っている。トゥルランは、明らかに中心となる屋敷ではなく、その裏手にあるもう少しこじんまりとした屋敷へ私たちを導いた。
暖かい土地だからか、たくさんの花が植わっている。花の色も豊富で、きれいに整えられた花壇が美しかった。反対に木の種類はそう多くないようだ。木肌が白く、二メートルくらいの高さでてっぺんにこんもりと黄緑の葉が茂っている。
目的の屋敷入口近くには馬車が停まっていた。
「客のようですね」
そちらへ少しだけ視線を向けて、気にすることなく屋敷の中へ入る。扉はトゥルランが三度叩くと内側へ開いた。
中には彼と同じような銀糸のレースのローブを被った男が二人。これまた顔がいい。ただ、髪色が濃く、瞳の色も濃かった。
「ロアーナ様へ知らせを」
「お客様をそのままお通しするようにと言いつかっております」
扉を開けた男の言葉に、トゥルランは細い眉を片方だけ器用に上げて、頷いた。
「ではこちらへ」
二階へ伸びる大きな階段には赤い絨毯が敷いてあった。玄関ホールからそれがずっと続いている。
二階の奥の部屋の前に立っていた男が扉を開ける。
かなり広い部屋だ。大きな窓から緩く風が入ってきて、緑色に金の縁取りをしたカーテンを揺らしている。金属枠にガラスの窓。家を作ろうと試行錯誤している身からすると、その値段にめまいがする。廊下は赤い絨毯だったが、この部屋はベージュの落ち着いた色合いだ。
中ではたくさんの生地がローテーブルの上に広げられており、淡いピンク色の豊かな髪を持った女性が目を輝かせていた。
私たちが部屋に入ると、そのうちのいくつかを指さし、手を振る。
すると、手前で布を腕に抱えていた男が礼を述べて、従者とともに片付けあっという間に出ていった。
その間ずっと立ったまま待たされている。
ピンクプラチナの髪を持つ女性は、ソファにゆったり腰をかけたまま後ろに控えていた、やはり銀のローブをまとった男にお茶を淹れさせた。
「ロアーナ様、布はもうあれでよろしいのですか? 他にもいくつも素晴らしいものがございますが」
同じソファの端に座った男が尋ねる。彼は現地の人の髪と肌の色をしている。室内は多少ひんやりと暑さが和らぎ、彼はわりと着込んでいる方だ。同時にたくさんの宝石を首からぶら下げていた。明らかに金持ちだ。
「ええ、今はこれで十分よ、ミハナダ伯爵。またしばらくしたら新しいものを頼むかもしれないけれど」
「さようですか」
そうしてやっとロアーナこちらに視線を向ける。正確にはクロウに。
にっこり笑うと向かいのソファに座るよう指さす。逆らっても何もいいことは起きないだろうと、諦めた。クロウを促して並んで座る。
トゥルランが私とクロウに茶を淹れてくれた。香りがすごくよく、遠慮なくいただくことにした。クロウも同じようにお茶を飲む。しばらく茶器の音だけが響いていた。
「ああ、ヴァン。相変わらずいい男ね……本当に、すっかり忘れてしまうなんて」
口火を切ったのはロアーナだ。頬に手をあて、ため息をついている。
魔女は、ヒジキの言うとおり派手な女性だった。年の頃は二十代前半に見える。瞳の色に似た濃い臙脂のドレスは胸元が強調され、宝石がいくつもついたネックレスやブレスレット、イヤリングをつけている。とにかく宝飾品をこれでもかと身にまとっていた。美人だが、化粧も濃い。それが私の第一印象だ。
彼女は気にしていないようだが、隣に座るミハナダ伯爵が不快感を示す。
「ロアーナ様がお声がけくださっているというのに!」
クロウの反応がないのが気に入らないようだ。
そんなことを言っても仕方ないというのに。
「その名前じゃだめ」
「ああ。それはそうね」
魔女は頷く。彼女にはすぐ通じたようだが、伯爵はしかめ面で首を傾げる。
すぐ後ろに立っていたトゥルランがロアーナにそっと囁いた。
「クロウ、ね。ああ、それにしても本当にいい男。ねえ。冒険者をやっているんですって? そんなのやめて私のところで一緒に過ごしましょうよ。花になる必要はないから」
花と聞いて私が顔をしかめたことに、向かいに座る伯爵が不愉快だと言わんばかりの瞳を向ける。
クロウは軽く首を振って拒否した。
「興味がない」
言い方!! と思ったのは私だけではなかった。ミハナダ伯爵が激高する。
「貴様! いやしくも冒険者の分際で、魔女様に対してなんて口の利き方を! 光栄な申し出を――」
「うるさい」
ぴしゃりと言い放つロアーナの言葉は低く響いた。
「伯爵様、わたし、彼らと話しているの。退出してくださる?」
「ろ、ロアーナ様、わたくしは……」
「出て行けと言っているの」
厳しくそれ以上のを許さないとするロアーナの言葉に、ミハナダ伯爵はしぶしぶ部屋を出て行った。
可哀そうに。意味がわからないだろう。彼の言っていることはもっともなのだ。魔女は尊ばれる存在であり、彼自身も伯爵と呼ばれていたからにはこのミハナダの領主なのだろう。明らかに地位が高くへりくだらないといけないのは私たちの方だ。
それがまったく尊敬の念を抱かず、喜ばしいと表情に現さず、ほとんど無表情で魔女を見ることがない男と、敬語も使えない小娘。
魔女への礼儀をわきまえない者を叱ったら反対に自分が叱られた。
思わず目で追うと、部屋から出ていくときミハナダ伯爵と目が合う。
憤怒の表情で私をにらみつけていた。
可哀そうに。
ロアーナは立ち上がり、私とクロウの間に無理やり座ってきた。
クロウの腕にしがみつき、しなだれかかる。
「あの美しい銀髪はどうしたの? あら、まさか染めているの? もったいないわ」
「銀は目立つからね」
私が答えるが、こちらを見向きもせずにクロウの身体を撫でている。
「ここは私の居住地ではないけれど、あちらには私の屋敷があるの。大きな屋敷でね。部屋もたくさんあるわ。好きなように使えるお金もたくさんあるの。楽に暮らせるわ。迷宮なんて危ないところにも行かなくていいの。この美しい顔に傷がついたら、ああ、私の心は張り裂けてしまう。だからね、一緒に行きましょうよ」
「顔に傷がついたらショックなのは同意」
そこは私も気をつけてもらいたいところだ。
実は何度か、痕が残るような傷ができたのだがこっそりランタンの魔法で治している。
「さっきからうるさい小娘ね」
「えっ!? 呼ばれたのは私じゃなかったの?」
トゥルランは間違いなく私に語りかけていたと思う。
ふぅ、とわざとらしくため息をついたロアーナは、立ち上がり元の場所へ座り直した。ソファの背に身体を沈めて気怠げに右手を動かすと、後ろに控えていた銀糸のローブの男が水煙草を持ってくる。
「まあ、確かにあなたにも用がある」
吐き出した煙は甘ったるい匂いがした。
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次は来週水曜日です。




