41.海の街ミハナダ
「カナンだけってのは冗談さ、二人とも来る気があるならぜひ声を掛けてくれ」
ヤーシンがそう言って依頼書にサインをする。契約時よりもさらに増額して料金を払ってくれる。それだけ満足したということだろう。
「初めてだったよな? 祭りが始まれば港近くの広場で見世物をする。よかったら来てくれ。天幕を立てて中でやるが、席料は安くするよ」
「ありがとう! 見に行くね」
祭があるとは聞いていたが、まさかこんなに盛大に行われているとは思いもよらず、私とクロウは街へ入ったときからずっと驚いていた。
茶色や臙脂の石や木でできたクロツルバミと違って、家の色はほとんどが白だ。中に木を使っているようだが白い石を組み上げて、さらにその隙間を白い粘土のようなもので埋めていた。
屋根は青と緑、またはそれが混ざった色で統一されている。
入ってすぐの大通りは旅人向けの道具屋や宿が多いらしく人でごった返している。道幅は広く、ヤーシンたちの荷馬車もスイスイ進む。定宿へ向かって去っていった。ひと月以上一緒に過ごしていたので少し寂しい気もする。
白い壁に青い屋根。そして窓辺に色とりどりの花が咲いている。祭だからと余計に飾っているらしく、赤や黄色の布が窓から窓へ吊されているのだ。
昔、ミハナダの迷宮都市がかなり大きな氾濫を起こしたとき、魔女が現れそれは見事に氾濫を収めた。魔物の遺体の代わりに花が咲き乱れ、都市は花の香りに溢れたらしい。
その景色を再現するために行われる花の祭だそうだ。花で足りない分は色布を飾るという。
「日が暮れる前に宿を。その後冒険者ギルドへ行こう」
依頼完了の届けを出さねばならない。
だがそれよりも宿を見つける方が先だ。正直ここまで大きな祭とは思っておらず、手頃な宿が空いているか心配になってきた。宿のランクは下げたくないし、かといって高いと金が続かない。状況によってはここを早くでることになるかもしれないと、内心焦った。
門の周囲にいる兵士たちに私とクロウが泊まれるようなオススメの宿はないか聞くため、戻ろうとしたところで視線を感じた。
このあたりはクロツルバミよりも暑く、旅人でなければローブを着ていることはない。男性は上半身裸で歩いている者さえいる。そうでなくてもシャツ一枚のことが多かった。女性はワンピースのような一枚物を着て、腰の部分で布の紐を結んだりガラス玉をぶら下げたりしている。肌の色は濃く。黒髪に茶色の瞳の人種が多い。とはいえ旅人や冒険者も多く、そういった地元の格好をしているのは半数くらいだ。その冒険者も街に入った時点で暑さにやられてローブを脱ぐ。私とクロウも早々にローブを片付けていた。
とにかく布を重ねて着ているような者はあまりいない。
視線を感じて振り返った先にいたのは男だった。クロウなみに背が高く、薄く淡い茶色の髪は短く瞳は茶色。濃い青のシャツに生成りのズボン。茶色のブーツ。大きな粒のネックレスをいくつもして、レースのような銀糸の透けるローブを着ている。真っ直ぐこちらを見返してくる。
冒険者にしてはあまりにきれいな装いで、目を引いた。
彼に注目したのは私だけではなかったようだ。
「トゥルラン様だ」
口々に囁かれる言葉に導かれ、彼は真っ直ぐ私のところにきた。一歩踏み出すたびにざりっと石畳が小石でこすれる音がした。しかしその歩く姿も優雅なのだ。
そして胸に手を当ててにこりと笑う。
「我が主がお待ちです。どうぞ一緒にいらしてください」
よっぽど私が不安な顔をしていたのだろう。名も知らぬ、たまたま隣にいた男が笑顔で言う。
「魔女様の花だよ。ほら、かの有名なロアーナ様さ。今ちょうど祭に合わせてこの都市にいらしてるんだ」
「魔女!?」
反射的にクロウの袖をぎゅっと握る。
まさか、魔女がいるなんて。
己の運の悪さを呪う。
魔女は世界に八人しかいないと、ヒジキが言っていた。
「魔女様は記憶を溜めないといけないからね。冒険者を呼び寄せて話をさせることも多いよ。光栄なことだ。ほら、行っておいで。トゥルラン様の身分はこの俺が保証する」
男が話す間にトゥルランと呼ばれた笑顔が胡散臭い男が近づいてくる。
「我が主のお話に、是非お付き合いください」
そう言って深々と頭を垂れながら、私の耳元にそっと口を寄せてきた。
「お連れに私が『お久しぶりですね』と声を掛けてもよいのなら」
耳心地のよい低い落ち着いた声だった。しかしそれ以上にその内容だ。
お久しぶりなのか。
クロウは、――魔女ヴァンは会ったことがあるらしい。実際、クロウの瞳に男の姿が映っていないかのように、これだけ近づいてもまったく反応していない。記憶を失った彼には、以前覚えていたものはのっぺらぼうのように映る。
そこにいるのはわかるらしい。
だが、顔の認識ができない。そういった相手がいるのならば余計に、クロウは動かないようにしている。それを悟らせないために。そっと私に伝えることになっていたが、今はあちらから向かってきていた。
「わかった。ついていく。……行こう、クロウ」
そう言って、隣で立ち尽くすクロウの手を握りしめた。
クロウが私の返答にうなずくと、トゥルランはこちらへと前を行く。混みあっていたはずの通りが、私たちを優先的に通すよう人垣が割れた。
ほとんどの迷宮都市には領主の住処がある。そこが政の中心になるかはまた別だが、クロツルバミの迷宮都市のように需要が高いと居城を移すことが多いそうだ。
ミハナダの迷宮都市も例に漏れず領主が住む屋敷があった。
彼はこの都市では有名らしく、人々が遠巻きに私たちを見ていた。クロウの容姿が目を引くのも一因にある。
遠慮無しに囁かれて、うんざりする。ダメだ。この都市からも早く移動しよう。この後解放されてもやりにくいことこの上ない。気候は嫌いじゃなかったので少し残念だった。寒い場所よりは多少暑い方が好きだ。服を着こんで縮こまっているのはつらい。初めの、ミーアたちが住んでいた街が、朝晩の冷え込みがきつく、桶に氷が張っているようなところだったので余計にそんな風に思えてしまうのかもしれない。
ブーツよりもサンダルを履いている人が多いのもあるかもしれない。
窮屈なブーツを一日中履いているのがつらいなと思う時があるのだ。
『ヒジキ、こいつ知ってる?』
『あれだ、派手な魔女の花だな』
『その花って何?』
『ほら、前に話しただろう。記憶を共有する相手』
ああ、と漏らす。
胸くそ悪い話を、かなり前にヒジキから聞いていた。
『花の中でもお気に入りだろ。常について回ってる』
『髪色が薄いのは貴族の証だって話だったけど』
『全部が全部そうというわけじゃない。ほら、ここいらの人間は髪色も肌も濃い目だろう? 領主だって同じさ。こいつの素性は俺も知らねえ』
とにかく、面倒なことになったというのだけはよくわかった。
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