40.新しい街への旅
章ごとに一気に出すという話でしたが、
ちょっといろんな兼ね合いで新章を少しずつ公開していきます。
とりま、七月は八話分くらいと思っております。
よろしくお願いします。
黒い影が荷馬車に向かって飛んでくるが、バンッと音がして弾かれる。同時に私の手の中の呪符も燃えた。
すかさず次の呪符を発動する。
荷馬車の後ろから見える狼の魔物に、男が剣を突き立てとどめを刺していた。風に乗って濃い血のにおいが流れてくる。
隣では子どもたちが身体を寄せ合って縮こまっている。少し大きい男の子が小さな女の子を抱えていた。
「大丈夫だって」
私が笑って言うと、赤子を抱く母親も同じように笑顔を見せる。
「これまでも無事だったでしょう? カナンちゃんの〈防護〉の呪符はすごかったでしょう?」
「それにクロウの剣はとても早いのよ」
幌がかかっていて外の様子はよく見えないが、それでも戦いが終わったあとはいつもたくさんの魔物の死体が転がっている。その中で返り血一つ浴びずに立っている黒髪の美丈夫に、商隊の女性たちはすっかり魅了されていた。
〈探知〉の魔導具で確認した魔物の数はそう多くなかった。もう終わるだろうと思いつつ、安全のため鞄からもう一枚〈防護〉の呪符を取り出した。
クロツルバミの迷宮都市を発ち、港町から船で別の漁港へ移動した。そこからさらに船で目的地である迷宮都市に行くことはできたが、今の季節は荒れることが有名で、陸路を行くことになった。ちょうど運良く大きな商隊の護衛依頼があったので私とクロウで潜り込んだのだ。盗賊よりも魔物が多いということだったが、商隊の者たちも十分強く、戦闘時の女子どもの守りを任せたいとのことだ。つまり、〈防護〉が使えるまじない師だ。
私にはうってつけの仕事だったし、クロウの腕の良さに商隊の長はたいそう喜んだ。
「まだ小さな女の子だから最初は心配したが、どうだ、このまま一緒にあちこち回らないか?」
「迷宮に潜りたいから無理」
魔物を倒し、少し移動したところで野営することになった。
薄いパンに肉を挟んだものを受け取りながら首を振る。私の呪符が気に入ったと、食事のたびに誘ってくる。不思議としつこくは感じず、私も定型文で返すようにしていた。
「お前はいたら騒動の元になりそうだからいらないが」
そういってクロウにも同じものと杯を渡す。
長の息子。今年で二十二になる、ヤーシンだ。風や砂除け、日除けに、フードでなく頭に布を巻いている。ターバンのような感じだ。いつの間にかクロウも生成りのターバンを巻いている。旅が始まってすぐにもらったそうだ。
この商隊は売り物を運びもするが、旅芸人もやっている。だから女性も多かった。独身の女性は、クロウに対して何も遠慮することはないとばかりに積極的に誘いをかけてきた。クロウにその気がないからいいものの、そうでなかったらひどい有様になっていたことだろう。
クロウの剣の腕には一目をおいているが、若い商隊のメンバーからは距離を置かれている
どこまでも色恋関連で頭を悩ますことになりそうだ。せめて特定の相手でもいたら違うのだが、現状難しい。
「ミハナダの祭はかなり大きいからな。暑い時期に水を使った芸は映える。毎年の順路だ。今回は無理でもこの時期なら必ずといっていいほど滞在しているから、気が向いたらいつでも来てくれ」
そう笑って他の冒険者の元に夕飯を配りに行った。
カナンたち以外にも二組、合計五人の冒険者を雇っている。
それだけこの商隊は大きい。荷馬車だけで八台もあるし、荷馬用の馬以外に男たちが乗る馬が十頭もいた。
「随分腕を見込まれたな」
「前に見たまじない師の〈防護〉よりずっと性能がいいらしいよ。まあ、私の呪符だ。当然だね」
クロツルバミで性別がバレ、隠すのをやめた。胸をむやみに押さえつけるのもいいかげん苦しい。自分でも限界が近いとは思っていた。男と女では身体のラインが違う。どうせいつかはやめなければならなかったのだ。
そのかわり、自衛の魔導具をはっきり見えるように着けている。
次の都市でランクも上げるつもりだ。つまり、何かしてきたらそれを返り討ちにするだけの腕はあると見せつけることにした。
「〈防護〉の枚数は足りるか?」
「大丈夫だよ。明日には着くって話だし。そうしたら迷宮で墨をとって、紙を買って……また一から相性のいい紙屋と墨屋を探すのが大変だけどね」
「そればっかりは仕方ないな」
紙も墨も、クロツルバミで買えるだけ買ってきた。それが尽きる前にミハナダでせっせと探しに回らなければ。
「あちこち行き来する冒険者の悩みだね」
今度の迷宮都市ではもう少し長く定住できたらいいなと思っている。
「よい肉も捕れ、素材も豊富。魔石もいいものが多くあるというから期待しよう」
まず冒険者ギルドへ行って迷宮の地図を手に入れ、と話しているうちにたき火の数が減ってきた。そろそろ番をしながら眠る時間だ。
私は女性たちの荷馬車で一緒に眠る。何かあったときすぐ呪符で守りに入れるようにだ。クロウは他の男たちと一緒に交代で寝ずの番をする。
子どもの身体なので夜はまだ眠い。楽をさせてもらってありがたかった。
食事を終えた子どもたちが寄り添っているところへ潜り込んだ。すると、我先にとカナンの側にやってきて丸くなる。小さな子どもは可愛い。特にここは掏摸だのなんだと心配する状況にないから、余計に身を寄せてくる子どもを愛おしく思う。
一瞬、弟の小さい頃を思い出して、慌てて記憶を奥へ押しやった。
もう二度と会えないだろう姿を、忘れるように努める。代わりに、腹のあたりにいた少女を抱きしめてみた。
すると、私の腕に自分のものをからめて、やがて寝息を立て始める。
日が昇れば出発だ。
私も目を閉じ、眠気に身を委ねた。
そんなわけでクロツルバミの迷宮都市から移動して次の、章タイトルにあるように、ミハナダの迷宮都市へ向かいます。




