35.冒険者のサガ
夕飯には少し早い時間だったが、例の街の酒場へ向かった。情報が集まるのはいつもここだ。何か聞けるのではないかとやってきた。
「いらっしゃいクロウ」
看板娘のリアナが彼女にとって一番の笑顔をこちらへ向ける。
壁際の席に座ると適当にいくつか注文した。そして当然のようにロンがやってくる。
「よお、明日の昼に領主様が入るみたいだぞ」
「もう入るのか。早いな」
「迷宮都市の迷宮が停止しているのは領主にとっても死活問題だろう。それに明かりがなくなったからその対処も早くしたいから、ってところかな」
「最初潜る冒険者は名声を得たいヤツが多い。地図屋たちも準備しているそうだ。しばらく地図は高いからなあ。何かいい情報があれば教えてくれ」
「開放階の話は?」
「それはもうみんな知ってる」
ロンがにやりと笑う。
「せめて十層くらいまでは平和な階が続くといいんだが。たまにとんでもない迷宮もあるらしいからな」
「普通は層が深くなるほど強い魔物が生まれるとは聞いているが、どうなるだろうな」
その仕組みは解明されていない。
「どうだ、見に行くか?」
「人が多そうだ」
「領主様がいらっしゃるときは冒険者は排除されるだろうが、ギルド内にいればいい」
むしろ、明日出て行くべきか?
心の中が荒れに荒れていて、ロンとクロウの会話は半分も入ってこなかった。
宿に帰ると、早速話し合いだ。私がベッドに座り、クロウが椅子に腰掛ける。
お互い結論は出ているのだ。
ここを出て他へ行こう。
領主に関わってしまったが最後だ。冒険者としてのし上がっていきたいのならば都合がよいのかもしれないが、私はそれでは困る。変に貴族と関わるのは危険を伴う。
黙ったまま相手の出方をうかがっている。
結論は出ているのだ。明日にでもここを出るのが一番なのだ。それでも、だ。
「クロウが言いたいこと、なんとなくわかってる」
「ああ、俺も、カナンが何を言い出すのかわかっている」
わかっているのに、私も、クロウも、新しいクロツルバミの迷宮都市を見てみたいのだ。
「わかってるんだよーもー、でもさでもさ、新しく戒律が決まったら一度でいいから入ってみたい。入れなくても、どんな風にそれで迷宮が変わるのか知りたい!」
迷宮混乱なんてそう出会う事態ではないのだ。
「身バレの安全を考えるならさ、絶対今夜にでも経つべき。采配が教えてくれるほどだし」
「そうだな」
でも、と言外の言葉が続いている。
魔女になる前もなったあとも、街で薬師をしていたクロウ。記憶を失い、私と一緒に冒険者として歩み出した。最初は不安だらけだったがなんだかんだと今は彼も冒険者なのだ。
私だって、平和が一番、怖いのはいやと再三、心が訴えてくる。
それでも、好奇心は人並みに持ち合わせているのだ。それでなくても魔法と魔物が混在するこの新しい世界には見たことのない刺激がたくさんある。
定住を希望しながら新しいものには触れたい。そんな欲にまみれていた。
「一回だけだ」
「そうだね、一回だけ。一回だけ潜っていこう。三階くらいまででいいよ。その足で街を出よう」
翌日。昼前に迷宮横の冒険者ギルドへ行くと、山ほど人がいた。皆、領主が戒律の確認にくるのを心待ちにしている。
「よお、お前たちも戒律待ちか」
一緒に迷宮から出たリムだ。彼は采配の弟ではないと確信している。あの店の采配は、クロウにはとうてい及ばないがなかなかいい男なのだ。リムじゃない。
「今日から始まるって聞いたから!」
「楽しみだよな。戒律によってはさらに栄えることになるからな。城壁を外へ広げなくちゃいけなくなるかもしれない」
急に外がざわつき出す。中にいた冒険者が次々に外へ向かう。どうやらお出ましのようだ。飛び出して行った冒険者が押し戻される。小さな窓から外を覗くと、騎士に囲まれた壮年の男性が歩いていた。迷宮への通用口で待ち構えていた職員が小さな通用口の方を開くと、一人で入っていく。
「騎士は一緒にいかないんだ」
「迷宮の入り口ってのは俺たちが作ったものなんだよ。ほら、階段になっていただろう? 扉だって無理やりつけたものさ。どこからが迷宮か、間違って騎士の方が越えてしまわないよう、領主が一人で行くのさ」
「リムってよく知ってるね」
「迷宮混乱は二度目だ」
「マジで!?」
一度目の話も聞いてみたい。
が、突然ドンと地面が揺れた。
「戒律だ!」
リムが小さく叫ぶ。
私はそちらへ目をやり、外を見る。今のが戒律?
ざわめきが大きくなる。冒険者たちが外へ外へと向かった。
私もクロウと表へ向かう。
しかしすぐそこに騎士がいて、あまり顔を合わせたくないので引っ込んだ。人のつぶやきが波のようにこちらへ押し寄せてきた。
「戒律の発表は今夜だと」
「五の鐘にギルド前に張り出されるって」
「騎士に向かって、『クロツルバミはもっと栄えるだろう』と言っていたらしい」
漏れ聞こえる声に、戒律がかなりよいものだったとうかがえる。
五の鐘は日が沈むときだ。
「おい。ドリスのスープ皿で呑もう」
リムがコップを握るジェスチャーをする。
「おごりなら行く」
「はあ? この間たんまりもらったろうが」
もうない!
「まあいいじゃないか! 坊主にはだいぶ助けてもらった。いいよ、俺らが奢るよ」
すぐ横にいた男たち。そういえば一緒に迷宮から出てきた冒険者だ。
こいつが弟か……違うなぁ。きっと違う。
結局リムと他に二人を伴ってドリスのスープ皿へ移動した。色々と話を聞きたい。すると、すでにコウたちもいたので皆でテーブルに並ぶ。
話題はもっぱら新しい戒律の話だった。それといっしょにリムが以前見た迷宮混乱について詳しく聞いた。さっき起こった地震のような、鳴動があったらしい。
リムは見かけ通り経験豊富で、あちこちの迷宮を見てまわったそうだ。一緒に行動している二人の男と。
後から席にやってきたまじない師はずいぶんと男前だった。
人の冒険譚は聞いていて楽しい。
何よりリムが今目の前にいるということは、その話はハッピーエンドとはいかなくてもバッドエンドではない。安心して聞ける経験を伴った話は、とても勉強になった。
どんな時に引くべきか、反対に突き進むべき時はいつか。
なかなかの話し上手であっという間に時間が過ぎた。
「カナン!」
呼ばれて振り返った先の男に、私は内心深くため息をつく。
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