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転生魔女と魔法のランタン  作者: 鈴埜
クロツルバミの章

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34/39

34.街歩き

 やたらとすっきりさっぱりした私に疑いの目を向けるクロウを適当にいなしながら、今日はクロツルバミを歩いてまわることになった。

 相性のいい紙と墨屋を捜したとき以来だ。基本的には迷宮に狩りに行くのが私たちだった。狩りに行く準備をするための店は、世話になった宿屋がすすめてくれたところを使うことが多い。最終的にマーニャに教えてもらった店をよく使うようになった。近所だし便利だ。

 そうやって決まっていくと新しい場所を開拓することもしなくなる。


 クロツルバミの迷宮都市は大きい。

 私もまだ行ったことのないエリアがたくさんある。


「服を見たり。家具を見たり、とにかく色々あちこち行ってみたくて」

「確かに、迷宮に入るか護衛依頼を受けてばかりだったな。迷宮が閉鎖されて時間ができた。都市を見て回るのはいいかもしれない」


 酒場で聞いた昼の美味い店くらいは把握しているがそれまでだ。


「服を少し増やそうという話もしていただろう? 金もかなり入ったし、新しく見繕うのもいいかもしれない」

 クロウに言われて内心冷や汗をかく。


 私はいざとなればランタンでどうにでもなるからと、二人の経費的な分をクロウに渡してある。私が持っているのは完全に自分の自由になる、好きに使っていい金しかない。だから使い切っても何の問題もないと、浴槽とタオルにつぎ込んだ。

 だが、服はどちらの範疇なのだろう。

 ……どう考えても自分持ちだ。


 欲しいものを見にいくのに欲しいものがあるとまずい事態に頭を抱える。


 それでも店を回り始めると楽しくなってしまい、ついつい本気で物を選んでいた。


「クロウは上下をもう二枚ずつ、胸当てももう少し丈夫な物を……」

「カナン、二つも必要ない。胸当てもまだ使えるし十分なものだ」

「靴の手入れは?」

「この間見てもらったところだ」

 自分の財布を開くわけにはいかないとなると、ついクロウの身の回りのものに目がいってしまう。


 午前中スワランの紙屋まで足を伸ばし、紙屋を冷やかしたついでに美味い昼食の露店を聞いた。結局肉だが、肉は原動力だ。午後も歩き回りクロウは少しげんなりしていた。その合間に、石鹸を売っている雑貨屋にも寄った。欲しいなと思う石鹸は高く、普段づかいはできないと諦める。そう。これからはクロウが寝た後こっそり移動して風呂に入ることすらできるのだ。きっと翌朝バレるだろうが、移動の目印が布団の中にあれば、私がランタンの魔女として何かをしていると勘違いし、深くは追求されないだろう。


 そんな楽しい一日の最後は娼館通りの先の酒場だ。

 今日もクロウは大人気で、あちらこちらから声をかけられている。そんなときは決まって私の手をぎゅっと握り足早に去るのだ。

 今日の目的の一つはこのあたりでの呪符(トゥル)の注文を受けることなのだが、この勢いで通り抜けていては采配たちも声を掛けにくい。そしてこちらからも話を持っていけない。


「クロウ、早い」

「用があるならすぐ出てくるだろう。俺とカナンはいつも一緒にいるんだ」

 クロウは背が高く、人混みから頭一つ分飛び出ている。

 遠くから来たこともわかる。そうすると女性たちが声をあげるので采配も確かに早くに気づくだろう。


 言っていることはわかるが御用聞きにまわる予定だったのに、これではあっという間に抜けきってしまいそうだった。


 そんな中一人の女性が声を掛けてくる。


「カナン、采配が注文があると言っているよ」

 私はクロウの手をぎゅっと握って引き留めた。

 彼女の所属する店の出入り口に采配の姿は見えない。そして、彼女の声かけを最後に、女たちの執拗な誘いが止んだ。


「注文なら仕方ないな」

 クロウが言うと、女はそうだろうと笑って店の中へ招き入れる。


「カナンへの注文だろう? その間に私と部屋へ行こうよ、クロウ」

「ちょっと、こんな女より私だろう」

 いつもと同じように誘われているが、彼女たちから見え隠れする本気がうかがえない。いうほど邪魔もされず開かれた扉の奥へと進んだ。


 初めて入った店内が物珍しく、ついキョロキョロとあたりを見渡してしまう。入ってすぐ左右にガラス張りの部屋があり、その中でかなり薄着の女性がけだるげに座っていた。大きな長椅子に腰掛けたり横になったり。


 もちろんあちらからも見えているようで、クロウの姿を見つけると歓声が上がる。


 奥の階段の先から、また違う嬌声も聞こえてきた。私の興味深げな様子に先を行く彼女が振り返る。


「まだ早いだろうに」

 くすりと笑われる。私は肩をすくめておいた。ついでにクロウを見上げると、居心地がわるそうなその目と視線がぶつかる。

 握っていた手がするりと抜けだし私の頭をぽんと叩いた。


「こっちだ」

 階段横の扉から、男が顔を出す。

 招かれた部屋はそれほど広くなく、机と紙の束が山ほどあった。扉が閉められると、彼はすぐさま本題に入った。


「カナンがやり込めた騎士の友人がうちの店に出入りしていてな」

「騎士様が? こんな……冒険者が利用するところに?」

 場末のと言おうとして飲み込む。普通は風呂付き高級娼館に行くだろう。


「うちはマシな方だぞ? 上のランクに頻繁に通うには金がないだろう。それで、うちの女にこぼしていたそうだ」

 私たちを招き入れた女性が扉にもたれかかり腕を組んで立っている。そちらを見るとにこりと笑った。

 

「かなり恨みを買っているぞ。お前たちにとってあまりよろしくない事態だ」

「やり込めた騎士っていうと、あの若い方かな。それともリーダーの方かな」

「若い騎士だな。彼は今沙汰待ちだそうだ。謹慎中だとか」

馘首(クビ)じゃないんだね」

 次期領主を嵌めようとしたのに、甘い処分だ。


「スルシュ様はまだ領主確定ではないだろう? しかも庶子だ。若い騎士は第一夫人の甥だそうだ」

「それはまずいな」

 とはクロウ。これには私も同意だ。


 わざわざこんな風に話を持ってきてくれたのだ。ありがたい忠告に感謝する。


「情報のお礼は、呪符でいい?」

「一晩でもクロウを貸してくれたら、うちの女たちが満足するんだが」

「他の男に抱かれるのが嫌になるかもよ」

「それは困るな」


 本人を放っておいて会話を続けていると、頭の上から深いため息が落ちてきた。


「〈虫除け〉を三十枚ほど頼む」

「ええっ!? さすがに暴利が過ぎる」

「馬鹿を言うな。代金は全部払うよ。お前の呪符は性能がいい。他と変わらぬ値段で五割増しの効果だ」

「じゃあ、情報の対価は……」

「いいって言ってるだろ。さあ、あんまり長々ここにいると怪しまれる。行け」


 何事にも対価は必要だ。

 私が戸惑っていると女が笑った。


「二人と一緒に生還した冒険者の一人がこいつの弟なんだよ」

「うるさい、ミーレ。お前もとっとと客を引いてこい」

 やだ怖いと言って、女は部屋を出た。


 私は改めて采配を見る。

 どこにでもいそうないたって普通の顔。茶髪に茶色の瞳はこのあたりの色味だ。ただ迷宮を出るのに必死で、正直他の面子の顔をはっきりとは思い出せない。


「囮になった話は聞いた。肝が据わったいい冒険者だってな。クロツルバミからいなくなるのは残念だが」

 あのときの、恐怖と苦しさとが再び腹の底から湧いてきてぐっと口を引き結ぶ。


「ありがとう」

 私の様子に気づいたクロウが礼を言い、私の肩を押して移動する。


「出ていく前に呪符を」

「わかった」

 なんとか絞り出した声に、もう返事はなかった。

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