33.ハマム
部屋に帰ると軽い眠気に襲われる。今日はよく動いた。
「カナン、明日の予定は?」
「明日はね、たぶん、午前中はクロツルバミをうろつく」
「うろつく?」
「うん、店を見てまわったり、うろうろする」
鞄からテミズ石を出して口に入れて噛む。石というが、柔らかい。ガムのようなものだ。口腔内の清潔を保つためにあった。まさかの再利用される。放っておけばまた使えるのだ。慣れるまではとても戸惑った。
それでもミントのような香りがして、不思議と口の中がすっきりするので言われた通りに使用している。歯ブラシはない。せめて、と自由に動けるときは使ったあと水洗いしている。
「一人でか?」
同じようにクロウもテミズ石を噛みながら聞き返してくる。
「え、うん。そのつもり。クロツルバミなら大丈夫だよ」
足を伸ばそうと思っているのは家具やなんかを置いている職人街だ。確かに行ったことはないが、その道中は皆が私を知っているようなところを通るつもりだ。それに、ここでは私は男の子だ。女の子よりはましだろう。
「ついでに普段の呪符の注文も受けようかなって」
「あのあたりを通るのか」
娼館のあたりだ。さらにクロウが顔をしかめた。腰に片手を当てて立ったまま悩んでいる。私は口から取り出したテミズ石を見つめ、悩んだ末に鞄にそっとしまった。今度こっそり洗おう。共同井戸はいつ男たちが水浴びをしているかわからない。そこに出くわすのは遠慮したい。
「一日遅らせられないか?」
心配顔のクロウ。眉がハの字になっている。それですら絵になるのはずるいなあと思った。
「一日かあ……」
そうなると明日やることは、家の仕立てか。風呂場には浴槽をどんと置いてきただけだ。大きさを測って、必要なものを計算するか?
窓問題とベッド。どれも、先立つものがなかった。藁のベッドは嫌だ。〈虫除け〉の呪符はもちろん使うが、それにしてもチクチク布の隙間から肌を刺すのだ。
マットレスなんて便利なものはないが、魔物の毛皮を使うことによって多少改善された。ベッドやソファに使われる、弾力性のある毛皮を持つ魔物がいくつもいる。
最高の寝心地低反発マットレスとまではいかないが、割合低価格で取引されていた。
「まあ、一日なら」
必要な物を書き出したり、家の周りを散策したりして時間を潰すことはできるだろう。あちらの家でじっと待っているのは無理そうだが。そこはクロウに知られなければいい。
「じゃあ、明後日一緒に行こう」
「わかったよ」
ということで朝早くから家だ。そろそろここに名前をつけなければ。家とか、廃屋とか。適当な名前で呼んでいる。
「ヒジキはなんて呼ぶのがいいと思う?」
『ここか? 家じゃだめなのか?』
「うーん、そのうちクロウと会話するかもしれないから、隠れ家とか秘密基地とかそういった単語じゃなくて……」
『ちょこれーと!』
「……お菓子はちょっと」
ヒジキに聞いたのが間違いか。
家、一戸建て、部屋、なんか違う。いわばセーフティーハウスなのだが……風呂か。サウナのような、そうだ、ハマムだ。トルコの蒸し風呂だった。
「ヒジキ、『ハマム』って音の単語はこちらにある?」
『いや……一般的にはしらない。何かあるかもしれないけどな。どんな意味なんだ?』
「元の世界のお風呂の形式の一つ」
『風呂か、いいな』
「私がメダルを触ることができないとき、ハマムへと言ったら、ここに連れてきてちょうだい」
『わかった。移動に使う記憶をきちんと備えておけよ』
ちゃっかりしている。
昨日溜め始めた水がすでに壺いっぱいになっていた。水量はかなりあるようだ。元の場所が川になっていないのが不思議なくらいだ。
風呂は部屋に出してあるが、レンガの壁とレンガの床。水がこぼれてもいいのだろうか?
「身体を洗う場所も欲しいからなあ。床を少し傾斜させて、排水溝に水が集まるようにしたい……」
施工はランタンでと考えている。だけど材料は買うか、せめてどんなものを使うのか見たかった。
「あの浴槽を買った職人のところで聞けていれば一番だったんだけどね」
あの街には二度と行く気はない。
風呂付き宿の床がタイルなのだ。もうあれと同じものをと願ってしまおうか……。散々考えて、欲望に負けた。
「タイルの下見を一日延ばしたクロウが悪い!」
『そうだ! クロウが悪い!』
「いい加減お風呂に入りたい!」
『そうだそうだ! お風呂だ!』
ランタンを使うと決めてしまえば、後は自分の要望をしっかりまとめ上げる。
まずレンガの床下に配管。ランタンを使った強引な方法だ。土の中をぐんと同じ材質の金属で管をめぐらせる。家のすぐ外に捨てるようでは周囲の土がベタベタと柔らかくなる可能性がある。二メートルほど管を引き延ばした。浴槽からレンガを貫通して、地中を行くのだ。
その先に軽く穴を掘る。何しろ石鹸が混じっているから木々への水やりには使えない。
さらにレンガ上にタイルを貼った。これは、浴槽と同じ陶器のタイルをランタンに作ってもらった。一辺が五センチほどの薄い青いタイルと、クロツルバミの浴槽と同じ白いタイル。それを交互に敷き詰めた。タイルとタイルの隙間、目地は何かわからないが、風呂場に使われていた目地と同じものをと願ったらやってくれた。ついでに水がかかる床から三十センチくらいまでも同じようにタイルを貼った。いわゆる赤煉瓦の壁に合わせるのでこちらは白いタイルだけにした。全体に施してもいいが、記憶の使用量を考えてここまでにする。
浴槽を部屋へ入って左手の壁際へつけて、湯を温める魔導具を浴槽に設置する。浴槽の縁にひっかけるようになっている。
浴槽へ溜める水のコックも壁につけることにした。蛇口のように少し飛び出ていて、コックをひねると水が出てくる。
頭の中で完璧に作り上げれば、炎が燃えて、一瞬でできあがる。
「お風呂だっ!」
『入るぞ、カナン!!』
すっかり風呂に魅了されたヒジキに、私はくすりと笑う。
気持ちはわかる。
「湯気を逃がす窓をつけないと。少し上で、お風呂の後に開けておけるように。格子とひさしをつけておけば、まあ急ぎで移動しないといけなくても次までに鳥が入り込むようなことにはならないでしょう?」
その上でしっかり虫除けをしておけば完璧だ。
結局これもランタンで作った。外側にひさし、金属の細かい格子をつけ、縦十センチ、横五十センチくらいの木の窓を二つ設置する。開け閉めするための長いフックのついた棒も作って、それを浴室内に掛けておけるようにもした。
「完璧だ」
『完璧な風呂だ!』
まだ昼間だし、石鹸を買っていないが、私とヒジキは思い切り風呂を堪能した。
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これで風呂回終了。




