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転生魔女と魔法のランタン  作者: 鈴埜
クロツルバミの章

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26.恥ずかしさを洗い流す

 湯船に浸かってやっと人心地つく。

 そして、猛烈に恥ずかしくなる。このまま湯に埋まってしまいたいくらい、恥ずかしい。

 私はこちらで年を重ねた分も合わせて、自認三十歳だ。それが、人前でああも苛立ちに任せて噛みついて八つ当たりをし、挙げ句の果てに泣き出した。


 なんというか、どうも身体に引っ張られている気がする。

 普段は気にならない。私は私を保てている。だが、ああいった事態が押し寄せてきて、平常心でいられないと子どもの自分が現れるのだ。


「もおおお」

 一人恥ずかしさにもだえていると、目の前の黒い塊がにゃんと鳴く。


『面白かったな!』

「ぜんっぜん! 普段みたいな安全な狩りでいいのに」

 魔物は倒さないと害をなすもので、それにはもう慣れた。でも、人が死ぬのにはなかなか慣れない。


『人なんてどうせ死ぬんだよ』

「そりゃあ……」

 言葉を失ってしまう。


 のんびりした世界に生きていたのだと思う。

 死が隣に在る現実に、私は常に怯えているのだ。


 でも、私は死なないとヒジキは言っていた。

 どんな状況でも記憶を燃やし尽くさない限りランタンが私を守るのだとわかっている。


『カナン、そんなに人が死ぬのが嫌ならランタンを使えばいいのさ』

 湯に浮かぶ黒い塊が言う。


『カナンが心配なのはクロウだろ? ヤバイときはクロウととっとと逃げればいいのに』

「それはダメだよ」

 私は言いながら黒猫の背をつつく。


「クロウにはそのうち普通の生活が送れる基盤を作ってあげないと。いつまでも私のランタンに付き合わせるわけにいかないんだから」

 記憶を一度すべて失って、そこからまともに生活できるまで。私が支えてあげないととやってきた。かなり普通に溶け込んで生活できるようになったと思う。


 ただ、時々覚えられないものがあるし、薬類は一から教えないといけない。なかなか覚えられないので、とうとう私が独自の名前をつけて効用を説明した物もある。

 

 誰かいい人がいればと思うのだが、クロウは女性に対して丁寧ではあるが一線を引いて踏み込もうとはしなかった。


「困ったね」

『そうか? 困らせてはいたがな』


 ヒジキがケケケと笑った。



 湯船からあがり、服を着替える。拡張鞄は便利で、荷物のすべてを入れられる。定宿に普段使うものは置いて迷宮へ潜る冒険者も多いが、私たちは次の瞬間何があるかわからないので宿に戻らず済むよう、荷物は全部持って移動していた。


 ランタンを使って服を洗濯してしまおうと思ったが、何とか踏みとどまる。そういった使い方をしたら記憶なんてあっという間に使い尽くしてしまうだろう。

 記憶を燃やすことに忌避感というか、恐怖を覚える。全部燃やし尽くしたあとのクロウを見ているからなおのことだ。

 名を燃やすという事態にならないよう、私は慎重に生きねばならない。


「お待たせ」

 鞄の中身を整理していたクロウが顔を上げて微笑んだ。

 

「早いな」

「そりゃあ」

 いつもは私の方が後に入る。ゆっくり思う存分浸かっているのだが、今日は先に入った。いろいろといたたまれなくて、湯ですべてを洗い流してしまいたかった。

 後ろがつかえているのに長々と風呂を堪能できるほど図太くもない。クロウだって汗を流したいだろう。


 口ごもったままの私を見て、クロウは笑いながら浴室へ消えた。

 私はテーブルの上にある包みを物色する。風呂に入っている間に、何か食べ物を買ってきてもらうと言っていたのだ。高級宿はそういったサービスもしてくれた。


 このあたりの食事は、肉以外は基本煮込み。野菜と肉のスープのようなものと、揚げパンがセットだ。スープにはだいたい三種類あって、肉の出汁と塩で味付けされたもの、次にいわゆるミルクベースのスープ。少し金額が高いとこれがクリームシチューのような濃厚なものとなる。もう一つはタンシチュー、ビーフシチューのようなものだ。これは滅多に食べられない。それでもマーニャの宿では時折冒険者の差し入れ肉が入るとこのタンシチューが食べられた。


 しかし、こうやって持って帰るようなものに汁物はあまりない。揚げパンと、肉だ。予想通り包みの中身は肉だった。串にささった肉が揚げパンを二つに割ったものの間に挟まっている。

 それが紙のような水分を通さない不思議な布に包まれているのだ。

 

 串肉を取り出してほおばる。肉は私のげんこつよりは小さいが、スパイスで味付けされていて美味しかった。

 一つをぺろりと食べきったあとは、再び半分に切った揚げパンに戻して、串を引き抜く。ハンバーガーの出来上がりだった。


 幸いこの世界の食べ物は口に合う。

 少し味は濃いが、冒険者をやっているので体はよく動かすから、塩分過多ということにはならないだろう。

 まだ若いこの体が欲するのは野菜よりも肉だ。


「ステーキもだけど、ハンバーグも食べたいな」

『はんばあぐ? なんだ、新しい食べ物だ。記憶を、共有しよう、なあ、カナン!』


 食べ物のことになると途端に口うるさくなるヒジキが、呼んでもないのにピンク色の霧をまとって現れる。

「ええっ? お菓子じゃないよ?」

『カナンが食べたいって思うものならきっとおいしいはずだ!』


 こんなときのヒジキはしつこい。

 私の膝に飛び乗り甘えて見せたり、肩にのって頬に顔をこすりつけてきたり。可愛さアピールを存分にしてくるのだ。


「そうだなあ」

 ハンバーグ、だとハンバーグ全般を共有することになってそれこそそのあと私の中からハンバーグが全部消えるのだ。ここはやはりいつものシリーズ化がいいだろう。

 どうせならファーストフード店を一つずつ網羅していくのがいいだろう。ハンバーグではなくハンバーガーにする。


「どこにしようかなあ」

 少し悩んで、山と海と太陽のファーストフード店から攻めることにした。拡張鞄から紙の束を取り出す。

 この世界には植物紙があった。紙は特別高いわけでもないが、反対に記すためのインクが高かった。それでも、覚書は必要だ。系統立てて記憶を燃やすなら、視覚的にわかりやすくする方が安全だ。


 次々に頭の中に現れるメニュー。記憶力の強化が本当にありがたい。定番メニュー、店の名前のメニューは最後の最後だ。まずはその派生から。例えばチーズ入り。玉ねぎとミートソースが美味しいのだ。


「ヒジキ、記憶のストックを」

 そう言って商品名を告げると、ヒジキはテーブルの上でぴんと尻尾を伸ばしたと思ったら、こてっと倒れる。


『う、うめえ……』

 私は思い出すことしかできないのに、ヒジキはさも食べたような反応を見せるのだ。かなりうらやましい。


「どのくらい使える?」

『風呂をこの場にぽんと、三十は出せるほどに』

 その基準がよくわからないが、満足したようでよかったと思うことにする。

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