25.クロツルバミの木の実
「まだ十三だ」
「言動が大人びてるからついな」
「噛みつくときは本当に大人顔負けだしな」
ニヤニヤしながら会話をしている。聞こえてる。もうちょっと気を遣え。
迷宮の入り口からギルドへはすぐだ。そして解体所もその隣。実にコンパクトにまとまっている。
「ほら、カナン。すねてないでとっととイディクを出せ」
ギルド員たちから無事を喜ばれ、次々現れる獲物に歓喜の声があがる。あらかた提出したあと、リムにそう言われた。
言い返そうとしたが、やめた。
私は今、十三の子どもだ。
鞄に手をやり中の物を引っかけるようにたぐり寄せると、鞄の口の大きさにそぐわぬイディクの死体がテーブルの上に現れた。
容量さえ大丈夫なら、大きさは関係ない。
「初めて見ました」
「魔石の位置は、資料通りならこのあたりだろうな」
解体所のあちこちに散っていた作業員がイディクの周りに寄ってくる。
「食道が発射孔になってるんだよ。直接触れるなよ。酷い目に遭うぞ」
誰の物かをリムが書きしるし、さらに往路と復路の物を分ける。往路分は生き残った者たちでわけなければならないからだ。
そんなことをしていると、ギルド長が顔を出す。
「スルシュ様、カナン、こっちに来てくれ」
呼ばれて行った先にはフルムと、そして騎士たちが数人集まっていた。遠巻きに冒険者たちもいる。
スルシュと私の後ろには当然のようにクロウとリムたちもぞろぞろついてきている。
「スルシュ様、ご無事で」
と、ホッとしたような様子を見せるフルムに、スルシュは怪訝な表情を浮かべた。
私が何か言うと思ってるのだろうか、クロウが肩に置いた手の力をこめる。
振り返って見上げると、心配そうにこちらと、スルシュを見ている。
「このような事態になってしまい動揺されておりますでしょうが――」
「モーリス卿はこの者を捕らえぬのか?」
それまでのどこか不安げなスルシュとはまったく違った低い声に、モーリス卿と呼ばれた騎士は目を見開いた。
「なにを!」
「この迷宮の戒律を破り、黄金の実をとったフルムを拘束しないのだな?」
スルシュは冷静な声でそう聞いた。
「何を!? 実をとったのはスルシュ様で――」
「クロツルバミの迷宮都市の戒律は有名だ。黄金の実で人の心を惑わせるなどと他の領地でも聞こえてくるほどに。戒律は絶対だ。それくらい、迷宮に入る者なら十分に知っている。好奇心で摘んでみようなどと思うはずもない。私がとった? 馬鹿め。そこまで愚かではない」
強い語気で述べるスルシュに、今までの気弱な面影は消えていた。
「それはあまりにもひどい! 皆も見たはずだ。スルシュ様が禁を犯したのだ!」
「私が黄金の実を持っていたというのか? 誰が見たのだ。モーリス卿、貴方か?」
スルシュから真っ直ぐ視線を受けても、モーリスは特に動揺した素振りを見せなかった。
チラリとすぐ側の別の騎士を見やる。
「わ、私が見ました」
年若い騎士がそう言って一歩前に出た。
「わかった。つまりそなたもフルムとグルだな。モーリス卿、捕まえる者が二人に増えた」
「な、何を! あなたが、」
「貴様にこれ以上発言を許可していない。他には? 私が実を持っている姿を見た者はいるか?」
ぐるりと騎士たちを見渡す。
だが誰も声をあげなかった。
一人、前に進み出した騎士が焦り出す。
「何を言っている、貴兄たちも見ただろう!?」
「では発言の許可を与えよう。そなたはいったいどんな光景を見たのか。言ってみろ」
騎士の男はぐっと唇を噛みしめ、思い出すようひとつずつ情景を述べ始めた。
「戒律の木の近くで、スルシュ様が木の実を持っている姿を見ました」
「私が持っているのを見たのだな。その直前、そなたは何をしていた?」
「休憩をとっていたところで、騎士たちと木の近くに座っておりました。交代で仮眠をとっているところでした」
「交代で仮眠を、な。そなたたちが座っていた場所は私と一緒に潜った冒険者たちとはかなり離れていたな。そうだな、モーリス卿」
「違いありません」
「わかった。フルム。そなたは? そなたはどのような状況だった? 私が木の実をとっているところだったのか?」
「休憩をしておりましたが、スルシュ様が目を覚まし、木のそばへいらっしゃったのでご一緒しました。そして気づいたときには、スルシュ様が木の実を……」
だんだんと、スルシュがさせたいことがわかってきて私は表情が崩れるのが止められなかった。ニヤニヤと、口元が緩むのを止められない。モーリスが私のその表情に気づき、顔をしかめていた。
スルシュが生きて上がってこなかったら、このままこれで押し進めるつもりだったのだろう。
同じくリムもわかってしまったようだ。口元を手で押さえている。
「つまり、そなたも、フルムも、私が木の実をとっていたと証言するのだな。では、身体検査をしよう。ギルド長。証人になってくれ」
そういって装備を外し、鞄を逆さまにする。
「ふむ、拡張鞄はやっかいだな。だが、これの中に物があるかは調べられると聞いた」
「そうですね、迷宮の中で拾いものなんかをしたときに、物が入っているかないか調べることはできます。その上で持ち主の親族に連絡をとることがありますので」
取り出すとなると一苦労らしい。魔導具を作るまじない師を雇い、かなりの金を積んで解体することになる。それでもたいした物は得られないことも多いため、中に物が入っているかどうかくらいは事前に調べるそうだ。個数や大きさなどがわかるらしい。
「全部中身を出した上で何も入っていないことを確かめてもらえばいいか。ほら、フルムも同じようにしなさい。私は黄金の実を持っていないことを証明する」
「な、なぜそのようなことを。どうせ迷宮に捨ててきたのでしょう」
「そうだな。私なら捨てるかもな。黄金の実は大変魅力的な様子だったが、クロツルバミ伯爵の嫡子という立場を捨ててまで得たいと思うものではない」
だが、フルムなら。
「さあ、フルム、女子どもでもあるまい。ここで全部晒そうじゃないか。私は、構わないよ?」
金以外で雇われた、何か目的があったり恩義があったりした者なら、黄金の実は捨てたかもしれない。
だが、フルムはどうだ?
「二人とも実を持っていないところを証明してから次の話に移ろう。さあ、ギルドの職員の手を煩わせるのではないよ」
にやりと笑うスルシュに、フルムは大きく目を見開いてそのまま逃走しようとした。
だが、モーリスや他の騎士たちは素早く動いた。
そして無理やり身体をあらためる。
「ありました」
騎士の一人が金色に光る手に握りしめられるほどの小さな実を見つけ出す。拡張鞄にすら入れてなかった。
「連れて行け」
偽証をした騎士が震えている。
スルシュは彼を見てにっこり笑った。
「お前のおかげで詰めることができた。助かったよ」
もし、彼の証言がなかったら、フルムは実をとったスルシュから、実を取り上げたのだと証言できただろう。私たちはたしかにフルムが実を持っていた姿を見ている。しかし、騎士には貴族が多い。そうでなくても冒険者よりずっと身元が明らかで地位も上だ。
彼ら全員が見たと強固に宣言していたならスルシュは窮地に陥っていた。
だが、ギルド職員は私の証言を細かくは告げていなかったようだ。慎重なギルド職員にも感謝しなければならない。彼らの連携がとれていなかった。
スルシュの自信にあふれた言動に、騎士の証言が続かなかった。
そして唯一の騎士の目撃者は、スルシュが実を持っていたと証言した。
フルムもこれに合わせるしかなくなったのだ。
スルシュが無事迷宮を抜けてきたのがそもそも予定外だったのだろう。
騎士とフルムが最初からグルだったかはわからないが、なんにせよこの無罪を勝ち取ったのはスルシュの手腕だ。
案外やるじゃないか。
「嘘をつくなら口裏ぐらい合わせとけ、バーカ」
「こら、カナン」
また後ろから口を塞がれる。
拘束まではされていなかったが、私の言葉を耳にした年若の騎士に睨まれた。一緒に歩く他の騎士たちは目もくれない。
「スルシュ様、お屋敷に戻りましょう」
モーリスが言うとスルシュは彼の瞳を真っ直ぐ見て、頷いた。
「ああ、そうだな……報酬はまた後日ギルドを通して。渡した呪符で、使っていない分は自分の物にしてもらってかまわない」
スルシュの言葉に冒険者たちが喜ぶ。
最後に私を見て微笑んだ。
「ありがとう、カナン」
それには肩をすくめて返しておいた。
そのまま近くの職員に話しかける。
「ハリルが出てきたらすぐに屋敷に連絡をくれ」
そうだ。休んでいる冒険者の輪から離れていたから、スルシュはシウォールから一緒にきていたハリルとはぐれていた。ここまで注目を浴びて彼がスルシュのそばに来ないはずがないから、まだ帰ってきていないのだ。
「どうする? 解体所はそれなりに仕事が溜まっていそうだが。飯でも食って待ってるか?」
リムがクロウに尋ねると、クロウはこちらを見る。
正直腹は空いている。
「風呂に入りたい」
嫌な汗を散々かいた。
「この間行ったばかりだろう?」
困ったように言うクロウに、ぶわっと涙を溜めてみせる。
「お風呂、入りたい」
「お、おう。連れてってやれよ。サファレ二つ分は確実にお前らに入るぞ。それ以外に成功報酬ももらえるだろう?」
「カナン。嘘泣きは通用しない」
ちぇっ、バレてる。
「それでも風呂がいい。風呂に入ってから美味いもの食いたい!」
夕飯前にさっぱりしたい。
「あと、お前らも風呂に入れ……くさい」
「失礼な。それなりに身ぎれいにはしてるさ、なあ!」
リムが振り返った先の冒険者たちはすいと目をそらしていた。
「本当にマジでお前ら全員もう少し匂いに気をつかえ! 魔物に位置がバレる。本当に、もう、ヤダ」
不覚にも再び涙が溢れて慌ててこすった。
リムは少し深刻そうな顔をしてクロウに話しかける。
「とりあえずこっちの精算はまた今度にしよう。待ち人はいないだろう? とっとと坊主を連れて行け」
結局、またもや担がれ、風呂付きの宿屋へ直行することになった。
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