20.騎士団との合流
「スルシュ様」
騎士団は鈍い銀色の甲冑に黒のマントをまとっている。兜まではしておらず、濃茶の髪に濃い茶色の瞳、掘りの深い顔立ちはこのあたりの特徴的な顔だ。
その中の一人がゆっくり歩いてやってきた。
「潜られたのですね」
「ああ。なんとか無事に来れたよ」
スルシュの表情は穏やかだった。しかし、拳がぐっと握りしめられている。緊張していた。
「皆は休んでからさらに奥かな?」
「ええ。もうしばらく休憩してから参ります」
物腰は丁寧だが、口の端がわずかに上がり、なんだか嫌な感じがした。
「二十階到達おめでとうございます」
「ありがとう」
親しみの欠片もないそのやりとりに、スルシュの伯爵家での立ち位置の危うさを感じた。
「スルシュ様、休憩をして戻るそうです」
ハリルがやってきて騎士に会釈をしつつ告げる。こちらもずっと歩き通しだったので四半日ほど休憩してから地上を目指す。今度は騎士団の後ろを行くような甘い行軍にはならない。特に十九階は最低三体、多ければ四体と出会うことになる。複数体同時に遭わぬよう回り道をして進むのでずっと時間が掛かることになる。
「スルシュ、帰り道の方が大変だから、よおっく寝とけよ」
場違いなトーンでさらににやりと笑って言うと、スルシュはきょとんとした目をして、騎士は私をじろりと睨んだ。突然平民に話を割って入られて不愉快だと言っている。
だが、私は今、子どもなのだ。子どもの冒険者が身の程をわきまえず話しかけた程度だ。ここは血を流しては行けない場所。斬りかかられるなんてことはないだろう。
今までの私の態度を知っているハリルが素早く動く。
「そうですね、スルシュ様。休憩が必要です。失礼いたします。皆様のご活躍に期待しております」
ハリルも思うところがあるのだ。騎士団相手に、今まで外に出されていた息子の付き人風情が話を切り上げるなどもってのほかだろう。
眉を跳ね上げる騎士に、ハリルは背を向けスルシュを押しやった。
冒険者はいつでもどこでも眠れるようでなければやっていられない。普段あまりにきついときは、周りに罠を仕掛けて仮眠をとることもある。私たちはほとんどそういった迷宮潜りはしない。休むとしても木の近くだった。
それでも旅の途中火を囲んで眠ったり、草の中で息を潜めて眠ることはあった。
こういった場所で眠ることには慣れていた。
なるべく近くで皆息を潜めて目を閉じる。
私も横になるクロウの隣に丸まった。そうやって、どのくらい経ったろうか、ふと目を開くと、木に近寄るスルシュとフルムの姿があった。スルシュはこういった雑魚寝に慣れていないのだろう。シウォールから帰ってくるときもあまり眠れていないようだった。街から遠ざけられてたといえ、ある程度の暮らしはしていたのだろうと思う。
いつの間にか肩に回されていたクロウの腕から抜け出し、私も二人の方へ向かう。騎士たちもまだ出発しないようだ。甲冑を外し眠っている者もいた。
さすがに交代で休憩をとっているようだ。
鞄からドライフルーツを取り出し口に含みながら呼びかけた。
「二人とももう寝た?」
「ああ、少しな」
スルシュはイマイチ眠れなかったようだ。フルムは肩をすくめていた。こちらは心配ないだろう。
目の前には金色の木の実がある。大きさは金柑くらいだ。金でなければ美味しそうが先にくるだろう。
「ルタカル?」
「んん? ああ、ルタカルの砂糖漬け。喰う?」
オレンジに似たドライフルーツだ。皮を砂糖に漬けて保存食にする。秘蔵のおやつだ。
鞄から取り出してスルシュの目の前に出す。
「いただくよ」
そう言って伸ばした指先が私の指にあたり、ルタカルが落ちる。
慌ててスルシュがしゃがみ込み、すんでの所でつかみ取る。
「危なかった」
そう言って笑うのと、大きな声がぶつかるのが同時だった。
「スルシュ様! 木の実を採ってはいけません」
その姿は、滑稽だった。フルムの手には木の実が握られている。金色の、絶対に採ってはいけない木の実。
そして、スルシュはしゃがんでそれを見上げている。
何を言っているのだと、フルムを驚いた表情で見つめていた。
『カナン、迷宮混乱だ』
ヒジキの声にびくりと身体が反応した。
ぐらりと足下が歪む。
咄嗟に、スルシュの腕をとった。
そのまま身を低くして引っ張り、クロウを目指す。クロウも、私に向かって駆けだしていた。抜け出したときにもう起きていたのだろう。おかげで反応が早い。
左手にはスルシュの二の腕。思い切り伸ばした右手の先がクロウに届くか届かないかの瞬間、ぐにゃりと世界が歪んだ。
「迷宮混乱だ!」
遠くで叫ぶ声が聞こえた。
頬を軽くはたかれて目を開く。現状を把握するのに少しかかる。
「怪我は?」
「多分大丈夫。クロウは平気?」
「ああ。だが状況がわからない」
今までのクロツルバミの迷宮は、壁が土でできているのにどこかうすぼんやりと状況を判断できるくらいの光があった。それが今はまったくない。
「火を灯すかも悩んでいたんだ」
迷宮混乱でどういった魔物が近くにいるかの把握もできない。今まで買った地図も全部パアだ。
「ちょっと待ってて」
私は右腕にした〈探知〉の魔導具へ魔力を流し込む。多めに流して広範囲を見る。
「中型と小型が多い。近くにはいないから火をつけてもいいよ。あと、広さが……二十層より広い。また同じピラミッド……ええと、角錐型だと二十層より深いことになる」
「きついな」
クロウは自分の拡張鞄からたいまつをとりだし、明かりをつける。スルシュはまだ目を覚まさない。
「眠っているうちに少し上に移動しようか……」
「記憶は大丈夫なのか?」
クロウは私がミーアでないとは知らない。言っても混乱させるだけだと思って言わなかったし、そうなると言う機会を失ってしまって結局内緒のままだ。それに、私がミーアでないという情報は、それはそれでレアリティの高いものになる。それを知っている人が私とクロウの二人になるだけで、記憶の力はぐんと弱まるそうだ。一人しかしらない記憶というものは、とても強いという。
「大丈夫だよ。上手くコントロールしているから」
自分がすべてを失ったということを認識しているクロウは、そうであった自分の危うさを十分理解しているのだ。だから使えと言うことはない。全部私に任せてくれる。当然のことではあるが、使い所に口を出すようなことはしなかった。
「さすがにここから三人無事に戻れる気がしない。三階層くらいに上手いこと移動しよう」
何より、無事に出ることが大切だ。
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