17.二十層を目指して
元の世界で、私には弟と妹がいた。幼いときに父が病にかかり、母は私たち三人を必死に育ててくれた。私もまた、弟と妹のために高校卒業と同時に働いた。二人にはせめてしっかり勉強して本人たちが望む道を進んでほしいと願っていた。
大変だったけど、大事な思い出だ。
つまり、だ。私は弟妹に弱いのだ。
自分より幼い子に弱い。しかも、最初に会ったときからどこか、弟に似ているのだ。いざというとき動けなかったり、それでいて普段は一歳しか違わない妹に兄貴風を吹かせている。ちょっと抜けているところとか、無理して大人ぶろうとしているところとか……まあ今、他人から見れば私の方が年下なのだが、心はもう三十間近だ。記憶の歴が違う。半分近く下の弟のように見えて、それが命を狙われ、でも、認められなければならないと、そんな事態に陥っていることに少し同情心が芽生えてしまった。
今回だけだ。気をつけなければ。この世界の冒険者の平均寿命は低い。気づけばみんな私より年下になっている。こんな無謀な人助けなどやっていられないのだ。
「ごめんねクロウ。巻き込んで」
「いや、カナンがスルシュに妙につっかかるのは、昔の自分を見ているみたいだからだろう? 剣の腕はからっきしなのに口ばっかり達者で……」
「はっ!? 違うし!!」
「まあ、あの年で重責を負わされているのは可哀想だとは思うよ」
そう言って、十人ほどの冒険者に囲まれ、ハリルと話をしているスルシュを遠巻きに眺める。
記憶を一度すべて失ったくせに、新しいことを覚えるのは得意なクロウ。人の感情の機微は、なぜか私よりずっと聡い。人の気持ちは、一度だって同じ形をとらないからだろうか。そして、だからどこか甘いのだ。
「これを」
フルムが私とクロウに〈治癒〉の呪符を持ってきた。
「フルムが買いに行かされたの?」
「まあ、給料分は働くさ」
いつも頼りになるフルムも巻き込まれていた。彼はとても強いのだ。そこは安心だった。
迷宮のすぐそば、冒険者ギルドの中で最終確認中だ。銀級の冒険者は女性だ。蜜色の髪の毛を緩く編み込んで結んでいる。得物は剣だ。呪符も多少使うという。
少し前に一通り説明され、紹介された。私たちもこの迷宮に住む冒険者を全員知っているわけじゃない。挨拶を交わし趣旨が説明された。とにかく先を急ぐと。
「呪符は使い放題だ。カナンは〈身体強化〉を使えるなら使った方がいいかもな」
「え、迷宮内を駆けるくらいなら別に平気だよ」
どちらにせよ〈探知〉の呪符で探りながらだから全力で走るはずがない。
「そうか? ほら、足の長さが違うだろう」
フルムがウインクしていうので睨み付けてやった。たまにこういったことをわざと言うのだ。たぶんだが、和ませようとしてくれている。意図はわかるが下手でしかない。
そうして、即席のパーティーが結成され迷宮探索が始まった。
スルシュとハリルとフルム。私とクロウ。それ以外に銀級の剣士レンティと、残りが|銅級八人。計十四人の大所帯だ。それぞれ自分に必要な準備はできているらしい。スルシュの拡張鞄もかなりいいもののようだ。惜しげもなく水や食べ物を自分の鞄から配っていた。
鉄級は私だけだが、私とクロウは迷宮都市内では有名な部類なので相手はすべてを承知していた。スルシュが私たちを紹介するときに、シウォールから盗賊に襲われながらも無事送り届けてくれたのだと余計な話をしたせいで、またちょっと面倒なことにはなっている。
「未来の領主様の覚えがめでたいカナン君よ、今度三十層までもぐらねえか?」
「やだよ、三十まで行く必要が今はないし。墨も特に必要ない」
「お前もとっとと鉄級を卒業できていいだろうさ」
「鉄級で困ってないんだよ。クロウがどうせ銀級になるし」
「そうそう、クロウの腕も間近で見てみたかったから、今回はラッキーなんだよなあ」
クロウといい、ロンといい、コウたちといい、こいつらといい!
子どもかわいがりしてくるのが本当に鬱陶しい。中身はこいつらより多分上。そういった自認があるからなおのことだ。
「いいから配置につけよ。スルシュ様放ってるじゃないか」
「カナンはしっかりしてるな、ホント」
「ホントホント」
十層くらいまではこの人数がいれば余裕だった。交代で〈探知〉もしている。私は他に働く気がなかいからと〈探知〉を買って出たが、断られた。
鉄級の子どもをこき使う気はないと言われた。私たち以外の冒険者はわりあい顔見知りなようで、連携もたいしたものだった。
十三層ではボユバドムを何体か仕留める。
「カナンが使う分なんだろ? 持ってけ」
「ここで鞄を塞いだら十九階層の素材が拾えないからな」
「俺らだって十九階層は欲しいから、この分は別だよ」
「当たり前だ。そんなけちくさいことは言わねえよ」
ボユバドムの頭部を切り落とし、爪を切り落とす。行軍に支障がない程度にいただいていく。これはラッキーだ。
「やっぱり騎士団があらかた強い魔物をさらってくれているから楽ね」
そう、レンティがクロウに話しかけていた。
例にも漏れず、レンティもまたクロウにべったりで、迷宮内で馬鹿じゃないかと苛ついていた。しかし、十五階層を越えたあたりからは彼女が先頭を歩くし、強い。実力は確かだった。私は隊列のちょうど真ん中あたりを気楽に歩いている。十階層を越えるまでは小走りだったのが、さすがにゆっくりと移動し始めた。
「カナンはここまで来たことはあるのか?」
スルシュの問いに私は頷いた。
「二十六までは行ったことがあるよ」
二ヶ月前に、クロウの昇級のための一つとして受けた依頼だった。さすがに二十台になると一階層降りるのに半日かかる。なぜか、下の階になればなるほど階の広さが大きくなる。クロツルバミ迷宮の特徴の一つだった。
「まあ、十九階が大変なだけだよ。あそこの魔物はちょっと強い」
「ああ、事前に説明を受けている。二人でどうやってアレをかいくぐってさらに下層に行くんだ?」
スルシュは数日会わない間に話し方も変わっていた。こちらが本来なのだろうか。にしては、シウォールから帰ってくる道中散々話しかけてきたときの口調は自然な、冒険者が使うものだった。
「基本は罠だよ。あと、接敵しない。なるべく避ける。避けられないものだけ絶対的に有利な場所で迎え撃つ」
この大人数ではやりにくい戦法だ。
「本当に……立派な冒険者なんだな」
「はあ? それ以外なんだと思ってたんだ?」
本当に、よくわからない男だ。
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