15.ギルドからの呼び出し
日が暮れる前には墨屋へクロウを呼びに行かねばと思っていたが、早めに開放されたようで呪符を描いている間に戻ってきた。
「お疲れさま」
「ああ。明後日にはカナンの墨もできあがるそうだ」
「ありがたいね。ギルドから連絡があった。五の鐘に迷宮の方の冒険者ギルドに来てほしいって。説明があると言ってた」
クロウはローブを脱ぎながら首を傾げる。
「何だろうな」
「氾濫の討伐依頼とは違うみたい。しっかり準備をしておくようにって言われた」
「それで、呪符を描いていたのか。……少し早いが行ってみよう」
「うん。片付けるね」
途中の呪符を完成させ、拡張鞄へしまう。ローブを羽織るとヒジキへ声をかける。
「置いていくよ」
「ニャアン」
ピンクにも黒にも見える霧となって消えた。
宿を出てギルドへ向かう。迷宮の周囲は賑やかだった。騎士団と普通の冒険者の違いは、騎士団はお抱えのまじない師がいて、呪符を好きなだけ使えることにある。対人対魔に集団であたるスキルがある。
普段は領主の、領地の騎士として役目をまっとうしているので迷宮に入ることはない。
しかし、こういったときの騎士団はとても頼りになった。
騎士団が入った後の迷宮は階を進めるのに最適だった。入場料もかからないので多くの冒険者が便乗するのだ。
ギルドに入ると、ちょうどギルドマスターがカウンターの奥にいた。どこにいても目を引くクロウの長身に手を振って私たちを招いた。
「呼びだしてすまないな。奥に行こう」
クロウが私をチラリと見やる。私もまた、クロウを見た。
迷宮内の定期報告を聞くのに、カウンターが並ぶ横の小部屋へ行くことはある。テーブルがあって私たちの話を書きとめられるようになっていた。
しかし、奥に通されたことはない。奥はギルドの要職の部屋があることが多い。
冒険者ギルドは街の中心である迷宮に付属するここと、もう一つ都市の南側にあった。迷宮に関わることはこちらで、その他の依頼や諸手続は南の建物で行う。
ギルド長は南の方にいることが多いと聞いたのだが、今日はわざわざ私たちに話をするためにここにいたということか。
いよいよ不安が大きくなって、最悪の事態に直面したのだ。
「座ってくれ」
ローテーブルを挟んで三人掛けのソファが二つ。さらに一人掛けのものがあり、そこにはギルド長が座る。
勧められたソファの向かいには数日前に見た顔があった。
茶色の髪に茶色の瞳、そして彫りの深いこのあたりでよくみる顔立ち。冒険者で剣士という割に日焼けしきっていない姿。剣の基礎はありそうだが、実際動けない姿。
腕はないのに得物は一級品。迷宮都市の外から冒険者とは到底思えない出で立ち。
「こちらはクロツルバミ伯爵様のご子息である、スルシュ様だ」
ソファの後ろにはハリルが立っている。
「この間は迷惑をかけてすまなかった」
スルシュはクロウではなく私に真っ直ぐ目を向けて言った。身なりも冒険者のそれではなく、貴族がまとうような服装だった。
「いえ、傷はもう治りましたし問題ございません」
極めて冷静に、失礼にならないように。
そう心がけていても口調は冷たかったのだと思う。
スルシュが少し怯んだような顔をした。
「それで、頼みがある」
膝の上でぐっと拳を握って、スルシュは今度はクロウを見た。
「クロツルバミの跡継ぎとなるためには、二十層の木まで辿り着かねばならない。それが代々決められたしきたりなんだ。歴代のクロツルバミ伯も、皆、三十層に到達している。今ちょうど騎士団が氾濫を防ぐために迷宮へ入り、階層を重ねるにはいい時期だと聞いた。跡継ぎとなるために入るとき、騎士団を使うことは禁止されている。己の集めた仲間とともに到達すべしというものなんだ」
クロツルバミ領はクロツルバミの迷宮により発展してきた領地だ。そういったしきたりがあっても不思議ではない。
だが、この後続く話が想像できて、うんざりした。
どんな理由で断ろうか。
「他にも何人か頼んでいるが、クロウとカナンにも同行してもらいたい」
即座に断ると宣言してしまいたかったが、踏みとどまる。クロウが私の様子に気づいて、私の膝をぽんと叩いた。頭を撫でられなかっただけましか。
「それはご命令ですか?」
とクロウが尋ねる。冒険者ギルドは緊急時には一定ランクの冒険者に命令を下すことができた。金級や銀級といった高ランクへだ。都市の危機に対するための緊急措置だった。
クロウはまだ一応銅級だ。私に至っては鉄級でしかない。冒険者ギルドが命ずることはできない。ロウが言っていたような、氾濫の際の招集に応じるのは、冒険者として当然なので断る気はなかった。
だがこれは違う。
「命令ではない」
「ではお断りします」
間髪入れずにクロウが言うと、驚いた顔をしている。
「もちろん報酬もきちんと出す。ギルド長に聞いた分はもちろんだが、成功報酬として大金貨一枚もつけよう」
大金貨一枚とは大盤振る舞いだ。風呂付き宿に一ヶ月泊まれる。
だがそれ以上にきな臭くてお断りだった。
私とクロウ二人なら、確かに三十層には行けるだろう。しかし、他に人がいると、いざというときのランタンが使えない。悪いが死ぬ気はまったくないのだ。
「人数もかなり多くついてきてもらう予定だ。銀級の冒険者にもすでに話をしている」
「ならばなおのこと我々が一緒に向かう必要はないかと。私たちは二人で動き、なるべく敵を避け、戦う回数を減らし目的の階を目指します。時には引き返し、迷宮内で数日動かず耐えることもあります」
身体を清めて、クロツルバミの木の下で強い魔物が私たちの進路から離れる瞬間を狙うこともあるのだ。たまにとんでもないものが出現するときがある。
そのための清めの呪符も持っていた。ただ、これは本当に高価で、これならランタンを使う方がましだと思うのだ。一応一枚ずつ、持ってはいるが、正直使うことはないと思う。
「大人数で徒党を組んで数で押し切るような迷宮の歩き方をしないのです。役割をこなせません」
言い切るクロウに、スルシュがぐっと口を引き結んでいた。




