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転生魔女と魔法のランタン  作者: 鈴埜
クロツルバミの章

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12/15

12.墨屋

「おはようカナン」

「おはよう!」

 風呂に入った後の私はご機嫌なのだ。


 お高い宿屋には朝食もついている。しっかり食べて今日やるべきことをやろう。


 宿屋の一階に食堂があるのはどこも同じだ。荷物を持って向かうと、従業員が席に食事を運んでくれた。スープに穀物と野菜、肉をいっしょに煮込んだものだ。肉の出汁と塩味だが私は気に入っていた。プチプチと噛み応えのある穀物は、雑炊のようなものだ。


「すっきりしたようだね」

 男が笑う。カナンが風呂目当てでここに泊まっているのを知っているのだ。


「最高だった。また、しばらくしたら来たい」

「無理せず、ぜひご贔屓に」

 もちろん値段を承知している男はよほどの冒険者でなければ定宿とすることはできないのはわかっている。


「クロウたちは迷宮には行かないのか?」

 冒険者でないものにも、話は伝わっているのだろう。暖かいお茶を淹れながら尋ねてくる。

「二人だと、階層に出る魔物がわかっていないのは少々不安だからな」

「準備が違うんだよ。俺がどうしても足をひっぱっちゃうから」

「カナンの呪符(トゥル)に助けられることも多いんだがな」

 備えていられないのは困るのだ。名声を求めているわけではない。安定した収入のために迷宮入りする私たちは、怪我や無理はしないのがベストだ。


「だけど、サファレはまた狩りに行こうよ。入り口で罠張って。そしたら風呂に来れる」

「そうだな、風呂のためにサファレ狩りをするか」

「やった!」

 そう喜ぶと、クロウと従業員の男は笑った。


 朝食を食べて宿を出ると、次は墨屋だ。

 紙と同じく墨もレベルにあったものを使わなくてはならない。とはいえ、紙よりはずっとマシだ。髪、骨、血の三種類。どれが一番自分に合うかはためしてみないとわからないが、カナンは骨だ。

 ボユバドムの角はランクとしては結構高い。そしてランクの高いものは低い呪符も書ける。もったいないかどうかという問題だ。

 自分たちで材料はとってくるので、あとは加工費だけだった。

 それなら高いランクの素材を使って、何にでも使えるようにしておくのがいい。


 紙ほど相性というものはないので、墨屋は定宿の近くにしている。


「お婆ちゃんおはよー」

「カナンか。あんたらは迷宮に入らないのかい?」


 墨屋は獣の香り漂う、慣れない者は近寄りがたい場所だ。どうしても髪は毛や毛皮だし、骨も爪や牙、角だ。そして血は文字通り魔物の血を使う。新鮮なら新鮮なほどいい。

 ちなみに、髪も骨も血も、己の血よりは劣る。緊急事態の場合は自分の血で呪符を描くことができるということだ。よっぽどの事態だが。


「俺たちは休憩。ごちゃごちゃしてるところで狩りするスタイルじゃないから」

「まじない師と剣士なら、もう一人くらい剣の達者なのが欲しくなるな」

「だろ? 今日は俺の墨を作ってもらいたくて。これなんだけど」


 そう言って拡張鞄から角を三つ取り出す。


「こりゃ、ずいぶんといい素材だね……」

「一つ婆ちゃんにあげるから、二つ分の加工費タダにして」

「そりゃずいぶん都合のいい取引だな」

 ニア婆は笑った。

 すっかり髪の色が抜けて真っ白になったそれをぎゅっと編み込んで後ろで束ねている。顔に刻まれたしわの数と、指の爪が真っ黒に染まっているのが彼女の墨屋としての人生を語っていた。


「かなりいい素材だと思うんだけど?」

 ニア婆の言ったことを繰り返すと、口をぐいっと曲げてクロウに目を留める。


「迷宮に行かないってことは暇ってことだろう? クロウを一日こっちに貸しな」

「えーっ?」

「構わない」

 クロウは人がよい。

 最近腰が痛いと言うニア婆の労働力になろうという気だ。


「俺の墨なのに」

「お前さんじゃ力が足りないんだよ。技術がないんだから、力でどうにかしないとね。ほら、力担当のうちの息子は嬉々として迷宮に行っちまったんだよ」


 カナンがごねようとも、貸し出し対象のクロウが受け入れているのだから話は決まっているのだ。


「どうせ暇になるしな」

 それでいてカナンは邪魔だから来るなと言われる。


「そろそろあちこちから虫除けの陣の依頼が来る頃だろう? 部屋で大人しく描いていればすぐだ」

「夕方には返してやるよ」


 そう二人に言われて、私は店を追い出された。出たとたん、調合中と書かれた看板がノブに掛けられる。

 今日はクロウを連れて市場に何か面白いものはないか探しに行こうと思っていたのに残念だ。が、確かに注文がそろそろ入る頃だ。なかなかいい小遣い稼ぎになるし、何より街の人たちから必要と思われていることが重要だった。


「お帰りカナン」

「ただいま!」

 トールが作業をしながら声を掛けてくる。


「ほら、もらい物だ」

「ありがとう!」

 そう言って手に握らせてくれたリンゴによく似た果実を持って部屋へ向かった。


 部屋のテーブルに道具をだす。

 墨の入った瓶を二つ、筆入れ、紙を並べる。

 普段から少し多めに描いてはいるが、この間色町で頼まれたときはたまたまなかった。その場でさっと渡せるようにしておいた方がいいだろう。今ないのなら、今回は他に頼むと言われてしまうこともあるのだ。


 顧客を失うことは収入の減少に繋がる。

 迷宮に潜れば金を得ることはできるが、それだけ危険も伴う。だから、他で稼げることがあればできるだけやっておきたいのだ。


 クロウはもともと薬師だった。薬師としての知識はすべて記憶として燃やしてしまった。ランタンの魔女が記憶を燃やすと、初めに覚えようとしたときより何倍、何十倍も苦労する。覚えにくい。それでも、時間や毎日行うこと、テーブルのマナーなどは繰り返しすることでクリアした。

 ただ、知識として蓄え燃やしたものを再び知識として蓄えることはかなり難しかった。私がミーアの知識の中から取りだし、薬師として覚えるべきことを教えはしたが、結局覚えることはできなかった。


 それならばと、あの日から半年くらいしたところでクロウは身体を鍛え剣を持ったのだ。

 今までまったくやってきていなかったのだろう。面白いくらいに技術を吸収していった。


 あの頃のことを思い出すと笑ってしまう。

 人はランタンの芯と呼び、燃えカスと称するクロウに、びっくりするぐらい冷たかった。今まで散々ご機嫌取りをして、魔女として利用してきて、手のひらを返すにもほどがあるだろう。

 もし、私が記憶を燃やし尽くし、名を燃やしたらこんな扱いをされるのだというのがありありとわかった。


 子どもだからと舐めていたのだろう。

 街の人々は私の前でそんな態度を隠そうともしなかったのだ。


 だが、ミーアの身体で目覚めた私は、立派な大人だ。本当に、どうしてこうなったのかまったくわからないが、石川香奈子の意識だけがミーアの身体に乗り移ったのだ。そして、石川香奈子は学生を経て、就職し、一人暮らしまでしている立派な大人だった。

 彼らの態度に、内心腹を立てて、そして、このままではダメだと思うくらいには大人だった。

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