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転生魔女と魔法のランタン  作者: 鈴埜
クロツルバミの章

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11/14

11.風呂付き宿

 酒場は朝から始まる迷宮開放の話題がほとんどだ。何人か顔見知りがやってきて、十三階にサファレが出た話を聞いていった。

 夜も遅くなりさらに賑やかになる酒場を、私とクロウはそうそうに出ることにした。


「それじゃあ気をつけて」

 三人に言うと、彼らは自信ありげに頷く。

「普段相手してるのが出たあたりで止まるようにするよ」

 それが一番いいと思う。


 私たちはそのまま風呂付きの宿に向かう。風呂付きは、女性がつくような店じゃないと、かなり高級な部類だ。強くよく稼ぐ冒険者パーティーや、大店の商人が泊まることが多い。満室になることはほとんどないが、空室だらけでもない。儲けられているのか謎だった。

 それでもこの宿がなくなっては困るのだ。

 ここがなくなったら、お姉さんがついてくる店のお姉さんは断るという、これまた微妙なことをしなくてはならない。


 心の底から風呂付き一軒家が欲しい。


「いらっしゃい」

 店に入ると見慣れた顔がやってくる。クロウが部屋を指定して、空いていたのでそのまま鍵をもらった。


「クロウ先に入って! その後俺がずっと入る!!」

「ああ」


 宿は一晩。昼前に出て行けばいい。クロウを後ろから追い立てて風呂へ入らせる。どうも冒険者だけでなく、街のみんなが風呂にそこまでこだわらないようだ。特に男性は井戸で水を浴びればいいと思っている。


 そんな冒険者の衛生状態はそこまでよいとは言えない。私はその状態に耐えられなかった。


 宿は入った部屋に椅子とテーブルがあり、別の部屋が二つ。さらに風呂がついていた。かなり豪華な宿だ。お値段は一泊、二人分でサファレの魔石が一つ飛ぶ。かなりの出費だが、クロウが許可を出してくれて本当に嬉しい。


 しかもこういった宿には備え付けの石鹸や香油がある。身体を拭く布も使い放題だった。とても贅沢な時間になる。

 準備をして、そわそわとクロウが出てくるのを待っていると、たぶん、私がそうやって待ち構えているのを予想してだろう、あっという間にあがってきた。


「クロウ!? ちゃんと洗ってる!?」

「もちろん、ほら、髪の色も元に戻った」


 そう、クロウの髪はもともと綺麗な銀髪なのだ。白髪ではない、光が当たるときらきらと輝く銀髪だ。私に見えるように梳く髪が、指の間をするりと通っていく。

 クロウはとても顔がいい。長身で銀髪にアイスブルーの瞳なんてことになったら、たぶん攫われる。攫われて貴族の奴隷や愛人にされる。


 目立つのは御法度な私たちだから、一番最初に髪を染めることにした。

 髪染めの粉はそれほど高くない。なんなら自分たちで作ることもできた。持ちもいいので定期的にこうやって専用の薬液で綺麗に落とした後、また染める。


「もう寝る? 髪染めは明日にしようか? それともクロウの分だけ今日やる?」

 どうしたって自分の髪を染めるのは難しい。しかし、私は風呂に入ったらかなり長い時間出てこない自信がある。待たせてしまうことになるだろう。


「昼間寝たからな。まだそれほど眠くないから、カナンが上がってきたらお互いに染めよう」

「わかった」

「ゆっくりしておいで」


 そこは、遠慮せずにそうさせてもらう。私の髪もまた、染めているのだ。


 風呂に新しい湯が溜まっていた。気遣いに感謝して、ドボンと浸かる。最初はこれが嫌だったが、一般的な入り方なのだと知ってそこは受け入れることにした。確かに汚れは落ちやすい。

 風呂は楕円型をしていて足を思い切り伸ばせる。湯の中に石鹸を溶かし、布でこする。


「うう……やっぱり拭くだけじゃだめだ」

 自分の身体の汚れにおののきながら作業としてこすり続ける。背中もなんとか全面汚れを落とせたと思う。

 ここで髪全体も粉を落とすための薬剤を馴染ませた。


 一度湯を抜く。全部抜けきったら新しい湯を出す。浴槽の縁に魔導具がついており、ボタンを押せば少し熱いくらいの湯がじゃばじゃばと出てくる。桶で湯を受け、髪の薬剤をしっかりと流し、身体全体に何度も湯を浴びる。浴槽を綺麗にこすって泡や汚れを落としてから再び栓をして湯を溜める。

 なかなかの作業だった。身体を洗う、洗い場があればいいのにといつも思うが、これがこの世界の風呂の入り方なのだ。


 なんならみんな入らない。


 しっかり湯をためてもう一度石鹸を溶かした。

 一ヶ月以上来ていなかったから、一度じゃ不安だ。


 同じ作業をしてから、新しく溜まった湯の中で思い切り手足を伸ばした。やっとすべての汚れが落ちきったと感じる。


 ふと、浴室に備え付けられた鏡が目に入る。


 そこには黒髪に青い瞳の私ではなく、見事な金髪の私がいた。

 金髪や銀髪はそこまで珍しいというわけではないらしい。だが、圧倒的に貴族に多い。だから、二人で旅立つときにはまず目立たないために髪を染めた。お互いの髪を真っ黒に塗りつぶしたのだ。


 クロウはたまたま銀髪だったそうだ。本人が記憶を全部失っているのだから確かではないが、周りがそう言うならそうなのだろう。

 私は祖父と祖母に育てられていた。ごくごく普通の平民。両親のことは知らない。そのあたりの記憶は曖昧だ。まあ、まだ幼かったのだろうと思っている。もしかしたら母親がどこかの貴族に孕まされてなんてことがあるかもしれないが、今の私には関係ないことだ。ただ、金髪は邪魔だった。だから黒く染める。


『風呂は俺も好きだ』

 突然、目の前にぷかりと黒い物体が浮かんだ。普通なら悲鳴を上げる事態だが、私はそれを右手ですくい上げる。


「溺れているようにしか見えない」

『泳いでいるんだよ』

 私のランタンこと、ヒジキがそういって手から逃れてまた湯船に浮かぶ。


 ランタンの出現は、それがどれだけ突然でも身体がわかっている。私の中にあるランタンがそこにあるのだと感じられるのだ。


「お風呂は、気持ちいいね」

『風呂つきの家を買えばいいだろう』

「いつ出ていくことになるかわからないからね。それに、計画を練ってはいる」

『おお! 念願の移動風呂か!』

「排水に困るよ」

『全部ランタンを燃やせばいいだろう。何でも叶う』

「毎回やっていたらどれだけの記憶を燃やさなくちゃいけないか……。作るならきっちり作らないと。排水を確保して、湯を湧かす場所と、そこから湯を引く魔導具と。それにバスタブね。白い陶器のがいいなあ」

『風呂ができるのは俺も賛成』


 猫であって猫でない、ランタンのヒジキは風呂好きだった。




 ゆっくり、思い切り風呂を堪能してあがると、クロウが剣や靴、ローブの手入れをしていた。ナイフも数本テーブルに並んでいる。


「満足そうだ」

「うん! すごく気持ちよかった。さっぱりした」


 それはよかったと笑う。

 ただ、私のために急いだであろうクロウはしっかり洗えたのかが心配だった。


「頭も綺麗にした?」

「色が落ちているだろう? しっかり洗ったよ」

 基本的に冒険者を信用していないのだが、クロウは最初に出会ったときは冒険者ではなかった。彼の家にはなんと、風呂があった。贅沢だ。魔女として、街の人から支援を受けていたのだろう。


 記憶を失ったクロウとあの家で過ごした二年間で、風呂だけは今でも恋しい。


「それじゃあ髪染めをしよう」

 これは髪だけを染めるという不思議な粉だった。しかも、髪が伸びてきてもしばらくは同じ色に染まっている。決してまじないや魔法といったものではない。毛根の中の中まで毛染めの薬が入っているのかと不安だが、大昔から使われているものだそうなので、信用するしかないと思う。


 椅子に座っていたら私の手が届かないので、クロウには床にあぐらをかいてもらった。うっとりするほど滑りのよい髪に、瓶の粉を匙で少しずつ取り出してまぶしていくのだ。魔物から採った素材で、背中の真ん中くらいまであったクロウの銀髪が綺麗な黒髪になった。最後に布で拭いて、色が落ちないことを確認する。これだけ触っているのに手は黒くならないのも楽でいい。


 今度は私が椅子に座ってクロウに髪を染めてもらった。


「金や銀は目立つから仕方ないが、もったいなくも思うな」

 クロウには言われたくない。いつか髪を染めなくても暮らせるようになったら、周囲の驚く顔が見てみたい。銀髪が風にそよぐその姿を。惚れ惚れするほどのありさまを。


 そんな未来は来ないだろうが。

 目立たずのんびり暮らしたい。


 もうかなり遅い時間だ。昼間寝たとはいえ、腹がいっぱいになり風呂ですっきりした私を眠気が襲う。


「おやすみカナン」

「おやすみクロウ」


 私は、私の部屋のベッドに潜り込んだ。眠気が大きな手を広げ、すっぽりと覆い被さってきた。

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