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第四十四話 遺されたもの

 時は、さらに流れた。

 21世紀。

 2000年代。

 2010年代。

 そして、現代へ。

 ロジャー・キケロ。

 オイゲン・キケロの息子。

 1997年、父が亡くなった時、彼は27歳だった。

 すでに、ジャズ・シンガーとして活動していた。

 しかし、父の死は、彼を変えた。

 より真剣に、音楽に向き合うようになった。

 父から受け継いだもの。

 それは、音楽への愛だった。

 2000年代。

 ロジャーは、ドイツで最も人気のあるジャズ・シンガーの一人になった。

 アルバムを出した。

 コンサートを開いた。

 テレビに出た。

 しかし、いつも心の中にあったのは、父のことだった。

 インタビューで、よく聞かれた。

「お父さんの影響は?」

 ロジャーは、いつも答えた。

「父は、音楽そのものでした。ピアノを弾くことが、呼吸することと同じだった。それを、僕は見て育ちました」

 2006年。

 ロジャーは、父の音楽に捧げるアルバムを作った。

 タイトルは、『Männersachen』。

 その中に、父の曲も入れた。

 父へのオマージュ。

 父への感謝。

 そして、父への別れ。

 アルバムは、成功した。

 批評家たちは、言った。

「ロジャー・キケロは、父の遺産を受け継いだ。しかし、それを超えた」

 しかし、ロジャーの人生も、短かった。

 2016年3月24日。

 ロジャー・キケロは、脳出血で倒れた。

 45歳。

 あまりにも若い死だった。

 父よりも、さらに若く。

 ドイツ中が、悲しんだ。

 ジャズ界が、悲しんだ。

 葬儀には、多くの人が集まった。

 音楽仲間。

 ファン。

 そして、家族。

 ロジャーの妻と、子供たち。

 キケロ家の音楽は、三代に渡った。

 しかし、ロジャーで、途切れた。

 アンナ・ペデルセン。

 ニールスの娘。

 2005年、父が亡くなった時、彼女は35歳だった。

 すでに、結婚して、子供もいた。

 父の死は、深い悲しみだった。

 しかし、同時に、誇りでもあった。

 父は、世界中で愛されていた。

 偉大なベーシスト。

 そして、優しい父。

 アンナは、父のことを、いつも誇りに思っていた。

 2010年代。

 アンナは、時々、音楽イベントに招かれた。

 父を記念するイベント。

 そこで、彼女は語った。

「父は、家族を何よりも大切にしていました。世界中をツアーしても、いつも家に帰ってきました。そして、いつも私たちと一緒に夕食を食べました」

 観客は、水を打ったように聞き入っていた

 そして、アンナは続けた。

「父が亡くなった後、たくさんの人が手紙をくれました。『あなたのお父さんの音楽に、人生を救われた』と。それを読んで、初めて理解しました。父の音楽が、どれだけ多くの人に届いていたかを」

 現代。

 2020年代。

 オイゲン・キケロとニールス・ヘニング・ウアステッド・ペデルセンの音楽は、まだ聴かれている。

 レコード店で。

 ストリーミング・サービスで。

 ジャズ・クラブで。

 そして、家で。

 まどろみの午後。

 誰かが、レコードをかける。

 ベルリンでの録音。

 1977年。

 あの三日間の音楽。

 針が落ちる。

 ノイズ。

 そして、音楽が始まる。

 ピアノの音。

 ベースの音。

 ドラムスの音。

 三人が、一つになる。

 47年前の音楽。

 しかし、まだ生きている。

 今も、誰かの心に届いている。

 2023年。

 ベルリン。

 クライネス・シアター。

 あの小さなクラブは、もうない。

 取り壊された。

 別の建物になった。

 しかし、その場所を知っている人たちがいる。

 時々、その前を通りかかる。

 そして、思い出す。

 1977年。

 あの三日間。

 あの奇跡。

 コペンハーゲン。

 ウーステッドの教会。

 ニールスの父が、オルガンを弾いていた教会。

 今も、礼拝が行われている。

 時々、ジャズ・ファンが訪れる。

 ニールスのことを思い出すために。

 教会の墓地に、ニールスの墓がある。

 シンプルな墓石。

 名前と、日付だけ。

 しかし、時々、花が供えられている。

 世界中から来た人たちが、置いていく。

 チューリッヒ。

 キケロの墓。

 こちらも、シンプルな墓石。

 しかし、時々、訪れる人がいる。

 ジャズ・ファン。

 クラシック・ファン。

 そして、ただ、彼の音楽を愛した人たち。

 墓石の前で、しばらく立っている。

 そして、去っていく。

 影のように。

 人は、逝く。

 しかし、音楽は、残る。

 レコードに。

 デジタル・ファイルに。

 そして、人々の記憶に。

 ベルリンでの三日間。

 1977年2月27日、28日、3月1日。

 オイゲン・キケロ。

 ニールス・ヘニング・ウアステッド・ペデルセン。

 トニー・インザラコ。

 三人が、一つになった三日間。

 その音楽は、今も生きている。

 誰かが、聴いている。

 どこかで。

 今日も。

 ロジャー・キケロは、45歳だった。

 父よりも、さらに若く。

 しかし、彼の音楽も、残った。

 父から受け継いだ、音楽への愛。

 それは、彼の歌に生きている。

 そして、彼の子供たちに、受け継がれている。

 アンナ・ペデルセンは、今も生きている。

 父の記憶を、大切にしている。

 時々、父の音楽を聴く。

 ベルリンでの録音を。

 そして、涙を流す。

 しかし、それは悲しみの涙ではない。

 誇りの涙だ。

 自分の父が、こんなに素晴らしい音楽を残したことへの。

 音楽は、国境を越える。

 音楽は、時間を越える。

 音楽は、言語を越える。

 そして、音楽は、死を越える。

 オイゲン・キケロとニールス・ヘニング・ウアステッド・ペデルセンは、逝った。

 しかし、彼らの音楽は、生きている。

 今も。

 そして、これからも。

 永遠に。

 ベルリンでの三日間。

 あの奇跡。

 それは、伝説となった。

 しかし、幻とは言えない。

 本当に、起きたことだ。

 1977年。

 三人の音楽家が、一つになった。

 クラシックとジャズが、融合した。

 東と西が、音楽で一つになった。

 そして、その音楽は、録音された。

 レコードに。

 永遠に。

 今日も、どこかで。

 誰かが、そのレコードをかける。

 針が落ちる。

 ノイズ。

 そして、音楽が始まる。

 47年前の音楽。

 今も生きている。

 今も、誰かの心に届いている。

 それが、音楽の力だ。

 それが、彼らの遺産だ。





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