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第四十二話 それぞれの道

 時が、流れた。

 1977年、1978年、1979年。そして、1980年。

 ニールス・ヘニング・ウアステッド・ペデルセン。

 コペンハーゲン。彼の生活は、変わらなかった。家族と、音楽。それがすべてだった。

 朝、アンナを学校に送る。昼、ベースを弾く。夜、家族と夕食。そして時折、世界中を回るツアーに出る。しかし、どんなに遠くへ行っても、彼は必ず帰る。ソルヴェイグとアンナが待つ場所へ。それがニールスの支えだった。


 同じ頃、ミュンヘン。

 オイゲン・キケロの生活には、大きな変化と、それ以上に深い安らぎが訪れていた。

 亡命から15年を経て、ついに西ドイツの地を踏んだ父テオドールと母リヴィア。二人はキケロが用意したミュンヘンの家で、穏やかな晩年を過ごしていた。

 日曜日の朝、自宅のリビング。

 テオドールは窓辺の椅子に座り、息子が奏でるバッハに耳を傾けていた。その隣には、リヴィアが淹れたコーヒーの香りが漂っている。

「オイゲン、今日の音はとても澄んでいるね」

 テオドールが語る。かつて牢獄にいた父の心は、自由なドイツの風と息子の音楽によって、ゆっくりと解きほぐされていった。

 さらに、キケロを喜ばせたのは兄アドリアンの移住だった。

 数年遅れて西側へやってきた兄と再会したとき、二人は子供のように抱き合った。かつてクルジュの家で共に音楽を奏でた日々が、異国の地で再び始まったのだ。

 兄弟の共演は、やがてアルバム『Balkan Passion』として形になった。キケロの洗練されたジャズと、アドリアンの血に刻まれた民族音楽の調べ。それは、分断されていた家族の歴史が、ようやく一つに溶け合った証でもあった。

 しかし、私生活では寂しい別れもあった。

 キケロとアンジェリーカは、それぞれの道を歩むことになった。争いのない、穏当な別れ。ロジャーは母と暮らすことになったが、キケロは定期的に息子と会い、ピアノを教え続けた。

「パパ、おじいちゃんが僕の弾くピアノを聴いて、ニコニコしてたよ」

 ロジャーの言葉に、キケロは微笑む。自分の音楽が父を癒やし、息子へと受け継がれていく。それこそが、彼が長い孤独の果てに手に入れた真の「自由」だった。


 雪の降る夜。

 ニールスはウーステッドの実家で、教会の鐘の音を聴きながら家族とクリスマスを過ごしていた。

 同じ時刻、キケロは一人、ミュンヘンのピアノの前にいた。

 窓の外では白く降り積もっている。

 彼はふと、レコード棚から『For My Friends』を取り出し、ジャケットを見つめた。

 ニールス、インザラコ、そして自分。

 あの三日間、誰もが孤独で、誰もが必死に「何か」を求めていた。あの瞬間の煌めきがあったからこそ、今の安らかな日々がある。

 鍵盤にそっと手を置いた。

 隣の部屋では、年老いた両親が眠りについている。

 かつて孤独を埋めるために弾いていたピアノは、いま、愛する人々を守り、繋ぎ止めるための調べへと変わっていた。

 1980年が終わろうとしていた。

 ニールスは家族と。キケロは再会した家族の温もりとともに。

 三人は、それぞれの場所で年を越した。

 

 1977年、ベルリン。クライネス・シアター。

 あの三日間は、伝説となった。

 彼らが再び集まることはなかったが、その音楽は、彼らの人生を、そして人々の記憶を、今も永遠に照らし続けている。

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