第十七話 スイスの二年間
1962年3月16日。チューリッヒ中央駅。
列車がホームに滑り込んだ。オイゲン・キケロは、小さなカバンを持って降りた。
駅は、人で溢れていた。しかし、東ベルリンやブカレストとは違う空気があった。
急いでいる人々。しかし、恐怖はない。監視の目もない。
ただ、日常があった。
オイゲンは、ミュラーからもらった封筒を開いた。
住所が書かれている。「Restaurant Kindli, Zürich」
そして、手紙。
「キケロさんへ
ようこそ、チューリッヒへ。私はジョー・シュミット、キンドリ・レストランのオーケストラを率いています。ベルリンの難民センターから、あなたについて聞きました。才能あるピアニストで、クラシックとジャズの両方ができると。明日、午後2時にキンドリに来てください。オーディションをしましょう。Joe Schmid」
オイゲンは、手紙を握りしめた。
チャンスだ。
翌日、午後2時。
オイゲンは、キンドリ・レストランの前に立っていた。
チューリッヒ旧市街の一角にある、エレガントな建物。入り口には、「Live Music Every Night」と書かれている。
高級レストラン。社交界の社交場。
オイゲンは、自分のみすぼらしい服を見た。亡命者の服。しかし、引き返すわけにはいかない。
ドアを開けると、中は豪華だった。シャンデリア、ベルベットのカーテン、白いテーブルクロス。
ステージには、グランドピアノが置かれていた。
「こんにちは」オイゲンは呼びかけた。
奥から、男性が出てきた。四十代、がっしりとした体格、明るい笑顔。
「君が、オイゲン・キケロか?」
「はい」
「私が、ジョー・シュミットだ」
男は力強く握手した。「よく来てくれた」
「ありがとうございます」
「さあ」ジョーは、ピアノを指した。
「早速だが、弾いてもらおうか」オイゲンは、ピアノの前に座った。スタインウェイのグランドピアノ。美しい楽器。
「何を弾けばいいですか?」
「自由に。君の得意なものを」
オイゲンは、考えた。
クラシック。それが、彼の武器だった。彼は、ショパンのノクターン第2番を弾き始めた。
繊細なメロディ。哀愁に満ちた和音。
彼の指が、鍵盤の上で踊る。
完璧な技術。リストの孫弟子から学んだ、超絶技巧。アナ・ピティシュから教わった、輝かしいタッチ。
しかし、曲が終わった時、ジョーの表情は複雑だった。
「素晴らしい」彼は言った。
「しかし、オイゲン、ここはコンサートホールではない」
「―――」
「ここは、レストランだ。お客様は、食事と会話を楽しみに来る。重厚なクラシックは、少し...合わないんだ」
オイゲンの顔が曇った。
「でも」ジョーは続けた。「君の技術は本物だ。それを、違う形で使えないか?」
「どういう形ですか?」
「もっと軽やかに。もっとスウィングする音楽。ジャズを弾けるか?」
「少し...ルーマニアで、クインテットをやっていました」
「じゃあ、何か、スタンダードを弾いてくれ」
オイゲンは、「All the Things You Are」を弾いた。しかし、ぎこちなかった。
ジャズのフィーリングが、まだ完全には身についていない。
ジョーは、腕を組んで聞いていた。
曲が終わった。
「うーん」ジョーは考え込んだ。「悪くない。しかし、まだ硬い」
オイゲンは、落胆した。
「でも」
ジョーは言った。「可能性はある。君を雇おう。しかし、条件がある」
「条件?」
「毎晩、ここで演奏する。お客様が喜ぶ音楽を。そして、昼間は練習しろ。ジャズを、スウィングを、自分のものにするんだ」
オイゲンは頷いた。
「給料は、月600スイスフラン。それと、上の階に音楽家用の部屋がある。そこに住めるようにしよう」
「ありがとうございます」
「礼はいらない。これから、大変だぞ」
1962年4月。
オイゲンの新しい生活が始まった。
毎晩、キンドリ・レストランで演奏する。
編成は、小さなアンサンブル。ピアノ、ベース、ドラムス、時々サックス。
レパートリーは、スタンダード・ジャズ、軽いクラシックのアレンジ、ポピュラー音楽。
しかし、オイゲンにとって、これは苦闘だった。
最初の週、彼は何度も失敗した。
リズムが合わない。スウィングしない。
お客様は、会話を続けた。誰も、彼のピアノに注目しない。
ある夜、演奏が終わった後、ジョーが言った。
「オイゲン、お前は考えすぎだ」
「―――」
「クラシックでは、すべての音符が楽譜に書いてある。しかし、ジャズは違う。感じるんだ。リズムを。グルーヴを」
「どうやって?」
「聴け」ジョーは、レコードをかけた。
オスカー・ピーターソン・トリオ。
ピアノが、信じられない速さで駆け抜ける。しかし、機械的ではない。スウィングしている。生きている。
オイゲンは、衝撃を受けた。
これが、ジャズだ。
これが、彼が目指すべき音楽だ。
「このレコード、借りていいですか?」
「持っていけ」ジョーは言った。「そして、聴き込め。体で覚えろ」
それから、オイゲンの日々が変わった。
昼間、彼は小さな部屋にこもった。
オスカー・ピーターソンのレコードを、何度も何度も聴いた。
そして、それを真似して弾いた。
最初は、全く同じようには弾けなかった。
オスカーのタッチは、力強い。オイゲンのタッチは、繊細だ。
しかし、徐々に、何かが見えてきた。
スウィングの秘密。
それは、リズムの「後ろ」にいること。ビートを少し遅らせること。
そして、アクセントの位置。
オイゲンは、何百時間も練習した。
指が痛くなった。背中が痛くなった。
しかし、止めなかった。
ある日、突然、何かが弾けた。
スウィングした。
彼の指が、初めて、本当のジャズを奏でた。
1962年秋。
オイゲンの演奏は、変わっていた。
まだ、オスカー・ピーターソンほどではない。しかし、スウィングしている。
お客様が、気づき始めた。
「このピアニスト、誰?」
「新しい人よ。東側から来たらしい」
「素晴らしいわね」
しかし、オイゲンは、まだ満足していなかった。
彼には、クラシックの技術がある。
それを、ジャズに生かせないか。
ある夜、演奏の合間に、オイゲンは実験をした。
バッハのインヴェンション第1番。
しかし、左手をウォーキング・ベースのリズムで弾く。
右手は、メロディを少しスウィングさせる。
お客様が、顔を上げた。何だ、この音楽は。
クラシック?ジャズ?
どちらでもある。どちらでもない。
新しい。
曲が終わると、拍手が起きた。初めて、キンドリで、オイゲンに拍手が送られた。
ジョーが、バーから親指を立てた。
これだ。
オイゲンは、自分の道を見つけた。
クラシックの構造美と、ジャズの自由の融合。
1963年。
オイゲンのスタイルは、確立されていった。
バッハ、モーツァルト、ショパン。
これらのクラシックの名曲を、彼はジャズのリズムで再構築した。
しかし、ただのアレンジではない。
新しい音楽の創造だった。
キンドリは、徐々に有名になっていった。
「あそこに、面白いピアニストがいる」
「クラシックを、ジャズで弾くんだって」
音楽業界の人間も、聴きに来始めた。
ある夜、一人の男性がオイゲンに近づいてきた。
五十代、エレガントなスーツ、鋭い目。
「素晴らしい演奏でした」男は言った。
「私は、ハンス・ゲオルグ・ブルナー=シュヴェア。MPSレコードのプロデューサーです」
オイゲンは、驚いた。
MPS。ドイツの有名なジャズレーベル。
「あなたの音楽は、非常に独特だ」ブルナー=シュヴェアは続けた。
「クラシックのエレガンスと、ジャズのスウィング。これは、新しいジャンルだ」
「ありがとうございます」
「興味があれば、レコーディングをしませんか?」
オイゲンの心臓が高鳴った。
「本当ですか?」
「本当です。しかし、今すぐではない。もう少し、スタイルを磨いてください。そして、準備ができたら、連絡してください」
ブルナー=シュヴェアは、名刺を渡した。
「一年後、あなたに会いに来ます。それまで、さらに成長してください」
1964年初頭。
オイゲンは、毎晩、キンドリで演奏していた。
もう、失敗はない。
お客様は、彼の演奏を楽しみにしている。
そして、彼自身も、音楽を楽しんでいた。
ある夜、演奏が終わった後、オイゲンは一人で部屋に戻った。
窓から、チューリッヒの夜景が見えた。
美しい街。平和な街。
ここで、彼は二年間を過ごした。
亡命直後の傷は、まだ癒えていない。
家族への思いは、消えない。
しかし、音楽が、彼を支えてくれた。
そして、新しいスタイルを見つけた。
クラシックとジャズの融合。
「ロココ・ジャズ」。
まだ、名前はついていない。しかし、これが彼の音楽だった。
オイゲンは、ノートに書き留めた。
新しい曲のアイデア。
モーツァルトの「トルコ行進曲」を、ラテンのリズムで。
ベートーヴェンの「エリーゼのために」を、ブルースで。
チャイコフスキーの「白鳥の湖」を、スウィングで。
可能性は、無限だった。
1964年3月。
約束の日が来た。
ハンス・ゲオルグ・ブルナー=シュヴェアが、再びキンドリを訪れた。
オイゲンの演奏を聴いた後、彼は満足そうに頷いた。
「準備ができましたね」
「はい」オイゲンは答えた。
「では、来月、ミュンヘンに来てください。レコーディングをしましょう」
「ミュンヘン?」
「ええ。MPSのスタジオがあります。そこで、あなたの最初のアルバムを録音します」
オイゲンは、信じられなかった。
レコード。
自分のアルバム。
「ただし」ブルナー=シュヴェアは言った。「トリオでの録音です。ベースとドラムスが必要です。良いミュージシャンを知っていますか?」
オイゲンは考えた。
「いいえ。でも、あなたに任せます」
「わかりました。私が、最高のミュージシャンを用意します」
1964年4月。
オイゲンは、ジョー・シュミットに別れを告げた。
「行くのか」ジョーは寂しそうに言った。
「はい。でも、ここでの二年間を、決して忘れません」
「お前は、ここで生まれ変わった」
ジョーは言った。「最初に来た時の、怯えた亡命者ではない。今は、立派な音楽家だ」
「ジョーさんのおかげです。あなたが、僕に現場を与えてくれた。お客様を喜ばせることを教えてくれた」
「いや」ジョーは首を振った。
「お前自身が、掴み取ったんだ」
二人は、固く抱き合った。
「成功しろ、オイゲン。そして、世界中の人々に、お前の音楽を聴かせろ」
「はい。必ず」
1964年4月15日。
オイゲンは、チューリッヒ中央駅のホームに立っていた。
ミュンヘン行きの列車が、入ってきた。
彼は、二年前よりも大きなカバンを持っていた。
中には、楽譜、衣類、そして、スイスで書き溜めた新しいアレンジ。
そして、自信。
列車に乗り込んだ。
窓から、チューリッヒの街を見た。
さようなら、スイス。
ありがとう。
ここで、僕は「クラシックの神童」から「ジャズのピアニスト」に変わった。
いや、どちらでもない。
新しい何かになった。
列車が動き出した。
オイゲンは、ポケットから家族の写真を取り出した。
「父さん、母さん、兄さん」彼は囁いた。
「僕は、やっています。もうすぐ、レコードが出ます。いつか、それを聴いてもらえる日が来ますように」
窓の外では、スイスの風景が流れていく。
そして、前方には、ドイツが待っていた。
ミュンヘン。
MPSレコード。
そして、運命のアルバム「Rokoko-Jazz」。
オイゲン・キケロの、本当の物語が始まろうとしていた。




