忘却の雨編 7 寓話
ギルド本部内にある修道院に朝日が差し込む。美しい芝生が青々と広がる庭にレグルスの姿があった。
花壇の花を何本か摘んで礼拝堂の花瓶に生けてから如雨露で水をやる。机や椅子を綺麗に拭いていると子供達がやって来てレグルスに尋ねた。
「ねぇ、フォルトゥナ様知らない?」
「どちら様ですかぁ?」
「お腹空いたぁー」
口々に話し掛けて来る。優しく微笑むとレグルスは皆を安心させる様に柔らかい声で言った。
「彼女は少し疲れてしまったんだの、だからベッドで休んでおる…心配せんでも大丈夫だ」
「お腹痛いのかなぁ?」
「風邪ひいたんだよきっと」
「バカだなぁ、聖女様は回復魔法があるんだから病気になんてならないだろぉ」
「なによっ、病気になったら使えないかもしれないでしょっ」
修道院は孤児院を併設していて、身寄りの無い子供達が暮らしている。朝は天に祈りを捧げてから朝食を取る為 礼拝堂に集まって来たのだ。
「皆椅子に座ってくれるかの」
子供達はそれぞれ好きな場所に座ると指を組み合わせて静かに目を閉じる。
祈りの言葉は無く、各々が心の中で感謝を込めて祈りを捧げる。礼拝堂に静かで清らかな時間が流れた。
「それでは食堂に行って食事を済ませたら、教室で大人しく待っておるんだの」
はーいと元気に返事をして子供達が食堂へと向かうと入れ違う様に修道女達が礼拝堂に入って来た。
「レグルス様、おはようございます」
皆深々と頭を下げてから椅子に座り祈りを捧げている。
その中の一人にレグルスが声を掛けた。
「フォルトゥナ様の容態は?」
「あまり思わしくなく…」
「そうか…ここの掃除を済ませたら、ギルドに顔を出して来るから子供達を頼んでも良いか?」
「何から何までありがとうございます」
§§§§§
フォルトゥナ様の噂を聞いたアドラー達が押し寄せた受付には、人集りが出来ていた。
「怪我の治療は誰に頼めばいいんだ?」
「俺だって今日は精霊召喚の予定だったんだ!」
「負傷者を治して貰えないなら、ダンジョンには行かない方がいいんじゃないか?」
あちこちから不安の声が上がる。
受付嬢達は対応に追われて疲労困憊の顔をしていた。
するとそこに太い大声が聞こえて来る。
「少し静かに出来んのかぁ?」
レグルスの声にその場が静まり返った。
「怪我の治療が必要な者は修道院の庭に集まれぇ、それから精霊召喚は後日に予定を変更する受付で手続きしておくようにっ、今日から数日の間ダンジョンに行く者は必ず二重編成、最低でも6人でパーティを組むように!これはギルドマスター、アッシュからの命令だ違反した者は処罰の対象となるっ」
反論する者はおらず、皆粛々と行動し始める。
人集りの無くなった受付にレインが顔を出すと、受付嬢が微笑みながら歓迎する。
「おめでとう御座いますレインさん、今日からデビューですね」
「あぁ、宜しく」
「ではこちらにアドラーリングを」
言われた通りに左手を台の上に乗せる。
「ありがとうございます、これからギルド等の施設を利用される際は今と同じ様にアドラーリングの認証をお願いしますね」
そう言うと受付嬢はレインの後ろに視線を送る。
「…あの、何かあったんですか?」
「レオナルドか?朝からずっとあの調子なんだ…」
「そうなんですね…」
受付嬢は苦笑いを返した。
「ちょっとレオいい加減離して」
「やだ、無理」
「歩きにくいでしょ」
「レインは一人で大丈夫だから、放っといて帰ろ?」
抱き付いたまま離れようとしないレオに、アーシャが諦めのため息を吐いた時だった。
グイッとレオが引き剥がされる。
「何をやっとるんだ?」
「「レグルス」」
「朝から大変だったみたいね」
「まぁ、不測の事態はあるもんだ…それよりなんだレオその有様は」
「アーシャを守ってんの…」
そう言いながら、またアーシャの腕に自身の腕を絡める。
「ねぇレグルス、フォルトゥナ様に何かあったの?」
「ここでは話せん、一緒に修道院に来てくれんか」
レインも連れて四人で修道院に向かう。
孤児院では読み書きの学習が行われていて、その様子を横目に修道院の庭に向かう一行。
庭に着くと負傷者達と共にバルト達の姿もあった。
「あの、アーシャさん…」
バルトが慌ててアーシャの元に駆け寄って来る。
「あれ、君昨日の…」
「あの時はすみませんでした、お礼も言わずに…」
「あれはアッシュ様の指示だから気にしないで」
アーシャににっこり微笑まれて少し顔を赤らめる。
その様子をピッタリくっ付いたままレオが見ている。
(レインが言ってたのこの子だな…)
レオにも頭を下げて挨拶するバルト。
レグルスは負傷者を重症度別に分けて待機させるとアーシャ達の元にやって来た。
「すまんがアーシャ、当面の間はバルト達と一緒にダンジョンに行ってくれるか?」
「アッシュ様に頼まれたの?」
「そうだ、それで早速だが向こうに集まっておる者達に回復魔法を掛けてやってくれ」
「分かった」
「レミーはアーシャに付いておれ」
アーシャはレオを置いてレミーと共に負傷者達の集まっている場所に向かった。
「でレグルス、フォルトゥナ様は?」
「昨日の朝、突然倒れたそうだ」
「私とレミーがここに来てから体調不良なんて一度も聞いた事ないのに…」
イーライがバルトに視線を送る。
「確かに元々体が弱いって話も聞いた事はないな」
「体調でないなら精神的な不調の可能性は?」
レインが尋ねる。
「倒れてから一度も目を覚まされておらんのだ…今は皆目見当もつかん」
「アーシャを見てても思うけど、蘇生魔法は体への負荷が凄く大きいんだ…聖女様は毎日休みなく働いてるんだから、倒れたって不思議じゃない」
レオの言葉で皆が一様に複雑な表情を見せる。
「今アッシュが国王様と対策会議をしておるから直ぐにでも別の聖女様が来ると思うのだが…」
「それまではアーシャに聖女の代わりをさせるのか?」
レインを見るとレグルスは申し訳なさそうに頷く。
「君たち代わりの聖女様が来るまでダンジョンに行くのは止めておけばいいんじゃない?」
レオは釘を刺すように、バルトとイーライに微笑み掛ける。
「いえ、俺はアーシャさんに回復魔法を使わせるようなヘマはしないんで大丈夫です」
バルトはにっこり微笑み返した。
「試験で蘇生魔法使わせといてよく言う……まさか」
二人の間の張り詰めた空気を割く様にレグルスが声を上げる。
「とにかくだ、わしは暫く修道院を任されておるから家にも帰れん…しっかり頼んだぞ」
そう言ってレグルスは去って行った。
「とりあえず、アーシャを待つか」
負傷者達が礼を言って修道院を出て行くとアーシャの回復魔法を横で見ていたレミーが興奮した様子で話し掛ける。
「凄いですアーシャさんっ」
「貴方も祝福の儀を受ければ簡単な回復魔法ぐらい直ぐ使える様になるわ」
「そうだといいんですが…」
「とにかく実践あるのみ、今日からダンジョンに行ってみる?」
「えっと、お姉ちゃん達に聞いてみないと」
レミーがそわそわしていると、バルトとイーライがやって来た。
「ダンジョンに行くのは宿探しが終わってからと思ってたんですが」
「そういう事なら私たちが使ってる宿、紹介するけど」
「いいんですか?」
「大丈夫よね?レオ」
「えっ⁈いや……あ、う…うん」
不服そうに返事をすると横でレインが笑いを堪えている。
§§§§§
アドラー達がダンジョンに出発した後、ギルドは静まり人の疎らな酒場にジェイドの仲間達が数人集まっていた。
「なぁ、昨日の馬車のやつ…闇ギルドの人間だよな」
「おいっ誰かに聞かれたらどうすんだ⁈いいか、俺たちは何も見てないし何も聞いてない!」
「けど、ジェイドのやつまだギルドに顔出さねぇぞ」
「もしかして…」
良くない想像に首をすくめる男達。そこにグレンがやって来て声を掛けた。
「お前たち、ジェイドを見なかったか?」
「さ、さぁな…昨日はかなり酔ってたからまだどっかで寝てるんじゃねぇか、な?」
「あ、あぁ俺らも今来たとこなんだ」
ハハハと乾いた笑い声で誤魔化す。
「もし見かけたら俺が探していたと伝えておいてくれ」
「あぁ、言っておく」
グレンが去って直ぐに、今度はジェイドが現れた。
「おい、心配してたんだぞジェイド」
「デカい声出すんじゃねぇよっ、頭に響く」
「ほら、水」
ジェイドは渡されたグラスの水を一気に飲み干した。
「今さっきグレンがお前を探して此処に来てたぞ」
「兄貴は心配性なんだ、俺がなんかヘマしねぇか見張ってんだよったく」
「でよ、お前昨日はどこに行ってたんだ?」
「あぁ…」
機嫌が良さそうにニヤリと笑うと顔を近づけて得意気に話し始める。
「今度お前らにもいいとこ紹介してやるよっ、まぁちぃとばかし法に触れるが大した事じゃねぇ…金貨さえ払えば大体の欲望を満たしてくれるありがてぇ場所だ」
「いや、俺は遠慮しとく」
「俺もいいや」
「俺らにはまだ早いよな?なっ?」
苦笑いでその場をやり過ごそうとする男達を見て舌打ちをするジェイド。
「チッ、怖気付きやがって…いいかお前らっ、正攻法じゃ英雄にはなれねぇぞ、上手く立ち回る技量が必要なんだよ…女だって嫌々言いながら結局は強引な男になびくんだ」
「お前ならなれるだろうぜ英雄にな」
ジェイドは機嫌取りの言葉に御満悦だ。
「ったりめーだろうがっ」
「それより、知ってるか?昨日からフォルトゥナ様の姿が見えねぇみたいでえらい騒ぎになってるんだ」
「そんなもん俺らには関係ねぇ、アーシャが居りゃ聖女様なんて必要ねぇんだからよ」
「その事なんだが…あのドラゴニスタの雷使いがレベル7まで昇級したらアーシャはレオナルドと三人でパーティを組むんじゃねぇか?」
「そうなったらヒーラーとして勧誘するのは無理だよな」
「…そろそろ本腰入れて口説いてみるかぁ」
ジェイドの顔に不安の色は無い。
§§§§§
ギルドを後にしブルームーンに向かうアーシャ達は、賑わう街を歩いていた。収穫祭も最終日とあって沢山の人々が行き交いとても楽しそうな雰囲気だ。
露店には普段は見ない商品が並び活気付いている。
煌びやかな魔石を取り扱う店の前でレミーが足を止めて見入っているとアーシャが声を掛けた。
「何か欲しい物があるの?」
「あっ違うんです、ただ綺麗だなって」
「レミーはキラキラした綺麗な物大好きだもんねぇ」
「手持ちに余裕があるなら買ってもいいんじゃない?」
「でも、今は防具を揃えたいんで…」
悩んでいるレミー。
「こういう店は普段は出てないから、迷うぐらいなら買えばいいんじゃないか?」
「でもバルト、私たち金貨は修道院に預けてあるし」
そのやり取りを聞いていたレインが提案する。
「代わりに払っておくか?」
レミーは手を大きく振って丁寧に断った。その様子を見ていたアーシャがクスクスと笑う。
「レインは知らないわよね」
「何の話だ?」
「リリエンタールでは収穫祭の日に男性から愛する女性に贈り物をする風習があってね、受け取ると永遠の愛で結ばれるって言われてるの」
「レミーにはまだ王子様が現れてないもんねぇ」
「お姉ちゃんっ」
六人が戯れていると噴水のある広場の方から大きな歓声が聞こえて来た。広場に設置された舞台では操り人形の劇が小気味のいい音楽と共に繰り広げられ、大人も子供も皆が楽しんでいる。
『さあさあ、皆様 今年の収穫祭もいよいよ今日が最後
天にまします我らが主様に感謝の気持ちは捧げたかい?
そうかいそうかい、捧げたかい
それじゃあエデンに古くからある伝承を聞いておくれ
そうさこの国リリエンタールには美しい不死鳥が居たんだ
風を自在に操り、遥か先まで見通す目で皆を導いた
そしてグランブールには海よりも深い心を持つ海蛇が居た
水を生み出し、どんな穢れも浄める力で皆を癒した
もう一つドラゴニスタには剣呑たる灰の竜が居た
炎を纏い、全てを無に帰す力で皆から崇められた
広い世界で争いを繰り返す、人間とエルフとドワーフ達
それを治めたのが我らが主様から使わされた聖女エルデだ
やがてエデンに平和が訪れた
だが…なんの因果か時を同じくしてもう一人現れたのさ
そう彼女の名は、時の魔女アビゲイル
この世界を混沌に誘う謎に包まれた稀代の美女
それから忘れちゃいけないっ大精霊ノルン
出会った者を幸せにすると言われるありがた〜い存在
彼らに出会えたら決して逃しちゃいけないよ……』
拍手が湧き起こる。
舞台に幕が降りて、観客達も疎らになった広場。
四人も街を抜けるために人混みの中を進み続けた。
「あのっ、少しレミーを休ませたいんだけど」
イーライが申し訳なさそうに言う。
「俺たちのペースじゃ速すぎるか」
「そうだっ」
アーシャは何かを思い付いた様で、路地裏に向かって走り出した。そして、直ぐに戻って来ると五人を路地裏に連れて行く。そこには荷馬車が何台か停まっていた。
「丁度ブルームーンの近くまで行くのがあったから、これに乗せてもらいましょう」
「あんたら運が良いなぁ、これが今日 最後の配達なんだ」
業者は快く迎えてくれた。
「さぁ、乗った乗った」
イーライはレミーの手を引いて荷台に乗り込む。その次にレインとレオ、その後ろにアーシャでバルトの順に乗り込もうとした時だった。
レオが荷台からアーシャに手を差し伸べると、業者がやって来てアーシャとバルトを別の荷馬車に連れて行く。
「悪いな、全員は乗れねぇんだ…あんたら二人はこっちのに乗ってくれ」
「えっ、じゃあ俺がそっちに」
結局、レオはアーシャと別の荷馬車でブルームーンに向かう事となり不貞腐れてしまった。
ガタガタと荷台が揺れてお世辞にも乗り心地が良いとは言えない。
「…私のせいでごめんなさい」
「あっごめんっ、気にしないで君のせいじゃないから」
「そう言えばちゃんと自己紹介してなかったわね、私はイーライ この子はレミー」
「レインだ」
「俺はレオナルド」
イーライは不思議そうな顔で交互に二人に視線を送る。
「二人はどういう関係なの?」
「つい先日会ったばっかりなんだ」
「で俺がアーシャに口説き落とされた」
「変な言い方すんな、ダンジョンクリアの為に協力するだけだろ」
「レグルス様が言ってましたが、今日から二重編成でダンジョンに行く事になったんですよね?」
「つまり、アタッカー、タンク、ヒーラーを最低でも二人ずつ組まないといけないのよね…私たちだけじゃダンジョンには行けない、誰かレベル7以上でタンクをやってくれる人を二人も探すなんて」
「祝福を受けてない私たちはヒーラーも出来ないし…」
頭を悩ませる三人にレインが尋ねる。
「他のパーティに混ぜてもらうのは難しいのか?」
「人数が増えればその分報酬も少なくなるから、俺ら六人全員をっていうのは…」
一方、別の荷馬車に乗っているアーシャとバルト。
酒の入った樽や果物の入った木箱が積み上げられ荷台に乗る隙間が無い為、荷台のあおりに並んで腰掛け揺られていた。
「あの、アーシャさんはどうしてアドラーになったんですか?」
「早く自立したかったの、レグルスに甘えてばっかりで申し訳なくて…バルトはどうしてアドラーになったの?」
「俺も早く自立して孤児院を出て、恩返しがしたかったんです」
「そっか…お互い頑張らなきゃね」
優しく微笑むアーシャ、その耳にはキラリと輝く淡い水色の小さな丸いピアス。
「もしかしてそのピアス、レオナルドさんからの贈り物だったりします?あの人も同じの付けてますよね」
「ふふっ、残念っ、これはレグルスが私たちにくれた御守りなの」
バルトは一瞬ホッとして直ぐに真剣な顔つきに変わる。
「じゃあ、俺が貴方に贈り物したら受け取ってくれますか?」
アーシャは気持ち良さそうに風を感じながら目を瞑ったまま答える。
「ごめんなさい…」
目を開いて空を仰ぎ続けた。
「でも分かってたでしょ?断られるって」
「…やっぱりレオナルドさんの事が好きなんですか?」
「好きって言うと、なんか違うような感じがするかな…レオはね、私を暗闇から掬い上げてくれた光なの…だから何よりも大切な存在」
「そうなんですね…」
バルトはどこかスッキリした様に納得した。
「じゃあ、レインさんとはどういう…」
「レインとは偶然出会って、私が口説き落としたの」
「信用しても大丈夫なんですか?」
「なんていうか、同じ匂いがする?的な」
「ドラゴニスタの人間で雷属性なんですよ…正直かなり危険な人物だと思いますけど」
「心配してくれてありがとう…でもレインは悪い人間じゃないって根拠がちゃんとあるの、だから大丈夫よ」
§§§§§
彼女の話を聞いて俺は思い出していた。
生まれて直ぐに孤児院に預けられた俺が3つになった頃、エルデ様が小さな女の子を連れて来た。
アーシャと呼ばれる彼女はとても愛らしかったが、まるで人形の様に一言も喋らなかった。瞳は暗く生気が無い。
彼女を心配してか忙しいはずのエルデ様が何日もギルド本部に滞在していたのが幼心にも不思議だった。
彼女が孤児院に馴染まずにいたある日、レグルス様が彼を連れて訪れたんだ。主様や精霊その全ての祝福を受けて生まれたかの様な彼の容姿に誰もが恍惚の眼差しを向け、その反応に嫌気がさすと言わんばかりの彼の表情。
だが彼は彼女を見つけた瞬間、駆け出して…強く抱き締めた。まるで時が止まったかの様に。
あの日レオナルドさんは出会ってしまったんだ…。
全てを投げ打ってでも護りたい人に。




