忘却の雨編 17 火種
仄暗いダンジョンの中、松明の明かりを頼りに先を急ぐジェイド達の姿があった。
前回はほとんど埋まっていなかった地図もフローレンスのおかげである程度が埋められ、その地図の通りに2階層を探索して行く。
何処を探しても前回同様人影は見当たらず、落胆の色を隠せない。
「いないねぇ…」
「あのフローレンスってやつが言ってた通りなら、生きてる可能性もあるが…まぁ期待薄だよな」
「これってダンジョンクリアまで任務達成出来ない感じかな?」
「どうだろうな、何回か捜索したって事がギルドに伝わればいいんじゃないか?…そういやエミリーはどうしたんだ?」
ザックはそれとなくティナに探りを入れる。
「やっぱり気になる?」
「いや、まぁそりゃぁ…」
ティナのにんまり顔に思わず視線をそらすと咳ばらいを一つした。
「エミリーね、ルーク様と知り合いなんだって」
「あぁ…」
「どう見てもお嬢様だし、納得だよねぇ」
「英雄様から俺たちみたいなクズとは関わるなとでも言われたか」
「よく分かんないけど調査に同行するって言ってた」
二人の表情が一層暗くなる。
「エミリーはまだティナの家で寝泊まりしてんのか?」
「うん、あんまり優しいもんだから弟たちが懐いちゃってさ…何泊もさせられないと思ってエミリーにギルドの宿勧めたんだけど」
「まぁ、嫌なら宿に行くだろ」
「うちボロいし狭いし、なんか申し訳ない気もしてさぁ」
「むしろ新鮮なんじゃねぇか」
「それはまぁ…確かに」
そんな二人の会話が耳に触ったのか、ジェイドは半身が隠れる程の盾をガツンと地面に突き立てて不機嫌な顔を向けた。
「足手纏いがいない方が良いに決まってるだろうが」
「何よっ、機嫌が悪いからって私たちに当たらないでくれる」
「お前、最近イライラし過ぎだぞ?」
「どうせアーシャに相手にされなくて拗ねてるんでしょ」
「うるせぇ!」
静まり返ったダンジョンにジェイドの大声が響く。
闇ギルドの男とアーシャ、レインとのやり取りを思い出し更に怒りが込み上げる。
わざとズカズカ足音を立てた。
黙していたグレンが何かに気付き眉をひそめる。
地図の通りならボス部屋までは目と鼻の先のはずだ。
「ねぇ、何か聞こえない?」
耳を済ませた一同の元に微かに聞こえる鳴き声の様なもの。
慎重に足を進めてボス部屋まで来ると、階下へと繋がる方向からその声が聞こえていると分かる。
「何だ…この声」
ザックはボス部屋の中へと足を踏み入れた。
そこにはなんの異変もなく、後方の仲間に合図を送る。
「薄気味悪ぃぜ、まったくよぅ」
段々と近づくその声は、まるで赤子の鳴き声だ。火が付いた様に泣きわめいている。
「まさか、ダンジョンの中に赤ちゃんなんている訳ないよね…」
「噂でしか聞いた事ないが、ベビーマンドラゴラか?」
「え?なにそれ」
「闇ギルドで高値で取引されてるってのは知ってたが」
「危険なの?」
「それ自体は危険なものじゃない」
ボス部屋の奥へと進むにつれて緊張感が高まって行く。
ティナは杖を強く握り行く先に目を凝らした。
三階層まで下ると、そこは完全に人の手が加えられた場所で美しく整えられている。
気が付くといつの間にか不気味な鳴き声が聞こえなくなっていた。
目の前に広がる幾つもの光の環。
「これ全部…転移魔法陣?」
全員があっけにとられていると、その中の一つから何者かが姿を現した。
「いやはや、ここで人に会うとは珍しい」
聞き馴染みのある声にザック以外が反応を見せる。
「…もしかして」
「お前は…」
「こんな所で何やってんだてめぇ!」
ザックは注意深く相手を観察しながら、迎撃に備える。
(こいつらの反応からして…闇ギルドの人間か?)
三人から漂う緊張感に、息を吞んだ。
「何をと聞かれましても、薬草の調達をですね」
その手には、小さなマンドラゴラが。
男の表情はうかがい知れないが、声にはうっすら愉悦を感じる。
「皆様はここで何を?」
グレンは答えない。
「ギルドの要請で人探しでしょうか?」
底知れない不安が高まって行く。
「…残念ですが引き返すことをお勧めします」
挑発的な忠告が癇に障ったのか、ジェイドはすぐ近くにある魔法陣に向かって近付いた。
「てめぇの指図は受けねぇ!」
「やめろ!ジェイド」
ザックの呼び掛けを無視してそのまま目の前の魔法陣に足を踏み入れ、何処へと知れず姿を消した。
慌てて後を追いかけようとしたザックをティナが制止する。
「待って!何処に飛ばされるか分からないっ」
「だからって、あいつを放っておけねぇだろ⁈」
「そうだけど…」
(こんな時ミランダが居てくれたら…)
「良いですか、ここから先 命の保証はありません…無駄死にしたくなければ彼のことは諦めた方が良いでしょう」
「どうするの⁈グレン」
「おいっ、早く追いかけようぜ」
少しの沈黙の後、グレンが歩き出した。それを確認したザックは先に魔法陣の中へ。
次にティナが入り、そのすぐ後にグレンも魔法陣の中へと姿を消した。
「やれやれ…」
§§§§§
ギルド本部を出て調査対象のダンジョンに向かう馬車の中、静かに目を閉じているレイン。
何やら険しい顔つきだ。
「レイン…最近いつ眠ったの?」
その声に気付きゆっくりと目を開ける。
「…こっちに来てからは、ほとんど眠ってない」
「ダンジョンに着いたら起こすから少し寝たら?」
「いや…」
アーシャから不安そうな視線を感じ、小窓の外に顔を背けた。
ギルドを出る前にベルをオルガの元に預け、アーシャと二人でアッシュ率いる調査チームに同行したのだが思いの外 体調が良くない。
抗い難い睡魔。
(合流に少し遅れてでも仮眠を取るべきだったか…)
「眠らなくても平気なの?」
「正直なところ、ここまで眠らないのは初めてでなんとも…」
アーシャは思い切って尋ねた。
「どうして眠らないの?」
「……眠ると記憶が無くなる」
更に不安な表情でレインを見つめる。
「呪いか何かなの?」
「あぁ、忘却魔法だ…アビゲイルの」
「ア、アビゲイルってあの?時の魔女?」
「だからベルと行動を共にしてるんだ、ベルが側にいる間は忘却魔法から解放される」
「…会ったことがあるの?アビゲイルに」
ダンジョンに着いた一行が20階層へと下って行く。
アッシュを先頭にフローレンス、まだギルド本部に残っていたルークのパーティーのメンバー数名と、アーシャとレインそして最後尾にルークとエミリーの姿があった。
「何も心配は要らないが、念の為これを渡しておく」
そう言ってルークはエミリーに腰の高さ程の剣を差し出した。
杖をベルトに差し込んでから両手で受け取った剣は、想像より軽いがずっしりと重さが感じられる。
「その剣は力を込めなくても簡単に対象を切断出来る優れものなんだ」
「でも私、剣を扱ったことは…」
「万が一の備えだよ」
「では、お守りとしてお借りしますね」
エミリーの柔らかい笑みに微笑み返すルーク。
「突然の申し出だったのに同行してくれてありがとう、調査が済んだら労いの意味も込めて食事をご馳走したいんだが」
「ありがとうございます、お気持ちは嬉しいのですが…実は今ティナの家にお世話になってまして」
「オルウィン兄弟のパーティーメンバーかな?」
「はい、こんな私にとても親切にしてくれるんです…双子の弟と足の不自由な父親の面倒を独りで見ていて」
「…そうか、じゃあ持ち帰れる全員分の料理を用意させよう」
他愛もない会話で二人を包む空気は和やかだ。
「家族っていいものですね…」
「あぁ、そうだね」
先頭を歩くアッシュの頭の中は、如何に早く帰るかでいっぱいだった。
そんな彼女の様子を見てフローレンスは首をすくめる。レグルスの指示でフォルトゥナが目覚めたことをアッシュに伏せていたからだ。
修道女からフォルトゥナの目覚めの知らせがあったすぐ後、受付嬢が調査の準備が整ったと知らせにやって来た。
ピルズベリーと共に受付に戻った時にはレインとアーシャも顔を揃えていて挨拶も早々にダンジョンへと出発し今に至る。
(ドラゴニスタの第三王子…噂通り、それにアーシャ…彼女をレグルス様が育てた?これは全てエルデ様の知るところなのか)
今は余計なことを考えまいと頭を軽く振って後方に目をやる。
ルークのパーティーに所属するアドラー達からは不安と焦りの色が見える。打って変わってルーク達はダンジョンに不釣り合いな程微笑ましい表情だ。
(いかにも王族関係者…更には新人、どうして彼女を同行させたんだ?ただの調査とみて観光気分で連れて来た?いやいや…これも経験のうちということか…)
そんな二人の少し前を歩く、アーシャとレイン。
結局休まずに目的のボス部屋の前まで辿り着いたがレインは冷や汗を手で拭い苦い顔をしている。
ギルド本部内で軽く挨拶を交わしただけのフローレンスにちらりと目をやり、彼の所持しているランプに気付く。レインの魔力に反応してふわりと光を放っている。
その視線に気付いたのかフローレンスが二人の元へ歩み寄り声をかけた。
「体調が優れないのですか?」
「俺に構わず調査を続けてくれ」
「あいにくとボス部屋の中にはゴブリンの姿がありません」
「…ならギルドマスターに伝えてくれ、中には入るなと」
(アッシュ様の実力を以てしても不測の事態だと言いたい?)
レインのドラゴニスタ特有の瞳をジッと見つめてからフローレンスが徐に口を開いた。
「…貴方にお聞きしたいことがあったのですが」
「何だ?」
「知る人は限られていますが、オルガ様はドラゴニスタの第三王妃…つまり貴方は」
「以前はな、今は俺もオルガ様も王族とは無関係だ」
アーシャに驚いている様子はなく二人の話を静かに聞いている。
「では、質問を変えます…このダンジョン、シャーマンゴブリンを危険視する理由は何でしょうか?確かに稀な個体ではありますが上級魔族と言えどゴブリンに変わりはありません」
「死んだ配下を操る程度なら大したことない、だが…」
突然、ボス部屋の前で腕組みをしているアッシュが大声を出した。
「フローレンス!!」
全員が一斉に目をやる。
走り出した二人に続きレインもボス部屋のすぐ側まで駆け寄るが、視界がぐにゃりと歪み気を失って倒れてしまった。
「レイン!」
アーシャは慌てて駆け寄り介抱する。
アッシュ達が見つめる先、静まり返っていたボス部屋の中に浮かび上がる光の環。
「あれは…転移魔法陣」
フローレンスがポツリと呟いた。
「ボス部屋の中だぞ…」
「有り得ない…」
「…」
理解不能な現象に全員言葉を失う。
緊張で張り詰めた空気の中、転移魔法陣から現れたのはよく見知った顔だった。
「ジェイド⁈」
「なぜ彼が…」
不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。
「不味いですっアッシュ様!今すぐボス部屋から出るように伝えて下さいっ」
大声でジェイドに呼びかけるがこちらに気付いていない。助けに向かうか悠長に考えている暇はなくアッシュは足を踏み出す。
「待って下さい!」
アッシュを制止しようとフローレンスも中に足を踏み入れた時だった。
「勝手に突っ走ってんじゃねぇぞっ!」
「やだっ、なに此処ボス部屋⁈」
ジェイドに続きザックとティナが姿を現す。
「ティナ…」
エミリーの小声の後、最後にグレンが現れて転移魔法陣は消え去った。
§§§§§
ギルド本部内にある修道院では皆がせわしなく行き交っていた。
フォルトゥナが目覚めた後、その事実は公に伏せられる事となり事情を知る者達だけが対応に追われていたのだ。
オルガは予定通り聖女としての職務をこなしつつ、フォルトゥナの回復にも努めている。
慌ただしさが一段落し庭にある東屋の椅子に腰を下ろし一息ついていると、レグルスがやって来た。
「無理をしておらんか?」
「私は大丈夫です」
優しく微笑む顔を見て一安心する。
「大精霊でも居眠りをするようだな」
オルガの腕の中で丸くなり、静かに寝息をたてるベルを見てレグルスが笑った。
「他のノルンと意識を繋いでいるのだと思います」
「して…フォルトゥナ様はどんな様子だ?」
「目覚めてすぐは取り乱されておいででしたが…今は少し落ち着いております」
その言葉の重みがレグルスの思考を搔き立てる。
「話せそうであれば会いたいのだが」
オルガは静かに首を横に振った。
「回復の見込みは?」
「今はまだ見守るしか…」
二人の間に流れる重い空気とは相反し、蝶が緩やかに舞う程庭は穏やかだ。
「他にも心配事があるのですか?」
思わぬ質問に苦笑いで鼻から息を漏らす。
どう切り出そうかとレグルスが考えていると、突然後方から呼びかけられた。
「レグルス」
振り向くと、ルナが立っていた。
「おぉ、ルナ元気にしておったか?」
「えぇ」
ルナはちらりとオルガに視線を移しぺこりと頭を下げた。
「どうした?ギルドになにか用か?」
「ブルームーンを移転したから、新店舗の案内状を掲示板に貼らせてもらいに来たの」
「そうだったか、では何か祝いの品を送らせよう」
「気にしないで、それより…ここに来る途中街でレオを見かけたんだけど」
「レオを?」
「うん、でも呼びかけても無反応で…いつもと様子が違ったっていうか」
オルガが不思議そうに尋ねる。
「レオナルド様はダンジョンの調査に同行されたはずでは?」
「…一人だったから気になって、探してこようか?」
ルナの提案に同意し、自身も行くと言ってレグルスは修道院の庭を出て行った。
§§§§§
レグルスの頼みでバルトとイーライの二人と別れ、修道女達の手伝いで配膳作業中のレミー。
修道院の薄暗い廊下を歩きながら、窓から見える景色に目をやり考える。
(バルトとお姉ちゃんにつられて勢いでアドラーになっちゃったけど、こんな風にアドラーに関わる聖女様っていいな…困ってる人を助けられるし、それにオルガ様の薄紫色の聖衣…憧れちゃうっ)
オルガの着ているスリット加工された大胆な衣装はリリエンタールでは珍しく、修道女達の間でも話題になっていた。体のラインがはっきり出る密着型のドレス、スリットの部分には繊細なレースが編み込まれ肌はきれいに隠されていて、長いヴェールにも惜しみ無くレースがあしらわれた贅沢品だ。
成長した自分の姿を想像しながら、理想の聖衣を思い浮かべる。誰に知られる訳でもないが急に込み上げた恥ずかしさで頬を赤らめた。
(今はまだ小さいけど…私だってそのうちオルガ様みたいに)
ふと胸に視線を落としまだまだ控えめな脹らみに少し落胆する。
のんきな考え事をしていると、気付かないうちにフォルトゥナのいる部屋の前に着いていた。
コンコンと扉をノックして声を掛ける。
「フォルトゥナ様」
返事を待たずにガチャリと扉を開けて中に入って軽く頭を下げた。
「失礼します、お食事をお持ちしました」
ベッドの脇にある机に盆を乗せる。温かいスープから湯気が上がり食欲をそそるいい匂いが立ち込めている。どの料理も柔らかく調理されている様だ。
心配そうにフォルトゥナを見つめるが、視線は交わらない。
声かけにも反応を示さない。
ぼんやりと壁を見つめたままだ。
(この目を私は知ってる…虚ろで生気が感じられない、あの人たちの目だ)
優しく手を握り、もう一度名前を呼ぶ。やはり反応は返ってこない。
(人けのない路地裏でたまに見かける…客引きをする娼婦と呼ばれる女性、奴隷紋を刻まれて自由を奪われ道具の様に扱われる…あの人たちと同じ目をしてる)
とても食事は出来そうにない。
食事は後で作り直してもらおうと考え、着替えをするため部屋を出てお湯を持って戻った。
清潔な手拭で体を優しく拭いていく。
肌は白く美しい、どこにも奴隷紋などない。
(あるわけないよね…ただ疲れがたまってたのかな、でも…疲れただけでこんな風になるかな?それにフォルトゥナ様もオルガ様と一緒で聖女になる前の事が分からない…神秘的と言うよりもなんだか不自然)
新しく着替えさせた白の衣は堅苦しい聖衣とは違い、かなり薄く肌馴染みのいいもので愛らしいフォルトゥナによく似合っている。
(きっと大丈夫…すぐ良くなるよね…)
時に嘲笑われるは、無力を呪う愚者の慟哭




