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忘却の雨編 16 顕現

ギルド本部の受付に顔を出した聖騎士達が、偉そうな態度で受付嬢に質問を投げかける。

その様子をアドラー達が遠巻きに見ながらぼそぼそと噂話を始めた。

「あいつら一体何なんだ?」

「王都から来た聖騎士だとよ、でかい顔しやがって」

「聖騎士がギルドに何の用があんだ?」

「なんでも、リリエンタールの治安向上のための聞き取り調査らしいが」

「あれでか?」

受付台に肘を付いて軟派でもしている様な聖騎士達に愚痴が漏れる。


「ここにレインという人物が出入りしているよな?どんな活動報告が上がってる?」

「申し訳ありませんが、内部情報をお伝えすることは出来ません」

「こちらは国王の命でわざわざギルド本部まで足を運んでるんだ、分かるかな?」

「でしたら、正式な調査依頼書を提出して頂いてギルドマスターの許可を得てからもう一度こちらにお越し下さい」

形式的な堅苦しい対応に苛立ちを感じた聖騎士は受付嬢の腕をガシッと掴んで詰め寄った。

「放して下さいっ」

「お嬢さん…俺らはここで冒険ごっこしてる奴らと違って忙しんだよ」

「おい、ギルドマスターに報告されたら面倒だ やめとけ」

「大丈夫だろ、ここのギルドマスターはハーフエルフだ俺たちの言葉は理解出来ないだろうぜ」

聖騎士達の高笑いに、怒りを感じながらもアドラー達は何も言い出せない。


そこに今しがた帰って来たバルトが現れ冷めた視線を向けた。

「あんたら、邪魔だからさっさと帰ってくんない」

「バルト君っ、その言い方は…」

フローレンスが苦笑いで場を収めようとしている。

「…これだから教養のないクソガキは」

「放せよ、痛がってるの分かる?」

受付嬢から手を放すと今度はバルトの胸ぐらを掴んだ。

「躾が必要みたいだなぁ」

「ちょ、ちょっと待って下さい!今回は僕の顔に免じてどうか穏便にっ」

二人の間に割って入るとフローレンスは手をバタバタさせながら懇願した。

「なんのつもりだ?」

高圧的な態度で睨みつけるが別の聖騎士が肩を掴んで制止する。

「こいつ、調査員の…」

何かに気付いたのか舌打ちをしてギルドを出て行く聖騎士達、その様子を皆が黙って見送る。


「助けてくれて、ありがとうございました」

「いや、俺特に何もしてないですよ」


バルトに続きフローレンスも手袋を取りアドラーリングの認証を行う。

「あんたもアドラー?」

「ダンジョンに入るために必要ですからね、僕は特殊なタイプですよ」

「そうなんだ」

バルトは受付を離れて酒場に向かった。フローレンスもその後に続く。


酒場では見知った顔ぶれが談笑し、和気あいあいとした雰囲気が漂っている。

今の話題は新しく来た聖女オルガについての様だ。美人だの、優しいだの、スタイルがいいだのと好き勝手に盛り上がっている。

特にアドラー達が気に入っているのは圧倒的な回復魔法の威力で、フォルトゥナとの違いについて熱弁していた。

「いやぁ~、あんなに効率良く回復できるなんて驚きだ、こないだなんか十人いっぺんにまとめて治しちまったんだぜ」

「まぁ、フォルトゥナ様は一人一人に時間掛け過ぎて愚痴ってる奴らもいたもんな」

「馬鹿っお前ら分かってねぇな、一対一で丁寧に治してくれるのが良いんだろうが」

「なんていうか人間離れした美人だよな…あの冷たい目と優しさのギャップがよぉ」

「そういや最近アドラーになったドラゴニスタの雷使い憶えてるか?そいつにそっくりらしぞ」

「へぇ~、でもオルガ様はグランブールの出だって言ってたぜ」

「他人の空似か?」


バルト達は噂話を右から左に聞き流しながら奥の卓に向かった。

「バルトォ~、こっちこっち」

レミーが笑顔で手招きをしている。

「昨日はどこに泊まったの?帰って来ないから心配したんだよ」

バルトに続いて椅子に座ったフローレンスを見て、レミーとイーライが驚く。

「えっ、誰?」

「この人 王都から派遣された調査員らしい」

「で?」

「たまたま街で会ったんだけど、レインを探してるんだって」

フローレンスは軽く会釈すると簡単に自己紹介を済ませた。


「じゃあまだ調査までは時間があるんですか?」

「恐らくですけど、今日明日には出発すると思います」

「やっぱり国王様はルーク様が戻らないこと良く思ってないんですか?それで急かしてるんですか?」

「どちらかというと急かしているのはアッシュ様の方ですね…」

「…最近のアッシュ様ピリピリしてるもんね」

「仕方ないだろ、フォルトゥナ様のこと考えたら…」

皆の表情が一気に曇る。

「こういうことって前例はないんですか?」

「聖女に関しては詳しい調書がないので断言は出来ませんが…回復魔法や蘇生魔法の負荷を考えれば特に珍しい現象ではないと思いますね」

「じゃあオルガ様ってやっぱりすごいのね、負傷者の治療なんかあっという間だし」

「確かにいつ見ても平然としてる」

「そういうとこもレインにそっくりだよな」

屈託のない笑みが広がる。

「レインさんと君たちはどういう関係なんですか?」

三人は顔を見合わせて口々に話し始める。

「認定試験で初めて会ったんだよね」

「そうそう、アーシャと一緒にね」

「レグルス様がアーシャに俺らの面倒を見るようにって…別行動してたのはレインが王都に行ってた時ぐらいか?」

「そのアーシャという方は誰ですか?」

「えぇっと…レグルス様の養女って言えば分かる?」

(……まさか、アーシャ・バレンタイン…生きてたなんて)



§§§§§



小高い丘を後にしたレインとアーシャ。

街へと続く小道を二人肩を並べて歩いていた。


「どぅして言うことを聞かないんじゃぁー!」

怒りの収まらないベルはレインの髪を引っ張って抗議を続ける。

「散々っ俺様をほったらかしにしておいて、帰って来たと思ったら謝罪もなしにまた勝手な行動をしおってぇー!!」

「悪かったって、王都に行ってたんだ」

「観光でもしておったんじゃろーがぁ!」

「好き好んで行ってた訳じゃない、呼び出されたんだ…国王にな」


機嫌を損ねたベルを宥めながら、レインはアーシャに視線を送る。

何か言葉を掛けようと考えるが何を言うべきか何も思いつかない。

「…何もない訳ないって思ってるよね?」

「まぁ…」

「昨日ルーク様に会ってね、ダンジョンの調査に同行したいって伝えてるの…だからギルドに行ってアッシュ様に許可をもらって…その調査が済んだら全部話すね」


いつも通りに振る舞っている様で、声に元気がない。

(アーシャを見ていると感じる既視感はきっとこの表情や雰囲気にあるんだろうな)

レインの頭の中にとある女性の姿が浮かぶ。

(やっぱりあの人に似てる…ミラージュ様に)


ほとんど無言のまま歩き街に着いた二人、そこでふとレインが思い出す。

「そういえば昨日、闇ギルドの人間に会った」

「うん」

アーシャはさほど驚いた感じも無く首を傾げる。

「とにかく変な奴で、アーシャとは特別な関係だとかなんとか…何であんな連中と関わってる?」

「情報収集するために…」

「他にも方法はあっただろ?」

「とにかく焦ってて…それに私が知りたいことは、ああいう人たちの方が詳しいから」

「何をそんなに恐れておるんじゃ?」

ベルがじっとアーシャの顔を見つめる。

「……もう…私のせいで誰かが傷つくのは嫌なの」

「俺様とレインを巻き込んでおいて」

ふんっと鼻を鳴らして呆れ顔をするベル。

「そうだよね…結局一人じゃ何も出来なくて迷惑かけてる…ごめんなさ…」

謝ろうとするアーシャの頬を軽く片手で掴んだレインがため息を漏らす。

「そういうの止めろ、迷惑」

薄っすら涙の滲む瞳、その視線が下にゆっくりと落ちた。

「俺が今こうしてるのは自分の意志で、それを勝手に解釈して謝るな」

手を放してアーシャの目元を優しく拭う。

「泣くな」

「泣いてない……やっぱり優しいねレイン、全然変わってない」


更に歩みを進め、街の中心から外れた路地裏を行くレイン達。

人けの無い場所にある建物の前で足を止め様子を伺っている。

「ここで間違いないのか?」

「ちょっと中の様子見て来るから待ってて」

ガチャリと扉を開けて中に入って行くアーシャ。

そこに居た人物と顔を見合わせて立ち止まる。

「何してるの?」

「アーシャ⁈」

そこにいたのはジェイドだ。しかもアーシャとそっくりなアレの腕を掴んでいた。

嫌なのか顔を曇らせジタバタともがいている。

「大人しくしろっ」

アーシャは呆れた顔でジェイドを睨み、それから少し大きな声で名前を呼んだ。

「フィンー!居ないのぉ?」

すると奥の方から闇ギルドの男が姿を現した。

「おや、アーシャ…久しぶりですね」

男は手に足枷の様な物を持っている。

「ジェイドさん、それは売約済みの商品ですので返して下さいますか?」

「売約って、こいつはいつから居たんだ⁈何で俺に教えなかった⁈」

「そんなことを言われましても」

「…いくらだ?倍、いやあるだけ出すから俺に売ってくれ!」

「本当に馬鹿ね…」

「残念ですがそれは出来ません」

「じゃあ、一回だけでいい!」

「ですからそれは…」


「アーシャ、何してる?」

すぐに戻って来ないアーシャを心配してレインが中に入って来て声を掛けた。

「おやおや、レイン様もご一緒でしたか」

「お前…」


レインの姿を見た途端、アーシャにそっくりなレプリカがジェイドを振り切って駆け寄って来る。

嬉しそうな照れ笑いの様な表情でレインに抱きついて頭をスリスリさせた。

「まだ生きてたのか」

優しくレプリカの髪を撫でながら声を掛ける。

「すごく懐いてるのね」

「魔物の本質だろうな、強い者にくだる習性かなにか」

「良くお分かりで」

「おい!何の話だっ、そいつは俺が…」

ジェイドの話など聞く気もないのか、レインは背中の腰の辺りに備え付けているダガーナイフを手に取りレプリカの首元にピタリと当てた。

「おいっ!」

「レイン様っ!」

不思議そうな顔で見上げるレプリカの瞳を真っ直ぐ見つめてから、素早く掻き切る。

傷口からどろりとした液状のものが溢れ出し、次の瞬間には全体がゼリー状へと変って床にべちゃりと崩れ落ちてしまった。身に着けていた服だけが残されている。

「なっ⁈」

「あぁぁぁ~」

「レイン…」

闇ギルドの男は足枷の様な物を側にある机に置くと、床に落ちている服を残念そうに拾い上げる。

「勿体ないことを…」

「悪かったな」

「な、なっ…」

状況の飲み込めないジェイドから間抜けな声が漏れた。



§§§§§



(あれ…ここ、どこだっけ)

レオは静かに目を開いて物思いに耽る。

そこは暗くて何も無い。人の声も、物音も聞こえない。


(何してたんだっけ俺…アーシャとレグルスは…)

体を起こして周りを見渡す。


(真っ暗だ…)

立ち上がって、名前を叫ぶ。反応は無い。


(なんだろう…何か変な魔法でも掛けられたのかな?)

視界の中にうっすらと見覚えのある扉が現れる。

そっと扉を開く。


そこはアーシャの部屋で、まだ幼いアーシャと自分の姿があった。


(え…記憶?これって…アーシャが12歳になった頃の…)

何やら揉めているのを見て、段々と記憶が蘇って来る。


(まさか…これって……やめろっ!)

過去の自分を止めようとしても触れることは出来ない。


その後起こった出来事が記憶をなぞる様に目の前で繰り広げられて行く。

ベッドに押さえつけられた細い体。

若すぎた己の過ちに、体が震えだす。

大人の女性へと変わり始めたばかりの未熟な体を思いのままに貪った記憶。


涙が頬を伝って、再び目覚めた。

そこは変わり果てたレグルスの家の一室だ。


「あれ…何で泣いてるんだろ俺」

体を起こして涙を拭う。

「オールアンチスフィア解除」

絶対防御のシールドを解いて立ち上がる。

服に付いた汚れを払いながら、周りを見回す。

「派手にやったみたいだなぁ…またレグルスに怒られるよ」

家の中にアーシャの気配が無い事に気付き、少し考え込む。

徐にピアスを外すと、手の中に魔力を溜めて確かめるが思い通りに引き出せない。

「…?……あぁ、レグルスか」

フッと不敵な笑みを浮かべてレオは家を後にした。



§§§§§



「ピルズベリー、聖騎士団長からの手紙は届いたのか?」

レグルスが調教部屋で作業しているピルズベリーに話し掛ける。

「少し前に届いておったんだの」

「では、近々グランブールから帰国する予定か」

「恐らくまだ、フォルトゥナ様のことは知らされておらんのだの」


悩ましい顔をしている二人の背後から元気な声が聞こえてくる。

「少しくらいなら大丈夫よ」

「邪魔しちゃ悪いよ、お姉ちゃん」

「あぁ、食べ過ぎたかも」

「大丈夫ですかバルト君」


ギルド本部内にある調教部屋は、他の場所とは違い厳重な檻で囲われた施設で物々しい雰囲気がある。

そこでは捕獲してきた魔物を使い魔にする為の調教が行われている。


「お前たち何か用か?」

「ダンジョンに行く予定だったんだけど、ミランダが来ないの」

「少し見学させてもらってもいいですか?」


ピルズベリーが魔物の体調を確認しているのを見学する四人。

「これはまた、珍しい」

「何か分かるの?」

「これはダークリザードですね、洞窟で見かける事があります…気性が荒く使い魔にするのは難しいかもしれません」

「でかいし邪魔そうだな」

「怖いよ、バルト」

レミーがバルトに隠れると、その様子に気付いた魔物が威嚇の唸り声を上げる。尾をバシバシと床に打ち付けて今にも飛び掛かって来そうな勢いだ。

「こんな状態でどうやって奴隷紋なんか…」

バルトは不思議そうにピルズベリーを見る。

「もう少し落ち着いてから、あそこにある封隠石に乗せて完全に無力化させてからこの筆で刻むんだの」

バルトは自身の首元に手を持っていく。

「先程も、首を抑えてましたが何かあるんですか?」

その問いに無言で返す。


淡々と作業が進んで行き、皆が黙って見守る中だった。

修道女が一人駆け込んで来た。

「レグルス様!」

「どうした、そんなに慌てて」

「フォルトゥナ様がっ、目を覚まされました!」



時が満ちて、悪夢から目覚めた。彼は笑い…彼女は泣き崩れる。

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