忘却の雨編 13 拍車
久しぶりに夢を見た。
俺が眠りを恐れている事、アーシャはいつから気付いていたのだろう…。
髪を撫でる手が優しすぎて分からなかった。
この痛みが誰のものなのか。
そうだった、赤い髪…それから、俺の顔を見て固まってたっけ。
夜の帳の中 打ち明けられた過去の傷痕は何かを搔き消すためのものだと感じた。
見過ごさずに聞けばよかったんだ、どうして目を合わせようとしないのか…。
どうして独りになろうとしてるのか。
夢の中にいるアーシャは今より少し幼くて無邪気で可愛らしい、なのにあの手が…。
そろりと忍び寄ったあいつの手がアーシャの首元にかかった瞬間目覚めた。
夜の空に溶けた薄暗い雲が流れている。
アーシャの奇麗な髪が額に垂れてそこは現実だと分かる。
今度こそ、守らなければと思った。
§§§§§§§§§§
報告会議の終了と共に、ルークのパーティーは解散する事となった。
パーティーに参加していたアドラー達の懐は温かく不満を漏らす者も無い、ギルドはいつも通りの日常を取り戻しつつあった。
王都から調査員の派遣が決定し、その調査員に同行するアドラーをアッシュに一任すると通達が来たのは七日程経った頃だ。
報告会議後すぐに呼び出しを受けたレインが王都に向かった後、アーシャ達は再びブルームーンに顔を出したのだが、急な団体を受け入れた事により まとまった資金が出来たので、ルナは建て直しか移転を考えているとの事だった。
預けてあった荷物をレグルスの家に運び出し、今はバルト達同様ギルド本部の宿泊施設で寝泊まりしいる。
王都から戻ったレインが馬車から降りるとその様子を見つめる人物がいた。
陽が昇り始めたばかりの朝靄の中、思いつめた顔で突っ立っているレオが視界に入る。
「おかえり」
お世辞にも歓迎されているとは思えない声のトーンでぼそりと言った。
「わざわざ待ってたのか?」
時間帯もあってかギルド本部前には人影がない。二人の間に妙な沈黙が流れる。
一先ず受付に向かい、認証を済ませると修道院に向かうレイン。その後を黙ったまま付いてくるレオ。
礼拝堂に入ると修道女達とオルガが祈りを捧げている。二人は静かに最後列の席に腰を下ろした。
窓から差し込む光がキラキラと塵を小さく輝かせ、新鮮な風が無機質な石床の上をふわりと流れて行く。
祈りを済ませた修道女達が礼拝堂を出て行ったのを確認するとレインはオルガに声を掛けた。
「オルガ様」
「…レイン、戻っていたのですか」
そう言ってレインに目をやってから、レオを見つめる。
「リリエンタールにはどうやって来られたのですか?」
問いかけられ再びレインに視線を戻す。
「ドミニク様が転移魔法陣を使って連れて来て下さったのです」
「それで王都にいらしたんですね…どうりで探しても見つからないわけだ」
レオはちらりとレインの横顔を見てふと思い出した。
「もしかして…修道院に用があるってオルガ様を探してたの?」
「まぁな」
「だったらさぁ、もうドラゴニスタに帰る?」
レインは黙ったまま足元に視線を落とす。
「レイン…ドラゴニスタで何があったのですか?ドミニク様のあの取り乱し様は一体…」
オルガはそっと手を取る。レインは俯いたままだ。
その手の冷たさに嫌な予感がよぎる。
「……記憶がないんです、覚えているのは兄上から呼び出され玉座の間に向かったところまでで」
「じゃあ何でリリエンタールに来たんだよ?」
「目が覚めたら森の中だった、訳も分からない状況でベルからオルガ様の事を聞いて、とにかく助けなければと思って」
「もっと詳しく説明してくれれば早く見つかったかもしれないのに」
「俺自身、おかれてる状況を完全に把握している訳じゃない…未だにな、そんな状態で迂闊なことを言えば巻き込まれた人間がどんな目に合うか」
「一度ドラゴニスタに戻りなさいレイン」
「…それは出来ません」
「何で?」
レオはレインの顔を覗き込んだ。
視線を上げレオを見てからオルガに視線を戻し答える。
「俺は…国家反逆罪で国外永久追放の身だとベルが言っていました」
§§§§§
朝早くから賑わう街に物々しい雰囲気の一行が居た。
腰に剣を携え甲冑を身に纏った王都からの使者、聖騎士達だ。パーティーを解散した後も戻らないルークの見張り役として滞在していると噂になっていた。
その噂通り聖騎士達の視線の先には、ルークの姿があった。
「アーシャ、わざわざ時間を取ってもらってすまない」
「いえ」
アーシャはルークを見つめる。
どこか浮かない顔の彼に色々問い詰める気にはなれず、話を切り出されるまで黙って待つ事にしたのはいいが沈黙が続くばかり。痺れを切らして口を開いた。
「あの、何か重要な話ですか?」
「あ、いや…その…」
かなり歯切れが悪い。
「ルーク様…もしかして」
慌てて弁明する。
「こんなに噂が広がるとは思ってなかったんだ、不用意な発言だった…」
「…?ダンジョンの調査についての話ですよね?是非私も同行させて下さい!」
「あ、いや…まぁ、そうなんだが…ははは」
(はぐらかされたのか…それとも本当に気付いてない?)
「何人くらい同行させるんですか?」
「君が行くならレオナルドも付いてくるだろう?」
「そうですね、あとレインも一緒がいいんですが」
「レイン…あのドラゴニスタの彼か」
「今日王都から帰るようなので、一度私からアッシュ様に相談しておきますね」
そそくさと話を切り上げようとしているのを察したルークが少し声量を上げて言った。
「アーシャ、今回の件が片付いたら…その…また時間を作ってもらえるかな?」
にこりと微笑むアーシャ。
§§§§§
陽がすっかり登っても薄暗いままの空を見上げてティナが愚痴をこぼした。
「なんか気持ちがどんよりしちゃう」
「…本当に」
それもそのはず、ウィルの謹慎処分と同時にグレンにも処分が下されたのだ。
それはダンジョン内で行方不明になった者の捜索依頼を受けるというものだった。
生存確認が出来ないまま96時間をを超えた場合、ギルドから調査が行われる。遺体として帰って来る者、運良く救助される者、不明のまま処理される者。生きているかどうかも分らないものを捜す、しかもダンジョンという広大な場所を隅々まで、とても正気とは思えない業務だ。
「死んで時間が経てば死体も見つからないのに、捜す必要ある?」
「んなもん愚痴ったって仕方ねぇだろうが」
ジェイドの機嫌は最悪だ。
「だいたい何でまだそいつが一緒なんだよ」
エミリーは気まずそうに すみませんとボソッと呟く。
「文句があるならグレンに言いなさいよっ」
「お前、アドラーに向いてねぇんだよ、さっさと辞めちまえ」
吐き捨てる様に言うと独りでスタスタと先に歩いて行ってしまった。
行方不明者が出たダンジョンまでの道をグレン、ジェイド、ザック、ティナ、エミリーの五人で歩いている。森の中ダンジョンまでの道には馬車の往来で轍が出来ていた、その跡を辿り進んで行く。
「八つ当たりとかダサすぎ、ねっ、エミリー気にしなくていいよ」
「この間助けてもらったのにお礼も言えてないから…」
「そんなんじゃないない、アーシャのことで拗ねてるだけだから」
「アーシャ…」
「知ってる?赤い髪の奇麗な女の子、あの子に気があるのよ」
「そお言やよ…」
その話題に割って入って来たのはザックだ。
「ルーク様の噂知ってるか?アーシャに婚約を申し込むとかなんとか」
「ただの噂でしょ、むしろルーク様よりドラゴニスタの彼との方が仲いいじゃない、いつも一緒だし」
エミリーは複雑な表情をしている。
「なぁ、どう思う?」
ザックの問いに無言で歩き続けるグレン。
「なんだよ、グレンまで」
「もう、さっさと終わらせて帰りましょうっ」
五人が目当てのダンジョンに着いた頃、空には雨雲が垂れこめていた。
ダンジョンの中はひんやりとした空気で満ちている。他のアドラーの姿は無い。
まず1階層をくまなく探し、ボス部屋を通過して下りて行く。足取りはまだ軽い。
§§§§§
「おい」
レインの呼びかけを無視してレオは歩き続ける。
オルガは聖女として忙しくしておりゆっくり話す時間も無く、ギルドを出て来た二人。レオは用があると言って街中までレインを連れて来た。
(…やけに見られてる気がする、ここに来てからドラゴニスタの人間に会ってないし、やっぱり)
「はぁ~、レインと二人だと無駄に目立つ」
「そんなに珍しいものか?」
「そっちの意味で見てるんじゃないと思うよ」
レオの言葉通り、二人の女性が近づいて来て暇なら遊ぼうと誘われる。苦笑いで断りつつ何か探しているのかレオは頻りに視線を移動させながら進む先を考えている。
「アーシャを探してるのか?」
「そう、この辺にいると思うんだけど…」
(あの赤い髪なら目立つし直ぐ見つかりそうなものだが…)
レインも辺りを見回す。
「あっ」
レオは何かに気付いてレインを路地の陰に押し込むと、共に身を潜めた。
「何で隠れる?」
「しっ、ちょっと黙ってて」
レオが凝視する先にフードを被った二人が見える。長椅子に腰掛けて楽しげに会話している。距離があるので顔までは確認出来ない。
「この距離でアーシャだと分かるのか?」
「当たり前だろ」
「一緒にいる奴は誰なんだ?」
「ルーク様だよ」
そう言われてふと思い出した、ルークにまつわる噂とその原因、それから王都での国王との会話を。
「まさか…」
「どういうつもりだと思う?ルーク様とは昔から面識があるけどアーシャに恋愛感情があるようには見えなかった」
「二人の仲を邪魔したいのか?」
「そういう訳じゃ…」
「本人に聞けばいい、目的は何なのか」
「レインはいいよね…すぐ行動に移せて、悩んだりしなそうで…」
「あのなぁっ」
レオの失礼な態度にムッとしてレインが苦言を呈そうとした時だった。路地の後方から聞き馴染みのある声が聞こえて来た。
声のする方に振り向く、雨雲のせいで陽の光が無く路地奥は暗い。
「ちょっと向こうの方を見てくる」
レオもその声の主に心当たりがあるのか、黙ってレインを行かせた。
路地に人けは無く、民家の門は固く閉ざされている。
物音を頼りに入り組んだ路地から気配を探る。
行き止まりに辿り着き、来た道を戻ろうとするとガタガタと樽が崩れ落ちる音と共に一人の少女が飛び出して来た。
「アーシャ…」
突然目の前に現れた赤い髪の少女を見てレインは思わずその名を呟く。
その少女の後を追いかけて来た人物に強く腕を掴まれて顔を顰めている。
「待てって!」
そこには聞き馴染みのある声の主が居た。
「バルト…」
「レイン⁈」
バルトの手を振り払うとレインにしがみつく少女。小さく震える彼女はバルトと同じくらいの背丈で露出の多い服で更には裸足である。
(アーシャじゃないのか…)
「まさか知り合い?」
バルトから疑念のまなざしを向けられ逆に聞き返す。
「聞きたいのはこっちの方だ」
とりあえず落ち着かせようと少女の髪を撫でながら優しく話し掛けた。
「顔を見せてくれないか」
上目遣いで見上げた顔はやはりアーシャと同じものだ。
「その子、誰かから逃げてるみたいなんだ」
少女は悲しげな表情を浮かべるだけで一言も発さない。
バルトが自身の来ていたローブを掛けようと近づく。
「いやぁ~、すみません」
三人の視線が同時に声の方に向かう。
「うちの商品が何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
そこに立っていたのは見知らぬ男だ。フードを目深まで被り顔を隠しているうえに手には金属製の枷の様なものを持っていて如何にも怪しげな出立だ。
男はスッと手の平を出して少女に戻って来なさいと促すがレインから離れようとしない。
「困りましたねぇ」
「あんた誰?商品って何?」
バルトに睨まれ、男の口元が緩む。
「名乗るほどの者ではありませんよ、すみませんがお客様を待たせておりますのでそれを返して頂けますか?レイン様」
「…俺のこと知ってるのか」
「私のお客様は多岐に渡りますので、一般の方からアドラー、王族も…」
「商品ってまさか人間のこと言ってんの?」
「察しがいいですね、ですが他にも色々取り扱ってますよ」
バルトの肩を力強くグイっと掴んで歩き出した男。
「レイン様も付いて来てください、でなければ…それを無理矢理引き剝がすことになりますから」
男は路地を通り抜けて、拓けた場所で足を止めた。
そこには大きなテントが張られていて中から人の気配がする。かなりの数だ。
「さぁ、こちらへ」
二人をテントの入り口に案内すると少女を連れて先に中へ入って行く男。
入り口に立っている男から顔全体を覆う白い仮面を渡される。目の部分に穴があけられ視界は十分だ。
仮面を付けて中に入ると、中にいる五十人程度が一斉に二人の方を振り向く。
レインとバルト以外は全員、頭の先から全身を隠す真っ黒なマントをすっぽり着ていて性別すら分らない。
居心地の悪さに耐えていると先程の男が中央に設置された四角い舞台に上がり挨拶を始めた。
また一斉に全員が振り返る。
「皆様お待たせいたしました、それでは競りを始めましょう」
拍手が湧き起こる。
レインとバルトは顔を見合わせるが仮面のせいでお互いの表情がよく分からない。
舞台に手枷をはめられ痩せ細った男性が登場すると、手に持っている番号の書かれた札を上げる者達。
金額と思しき数字がみるみるうちに吊り上げられて行く。
バルトは背筋に寒気感じ咄嗟にレインの袖をぎゅっと掴んだ。
「なぁレインこれって…」
体を近づけてささやき声で話し掛けた。
「人身売買だ、しかも…奴隷の」
戸惑う二人をよそに次々と競り落とされ、引き渡され、あっという間にテントの中は人けが無くなった。
怪しげな男は何やら帳簿の様なものに名前と金額、日付を書き込んでいる。
仮面を回収して近くで片付け作業をしている男に渡すと、こちらをちらりと見て聞いた。
「どうでしたか?」
「どうって何が…」
バルトはまだレインにくっついている。
「お気に召すものはありませんでしたか?」
「あんたら闇ギルドの人間だったんだな」
「そう呼ぶのはアドラーの方だけですよ」
「何で俺たちをここにつれてきたんだ⁈」
「成り行きですよ」
「ギルドマスターに報告されてもいいのか⁈」
「なんと報告するのですか?」
茶化す様な口調に焦りは全く感じられない。
「それは…」
「先程の商品を見て助けようとしたと?アーシャにそっくりだったから?」
「何でアーシャを知ってる…さっきの子は…」
「あれは奴隷ではありません、より貴重なものです」
それまで黙っていたレインが口を開く。
「どうやってあの数の奴隷を維持しているんだ?」
「ほとんどの商品は引き渡しが決まってから奴隷紋を刻みます、購入後すぐに契約するんです」
「お前は雷属性なのか?」
「いえ、まさかそんな都合よく行きませんよ…身持ちの悪い者を高額で雇っています」
「アーシャと面識があると?」
「彼女とは特別な関係なんです」
「レオナルドも知っているのか?」
「レオナルド様にはくれぐれも内密にしておいて下さい、彼女のためにも貴方たちのためにも」
手際よく解体されたテントは跡形もなく、人身売買の痕跡など何一つ残っていない場所にレインとバルト、怪しい男の三人だけが残された。
「やっぱりアッシュ様に言った方が…」
「やめておけ」
「なんでだよ⁈」
「言えば…アーシャはアドラーの資格を失うことになる」
「よくお分かりで、私たちとの関係性が証明されれば彼女はこの国を出て行かざるを得ないでしょう」
「何が狙いだ?」
「最近は雷属性の者を探すのに苦労しているのです、彼らは経済的にも遺伝子的にも魅力に欠けるようでして…子孫を残す確率が著しく低いのです、奴隷紋を刻むためには雷の加護が不可欠なのに」
バルトは嫌悪感そのままに尋ねる。
「何で奴隷なんか」
「需要があるのですよ、アーシャにそっくりなアレも…欲しがる人間は少なくありません」
「売るのか?」
「実はある王族の方から声が掛かりまして…というのも、あれは人間ではないのです」
「どっからどう見ても人間だろ⁈」
バルトの反応が思った通りで心地良いのか男は饒舌だ。
「アドラーでしたらスライムはご存知ですよね、ではその亜種を見たことは?まぁ、滅多に遭遇することはないのですが…それはグリムと呼ばれています」
「レイン知ってる?」
「知識としては、実際に見たことはない」
「グリムはとても脆弱で、身を守る術は一つだけ…それは外敵に遭遇した際に外敵の全身に纏わり付きレプリカを造ること」
男は左手を上げ手の平の上に魔力で水を出しスライムの形に整える。
「そのレプリカは完璧に再現されるので見た目だけで本物と区別するのは困難、それに気を取られている隙に逃げるという訳です」
男から語られる話とアーシャにそっくりな少女の正体、男の指にあるアドラーリング、頭の中でごちゃごちゃになった情報が整理出来ない。
「あれ以外にも赤い髪の奴隷がいますので良ければご覧になりますか?」
「そんなの買う訳ないだろ!」
「いやいや、それらは売買が目的では無くサービスを提供するための物です」
ぽかんと口を開けたままのバルト。
「貴方も興味があるお年頃でしょう」
「やめろ」
レインが睨む。
「アドラーの利用者は少なくありませんよ、金貨はそれなりに必要ですが…まぁレイン様はその気になればアーシャ本人を奴隷にして彼女の全て手に入れられるので、施しなど受けないでしょうがね」
そして、男は楽しそうにぱちんと両手を合わせて提案した。
「貴方ならこの国の全てを手に入れられるんです、私なら叶えられますよレイン様の願い」
自由を掲げる者に、それはただの泥沼だと教えたとて誰も耳をかさぬであろう




