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忘却の雨編 12 芽吹

ダンジョンからの帰り道、馬車は鬱蒼とした森の中列をなして進んでいた。

馬車の中ルークの側近二人が暗い顔で足元を見つめている。

意気揚々と整えた装備はほとんど役に立っていないため、来る時と何ら変わらぬ出立であった。

「あのシャーマンゴブリンは何だったんだ…」

「私が聞きたいわ…」

「メテオフレイムってのは火属性の上級魔法だよな?」

「そうよ…」

女性の側近はアーシャに投げ飛ばされた事を思い出し苦い顔で会話に答えている。

何とか受け身をとったものの地面に肩を強く打ち付けて数秒うずくまっていたのを他のアドラー達に見られ、恥ずかしやら情けないやら…何度も込み上げてくる羞恥心を必死で抑え込んでいたのだ。

「あの二人が来なかったら俺たちどうなってたんだかな…」

「…」

その会話を横で聞いていた別のアドラーが二人に尋ねる。

「…そおいや朝 酒場でエミリーを見かけたよな、お前たち気づいたか?」

「あれやっぱりエミリーだったのか」

「なんでまたアドラーになんて…」

側近の女性がため息を吐きながら口を開く。

「どう考えたって、ルークに気があるからでしょうが…」

「いやでもよ、ルーク様の婚約者はメリッサの方だろ」

「待て待て、その婚約はルーク様の話じゃ破談になってるんだよな」

「なんにせよ私たちには関係ない」

「それもそうなんだけどよ…」


先頭を行くルーク達の馬車から離れ、最後尾を行く馬車の中にアーシャとレオそしてレインが居た。

レオはアーシャの手をぎゅっと握っている。

「こういう事態が起きた場合はどうなるんだ?」

「多分…ルーク様が今回の件で報告会議を開くはず、そしたら魔物の生態に詳しい調査員が派遣されて、その調査結果が出るまでダンジョンは封鎖されると思う」

「報告しなかったら?」

「…ルーク様のパーティーであのシャーマンゴブリンを倒すのは無理、数の利が通用しないんじゃ打つ手がないもの」

「ダンジョンクリアは諦めて解散か」

残念そうなレインにレオが尋ねる。

「レインなら倒せる?」

「どうだろうな…正直イメージは全く湧かない」

「帰ったらレグルスにシャーマンゴブリンについて聞いてみましょ」

「えっ、アーシャ諦めてなかったの…」

「勿論っ」

アーシャはレオの手をギュッと握り返した。



§§§§§



修道院の薄暗い廊下に足音が響く。重たい空気が何処までも纏わりついて気持ちまでも淀んでしまいそうだ。

オルガは俯き粛々とレグルスの後ろを歩いた。

「昔話に花を咲かせたいが…今はそうもいかんの」

「…フォルトゥナ様はいつから眠っているのですか?」

レグルスは小さく息を吸ってから答える。

「レインが認定試験を受けた日の朝からだそうだ」

眉間にしわを寄せぎゅっと目を瞑るオルガ。

「オルガよ、ドラゴニスタで一体何があったのだ?」

「私はただ命じられるまま此処に連れて来られました…説明出来ることは何も」

「ドラゴニスタ国王の命か?」

「…いえ、第一王子ロノ様の命だと聞いております」

「第一王子…」

「レインがこちらに居るのでしたら、話をさせて頂けるでしょうか?」

「その事だが…レインは血を分けた肉親で間違いないのか?」

「はい私の息子で間違いありません」

「では何故、今もなお聖女の職に就いておるのだ?」

「……レインはドラゴニスタ国王の子ではないのです」

驚いたレグルスが足を止めて振り返る。

聞きたい事は山のようにあったはずが、たった一言で消え去ってしまった。

目の前に佇む美しい女性、鋭く妖艶な紫色の瞳に嘘など見当たらない。昔の記憶のまま老いる事無く存在している彼女、瞳孔の形と髪型を除けばレインと瓜二つのその姿。



ドラゴニスタの現国王には三人の妃がおり、オルガはその第三王妃であった。

グランブールで育ったオルガの高い魔力は聖女の中でも随一と言われ、国に安寧をもたらす存在として活躍した。

本来ならば聖女は一定の年齢で引退し、自国の王族と成婚するのが習わしである。それ故に聖女を目指して修道女なる女性は少なくなかった。

オルガもまた約束された穏やかな生活を送ると誰もが思っていたのだが、そうは行かなかった。

オルガの噂を聞きつけたドラゴニスタの国王がグランブールの国王に話をつけて政略結婚が成立したのだ。

その事態に異を唱えたレグルスは国王との関係を悪化させ、結果的にグランブールを去るに至った。


「失望なさいましたか?」

心を見透かすかの様にレグルスを捉えた瞳。

レグルスは思わず視線を逸らすと言葉を詰まらせた。



§§§§§



ギルド本部前に行列を作る馬車から続々とアドラー達が降りて来る。

またもや受付は大忙しとなった。

最後にアーシャ達がアドラーリングの認証をする頃には受付嬢達から生気が無くなっていた。

「お、お帰りなさいませ…」

「あ、あ~…お疲れ様、皆大変よね」

「これって…いつまで続くんですか…」

涙目で訴えかけてくる受付嬢。

「一旦、待機命令が出ると思う」

気まずそうにアーシャが答えると受付嬢は少し目を丸くした。

「何かあったんですか?」

「すぐに分かるわ」


生存確認を済ませて、修道院に向かう三人。そこで先に着いていたバルト達と合流する。

修道女達がテキパキと何かの準備に追われているのを見ているとレグルスがやって来た。

「ダンジョンクリアは出来たのか?」

「残念ながら…」

「そうか」

「ねぇレグルス、今から何か始めるの?」

「少し前にアッシュが聖女様を連れて戻ったのだ、それで怪我人の治療をな」


礼拝堂の脇にある拓けた部屋には、床に浅い段差がありそこに清らかな水が張られている。中央にある石造りの小さな丸い舞台に一人の聖女が立っていた。

美しいレースを織り込んだ白い修道服とベールを纏い、組み合わせた手を額に当て祈りを捧げている。

「天にまします我らが主様…天地を成す精霊を使いどうかこの者たちを救いたまえ、癒したまえ」

その言葉と共に水からキラキラとした光の粒が現れて、水の中に座らされている怪我人達を癒して行く。

「凄い…一度に全員治すなんて…」

イーライが感嘆たる表情で呟く。

組んでいた手を解いて、安堵の笑みを浮かべる聖女。

その顔を見てレインが呟いた。

「…オルガ様」

アーシャはレインとオルガの顔を交互に見ながら、状況を理解しようとするが混乱するばかりだった。

(レインの知り合いの聖女様なの?…というか顔がそっくり過ぎて、お姉さん?年齢的にも立場的にも母親じゃないはず…)

「え、あの聖女様…レインにそっくりじゃない?」

レオがレグルスに尋ねると、レグルスが静かに頷いた。


怪我人達がその場を後にすると、張られていた水を入れ替える修道女達。

「次は合格の儀を行う、バルト、イーライ、レミーは裸足で水の中へ」

言われた通り三人が靴と靴下を脱いで水の中へ入って行く。

「それからレオ、アーシャ、レインお前たちはギルドマスターの部屋に来るようにとの事だ」

「えっと、レインも祝福を受けた方がいいんじゃない?」

「いや、必要ない」

「ずいぶん余裕だな」

「そういう意味じゃない、行くぞ」

歩き出したレインに続きアーシャとレオも礼拝堂を出て行った。



§§§§§



「「おかえりなさーい!」」

玄関の扉を開けた瞬間に大声で出迎えたのは、ティナの双子の弟達だった。

ティナとエミリーに向けられた満面の笑顔を見ると待ちわびていたのが分かる。

「いい子にしてたぁ?」

「してたぁー」

「ぼくもー」

「お姉ちゃんだぁれ?」

双子達はティナに抱き着きながらエミリーに視線を向けて尋ねた。

「こんにちわ」

丁寧に頭を下げるエミリー。

「このお姉ちゃんはエミリーって言うの、今日はうちに泊まるのよ」

「えぇ~なんでぇ?」

「何でもなのっ、ほら大人しくしなさい」


ティナの家はギルド本部から一時間程歩いた街外れの閑静な路地裏にあった。

質素な外観の家が何件も隣り合っていてお世辞にも風通しや日当たりが良いとは言えない場所だ。

家の中も必要最低限の物だけが配置されていて、小ざっぱりとしている。

「急にお邪魔してごめんなさい」

くるりと部屋の中を見回してから、あまりじろじろ見ては失礼だと思ったのかエミリーは出されたグラスに視線を落とした。

「そんな事気にしてないから、むしろこんな狭い家で申し訳ないくらいよぉ」

「えっ…そんな……」

狭い家という部分を否定しようとしたが、そんな事ないなどと言えば逆に嫌味に聞こえるかもしれないと考えてしまい続く言葉が出て来ない。

エミリーに飲み物を出した後も休まず家事をこなしていくティナ。

何か手伝いたいが反って邪魔になるのを恐れ黙り込み、姿勢を正して待ちぼうけるエミリー。

「招いておいてほったらかしなんて失礼しちゃうって怒ってもいいのよ」

「まさか、むしろ私のせいで家事が増えてしまって…」

申し訳なさそうなエミリーに微笑みかけながら、夕飯を食卓に並べて行く。残り物の野菜や肉を煮込んだスープが一皿それと一切れのパンだ。

双子達も呼んで四人で座り夕飯を囲むと、ティナが両手を軽く合わせて食べ始める。

「あ…あの、お父様は?」

「ん、一緒には食べないんだ」

「パパは一人が好きなんだよ」

「いっつも一人だよ」

双子達の言葉にどう反応すべきか分からずスプーンを持つ手が止まる。

「スープが冷めないうちに食べてね」


夕飯を食べ終わると慌ただしく片付けをするティナに代わり双子達の相手をするエミリー。

幼さ故かすぐに懐いた二人はエミリーに次々と質問を投げかける。

「エミリーはどこから来たの?」

「今日はお姉ちゃんと何して遊んだの?」

「ねぇねぇ精霊ってどこにいるの?」

「エミリーは何才なの?…あっぼく何才でしょうー、当ててみて」

「ずるぅい、ぼくも!」

薄い絨毯の上に足をくずして座っているエミリーの手をグイグイと引っ張る彼らに悪い気はしない。

逆にその愛らしい屈託のない笑顔に癒されている自分がいる。

「こ~らぁ、エミリーが困ってるでしょう」

「困ってな~い」

「ぼくたちの事好きだってぇ」

「「ねぇ~」」


一頻り遊んだ後で風呂に入るとあっという間に寝てしまった双子達。

やっとゆっくり出来ると言わんばかりに伸びをするティナ。

「お疲れ様…お父様はどう?」

「ん~…良くも悪くもいつも通りだった」

「あまり部屋から出られないの?」

「歩けなくなってからは他人の視線とか声に敏感で…だからなるべく部屋で済ませられるように食事も別にするようになっちゃって」

「ティナは本当に凄い」

「ちょっと褒めすぎ、皆このくらいやってるから」

「…私なんて親に甘えて生きて来たから何にも出来ない…情けない」

「私たちは誰も生まれてくる環境を選べない…だから恵まれてるなら素直に甘んじてもいいんじゃない?」

「そうよね…私の悩みなんて贅沢で、ほんと嫌になる」

何か思いつめた様に暗い表情のエミリーにティナが意を決して尋ねる。

「ていうかさ…エミリーは何処でグレンと知り合ったの?」

「…」

「やっぱり…闇ギルドだったりする?」

「うん…」

「そっかぁ~、じゃなきゃ私たちのパーティーに参加する訳ないもんね」

どこか嬉しそうに苦笑いすると続けて尋ねた。

「ちなみに…闇ギルドにはどんな用があったのか聞いてもいい?」

「…ティナは?」

「私は…父さんが幻肢痛に悩まされてて、その薬がね…普通に市場で売ってるようなのじゃ効果が弱くて」

「幻肢痛?」

「あるはずのない体の部位が痛むことなんだけど…痛みが酷いと暴れちゃうから」

「私は…」

チラッと目線を合わせてエミリーが口を開く。

「惚れ薬を探してて」

驚いて言葉が出て来ないティナ。

「え…誰か飲ませたい相手がいるの?」

「飲ませるつもりはなくて…ただ持ってたら安心できるんじゃないかと思ったの」

恐らく、エミリーの抱えてる事情は自分が考えるほど甘くないのだと理解した途端恥ずかしくなった。時間を持て余したお嬢様の暇つぶしでアドラーをしているのだろうと見下していたのだ。


惚れ薬は、精神に影響を与える極めて危険な代物で闇ギルドに出入りする人間でも手を出す者はほとんどいない。

「軽蔑したでしょ」

「ん~、軽蔑はしない…けど、何で?エミリーには必要ないと思う」

「初めて自分から興味をもって、自分の足で探し出してみようって思ったら…実は絶対に手に入らない人だって分かって、でも諦められなくて…」

一呼吸置くと自分の手を見つめるエミリー、その手は爪がボロボロだった。

「一時期ずっと部屋に引きこもってたんだけど、見かねたお母様に連れられて行った修道院で…街の人たちが噂してるのを聞いて」

「お金さえ出せば大抵の願いが叶う所があるって?」

静かに頷く。

「闇ギルドの人にアドラーになるように言われて、それから色んな物事に触れるうちに…何故かそれまで悩んでたことが凄くちっぽけなことのように思えてきて」

「惚れ薬は?」

「結局、手に入れたんだけど…必要ないって気付いたからグレンさんに預けてあるの」

「そっかそっか、良かったぁ…使ってたら絶対後悔してたよ」


その後は他愛もない会話をして眠りについた二人。静かな夜が更けて行く。



§§§§§



「あの人…王族関係よね?」

ギルドマスターの部屋の前で並んで待っているアーシャとレオとレイン。道中に遭遇した出来事についてアーシャが二人に尋ねた。

「あの人?」

「ほらさっきジェイドたちと一緒にいた美人な茶色の髪のお姉さん」

「そんな人いた?」

「いたよね?レイン」

「いたな、朝も酒場で見かけた」

「へぇ~、アーシャより美人なんていないと思うけど」

「好みは人それぞれだろ?」

「じゃあ、レインはアーシャよりその茶色い髪のお姉さんが好みなんだ」

「何でそうなる…」

「レオ、私なんかと比べたら失礼だよ」

その言葉に反応して同時にアーシャの顔を見る二人。

「本気で言ってる?」

「アーシャ…謙虚さも度を越せばただの嫌味だぞ」

「でも実際あのお姉さんの方が美人だったじゃない」

「それはない」

「やっぱりレインもアーシャの顔好きなんじゃん」

「レオナルド程じゃない」

「…そういえばあの新人君、大丈夫かな」

「確かにあれはトラウマになりそうだね」


三人が思い出していたのは、修道院からこちらに来るまでの間に遭遇したジェイドたちの事だった。

ヒュドラの棘が刺さった新人を抱えて困り果てている五人を見かけて手助けしたのだが、時間をかけずに治療する為 少々手荒な対処だった。

痛みに苦しむ新人を床に押さえ付けて口に布切れをねじ込み、涙目で必死に抵抗するのを無視しナイフで患部を抉り取ったのだ。

躊躇のないレインのナイフ捌きとアーシャの蘇生魔法は見事で皆が感心していた。


ギルドマスターの部屋の扉が開き、中から出て来たウィルとグレンの二人。今朝の騒動の処分が下されたのであろうか表情は暗く足取りは重たく見えた。

アーシャ達には目もくれずその場を去って行く。


次に呼ばれた三人は、まずアッシュが不在の間に起こった事の報告を済ませた。

「今回のダンジョンはやはり封鎖ですか?」

「あぁ、ルークのパーティーでは攻略はほぼ不可能だろうしな」

「アッシュさんはシャーマンゴブリンを倒した事ある?」

「あるにはあるが、今回報告されたような奴はねぇな…そういうのはレグルスの方が詳しいんじゃねぇか」

「そっか、じゃあレグルスはもう帰れる?」

「その事なんだが……」


アッシュから、レグルスがオルガの護衛に着く事が三人に告げられた。

曰く、二人は旧知の仲だという。


(オルガ様とレグルスに面識があったのか…まぁ当然か、二人共グランブールの人間なんだ…何も不思議なことじゃない…はずなのに妙だ、不自然なくらい歯車が嚙み合って行くこの感覚は何なんだ…)


「レイン、何か気になる?」

「いや…」



小さな違和感に気付いた頃、全てが後手に回り天秤は傾く

登場人物

オルガ・デル・クロウ[女性] 年齢不詳 身長175センチ

長い黒髪で腰の辺りまである、前髪は右側に流されている。目元や瞳色、顔付きはレインに瓜二つ。


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