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忘却の雨編 11 鉾先

ギルド本部内受付の受付嬢達が慌ただしく書類整理に追われる中、ピルズベリーは一通の手紙と睨み合っていた。

「ピルズベリーさん手伝って下さいよぉ」

「ワシは時間外労働はやらん主義だの」

「これじゃ、拷問ですよぉ」

「アッシュ様が帰って来たら、また忙しくなりますよねぇ」

受付嬢達は机に突っ伏している。

「愚痴を溢しても仕事は捗らん」

「大型探索が終わったら絶対連休もらうんだからっ!」

「そうよっ!美味しい物食べて温泉に浸かってマッサージしてもらって、満喫するぅぅ」

「ルーク様に奢ってもらわなきゃ報われな〜いぃ」

やる気を振り絞り、ものすごい勢いで書類を整理し始める彼女達を見てピルズベリーが眉間に皺を寄せる。

「焦って事を成せば大抵良くない結果に繋がるんだの、落ち着いてしっかり確認せんか」

作業机に小さく山積みになった紙と紙筒は減るどころか増えて行く一方だった。



§§§§§



とあるダンジョンの5階層では、松明の光を受けて鉱石がキラキラと輝いていた。

人が三人横並びで通れる程の狭い通路の土壁に、簡易用の細い松明を差しながら慎重に探索を進めるアドラー達。

アドラーリングの影響で明かりは無くとも視界は十分あるが、本来ダンジョンの中は真っ暗闇である。

それでも松明を焚く理由は、視界維持の為に常時アドラーリングにより消費される魔力を少しでも抑える事と道導の意味があった。

細い松明の先に小さな火属性の魔石が付いていて、それを地面から突出した岩に強く擦り付けるかナイフで衝撃を与える。すると魔石から火が出る仕組みだ。


「ねぇ、ティナさん」

「ちょっとやめてよエミリー、ティナでいいから」

「えっと…ティナ、このダンジョンはどれくらい深いの?」

今回が初めてのダンジョン探索であるエミリーは、怯えた様子で杖を握りしめた。

「それはまだ分からない、史上最深は確か43階層だったかな…まぁ、今回のメンバーじゃそんなに深くは潜らないと思うよ?」

「ダンジョンクリアしなくても報酬が出るって事?」

「当たり前じゃない、各フロアのボスを討伐した報酬だってあるし、此処にある鉱石を持って帰って換金も出来るし、ダンジョンにしかない貴重な薬草なんかもある」

ティナは得意気に説明しながら、エミリーの持つ小枝の杖を見つめる。

それはティナの持つ古いタイプの大きな杖とは違い、王都で主流のコンパクトで持ち運びし易い物だ。白い樹皮は高価な証しであり、金で出来た持ち手の部分には二枚羽が刻印されている。

「エミリーはなんでアドラーなんかやってんの?」

「…やっぱり私足引っ張ってるかしら」

「違う違う、そう意味じゃなくて…お金に困ってる訳でもないならダンジョンなんかで危険な目に遭わなくたって生活していけるんじゃない?」

「……」

「あぁ、言いたくないならいいの、それぞれ事情がある訳だしねっ」

「ティナはどうしてアドラーに?」

「私ね、小さい弟達が居るんだけど…母さんは他所に男作って逃げちゃって、父さんは膝から下がないの、両足…だから弟たちを食べさせる為に稼がなきゃいけなくて」

苦笑いで遠慮がちに話して聞かせる。

「足は聖女様に蘇生魔法を掛けてもらえば治るでしょ?」

何かズレている様な事を言った覚えもないのにティナが少し驚いた顔をしたので、不安になるエミリー。

「…そっかエミリーは知らなかったんだ、じゃあ早い内に知れて良かったね…」

もったいぶる様な間でティナが打ち明ける。

「故意に自分の体を傷付けると、回復魔法を掛けて治しても傷痕は消えないし、切断された部位は蘇生魔法でも元通りにならない」

ティナの言葉は父親の行いを責めているのか、あるいは父親を止められなかった自分を責めているのか、何処か刺々しさがあった。

「…そんな」

「馬鹿だよねぇ、自分で自分の足をさ…本当に大馬鹿だよ」

「ごめんなさい…」

「謝らなくていいよ、今は落ち着いてるし、父さんは依存から抜け出せなかったからさっ、仕方なかったんだよね…生きててくれるだけで感謝しなきゃ」

二人の間に気まずい空気が流れる。

エミリーが何か気の利く言葉をと考えていると、その横を一匹のシャドーウルフが歩いて通り過ぎた。

「きゃっ」

驚いてティナにしがみ付く。

「慣れないと怖いよね」

それは、今回アタッカーの一人ザックの使い魔だ。

地面の匂いを嗅ぎながら、付かず離れず周辺をウロウロと歩き回っている。

何かに気付いたのか、ぐるると喉を鳴らし姿勢を低くした。その先に見えたのはボス部屋の扉だ。

「もうボス部屋かよ⁈」

ジェイドがぼやいた。

「とりあえず、此処のボスを討伐して撤退するか」

ザックの提案にパーティリーダーのグレンが頷くと、全員がボス部屋へと足を踏み入れる。

今回のパーティはグレンとジェイドがタンクでティナとエミリーがヒーラー、アタッカーはザック、もう一人はエミリーと同じ新人だった。

ザックの指示に従い右往左往する新人アタッカーを呆れた様子でジェイドが見ていた。

いつもなら愚痴が溢れ出してもおかしくない状況にも関わらず、黙している。

「……なぁ兄貴、知ってたかルーク様の話」

「噂程度にはな」

「俺がアーシャをどう思ってるかも知ってるよな?…頼むから協力してくれよっ」

「…」

グレンは黙ったまま、フロアボスであるヒュドラーからヘイトを取る為に魔法で氷の塊を生成する。ヒュドラーの三つの頭が同時にグレンの方を向くと、ジェイドが防御壁を展開させる。

「シールド!」

ヒュドラーが氷目掛けて毒の息を吐き出したが、溶ける様子は無い。

その隙に、ザックは使い魔を使ってヒュドラーを攻撃した。ヒュドラーの首に噛み付き離れないシャドーウルフ。

「氷に気を取られてる間にやれっ!!」

ザックの指示に新人が槍を振り翳す。力一杯槍を突き刺すがヒュドラーの首に刺さって抜けなくなってしまった。

「おいおい、しっかりしろぉ」

喝を入れながら代わりに槍を引っこ抜いて新人に渡すと、自身の持っていた斧で首を斬り落とした。

ドサッ…

残る二つの頭がザックと新人の方を向く。

「防御しろっ!」

シールドを張りながら叫び振り返ったが新人は背を向けて走り出していた。ヒュドラーの目は新人を捉えている。

「ぎぃやあぁぁぁ!」

新人がふくらはぎを抱えてもがき苦しむ声が響いた。

ヒュドラーはまだ成体では無く比較的小振りとはいえ尾には立派な棘が生えていて、尾をしならせ飛ばして来た棘が新人の左脚に深く刺さったのだ。

新人の元にティナが駆け寄り回復魔法を掛ける。

グレンは氷の塊を更に複数生成して攻撃を始めた。

「アイスロック」

見事に頭に命中させると、すかさずザックがその首を斧で斬り落とす。

「ティナッ、何やってる⁈」

ティナと新人が全く動かないのでザックが大声で怒鳴った。

「だめっ、棘に返しが付いてて抜けない!ヒールを掛け続けないと毒が回っちゃう!」

ティナは焦り、新人は恐怖で腰が抜け震えて固まっている。

何も出来ずに立ちすくむエミリー。

そんなエミリーをヒュドラーが見逃すはずは無かった。

その状況をいち早く察したジェイドが駆け出しエミリーに飛び付くと抱き締めながら地面に転がる。

エミリーの立っていた場所には毒の息が吐き掛けられていて、ブクブクと泡を立てる毒溜まりが出来ていた。

「こっちだぁ!」

斧を地面に叩き付けながらカンカンと音を出して注意を引こうとするザック。

グレンが水魔法アクアランスでヒュドラーの目を潰すと視界を失い、斧の音だけを頼りに突進して来る。

素早く体制を立て直したジェイドが水魔法アクアブレイドを放つ、鋭い水の刃はトドメの一撃となった。

地面に横たわるヒュドラーと最後の一撃で巻き添えとなり真っ二つになったシャドーウルフ。その額にあった六芒星の奴隷紋は煤が舞い上がる様に散って消えていった。

ボス部屋の奥に、階下へと繋がる扉が現れたが新人を抱えて反対方向の入り口に向かうジェイドとザック。その後をとぼとぼと歩くエミリー。

グレンはヒュドラーの尾を切り取り、特殊な袋に詰めて背負うとボス部屋を後にした。



§§§§§



「ルーク様は見つかった?」

レミーがバルトに尋ねる。

「あぁ、多分まだこの階層にいると思う」

返事をしながら後方に居るレインに目をやるバルト。

何か言いたげな視線に気づいたイーライ。

「あの三人ってどういう関係なんだろねっ」

「俺たちには関係ない」

「やっぱり何かあったの?」

「ちょっとね、レミーは気にする事じゃないよ」

バルトとイーライの間にある複雑な雰囲気がそれ以上質問する事を拒む様に重く漂う。


先程ゴブリンとやり合っていた場所まで歩いて来た六人、そこには何の気配も無く争った痕跡も無い。

ダンジョンの中には不思議な力が働いていて、魔物の亡骸は一定の時間が経つと吸収されてしまう。それは死んだ人間とて同じであった。

又ダンジョンの中を魔法で爆破して吹き飛ばしたとしても、しばらく経つと元通りになる。

つまりダンジョン自体が超自然的なものではなく、意図的に創り上げられた可能性を秘めていたのだ。


「やっぱり変…」

イーライが呟く。

「私たちを追って来ないどころか待ち伏せもしてないなんて…」

その言葉を聞いてアーシャに言われた事を思い出すバルト。

《…余計な考えや戦略がない分…》

「確かに…」

「もっと言うと倒したゴブリンの死体もない、まだ吸収される程時間も経ってないのに」

アーシャが苦い顔で辺りを見回す。

「ルーク様なら大丈夫だと思うけど、早く行こ」

レオがアーシャの背中を押しながら先を急かした。


六人が小走りでルーク達の後追い、ボス部屋の前にたどり着いた時にはルークのパーティ全員がボス部屋の中に入った後だった。

「私たちも入る?」

イーライがレインに尋ねる。

「いや…」

「レインとりあえず私たちだけでも中に入って様子を確認しない?」

「アーシャ、危ないから此処で待ってようよ」

「こんだけ人数いれば大丈夫じゃないか?」

「う〜ん、此処からじゃ良く見えない」


入り口から見えるボス部屋の中にはルークのパーティが百人程で陣形を取っているので敵の姿が確認出来ない。

「レオ、ボスが何か分かる?」

アーシャに聞かれてレオが目を凝らして部屋の中を見ている。

「何だろう、ホブゴブリンかな…斧振り回してる、後小さいのが20匹くらい居るかな」

「えっ、この距離で見えるんですか⁈凄いですっ」

レミーが敬愛の眼差しでレオを見つめる。

「苦戦してるのか?」

「そんな風には見えないけど、もう倒すんじゃないかな」


ルークの指示で一斉に魔法による攻撃が浴びせられ、ゴブリン達はバタバタと倒れて行く。

ホブゴブリンもあっという間に倒されて、控えめな歓声が上がった。


いつもなら階下へ続く扉が現れるか、崩落が始まる筈だが一向に変化が無い。

「私ちょっと見て来るっ」

駆け出そうとしたアーシャの手をレインが掴む。

「待て……レオナルド、ボスは本当に倒されたのか?」

「完全に倒せてるかどうかまでは分かんないけど、起き上がる感じはないよ……あ、待って…もう一匹小さいのが出て来た」

「ゴブリンか?」

「うぅ〜ん、何だろあれ…骸骨みたいのを頭に被ってる…」

レオの言葉にアーシャとレインが顔を見合わせる。

「レオ、この子達をお願いっ」

そう言い残して駆け出して行く二人。

「え、ちょっとアーシャッ!」


「ルーク様っ!」

アーシャに呼ばれ振り返ったルークの表情は、その後告げられるであろう言葉に気付いている様だった。

「今すぐ全員撤退させろっ!」

レインが大声で叫んだので周囲が騒つく。

「ちょっと新人君、何慌ててるか知らないけどシャーマンなんて別に大した事ないからねぇ」

「そうだぞぉ、俺たちは百戦錬磨なんだ」

ルークの側近は余裕な表情で武器を構えている。

「ルーク様っ、お願いです!」

アーシャの言葉を聞いて戸惑うルーク。

仲間達が言う様にシャーマンと戦った事は何度もあり、今回も大した事は無いだろうと高を括ったのだが、アーシャの必死な姿に指示を出す事に躊躇してしまう。


シャーマンゴブリンは普通のゴブリンより一回り小さい体で、動物の毛皮を羽織っている。頭には人間の髑髏のような物を被り、身の丈を優に越す木の杖を持っている。

杖の先で揺れる鈴がカランカランと乾いた音を立てた時、そこらに散らばるゴブリンの死体の下に魔法陣が現れた。

そして一瞬にして死体が消える。ホブゴブリンも同様に。

「死体を操るんじゃないのか…」

ルークの脳裏に過ぎる不安。


「メテオフレイム」


シャーマンゴブリンの杖から眩い炎の玉が空中高く放たれる。

全員が驚いたのはその眩さ故でも放たれた魔法が上級だったからでも無かった。

「…喋った」

そう呟いたルークの側近の女性の足元に、メテオフレイムによって浮かび上がった色濃い影、その影に向かってシャーマンゴブリンの影がそろりと伸びて来る。

「アーシャッ!」

レインが叫ぶや否やルークも声を張り上げた。

「総員!撤退せよぉぉ!!!」

その声を聞き陣形を崩しながら一目散に入り口へと走り出すアドラー達。

アーシャはルークの側近の元に一度の跳躍で辿り着くと、呆気に取られて立ち尽くす女性に声を掛ける。

「受け身取ってね」

「は?」

「行くよっ」

アーシャは腕をガシッと掴むと、勢いよく回転し遠心力で浮き上がった女性を入り口に向かって放り投げた。

綺麗な放物線を描き飛んで行く女性。


シャーマンゴブリンの影が自身の影にピタリとくっ付くと微動だにしなくなったアーシャ。

「くっ…動かないっ」

他のアドラー達と一緒に入り口に向かって走っていたルークが、振り返りその異変に気付いた。足を止めて引き返そうとするルークにレインが怒鳴る。

「止まるなぁ!!」

そこにルークの側近の男性が現れ、半ば無理矢理連行していく。

レインはそれを確認すると、シャーマンゴブリンに向かってボウガンの矢を射るが杖で防がれてしまう。

ニタァッと笑い杖を一振りすると再びカランカランと鈴を鳴らす。

次の瞬間にはアーシャの背後に。

レインは目を見開き、怒りに顔を滲ませ駆け出す。、


シャーマンゴブリンは杖でアーシャにトンと触れると、何故か真顔になった。まるで予想外の事が起きているという様な表情を一瞬だけ見せて、更に邪悪な笑顔に変わった。


「放せ」

杖がもう一度アーシャに触れる寸前で、シャーマンゴブリンの頭をレインが鷲掴みにする。

頭蓋骨の被り物に鋭い爪が食い込み、粉々に砕け散るとシャーマンゴブリンは霧のごとく姿を消した。

頭上のメテオフレイムが消え去り、影から解放されたアーシャ。

「ありがとっ、レイン」

「行くぞっ」

「うんっ」



§§§§§



オルガとアッシュを乗せた馬車がギルド本部の前に着く頃には、陽は傾き夕陽に変わろうとしていた。

「腰は痛くありませんか?」

アッシュが先に降りて手を差し伸べながら優しく問いかけた。

「ええ、ご心配には及びません」

手を取り馬車から降りると、辺りを見渡すオルガ。

そこは、自然と建物が調和した美しい場所で頬を撫でる心地良い風が吹いている。眼前には堂々と建っているギルド本部、行き交うアドラー達から好奇の視線を感じつつアッシュの後に付いて中に入ると懐かしい顔があった。

「おお、待っておったぞ」

ピルズベリーが笑顔で出迎える。

「どうだ、変わりはないか?」

受付内の慌ただしい様子に訝し気な顔をしながらアッシュが尋ねた。

「まぁ話は後程…先にオルガを案内してからでも良いかの?」

「…そうだな」


オルガを連れて修道院の一室まで歩いて来たアッシュとピルズベリー。

夕陽の差し込む部屋には、ベッド上で静かに眠るフォルトゥナの姿があった。

「目を覚まされる気配はなかったのか?」

「修道女達は甲斐甲斐しく世話をしておったようだがの…」

「お労しい…」

二人の会話を聞きながら、自身の手をぎゅっと握るオルガ。

その表情はどこかで悲しげであった。



人ならざる者の嘆きが響く時、彼らは何を思うのか

登場人物

エミリー・ヨセフ・バーナード[女性]23歳 身長166センチ

長い茶髪で肩甲骨の辺りまである、前髪は眉が隠れる程度。おっとりした目元で、瞳は髪より暗い茶色。アドラーリングは左手の中指。


ティナ・コルディス[女性]28歳 身長165センチ

灰色の髪で長さは肩に付く程度、前髪は少ない毛束が数本。眠そうなたれ目で瞳は髪と同じ灰色。アドラーリングは左手の小指。


ザック・ナダー[男性]28歳 身長173センチ

黒髪でオールバック、長さは耳にかかる程度。強気な目元で瞳は髪より薄い黒色。アドラーリングは右手の親指。

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