ぼっちは、助けた相手に過去を語る。②
黙って歩きながら、ただ目的地に帰る事だけを考える。ここ数日で色々な事がありすぎて頭が混乱している。今までの学校生活に彩りがなさ過ぎたので、激動のような輝きは俺にとっては幻惑のようなもので、脳内処理が間に合わない。いや、内容としては理解できるが、感情が追いついていないとでもいうべきか。
「大和と何があったの?」ずっと黙っていた氷室は歩きながら唐突に尋ねてくる。
「なんだよ…いきなり」
「なんだか互いの事をよく知ってそうなのに、無理に他人を装ってるように見えるの」
「ああ…わかるのか」
無理に隠すつもりはなかったが、気づかれると少し動揺してしまう。知られればそれまでだと振る舞ってはいたが、その倍以上に自分が気にはしていたのに気付く。
「名前で呼んでいるし、その割にはよそよそしいわ。」
「まぁ、確かにそうだな」
名前で呼ぶことを止めればよかっただけだと思うのだが、それが何故かできなかった。捨てきれなかったんだろうなとは思う。
「何があったのかを聞いてもいい?」
氷室は少し控えめに聞いてきた。興味本位だけなら断ろうと思ったのだが、氷室の目は本気で俺たち二人を心配していた。仲を取り持てるかもとか考えている顔をしている。その顔を見ていると、なぜだか逃げるように話をはぐらかすのは違うと思った。
「…あまり面白くはないぞ」
「ええ、聞いても良いなら、聞きたい」
あまり気は進まないが、静か過ぎる暗い帰り道を歩きながら話すなら良いかとは思う。
高校の入学から半年経った頃の事だ。学校生活にもある程度慣れて、俺も陸上部に入部して、練習に打ち込んでいた。
その頃に大和とも仲良くなっていた。普通は、ああいうヤツとは話すらしないものだが、話してみると妙に馬があったのだ。普通は友達になっても名前呼びなど、小学生以来していなかったのだが、すんなりと名前呼びが定着してしまっていた。
そんな折に、ある事件が起こった。
ある女子が部室での着替えの最中に覗きの被害を訴えたのだ。着替えている最中に人影に気づき、声を上げた瞬間に走り去ったとのことだ。周りに不審者の情報もなかった事から、犯人は部員の可能性が高いのではないかとされている。
こういう事件というのは、よく起こる事でもある。一昔前であれば、犯人が掴まっても、大事にならずに教師のゲンコツで解決した事になるような扱いの事件だったはずだ。被害者がどう思うかは、その本人によるだろう。やった奴らが同級生の場合で顔見知りの場合、時間の経過と経験で、そういった苦い経験は風化していくので、この程度ならば思い出にはなるはずだ。
だが、その時はタイミングが、全てにおいて悪かったとしか言いようがなかった。
報告を受けたのが、最近、准顧問になった大学出たての新人女性教員だった。
ショックで泣きじゃくる女子部員に、新任教諭は優しく声を掛け、絶対に解決すると言った。その時に顧問が学校行事での出張でいなかったので、この准顧問は職員室に駆け込み、勢いのまま校長に報告したそうだ。
この新任教諭が県の教育委員会に親戚がいるという事もあり、校長はこの件を放っておくこともできないとはなったようだ。校長から相談を受けた教頭が被害にあった女子生徒から話を聞き、調査する事にはなった。
ただ、その時にタイミング悪く、教室の掃除に割り当てられ、遅れて部活に来ていたのが俺だった。状況的には俺が一番怪しいとはなった。それでも、犯行時間と職員室へ鍵を返しに行った時間が重なっていて俺のアリバイは固かったはずだった。
それでも、部活内で俺への疑いが強くなっていった。最初は男子部員から揶揄されても軽く流したり、笑って誤魔化していたのだが、女子部員達は、そうした風潮が気に喰わなかったようで、疑いの強い俺への風当たりが強くなった。
そんな中でも大きな大会が近づき、当時の三年にとっては大事な時期だった。三年には優勝も狙えると言われる実力の先輩もいたので、顧問も指導に力が入っていった。
そんな中であるにも関わらず、被害者の女子部員が俺と近くにいるだけで泣き出したりするようになった。俺がいると事件を思い出すようで、犯人かという真偽には関係はなかったが、俺への心象が悪くなっていくのがわかった。
しびれを切らした顧問は俺を呼び出し、一つの提案をした。
大会が近いから、疑いの強い俺が練習に参加しているのは悪い影響になっている。暫く、休んで欲しいと言われたのだ。
俺はどうしても嫌だと言った。それは完全に俺がやった事になってしまう。疑いの可能性ではなく確定になると。
顧問は溜息をついた後、今この提案を受けないと後悔するぞとだけ言われた。
その後、あの事件の時、逃げる様に走り去る俺を見たという証言者が現れた。
俺への、女子部員達の団結したヒステリック気味な否定と、早く終わらせて欲しいと思う男子部員の無関心と突き放した何とかしろという空気が、何で今更なんだという疑念とアリバイがあるという反論は、潰され何も言えなくなった。
それから顧問に呼び出されたが、責任をとって部活を辞めるのならば、学業に支障をきたすような罰則は与えない。もちろん、親への連絡もしないとだけ伝えられた。
普通ならこんな指導はしない。何か裏がある。だが、もうどうすることもできない。それにもう俺自身が疲れていた。准顧問にも相談しようとしたのだが、顧問へ一任しているとの返答しかなかった。暴走気味に、顧問を飛び越して校長に直談判のような真似をしてしまった手前、新任という立場では口を出しにくかったとはわかるが、お前が始めた事だろうとは今も思っている。
母さんに相談しようかとも思ったのだが、その時は、母さんは仕事が忙しく過労で倒れる寸前だった。姉さんが叫ぶように休めと宥めていたのが数週間は続いていたのを覚えている。
最後の部活のとき、部員の皆から冷たい視線を送られながら、自分のロッカーの荷物を回収する。縋るように大和を見たのだが、大和は俺から顔を背けた。
俺がやってないと言った時に、信じているとは言ってくれたはずだったのにな…、とは、悔し涙すら出せなくなった感情が、最後に吐き出した感想に似た何かだった。
部活を辞めてから暫くは、何もやる気も出なかった。俺の周りにいた友人関係は部活の関連の人間が中心だったので、友人と呼べる人間はいなくなっていた。
二年になってから陸上部の連中とクラスが一緒になるとは思っていなかった。クラス発表の時に俺だけ顔をしかめていたのは、まだ続くのかという絶望感だった。




