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13 知りえぬ者たち





「今日は本っ当につかれた〜〜」


 夜の冒険者ギルドミラマス支部に併設されている酒場の一角でそんな声が上がった。声の主はテーブルの上にばたんきゅうといったふうに突っ伏している。


 よく見れば何やら「だぁ〜」とか「ゔぁ〜」とか奇声を発しながら注文した飲み物が運ばれるのを待っているようだった。


「メイ、流石にちょっとだらしないって……」

「ゴメンあと少しだけ〜」

「ケイン君、今日はメイちゃんも疲れていると思うから、少しくらいはいいんじゃないかな」

「……そうかな。まあ確かに今日のメイは張り切ってたから仕方ない部分もあるかもだけど。それとティナ、名前は呼び捨てでいいって。そっちの方が俺たちより年上なんだしさ」


 ケインの言にメイが「そうだよ〜」と力なく同意を示す。ケインとメイ。二人は数日前までミラマスでペアの冒険者として絶賛売り出し中であった。


 しかしカナバの裏山で初めての死線を超えた二人は、互いに相談しあった末に一念発起してカイトの助言通りに仲間の募集をかけることにしたのだった。


 そうしていくらかの紆余曲折を経た後にギルドの受付嬢から紹介されたのが魔法使いのティナである。彼女は如何にも魔法使い然とした格好にブラウンの長い髪を三つ編みで纏め、その上には三角帽子がちょこんと被さっている。ティナは何とも愛嬌のある顔立ちをしており、ケインとメイの二人は初対面でろくに話しもしないうちから彼女に好印象を抱いていった。


 また奇しくもティナのランクは二人と同じ軟鉄級であり、また歳も一つ違うだけと仲良くなる為の好条件が揃っており、特にメイは同じ女性ということもあって物怖じせず積極的にティナに話しかけたり何かと気遣っていた。


 彼らにとって今日はティナという新しい仲間と共に依頼をこなす初日だったので、その第一歩としてメイがいつも以上に気を張り過ぎたのが今の彼女の状態を端的に表している。


 レンジャーはパーティーの目であり耳でなければならない。レンジャーがパーティーの安全性を確保する為にすべきことは沢山あり、専門的な知識が要求されるそれは他職が安易に代行出来ることではない。トーガでの経験から仲間の命を自分が預かっているという意識を強く持つに至ったメイにとってはこうなってしまうのも無理はなく、ケインもそれをよく理解しているからこそメイを嗜めるのも程々に、という事情があった。


 そうこうしているうちに給仕の女性が頼んだ飲み物を配っていく。それを待って三人はなみなみと注がれたエールのグラスを手に持つ。


「今日は一日お疲れさまー」


 メイが待ちきれないとばかりに乾杯の音頭をとると、ケインとティナは苦笑混じりにグラスを掲げる。そうしてメイは半分ほどを一息に飲み干すと「いーぎーがーえーるー」と何とも間の抜けた声をあげ、それに堪えきれなくなったティナがぷっと吹き出しケインとメイもつられて笑い声をあげた。


 本来ならばお酒は成人後に嗜むべきものと法で定められてはいるが、未成年であっても自立していれば多少は酒場でも大目に見てもらえる。ちなみに十五歳で成人と見做されるのでティナがお酒を飲む分には何の問題もない。


 この日の三人の成果はメイの頑張りの甲斐もあって上々と言ってよい。新たに加わったティナとの連携こそまだ拙いが、それはこれから幾らでも改善が可能なこと。


「明日なんだけどさ、どうしよっか?」


 おもむろにケインが二人に問い掛ける。何か依頼を受けるかそれとも休みにするか、メイはこんな状態だしティナも初日で緊張していただろう。翌日に疲れが残るようならあまり無理をさせたいとケインは思わなかった。


「うーん……」


 ティナはちらりとメイを見て悩む。


「あたしはどっちでもいいかなー、なんて」


 先ほどまでよりは幾分落ち着いたメイの声。二人の返事にケインは悩む。大事をとって休むべきか。


 ケイン自身には間を置かずに依頼をこなして腕を上げたいという欲求があった。カナバの裏山での経験が彼に強くそう思わせている。


 あの時、助けが間に合わなければ確実に死んでいた。囮となってメイを逃したまではいい。密かに、ではあるもののそれはケインにとって誇れることである。だが、拘束され骨を折られて無力化された時に、明確に死の恐怖を味わった。


 また似たような状況に陥った時、同じ選択が出来るのか、出来たとして切り抜けられるのか。


 考えることはそう多くはないが、どうにも悩ましい。焦りは禁物ともいうし一日くらい休んでおくべきか、ケインがそう結論づけて二人に伝えようとした時に、横あいからメイでもティナでもない女性の声が三人にかけられる。


「ごめんなさい。今ちょっといいかしら」


 声のした方へと振り向くと、受付嬢のハンナが三人のテーブルに近づいてきたところだった。ケインが代表して返事をする。


「ハンナさん。えっと、俺たちに何か用ですか?」

「ええ、そんなところ。構わないかな?」


 メイとティナに確認すると二人とも用件が気になるのかハンナに椅子を勧めた。


「何か飲みます?」

「ありがとう。でも遠慮しておくわ。そんなに長くはならないと思うから」


 新たなメンバーと親睦を深める機会を邪魔する訳にもいかないしね、と若干おどけて付け加えるハンナに対し、じゃあハンナさんがパーティーに入ってくれたら問題ないね、と合わせて応えるメイ。


 ケインは唸る。そうなったら両手に花どころの話ではない。他人の勝手な誤解からくる嫉妬で死ぬかもしれないと埒もないことを考えていた。ティナはそんな様子を微笑ましく思いながら見ている。


「私に戦いの才能があればそうしてもよかったんだけれどね、っといけない。話が逸れちゃったけど本題に入ってもいいかしら」


 三人が了承するのを待ってからハンナは昼過ぎにカイトがギルドに訪れたことから順に語りだす。これから駆け出しや低ランクの冒険者がみだりにトーガ山脈へは行かないよう注意喚起すること、その件で支部長と相談した上で領主であるクライン家にハンナがギルドの使いとして赴いたこと、そこで非公式にではあるがトーガの件でギルドに対して協力要請を打診されたこと。


 クライン伯爵からの協力要請に対しては明日ギルド支部長が伯爵と直に協議してから正式に決定することだが、ギルドとしては受諾の方向で話が進んでいること。


 そうなった場合、冒険者たちには各々が出来る範囲で協力してもらうことになるかもしれない、とハンナは語った。


「それって、とんでもない事態なんじゃ……」


 ハンナの話にケインとメイが絶句するなかでティナが正直な感想を漏らす。


「私も詳しくは分からないの。でも領主様がそこまで考えていらっしゃるとは思わなかったわ。もしかしたら何かがあるのかもしれないけど……」


 ハンナはクライン家に突き付けられた書状の件を知らないのでこう答えることしか出来ない。


「ギルドの協力って、具体的にはどんなことをするんですか?」

「まだ何も決まっていないから今のところは何とも言えないの。ごめんなさいね」

「あ、いえ、ハンナさんが謝るようなことじゃ……」


「それって、カナバは大丈夫なのかな……」


 ハンナとティナのやり取りを聞きながらメイが心配げにぽつりと言う。ケインがハッとした顔をしてメイに向き直った。二人はあの村に恩義があるのだから心配になるのも当然といえた。


「私が貴方たちのところに来た理由がそれなの」


 メイの呟きを聞いたハンナがそう告げる。


「理由、ですか?」

「ええ。これからどうなるかはまだ分からないけれど、カナバや他の村には早く知らせておいた方がいいと思ったのよ。だから貴方たちさえよければだけど、今の話をカナバに伝えに行ってもらえないかと思って」


 報酬こそ最低限であるもののこれがギルドからの正規の依頼であることや、受けてくれるなら今後の査定で少しではあるが有利になることをハンナは三人に説明していく。


「要はメッセンジャーってことか。それなら……」


 感想を漏らしつつケインは考える。街道は治安が良い方だし見通しも利くので移動だけであればそこまでメイやティナの負担にはならない。この依頼を受けるのは十分有りだと思う。


 それに命を救われながらここで何もしないというのはあまりに不義理だ。ケインは二人の意見を聞いてみることにした。


「二人はどう思う? 正直なところを言えば俺は受けたいんだけど……」

「あたしもこの依頼は受けた方がいいと思う。ティナはどう?」

「それじゃあ受けましょうか。私には反対する理由もないし、事情が事情だしね」


 この依頼は駆け出しでも務まるものだし危険と言うほどの懸念材料はない。ただカナバに行って帰ってくるだけだ。ティナは二人の事情をある程度聞いていたのでその気持ちはよく分かった。


「えっと、じゃあこの依頼、俺たちでよければ受けます」

「ありがとう。是非お願いするわ」

「これで少しは恩返しになるのかな?」


 三人を代表してケインが依頼を承諾するとハンナはホッとした表情で礼を述べ、メイが思ったままを言葉にした。


「大丈夫。誠心っていうのは必ず伝わるものなんだから」


 ハンナの励ましにケインとメイの二人はそうですよね、と同意を示す。



 その後は三人だけでトーガの山に入ったりしないように、など幾つかの注意点を説明してからハンナは帰っていった。



「……大事にならなければいいのだけど」


 ぽつりとティナが呟いた言葉は、誰に聞こえることもなく酒場の喧騒へと吸い込まれていった。





 ◆





「領軍全てを出陣させる、というのは反対致します」


 重々しい場の空気など一顧だにもせず、領軍指揮官であるスコットの低い声が執務室内に木霊する。


 四十を過ぎ普通なら衰え始める肉体はしかし欠かさぬ鍛錬によって良く鍛えられており、精悍な顔付きも相まって指揮官としての風格を少しも損なってはいない。


「……治安上の問題か?」


 軍事における師であるスコットの考えを先読みしようとクレスが聞き返す。


「それもあります、が治安面においては然程心配はしておりません」

「心配していない?」

「ええ。若様もご存知でしょうが、ミラマスは王国内の諸都市と比べても治安は突出して良い方です。領内の町村に於いても多少の差はあれど概ねは変わりありません」

「それは確か――」

「徘徊幻影、だったか」


 スコットの説明に答えようとしたクレスを遮ってセドリックが引き継ぐ。


「ええ。領民たちはファントム、などと呼んでいるようですが、不本意ながらかの者のおかげで領内の治安は良く保たれています」


 我々領軍にとっては皮肉なことですが、と自虐を付け加えてスコットは締め括った。


 徘徊幻影(ファントム)とはミラマスで活動する殺人鬼である。


 その手口は一貫して被害者に凄惨な拷問を加えたうえで殺害に至るというものであり、普通ならば都市の住民どころか領内全てを恐怖のどん底に突き落としても何ら不思議ではないほど残虐で無慈悲な殺人鬼に対して、しかし領民たちの反応は意外にも好意的だった。


 何故ならファントムが殺す対象はその全てが明らかに極刑に処されるべき裏社会の悪人たちであり、かの殺人鬼が動く時には必ず無辜の民が犠牲となっていたからだ。


 そして犯行現場ではファントムが断罪した対象たちから被害にあった者の遺体は胸の上で両手を組ませ瞼を閉じた状態で発見されており、彼が無辜の犠牲者を丁重に弔っていたことは一目瞭然であった。そうした話は現場を見た者たちから漏れ伝わっていくもので、領民たちの報復感情を過剰なまでに満たしてくれるファントムを義賊だと信じる者が今では大半となっている。


 三年ほど前からミラマスに唐突に現れたこの殺人鬼について顔はおろか姿すら目撃した者は一人もいない。加えて現場には犯人に結び付くような証拠もなくどの事件もほぼ迷宮入りとなっており、セドリックが発した徘徊幻影とはそこから領軍が付けた仮の呼称である。


 平時の領軍は治安維持組織としての役割を併せ持つ。その衛兵たちから悪党の摘発という仕事を奪い、迷宮入りに近い殺人事件の捜査という仕事を押し付けるファントムに対し体制に属する者として複雑な思いを抱くのは無理からぬことであった。


「しかし、治安上の問題がないなら何が問題なんだ?」

「侯爵か、或いはかの領軍を刺激するかもしれません。実際問題として我々が全戦力を出せば、我々が先に挑発したという要らぬ名分を相手に与えかねないのです。であれば我々はあくまでも自衛に徹するというスタンスで事に臨むべきかと愚考します」

「……それでは兵に死ねと言っているようなものじゃないか」


 スコットの説明にクレスは唸るように言葉を絞り出す。実際クレスの言い分もスコットにはよく分かる。兵と共に過ごしてきた時間はスコットの方が長いのだから当然だ。


 喜ぶべきはクレスが兵たちをただの駒ではないと思ってくれていることか、とスコットは己を納得させて口を開いた。


「ただやられるつもりは毛頭ありません。現状を鑑みれば我々は侯爵の要求を飲むしかない、と侯爵とその側近たちは信じて疑っていないはず。逆に言えば、我々が付け込む隙がそこにはあると言ってよいでしょう。最初の一撃、これを以て我が方は全面的な紛争も辞さずと意思表示することで、これを単なる二家の諍いとせず北西部全域を巻き込んだ問題にするよう動くことも不可能ではありますまい」

「出来ると思うか」

「政治の領分に関して私の出る幕はありません。しかしながら、我が方の旗色を鮮明にすることで諸侯に訴えかけることは出来ましょう」

「面目か…。時に煩わしく、鬱陶しさをも感じさせるものでありながら、我らはそれを捨て去ることは出来ん。貴族というものは、本当に……」


 そう言ったきり黙り込むセドリック。スコットは段階的かつ積極的に問題を拡大させるべしと献策した。意図は分かる。単なる小競り合いに終始すれば相手の都合の良い様に揉み消され、そしてクライン家を貶める風評のみが残るだろう。


 であれば誰も彼もが目を逸らせないほどの大問題にしてしまえばいい。


 幸いにして、と言うべきか北西部の実質的な盟主たるリンドブルム辺境伯家は音に聞こえし名高い武家である。クライン家が不当な要求に対して徹底抗戦を選択すれば、例えそれが心情的なものに過ぎないとしても尚武を良しとするリンドブルム家からの印象は良くなるだろう。


 それを盤石なものとする為には、支援を得られずともリンドブルム家への事前の根回しが必要か。


「いっそファントムがトーガに居てくれれば良いのだがな……」


 誰に聞かせるでもなくセドリックが呟いた言葉。これにクレスとスコットが反応する。


「それは…確かに父上の言う通りですね。重罪人とは言え性根が悪い者だとは思えないし、居れば戦力として破格と言う他ない」

「ですが、現実としてファントムがどこにいるのかすらも我々は把握していません。居るかどうかも分からない者に頼ろうと言うのは、いささか楽観的に過ぎましょう」


 ファントムの最後の殺人は九ヶ月ほど前まで遡り、それ以降は一度も事件を起こしていない。その理油はスコットのみならず皆知っていることだが、単純にミラマスの裏社会が壊滅したという事実に起因する。都市の治安を脅かす勢力がいないのならば、ファントムが動く理由もないということだった。


「まあ、そうなんだが。……いっそ出頭の呼び掛けでも試してみた方がいいのか」

「罰されると知りながら出てくるようなものでもないでしょう。まあ、呼び掛けくらいであればすぐにでも出来ますが」


 クレスとスコットのやりとりを眺めながらも自身の考えを纏めていたセドリックは熟考の末に指示を出すことにした。


「二人とも、そこまでに。私自身が言っておいてなんだが、ファントムに関してはそこまで期待出来るようなものではあるまい。だが、出頭の呼び掛け程度であれば金と手間もそうかかるものでもなく、そうであるならば駄目で元々やってみるのも悪くはない。仮に応じることがあれば罪の赦免と引き換えに配下として働かせるという選択肢もあろう」


 それよりも、とセドリックは続ける。


「クレス、お前は私の名代としてリンドブルム家へ行ってもらう。何としてでも閣下の協力を取り付けてくるように」


 当主の名代として使者の任を得る、それは名誉なことである。クレスにとって現在の状況を度外視すれば、という但し書きが付くにしても。


「そんな、私も現場でやるべきことがあります。それにリンドブルム閣下の協力と言っても一体何をどうすればいいのか……」


 クレスはセドリックの急な指示に少しの反発を覚えながらも父親の内心を見抜いた。戦場となるかもしれない場所から息子を遠ざけようという親心を。


「これは決定事項だ。どのみちリンドブルム閣下には早急に使者を送らねばならぬ。閣下への使者は当主である私か名代として不足のないお前しか適任は居らず、そして貴族家同士の問題から当主が逃げ出す訳にはいかん」


 だがセドリックはクレスの言葉を一顧だにもしない。仮に愛娘であるシャーロットが成人を過ぎた十五歳以上かつ健康体であるならばクレスの代わりも務まったかもしれないが、そうでないことは誰が言うまでもなくこの場に居る全員が理解していた。セドリックは言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「別に必ずしも戦力としての助勢を欲している訳ではない。たとえ言葉に過ぎぬものであっても閣下が我がクライン家に理解を示し、それを公にすることが出来たならば我らの言い分に耳を傾ける諸侯も出てくるだろう」


 セドリックの言は一々道理に適っており、抗する弁をもたないクレスは同意を示す他ない。


「分かり、ました……」


 不承ながら、という態度を隠しきれていないクレスを貴族としては叱責するべきなのだろうが、セドリックはそんな息子を咎められなかった。


「恨み言があるのなら全て終わった後でいくらでも聞こう。今はやるべきことを全うせよ。出立は明朝だ」



 その後も会議は続き深夜近くまで及んだがクライン家の対応としてはスコットの献策を全面的に採用することとなった。






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