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12 蠢く策謀





 侯爵領の領都バーゼルはサロニアとの戦時に於いては人と物資の一大集積地と化す兵站拠点としての顔も併せ持つ重要な都市である。


 その王国北西部随一の都市は活気もなく道行く人々の表情もどこかくたびれ果てている。


 かつて多くの民衆が集い出店や大道芸人たちが鎬を削った都市中央の噴水広場も集会禁止の触れが出されて以降は一般人よりも衛兵の姿の方がよほど目立つようになった。


 都市の中で最も高い丘の上にある領主の居城は塗炭の苦しみに喘ぐ領民たちにとって恐怖と憎悪の象徴と成り果てて久しい。






 侯爵の執務室はおよそ高位貴族の部屋とは思えないほどの有り様だった。


 室内を見渡せば執務机の上には乱雑に積まれた報告書の束、中身は既に飲み干されて久しい高価なワインやウィスキーにブランデーのボトルの数々、葉巻の吸い殻が山盛りに詰め込まれた灰皿が数個。


 執務机の手前に配置されたテーブルとソファこそ清掃は行き届いているものの、それも食事や来客の応対などに必要だからそうさせているだけに過ぎない。


 無論城には沢山の使用人がおり、またこの室内にも一人の侍女が居るので命じればすぐさま室内の清掃をさせられるのだが侯爵――アイザック・ゴドウィンにはそうする気は更々なかった。


 それは彼が偏屈者、というよりは生来の小心からくるものだった。要は暗殺を怖れているだけに過ぎず、あまり他者を近くに置きたくないという小物じみた理由である。



 アイザックの能力は無能とまでは言わずとも周囲の期待に応えられるものではなく、その小心さからおよそ侯爵家の後継ぎとしては相応しくない人物、というのが彼をよく知る者たちの評価であり、それは彼が侯爵位を継いでからの二年の治世でも証明されていた。


 その周りの評価に劣等感を刺激されていたものの否はなかった。少なくとも五年前までは。


 アイザックは室内の壁に設置された姿見の前に立つ。頭髪は薄く、こけた頬にギョロギョロと動く窪んだ目。痩せぎすの体こそゆったりとした豪華なローブで覆い隠されているが何の慰めになるものでもない。二年前のアイザックとはまるで似ても似つかない姿にこれが親殺しの報いかという思いが湧き上がる。


 これでアイザックを知らぬ者に二十五歳だと言って誰がそれを信じるというのか、彼自身にも甚だ疑問だった。


 この二年の間、食事の量は減りそれに比例するように酒の量ばかりが増えていった。姿見に映されたアイザックの姿はその成れの果てである。



 五年前、当主たる父から王都エスタシアへ行くように言われた。名目こそ遊学だが事実上の放逐である。当時いた婚約者とその実家にはゴドウィン家当主が丁重に詫びた上で婚約破棄がなされた。


 それに思うところがなかった訳ではないが当主に逆らったところでどうにかなるものでもなく、言われるがままに王都の別邸へと向かい不出来な一人息子として振る舞い続けた。後継問題を起こさぬ為にそのうち毒杯を呷ることになるだろうと思いながら。


 なにせ領地では分家から優秀な者を養子にとり侯爵家を継がせるとアイザックにも聞こえるように囁かれていたからだ。


 後継ぎとして当主にも臣下にも認められなかった。王都での生活は放蕩を極め、少しでも早く父から毒酒が送られてくるように願っていた。


 アイザックがクリストフと出会ったのはそんな頃である。良家の貴公子ならぬ奇行子として王都でその名を広めていたアイザックに興味を示したクリストフが自ら訪ねる形で会いにきたのだった。


 青い髪に青い瞳は鋭さを思わせ、眼鏡をかけていてもどこか怜悧な印象を抱かせる。他者がかしずくことを当然のことと考える様は、クリストフの生まれもった高貴さを示していた。


 クリストフは英明な王子として知られており、そんな御方が何故わざわざ自分にと問うてみればクリストフはただ一言、王城は息が詰まるから自分も外で遊びたい、と言って笑った。


 それからの二年間、頻繁にとは言えずとも暇を見つけては遊びに連れて行けというクリストフにアイザックは自身が王都で覚えた遊びを教えた。酒と女と博打であり、クリストフは特に女遊びを好んだ。


 思わぬ相手からの知己を得てみれば、ずっと諦めていた人生に活力を与えられたような気がした。


 送られてくる筈の毒酒はアイザックが王族との繋がりを得たことでご破算になったのだろうか。待てど暮らせど一向に送られてくる気配はなく。


 王子の威光を笠に父とその臣下たちを見返すことを考えないでもなかったが、アイザック自身が本質的になにか変わった訳でもなく、それをしても惨めになるだけだと思い留まった。


 しかしクリストフはアイザックのそんな葛藤とも呼べぬ感情の揺らぎを正確に把握していた。王族が関わる者として当然その手の調査はなされていたからだ。


 そうして十分に互いの親交を深めた時にクリストフは彼の夢、或いは目標とでもいうべきものをアイザックに語った。


 曰く、サロニアを完膚なきまでに打ち負かしたい。その為に毒を食らうことを厭わぬ臣下が欲しい、と。


 クリストフはその頃既に王太子の内示を得て立太子礼を目前にしており、正式に王太子となった上で対サロニア戦略を策定させたいのだと言った。


 サロニアに完全勝利する。今後数十年はエスタリアに手出ししたくとも出来ない程の大打撃をかの国に与え、軍事的にも外交的にもエスタリアが圧倒的な優位に立つ。それはエスタリアの悲願と言ってもよい。


 五十年ほど昔、サロニアは周辺諸国のうち最も国力の低い中小国を侵略して併合し帝国を称し始めた。それからは帝国の国力を引き上げることに注力し、そしてエスタリアを上回る戦力を用意しては戦を挑んで来ていた。


 それらを退けられている今はいい。だがサロニアの国力がこれからも高まり続ければいつかは両国の力の均衡が崩れる時が来る。だから今やらねばならないことなのだとクリストフは熱弁を振るった。


 毒を食らうことを厭わぬ、という言葉を鑑みればクリストフが欲しているのは汚れ役だと理解は出来る。その上でアイザックはそれらの言葉に心を動かされながらも尻込みしていた。アイザックの能力ではクリストフの、もっと言えばエスタリアの役に立てるとは到底思えなかったからだ。


 だが、クリストフはそれすらも見越して言葉巧みにアイザックを揺さぶってきた。


 決して使い潰しにはしない。そも侯爵家を使い潰すことなど出来はしない。一時的に悪名を背負ってもらうが必ず名誉は回復させる。歴史に名を残したくはないか。等々。


 そうして長い説得の果てにクリストフはアイザックにとって決定的な言葉を放った。


「アイザック、過去に縋るものがないのなら未来に栄光を求めればよい。私に付いてくるがいい。ともに覇業を成すぞ」


 己に自信がなく能力もないアイザックはしかし、侯爵家の長男として何かを成し遂げたいという鬱屈した欲求を抱えていた。


 その手を取るだけでクリストフはそれを叶えてくれるという。


 アイザックは覚悟を決めた。



 それからは侯爵家を継ぐ為に父親を毒殺し、爵位を継いでからは領民に重税を課した。それに対して諌言してくる臣下たちは全て更迭し閑職に追いやりアイザックの命令を聞く者だけを側近として残した。


 重税で得られた富は全て軍備につぎ込み、疲弊して税を納められなくなった領民の男たちを兵役に取り立て戦力を育てる。戦えない女子供と老人は今まで通り農耕に。そうして最終的に侯爵家領軍の兵力を三万まで拡充させる。


 これらは全て、一時的にサロニアに対し戦力で上回ることを目的としている。そうした状況を作った上でサロニアに決戦を強いれば少なくともエスタリアの敗北はない。


 対サロニア戦略の秘中の秘。アイザックを除けば宮廷の中枢部に位置する者しか知らされていない策謀である。


 侯爵家の軍備は未だ途上、知らぬ者たちはアイザックが狂ったとしか考えていないだろう。今はまだそれでいい。ゆっくりと、だが確実に事を成すだけだ。


 その為には幾ら資金があっても足りることはなく、金になることは何でもやらねばならない。そして一年前、バーゼルの冒険者ギルド支部からアイザックに奇妙な報告が届いた。



 トーガの南側の山中に非常に巧妙な結界と思しきものが張られている場所がある。そこは認識阻害の術式で守られており、発見出来たのは偶然に偶然が重なった奇跡のようなものだと。そしてその内側に入ることは出来ず、また外から中を視認することも出来ないと。



 その場所は確認するまでもなくクライン伯爵領内であり侯爵家は手出し出来ない、筈だった。常ならば気にかけない報告も、今のアイザックにとって金に変えられる可能性があるものならば歓迎すべきこと。要は伯爵に発覚しなければよいだけなのだ。


 事情を知るギルドの者たちには決して他言しないように圧力をかけ、結界を発見した冒険者たちを直接雇い守秘義務を課して長期間の監視をさせてみれば、四ヶ月後にアイザックを驚愕させる報告がもたらされた。




 ――結界の内側にはダークエルフがいる。おそらく隠れ里であり、里の規模は結界の領域を考えればごく小規模なものと推察される。また里を訪れる者もいないことから外部から完全に孤立している可能性が非常に高い、と。




 ダークエルフ。それはかつて百五十年前にサルヴァ統一教国が絶滅宣言を出した種族である。


 教国だけでなくエスタリアやサロニアを含む諸国で広く信仰されるセイリム。その聖典には人間、エルフ、ドワーフ、ダークエルフがセイリムの加護を受けし民であると記されている。


 だがダークエルフたちは何を思ったのか、二百年ほど前に聖典の民として庇護されることを拒みはじめ各地で迫害されるに至り、ついには信仰の総本山たる教国に討ち滅ぼされた化外の民と伝わる異端者たちだ。


 既に絶滅宣言が出されてから百五十年も経つ種族である。捕えて奴隷として売り出せばどれだけの値が付くか分からないほどの希少価値があることは想像に難くない。


 ただし、それをすれば必ず教国と敵対する羽目になる。ダークエルフを奴隷として売買する、それは扱いはどうあれ彼らの生存を認めているようなものであり、それを教国に知られればアイザック自身が異端認定されかねない。それくらいはアイザックにも理解出来る。


 どうにかしてダークエルフを金貨に変える手段がないものか、考えても答えが得られなかったアイザックはその存在をクリストフに報告し対応策を授けてもらえるように要請した。


 そうしてクリストフから届いた返事には思いもよらぬ内容が書かれていた。



 秘密裏に売買出来ないのなら堂々と教国に売り付けてやればいい。セイリム信仰の守り手を自称する教国ならばダークエルフを処刑する為だけにでも金を出す筈だ、と。



 実際にバーゼルの教会を通じて教国の教皇庁と接触し、ダークエルフの存在と売却を持ちかけてみれば教皇庁はすぐさま話に食い付いてきた。


 それからは交渉の日々である。アイザックには慣れぬものだったしそもそも交渉能力などないに等しかったが、クリストフの為に執念で交渉を重ねていく。


 そうして八ヶ月が過ぎた。交渉は教国の最終的な回答を待つ段階であり、そして予定では今日教国からの使者が訪れる手筈であった。


 これらの動きの一切はクライン伯爵の知らぬ事である。伯爵はただ自身の治める領地にダークエルフが隠れ住んでいたという事実のみを以て、伯爵家がダークエルフの存在を知っていたかどうかに関係なく糾弾される事が既に決定している。


 何故ならば領地の管理責任が領主にある以上、知らなかったなどという弁明は通用しないからだ。


 伯爵家の処分の内容に関しては未だ定まっていないものの、クリストフがクライン家の真珠姫と称されるシャーロット・クラインを寵姫として欲しがっていることから伯爵が娘を差し出せば厳しい処罰は下されないだろう。


 それはサロニアとの決戦を前に北西部の諸侯たちを動揺させない為にも必要な処置である。御家取り潰しなどは以ての他だ。


 仮に降爵処分が下され子爵になったとしてもクライン家は娘のシャーロットを通じ次期国王との繋がりを得られる。爵位に応じ幾らか領地は減らされるかもしれないが、これはクライン家にとってはそこまで悪くない話の筈だ。


 自分がクリストフ殿下に教えた遊びが思わぬところで役に立っている。そう思えば確実に運はこちらに向いているとアイザックには思えた。


 それにしてもクリストフ殿下は素晴らしい、とアイザックは思う。クリストフに忠誠を誓って以来、やることなすこと全てがクリストフの思惑通りに事が運んでいる。


 アイザックには能力が足りておらず、全てはクリストフの書いた筋書きに沿って行動しているに過ぎない。クライン家に送った書簡もその一つ。無断越境と軍事行動の非を問われない為だけに建前上必要とされたものでしかない。


 今頃クライン伯爵は慌てふためいていることだろう。そしてアイザックに対抗する為にトーガに派遣する部隊の編成を急ぐ筈だ。


 だがもう遅い。こちらは既にいつでも動き出せる手筈を整えている。トーガの北側、その稜線近くに物資と兵を秘密裏に集積させており、後は教国の同意さえ得られれば伯爵の領軍がトーガに展開する頃には全てが終わっていることだろう。


 何も問題はない。全ては滞りなく順調と言える。





 室内にコンコン、とドアをノックする音が響く。側仕えの侍女が応対し来客を告げてくる。


「当主様、エルンスト殿がお見えになられました」

「通せ」


 アイザックの許可が出るや二人の人物が室内に通される。一人はエルンストと呼ばれたダークブラウンの髪の中肉中背の男でもう一人は背中まで伸ばした黒い髪に顔をのっぺりとした白い仮面で全て覆い隠した女。格好は二人とも白を基調としたサーコートに身を包んでおり、その様は聖堂騎士にも見える。


 二人にソファへ座るように勧めアイザックもその対面に腰を落とすとエルンストに声をかける。


「首尾はどうだった」

「いやはや閣下の要望に答える為とはいえ存分に働かせていただきましたとも。まさか教国の異端討滅官たるこの私がゴドウィン侯爵閣下との連絡係をさせられるとは誰に想像できましょうか」


 エルンストはやや大仰な手振りで皮肉たっぷりの返答をアイザックに、女の方は身じろぎもせず仮面で表情が見えない為に何を考えているのかは分からない。


「御託はいい。それで、教皇庁はなんと言っていた」


 二人のやり取りを邪魔せぬように侍女が果実水をそれぞれの前に配っていく。


「ええ、ええ。お気になられるでしょうとも。ですが、その前に少し失礼させていただきますよ」


 そう言うやエルンストは一息に果実水を飲み干した。そしてさりげなく侍女にお代わりを要求する。


「ふう、これは美味しいですね。いいものです。閣下はいつも飲まれているので?」

「味などどうでもいいことだろう」

「せっかちですねえ。ですがこちらの紹介がまだ済んでおりませんので……。ほら、ご挨拶なさい」


 エルンストは隣に座る仮面の女に自己紹介するように促す。そうすると女は少し頭を下げて「ナドラだ」と仮面越しのややくぐもった声で名乗った。声色から察するに二十歳前後なのだろうか。


 エルンストはそれを見てやれやれといった風に肩を竦める。


「申し訳ありませんねえ閣下。彼女は人見知りが激しいところがありまして、どうにも初対面の人物にはなおざりな対応をしてしまうところがあるのです」

「気にしていない。それよりも早く……」


 どこかそわそわとしたアイザックの言葉は、しかしエルンストに遮られる。


「ええ、ええ。わかりますとも。侯爵たる閣下にこのような態度は不敬極まりないこと、重々承知しております。しかしこう見えても彼女は私と同じ異端討滅官であり、その実力は聖務特課を見渡しても随一でありますのでどうかお許し願いたいのです」

「気にしていないと言った! ……実力があるのなら尚更だ。もう一度言う、さっさと本題に入れ」


 エルンストの人を食ったような態度にアイザックがつい声を荒げると、エルンストは苦笑しつつ本題に入ることを了承した。


「申し訳ありません閣下。これは私の悪い癖のようなものでして、いつも同僚や上司から苦言をいただくのですがどうにも治らないのです」

「……別に構わん。どうせ今回限りの付き合いだ」

「それは残念。さて、これ以上お待たせするのもどうかと思いますので教皇庁からの回答をお伝え致します。閣下の事前の要求通り、ダークエルフ一人につき金貨十万枚、これは認められました」

「おおっ、そうか!」


 待ちに待った答えが望んだものであったことは思わず身を乗り出す程にアイザックを喜ばせるには十分だった。仮にダークエルフが十人いれば金貨百万枚が得られるのだから当然とも言えるが。


「ですが、一点だけこちらからも注意点を。ダークエルフを捕えるにあたってそれらに出た死亡者については、先ほどの条件の対象外となります」

「つまり、可能な限り生きた状態で捕まえろと?」

「ええ。詳細については私も知らされておりませんので疑問にはお答え出来ません。ただ、抵抗が必ずあるものとして考えれば、一人か二人程度は見せしめとして殺す必要があるかと」


 エルンストが告げてきた教皇庁からの注文に幾ばくの違和感を抱くも、今まで詰めてきた交渉の結果に文句を付ければ全てが反故にされかねない、アイザックはそう考えて不承不承といった体で承知する。


「ふむ……。惜しいが、まあ仕方あるまい」

「ご了承いただけたこと、感謝します。それでですが、作戦の開始時期についてはいつ頃を予定されているので?」

「卿らの到着を待っていたのだ。既に先遣隊を秘密裏に送り込んで魔物を追い払わせている。後は私の号令待ちだ」

「それは重畳。では一休みした後に私とナドラも現地に向かうとしましょう。この件には教皇聖下も大いに関心を示されていますので、精一杯働かせてもらいますよ」

「ふむ、教国の異端討滅官と言えばミスリル級冒険者にも匹敵すると聞く。その実力、存分に見せてもらうぞ」


 アイザックの称賛に、しかしエルンストは不快げに眉を寄せ皺を作る。ただそれだけの行為に、しかし名状し難き威圧感がアイザックを捉えた。


「閣下、一つだけ訂正を。我々異端討滅官はミスリル級冒険者に匹敵するのではありません、凌駕しているのです」

「あ、ああ……。不快にさせたのなら今の言葉は撤回しよう」


 アイザックはただの一言で気圧された。クリストフのように理知を以て相手を敬服させるのではなく、その身に纏う空気を以てして。この男は間違いなく強者であるとアイザックは確信した。


 エルンストはアイザックの言葉に穏やかな笑みを浮かべる。


「ええ、受け取りましょう。我々も聖務特課の名を背負う以上、半端な評価は容認出来ないことを閣下にはご理解いただきたいのです」

「……分かったとも。それだけの自信、頼もしい限りだ。現地には私も向かわせてもらうとしよう」


 思いもよらぬアイザックの言葉にエルンストの表情は不可解なものとなった。


「閣下もご一緒に、ですか? 失礼ですが山歩きとなりますのでお体への負担を考えると遠慮なされた方がよろしいかと思いますが」

「なに、心配は不要だ。絶滅して久しいと言われるダークエルフ、一度それを見てみたいのだ」

「我々に指揮権はないので閣下がそう仰られるのならば、私としては異論ありませんが」

「では決まりだな」


 アイザックはそう言って会話を打ち切ると、控えている侍女に出立の用意をするように指示を出す。

 


 アイザックもエルンストもその先にどんな未来が待ち受けているかなど知る由もなく、今はただ己が栄達に想いを馳せるのみだった。





 ナドラと名乗った仮面の女は結局一度も会話に交わることはなく、ただ静かに佇んでいた。

 





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