8 spoonfuls
カフェの裏庭。
小さな木の柵に囲まれた薬草畑では、朝露をまとった葉が、朝の光を浴びてきらきらと輝いていた。
その畝の間に、小さな人影がしゃがみ込んでいる。
淡い桜色を帯びた、綿菓子のように柔らかな長い髪。
その髪の間から覗く、ふわふわの狼の耳には、小さな花飾りが添えられている。
背中では、柔らかな毛並みの尻尾が、ゆったりと左右に揺れていた。
くるぶしまで届く和風メイド服の裾をそっと押さえながら、白く細い指先で、一枚の葉を丁寧に確かめている。
摘み取った葉を鼻先に近づけ、そっと香りを確かめる。
そして、満足そうに目を細めた。
「………うん」
小さく頷くと、摘みたての薬草を籠の中へ丁寧に収める。
籠の中には、淡い緑色の葉や小さな紫色の花、細長い銀色の葉を持つ薬草が、種類ごとに綺麗に並べられていた。
どれも、この薬草畑で大切に育てられた植物たちだ。
「ルテリュー! ちょっといい?」
そのとき、カフェの裏口からフランの声が聞こえた。
ふわふわの狼の耳が、ぴくりと動く。
「………ん?」
「いつもの旦那様が、腰にいいお茶をご希望なの。お願いできる?」
ルテリュは少し考えるように目を伏せた。
それから、にっこりと微笑んで、小さく頷く。
「………うん」
「ありがと! じゃあ、よろしくね!」
フランはひらりと手を振り、店内へ戻っていった。
ルテリュは目の前の畝へそっと手を伸ばした。
柔らかな葉を数枚。
香りのよい小さな花をひとつまみ。
必要な分だけを丁寧に摘み取ると、籠を持って立ち上がった。
「………できた」
ふわふわの尻尾が、嬉しそうにゆったりと揺れる。
ルテリュは摘みたての薬草を抱え、カフェの中へ戻っていった。
カフェスペースでは、おじいさんとおばあさんが楽しそうにおしゃべりをしていた。
「それでねぇ、昨日、この人が大事に育てていたカボチャが、ようやく立派に実ったんですよ」
「そりゃあ見事なカボチャでのぉ! わしの顔より大きかったんじゃ!」
おじいさんは嬉しそうに両手を広げてみせた。
「それで、いつものようにひょいっと持ち上げようとしたんじゃが……いやはや、思ったよりずっと重くてのぉ」
「ふふふ。この人ったら、いつもどおり持てると思っていたみたいなんですけど、あんまり重たくて、腰を痛めちゃったんですよ」
「ば、ばあさん! そこまで話さんでもよかろう!」
「あらあら。でも、腰にいいお茶をお願いしたのは、あなたでしょう?」
「むむ……それはそうじゃが……」
おじいさんは困ったように白い口ひげを撫でた。
「ふふふ。だから二人で運びましょうって言ったのに」
おばあさんはくすくすと笑ったあと、向かいに座るおじいさんの目を優しく見つめた。
「でも、それだけ立派に育ったってことですものねぇ。よかったですね、あなた」
その眼差しには、長年連れ添ってきた相手を気遣うような、柔らかな優しさがにじんでいた。
おじいさんはそんなおばあさんの顔を見て、少し照れくさそうに笑った。
その様子を見ていたフランも、思わず頬を緩めた。
黒い猫耳が小さく揺れ、尻尾の先がぴこりと弾む。
いつものお二人は、今日も仲睦まじい。
フランはそんなことを思いながら、そっと微笑んだ。
そのとき、奥の扉が静かに開いた。
ルテリュが、小さな籠を両手に抱えて姿を現した。
「………おはよう」
柔らかな微笑みとともに、小さく会釈する。
「あらぁ、ルテリュちゃん! 今日も可愛いわねぇ」
おばあさんが嬉しそうに手を振った。
ルテリュは少し頬を染め、ふわふわの狼の耳を小さく揺らした。
「………ありがとう」
「ルテリュちゃん。今日も頼むぞい」
「………はい」
ルテリュはにっこり微笑むと、調合台へ向かった。
まずはおじいさんのために。
籠から摘みたての薬草を取り出し、一枚ずつ丁寧に水で洗う。
小さな陶器の器に葉を入れ、香りを確かめながら、別の薬草を少しずつ加えていった。
さらさら。
ことん。
小さな匙が器に触れ、澄んだ音を立てる。
やがて、温めたティーポットへ薬草を移し、ゆっくりと湯を注いだ。
ふわぁ………。
甘く爽やかな香りが、カフェいっぱいに広がった。
ルテリュはポットの中をじっと見つめ、頃合いを確かめる。
そして、淡い琥珀色に染まったお茶を、白いティーカップへ静かに注いだ。
続いて、おばあさんのために、いつもの花茶を淹れる。
こちらは淡い黄金色のお茶で、熟した桃を思わせる、甘くみずみずしい香りが特徴だ。
二つのお茶ができあがると、ルテリュは客席から見えない調合台の奥へ、そっとカップを寄せた。
それから静かに目を閉じた。
胸の前で両手を重ね、静かに心を澄ませる。
――おじいさんの腰が、早くよくなりますように。
――おばあさんが、今日も穏やかで安らかなひとときを過ごせますように。
その願いに応えるように、ルテリュの指先に、小さな光がぽっと灯った。
淡い桜色の光。
ルテリュがそっと両手を開くと、それは春風に舞う桜の花びらのように、ひらり、ひらりと指先を巡っていく。
やがて光の花びらは、二つのティーカップの上へ静かに舞い降りた。
一枚、また一枚。
お茶の表面に触れると、花びらは小さな光の粒となり、すうっと溶け込んでいく。
琥珀色のお茶には、体をいたわる優しい癒やしを。
黄金色の花茶には、心を穏やかにする安らぎを。
最後の光が消えると、ルテリュはゆっくりと目を開けた。
ふわふわの狼の耳が小さく揺れる。
「………うん」
二つのカップからは、先ほどと変わらない、柔らかな湯気が立ちのぼっていた。
ルテリュは満足そうに微笑むと、二つのカップを小さなトレーに並べ、静かに窓際の席へ向かった。
「………どうぞ」
おじいさんとおばあさんの前に、それぞれのカップをそっと置く。
「おお、ありがとう!」
「ありがとうねぇ、ルテリュちゃん」
ルテリュはにっこり微笑み、小さく頷いた。
おじいさんは湯気をふうふうと冷まし、ひと口飲んだ。
「ほぉぉ………!」
白い眉が、嬉しそうに持ち上がる。
「これはうまい! 体の芯まで、ぽかぽかしてくるわい!」
「まあ、素敵! よかったわねぇ」
おばあさんも花茶をひと口飲むと、ほうっと安らかな息をつき、満足そうに目を細めた。
「いつもと同じ、変わらない味といい香り。やっぱりルテリュちゃんのお茶は美味しいわねぇ」
ルテリュは二人の嬉しそうな表情を見て、ほっとしたように目を細めた。
もう何年も顔を合わせている、大好きなおじいさんとおばあさん。
それでも、人見知りなルテリュは、二人を前にすると、今でも少し緊張してしまう。
言葉数が少ないのは、いつものこと。
ルテリュにとっては、それがごく自然な話し方だった。
おじいさんとおばあさんも、そんなルテリュのことをよく知っている。
だからこそ、短い言葉にも優しく耳を傾け、いつも温かな笑顔を向けてくれるのだった。
ふわふわの狼の耳が少しだけ持ち上がり、尻尾が嬉しそうにゆっくりと揺れた。
「………よかった」
ルテリュは小さな声でそう呟くと、少し照れくさそうに微笑み、ぺこりと頭を下げた。
窓から差し込む柔らかな朝の光が、この優しい空間を包み込んでいた。
そのとき、厨房の方から、焼きたてのお菓子の甘く香ばしい香りがふわりと漂ってきた。
「お待たせいたしました!」
明るい声とともに、フランが大きなトレーを手に姿を現した。
トレーの上には、こんがりと焼き上がった二種類のスコーンと、小さな花の形をしたクッキーが、可愛らしく並んでいる。
フランの黒い猫耳がぴんと立ち、尻尾の先が楽しそうに揺れた。
「スコーン二種と、季節の花クッキーをお持ちしました!」
「おお、これはまた、美味しそうじゃのぉ!」
おじいさんは嬉しそうに目を細め、向かいに座るおばあさんも柔らかく微笑んだ。
お茶の優しい香りに、焼き菓子の甘い香りが重なっていく。
カフェ・ポルミの穏やかな朝は、まだまだ続いていた。




