9.毒属性の悪辣な作戦
代官屋敷から辺境伯一行が戻ってすぐ。
辺境伯屋敷裏庭
女給仕のトリートが貴族に詰め寄っている。
「本当に薬なんですか」
「そうだと何度もいっているだろう」
「ならどうして辺境伯様や他のみなさんに内緒にするんですか」
「それも何度も言っただろう。兄上や他の者に余計な心配をかけたくないんだ。このままだと兄上が悪い運命で命を落とす。そういう占いなんだ。その占い師が煎じた薬だ。これさえ飲んでおけば悪い運命から逃れられるんだ」
「本当は毒なんじゃないですか」
「だとしたらどうなんだ?」
貴族がにやっと笑う。
「どうって」
「もうお前は食事に混ぜてしまっている。今更俺に頼まれたといっても、誰も信用しないぞ」
「そんな」
「妹の病気を治したいんだろ?今の給金じゃ妹を治す薬代は出せないぞ。それを俺が出してやっているんだ。それを忘れるなよ」
「なるほど、よくわかりました」
物陰から現れるヴェノム。
「誰だ!」
「名乗るほどのものではございません」
「おい!衛兵を連れて来い!不審者だ!」
辺境伯屋敷。
「その者が不審者か」
辺境伯の元にヴェノムを連行した男が、誇らしげに答える。
「はい、兄上。屋敷の裏庭で捕えました」
「して、お前はそこで何をしていた」
「え、いや何もしていないですが」
「トリートを連れてか」
「たまたまそこで会っただけです。別に連れていたわけでは。それよりこの不審者をすぐに死刑にしなくてはなりません」
「いきなり死罪はないだろう。それにその者は私の客だ」
「え?客?」
「ああ、大事な客だ。失礼のないようにな」
「そんな!聞いてませんよ」
「そんなことはないだろう。してヴェノムよ。何があった」
一応ヴェノムは謙って辺境伯と話をする。
「はい、これは言ってもよいか迷うところですが。弟君の名誉にも係わりますので」
「構わん、言ってくれ」
「盗み聞きしたわけではないのですが、弟君は占いで辺境拍様に悪い運命が迫っていることを知り、それを取り除こうとしていた、ということらしいのです」
「なんと!私にそのようなことが起きていたのか!誠か」
慌てて辺境伯の弟が答える。
「は、はい。著名な占い師にたまたま占ってもらったところ、そのようなことを言われまして」
「して、その占い師は今どこに」
「えっと、すでに辺境伯領を出て、今はどこにいるのかわかりません」
「それで運命を変える薬を占い師に煎じさせたそうです」
ヴェノムが説明を加える。
「なんと占い師にそんなことができるのか!」
「は、はい。その占い師は運命をよくすることもできることで有名で。かなり高額でしたが兄上のためと思い、特別に薬を用意させました」
「ただ、悪い運命が迫っているなど領内で知られてはまずいと思ったそうで、こっそりその薬を混ぜさせたそうです」
「こっそり?」
辺境伯の目つきが一気に鋭くなる。
「い、いえ、相談しようかとも思ったのですが、余計な心配をかけるのも悪いと思いましたので」
「食事に混ぜるなど、よくそんなことができたな」
辺境伯の疑問にすかさずヴェノムが答える。
「はい、あの給仕を脅していたようです」
「脅すなんて!き、協力してもらっていたのです」
「そうなのか?」
トリートは目を伏せて何も言わない。
「まあいい。これからは食事に何か混ぜるなどしないように」
「そ、そうですね。申し訳ございません」
「それと私は悪い運命になど負けない。安心してくれ」
「はい…」
「辺境伯様、その薬は大層高額だったそうです。使わないのは勿体ないのでは」
「そうだな、弟が飲めばいいだろう」
「え!い、いや、私には悪い運命はないようですので」
「その薬はあるか」
「はい。こちらに」
すでにトリートが用意していた。
「なんでそんなに残ってるんだ!全然減ってないじゃないか」
「辺境伯様。こちらはヒ素という毒に似てますね」
「ほう、ヒ素か」
「何を言うお前!これは運命をよくする妙薬だ!」
「はい、ヒ素はちょっと飲んだだけではからだに影響はでませんが、その毒素はからだに溜まっていき最終的には命を奪うという恐ろしい毒です」
「流石は毒使い。詳しいな」
「毒使い?」
「ああ、客人のヴェノムは毒の専門家だ」
「何故そんな怪しい奴のいうことなんか信じるのですか!」
「ヴェノムよ、少しではなくたくさん飲んだらどうなる」
「それはすぐに効果がでます。まず呼吸困難になり、体の中から出血して死に至ります」
「怖いな」
「毒ですから」
「占い師の妙薬が毒でなくてよかった。弟よ、私はいいからお前が飲め」
「え?では後でいただきます」
「いやいや、ここで飲め。もしかしたら運命がよくなる者を目の前で見られるかもしれないからな」
「いえ、ここでは」
「飲めぬのか」
「急にお腹が痛く…」
「おお!悪い運命かもしれぬ。早く飲め」
しばらく後。
「ヴェノムよ。お前の言う通りになったな。世話になった」
「いえいえ。給仕姉妹を見逃していただきありがとうございます」
「お前の臨んだ褒美だからな」
「それにしてもあんな幼い子供にヒ素を飲ませるなんて、酷いことしますね」
「それを治すと嘘までいって脅していたとは、自分の身内とはいえ恥ずかしい限りだ」
「ではこれでお役御免ということでよろしいでしょうか」
「ああ、別に今回の礼金を用意させた、遠慮なく持って行ってくれ」
「はい、口止め料としていただいておきます」
他言するつもりはないが、一応こう言っておけばわかってくれるだろう。
「ところでヴェノムよ。お前なら暗殺など容易いのだろうな」
「はい、やったことないですけど多分。誰か殺りますか?」
「いや、聞いてみただけだ」
「私の故郷の諺にこんなのがあります。『人を呪わば穴二つ』」
「ほう、どういう意味だね」
「穴は墓穴のことです。一つは呪った先、もう一つは」
「もう一つは」
「呪った自分です」
「なるほど。深いな」
「なので私のことは狙わないでください」
「おいおい、そんなことはせんよ」
「もちろん辺境伯様のことは信用しています。ですので吹聴しないように気を付けてください」
「ああ、そうだな。家の者にも言っておこう」
「ありがとうございます。でも辺境伯様が困っていたら助けにきますから」
「それは助かるな」
帰りの馬車は辺境伯が用意してくれた。
「お姉ちゃん、どこ行くの?」
トリート姉妹と共に。
「お引越しよ」
「お姉ちゃん、クビになっちゃったの?アタシが働いてないから?」
「違うのよ。新しいご主人様が出来たのよ」
「このおじさん?」
「おじさんじゃないわよ、ヴェノム様よ」
「ヴェノムさま、お姉ちゃんをよろしくお願いいたします。捨てないでください」
トリートの妹ジストがかわいく頭を下げる。
「ちょ、ヴェノム様はやめてもらえないかな」
「駄目でしょうか」
「いや、貴族じゃないし、様って柄じゃないし」
「でも命の恩人です。一生お仕えします!」
知っている人間は限られているがこのまま辺境伯家に仕えるのは本人もいづらいだろうということになり、結構な退職金をもらいトリートは辺境伯家を辞めることになった。
のだが何故か俺に仕えることになった。
退職金もいらないといったらしい。
「とにかくヴェノム様は禁止!」
「かしこまりました。ご主人様ならよろしいでしょうか」
「ま、まあそれくらいなら」
「ありがとうございます。それと私まだ辺境伯様からのお手付きはございませんので」
もじもじするな!
「いや、そういうのはお互いの気持ちというか」
「気持ちでしたらいつでも大丈夫です!」
「わかったから!」
「ただ、妹はまだ」
「手出さないから!」
「ありがとうございます!ご主人様」
住むとこどうしようかな。




