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婚約破棄?まずは語り合いましょう 〜真実は拳に宿る〜  作者: 山田りく
1章 真実は拳に宿る

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第11話:迷ったら拳で語り合いましょう


 お父様とお母様から授かった、グロースター公爵家の教えの中で、私が何よりも大切にしている言葉があります。


『言葉は、時に人の心を惑わせる。されど、一点の曇りなき拳は、決して嘘をつかない』


 人は、どれほど気高く着飾っていても、言葉という道具を使うと、ついつい本心を隠したり、小さな誤解からすれ違ってしまったりするものですわ。ですから、人間関係に迷いが生じたとき、お互いの魂を最速で、最も深く擦り合わせるための手段こそが、基本に忠実な右ストレート。これこそが、我が家に代々伝わる真の「令嬢教育」であり、淑女としての最高のコミュニケーションツールなのです。


 ……ですが、本当のことを少しだけ打ち明けてもよろしいかしら。


 本当は……一度でいいから、殿下に「好きです」と言葉で伝えていただきたかったのですわ。


 少女小説に出てくるような、手を繋いでバラの庭園を歩き、お互いの瞳を見つめ合って甘い愛の言葉を囁き合う……。そんな、ごく普通の女の子が夢見るような綺麗なシチューションに、私も夜な夜な胸をときめかせ、ベッドの中で枕を抱きしめることだってありましたの。


 けれど、殿下はとてもシャイで、私に負けないくらい不器用なお方。


 私たちの間には、いつも少しの照れ隠しと、小さな言葉のすれ違いばかりが積み重なってしまいました。だからこそ、先日の大夜会で殿下が私の前に立ち塞がったとき、私は悲しむ代わりに、ドレスの裾を払い、裸足になって拳を構えました。


 言葉での告白が叶わないのなら、殿下のすべてを、その魂の重さを、拳を通じて直接感じ取りたかった。あれは私にとっても大好きな殿下への、精一杯の「我が儘」であり、甘えでもありましたの。


 飛び出してきたガルク様の拳からは、近衛騎士としての国を護る責任感と、殿下へのどこまでも真っ直ぐな忠誠心が。


 天才魔術師レオン様の術式からは、世界の心理を解き明かそうとする気高き探究心が。


 暗殺術を操るキルア様のバックハンドからは、裏の世界で生きる者の冷徹な計算と、仲間を想うがゆえの抑えきれない熱い執念が。


 どの方のわざも、本当に素晴かった。ぶつかり合うたびに、彼らの男らしい鼓動が私の掌へとドクドクと流れ込んできて、私は乙女として胸がキュンと熱くなるのを禁じ得ませんでしたわ。王宮の壁がほんの少しだけ丸くくり抜かれてしまいましたが、それは彼らの放った魂の熱量が、あまりにも眩しかったからに他なりません。


 そして、エドワルド殿下が命を懸けて放った最終奥義【天焦がす極炎の覇王】。


 あの美しく、世界を焼き尽くすほどの猛烈な炎を見た瞬間、私は「まあ……!」と、頬を赤らめてしまいましたわ。ああ、殿下はこんなにも私のことを真剣に、情熱的に求めておいでなのだと。これほど熱烈なプロポーズ、乙女として全力で応えなければ失礼というもの。


 ですから私は魔力をすべて捨て、我が家の誇る基本の右ストレート【無想・一貫】で、殿下の愛の炎を綺麗に真っ二つに割らせていただきました。


 膝をついた殿下の顎先で拳を止めたとき、殿下の魂から伝わってきた「完敗の清々しさ」と、私の拳を見上げる切なげな瞳。


 ああ、あれこそが、言葉の壁を越えた、私と殿下だけの真の愛の誓い(メモリー)というものですわね。


 その後に、令嬢教育を受けてこなかったマリア様が、私の筆頭侍女の手ほどきを受けて、みるみるうちに綺麗なフットワークを身に付けていく姿も、実にかわいらしいものでした。


 マリア様が自らの生き様を乗せて放った、静かな、けれど芯の通った『トン』という最初の一撃。私のガードの真ん中に当たったその瞬間、彼女のこれまでの孤独と、これから一人で立って生きていくという気高き覚悟が、私にしっかりと届きましたわ。


 だからこそ、私も彼女のこれからの成長を祝して、最高の慈愛と歓迎を込めたカウンター『パス』をお贈りいたしました。


 外傷は1ミリもございませんのに、マリア様は私の拳に宿る深い愛を感じ取って、ボロボロと美しい涙を流して号泣してくださいました。


「心が痛いです、お姉様!」と。


 ああ、なんて純粋で、愛らしい少女なのでしょう。これで私も、念願の可愛い妹ができたのですわ!  女の子同士で拳を合わせ、お互いの筋肉の収縮を感じ取るなんて、これほど素敵なガールズトークが他にあるかしら。


 殿下は床で何かを絶叫しておいででしたが、最後にマリア様と私の二人で、完璧に揃った優雅なカーテシーをして「ごきげんよう」と微笑み合えたあの瞬間、あの夜会はこれ以上ないほど甘酸っぱい大団円を迎えたのだと確信いたしました。


 翌朝、国王陛下へのご報告の際、陛下が少し無粋な妄想(2人を王妃候補に、などという男の都合)を口にされたときも、お義母様(王妃エレノア様)がすっと動かれました。


 お義母様の放った、無音の、しかし究極の慈愛が込もった静かな一撃『トツ』。


 言葉で叱るよりも早く、陛下の迷いを一瞬で物理的に沈黙(気絶)させたあの美しい右フックの軌道は、まさに私が目指すべき、真の淑女の至高の領域。私もまだまだ、女磨き(鍛錬)が足りませんわね。


 ……そして今


 私は、グロースター公爵邸の、バラが美しく咲き誇る庭園のテーブルに座っております。


「お姉様、次は右フックの腰の回し方を教えてください!  お姉様みたいに、もっと綺麗に風を切りたいです!」


 ピンク色の可愛らしいドレスの袖をキリッと捲り上げ、白い裸足で芝生を踏みしめながら、マリア様が目を輝かせて拳を構えています。そのフォームには、もうかつての弱気な男爵令嬢の面影はありません。一人の気高き淑女としての、美しい輝きが宿っています。


「ええ、いいですわよ。ですがマリア、その前に、せっかく淹れた紅茶が冷めてしまいますわ。まずは温かいおかわりをいただきましょう。女の子はお腹を冷やしてはいけませんからね」


「はい!  お姉様!」


 マリア様は嬉しそうに微笑み、私の隣の席へと腰掛けました。マカロンを半分こにしながら、次のスパーリングの約束をする。なんて幸せな姉妹の時間(ティータイム)なのでしょう。


 半壊した王宮の修繕費に頭を抱える国王陛下も、

「貢ぎ物」として最高級のバンテージを持参し、国境付近の軍隊をすべて撤退させて全面降伏を誓ってきた、隣国の武闘派皇子カイル様も。


 今の私たちには、もう何の関係もございません。


 そして――庭園の隅で、私たちのためにプロテインのボトルを持ち、タイマーを片手にタイムキーパーをしながら、すっかり背中を丸めているエドワルド殿下。


 殿下は、ご自身を「不憫な荷物持ち」だと思っておいでかもしれません。


 けれど、私の目は誤魔化せませんわ。


 殿下がプロテインをシェイクするその手首のスナップ。


 タイマーを叩くその指先の、一分の無駄もないキレ。


 そして、私たちが特訓をしている間、殿下が影で、私の見ていないところで、掌が血に染まるほど泥臭く、何度も何度も拳を握り直して基礎のサンドバッグ打ちを繰り返していることを、私はちゃんと知っています。


 あの大夜会での完敗を経て、殿下は腐るどころか、私に追いつくために、私をその手で本当の意味で護るために、確実に、昨日よりも今日、強くなろうとしておいでなのです。


 先ほど一瞬だけ殿下の腕の筋肉の収縮が見えましたが、あの大夜会のときよりも、遥かに『芯』の通った強固なものへと成長を遂げておいででした。


 ああ、本当に愛おしいお方。


 貴方がいつか、言葉の代わりに、あの夜を遥かに超える完璧な右ストレートで、私のこの心をもう一度射抜いてくださるその日を……私は、ずっとずっと、一途にお待ちしておりますわ。


 人と人が生きていく中で、すれ違いや誤解、悩みや迷いは、どうしても生まれてしまうものですわ。言葉で飾れば飾るほど、心は遠く離れてしまうこともあるでしょう。


 ですが、そんなときは、どうか恐れないで。


 ドレスの裾を払い、ヒールを脱ぎ捨て、裸足になって、床にしっかりと根を張るのです。



 皆様も、人間関係に迷ったら、まずはこぶしで語り合いましょう。



 そうすれば、世界はきっと、今よりもずっと優しく、真っ直ぐに愛し合えるはずですわ。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 私たちは顔を見合わせ、フッと、慈愛に満ちた完璧な微笑みを浮かべ合い、最高に優雅なカーテシーで、この物語を締めくくるのでした。


(婚約破棄?まずは語り合いましょう 完)

続きの構想はありますがまだ固まっていません。

一応、キリが良いので一旦完結します。


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