表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の例外プロトコル  作者: 白鶴
第2編 断裂
PR
21/22

第12章 コンテキストスイッチ / 01

夜の会議室での騒動、その翌日。

朝の静けさが満ちる中で、環は、自室のベッドに腰をかけて、スマートフォンと睨めっこをしていた。

『急で申し訳ありませんが、本日、所用のためお休みをいただきます』

その画面には、上司への連絡チャットが、未送信のまま表示されている。


昨日、あんなことがあったばかりだが、目覚めてみると、意外にも体調に問題はなかった。

カーテンの隙間から差し込む、柔らかい陽光。今日は天気もいい。

壁時計をちらりと見る。今から支度をして出発すれば、まだ出社に間に合う時間。


環は目を閉じ、昨日の千草の言葉を反芻した。


――『来ない選択も、許容されます』


気づけば、指は送信ボタンを押していた。しばらく待っていると、上司から承諾の返信があった。

それを確認した後、一応、千草にも同様の連絡を入れる。

こちらもすぐに、『了解しました』という簡潔なメッセージが返ってきた。


休みの連絡を終え、息をゆっくりと吐き出す。

すっかり力の抜けた環は、そのままベッドの上に仰向けに倒れこんだ。

両腕を広げ、天井をぼんやりと眺める。

躊躇した時間は長かった割に、意外にも、罪悪感は感じていない。その代わり、落ち着かない静けさを感じる。


――これから一日、どう過ごそうか。


環は、ごろりと横向きに寝転がると、再びスマートフォンを眺めた。

昨夜見ていた地図アプリは、開きっぱなしの状態。拡大された、白猫の画像もそのままだ。

公園の詳細な場所を確認する。会社から、歩いてほんの数分。


「………」


環は、再び、ゆっくりと起き上がる。

着替えの準備をするため、クローゼットに向かった。



◇◇◇



目的の公園は、人がほとんど居らず、とても静かだった。

遊具の類は、特に設置されていない。ベンチと木々が並ぶだけの、本当に小さな公園だった。

今の会社に勤め始めて随分経つが、すぐ近くにこんな場所があることを、環は全く知らなかった。


駅から歩き続けた足を休めるため、環は公園に入るなりすぐに、隅にあるベンチに腰かける。

少し経ったら、とりあえず周囲を一周して、猫を探してみよう。

そんな風に考えながら、遠くの木々の間で日光がきらきらと揺れる様を、じっと見つめていた。


「その杖、あそこの会社の人だよね?」


だが、しばらくそうしてぼんやり過ごしていると、突然、横から声をかけられる。

驚いた環が声の方を振り向くと、見知らぬ男性と目が合った。

いつの間にか、隣のベンチに座っていたようだ。


「……はい、そうですが。ええと、すみません。どこかでお会いしましたか」


少し警戒心の籠った環の返答に、男性は、目を細めて穏やかそうに笑った。

その笑顔は、どこか幼い少年のようにも見えた。


「ああ、突然話しかけてごめんね。僕も出勤するとき、あの会社の前を通るんだ。そこであなたをよく見かけるから」


その説明に、環が「ああ…」と納得の声を上げる。

環の緊張が緩んだ気配を察したのか、男性は、更に話しかけた。


「この公園には、よく来るの?」

「いいえ、初めてです」

「そうだったんだ。僕は、息抜きでたまに来てるよ。ここ、いつも人が少なくて、静かで…意外と穴場なんだよ」


その情報を耳にして、環は、はっと男性を振り返った。


「あの、すみません。この公園、白猫ってよく見かけますか?」


目を見つめ、はっきりとした口調で尋ねる。

突然の環の質問に、男性は一瞬、きょとんとして黙り込んだ。

しかしすぐに心当たりを見つけたようで、顎に手を添えながら、再び口を開いた。


「白猫…ああ、あの子かなあ。この辺じゃ、有名な子だよ。いつも、あの辺りに居るはずなんだけど」


そう言って、公園の隅にある木陰を指差す。


「でも、決まった時間になると、必ずどこかに行くんだ。……待ってる人が居るみたいでさ」


男性は、悪戯っぽく、喉を鳴らして笑った。


「待ってる人…?」

「さあねえ。実際、人かどうかも分からないんだ。でも、動物ってあまり意味の無いことをしないからね」


男性はしばらく目を伏せて、肩をすくめていたが、ふいに視線を上げた。

足に肘を置き、うっすらと唇に弧を描きながら、先ほど指差した木陰をじっと見つめる。


「そろそろじゃないかな」


男性がそう告げてから、ほんの数秒程度だろうか。

ちょうど環が見つめていた木陰の隙間から、見覚えのある白い塊が、ぽてぽてと姿を現した。


「あっ…!」


思わず声を上げ、立ち上がる。

猫は、公園の出口を抜けると、迷いの無い足取りで、道の先へ進んでいった。

その後ろ姿を見失うまいと、視線を外さないまま、脇に置いていた杖を慌てて手探りで掴む。

環は、気づけばそのまま、導かれるように猫の後を追いかけていた。

次回更新は6/19(金) 20時の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ