第6章 外部入力 / 01
その電話は、いつもと変わらない勤務日の午前中にやってきた。
「もしもし、システム運用サポート部、長谷川です。……ああ…はい…ええ?」
最初にその電話を受けたのは、システム運用サポート部の課長である長谷川だった。
始めこそ、ごく普段通りの対応だった。だが話が進むにつれ、みるみる怪訝な顔になり、声色には困惑が滲んでいく。
それが、通常の業務連絡の類ではないことは、明らかだった。
「月村、ちょっといいか」
やがて数分ほど話を続けたところで、課長が声を張り上げて、少し離れた席にいる環を呼ぶ。
環はすぐに「はい」と返事をして席を立ち、課長のデスクまで足を運んだ。
課長は、目の前まで来た環に、今しがたの電話が繋がったままの受話器を差し出した。
「総務部からだ。今、会社の前にお前指名で来客があるらしい。ひとまず電話を繋ぐとのことだ、一度出てくれ」
「私指名…?取引先のどなたかでしょうか?」
「いや…それが、よく分からないみたいでな…」
環の問いに、課長は眉根を寄せながら、歯切れ悪く答える。
「よく分からない…?」
課長のその態度に、環は若干の不信感を募らせた。
恐る恐る受話器を受け取り、耳に当てる。無意識に唾を飲み込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「はい、もしもし」
『……月村環さん、ですか?』
いきなり名前を聞かれる。
落ち着いた男性の声だったが、環はその声に全く心当たりが無かった。
にもかかわらず既に名前を知られている事実に、一層の警戒心を抱きながら、環は尚も慎重に答えた。
「ええ、そうですが…」
環は静かに肯定を示す。
その瞬間、電話の向こうの人物の様子が、明らかに変わった。
『ああ…!』
声のトーンが大きく跳ね上がり、僅かに震えも混じっていて――ひどく興奮したような。
環は、背筋にヒヤリとしたものが走るのを感じた。
「…あの、申し訳ありません。恐れ入りますが、どちら様でいらっしゃいますか」
『…そうですね、失礼しました。お忙しい中恐縮なのですが、自己紹介も含め、一度お会いできないでしょうか』
「………」
明らかに不審そうに声を落とした環に、電話相手は我に返ったように落ち着きを取り戻した。
面会の申し出に、環は返答に迷い、一瞬黙り込んだ。
だが、既に相手は会社前まで来てしまっていると言う。このまま拒否するのも躊躇われた。
「…承知しました。会議室をご用意しますので、少々お待ちください」
そして結局は、そう承諾の旨を告げる。
電話の向こうで『ありがとうございます』という返事が聞こえたのを確認して、環は静かに受話器を置いた。
「…知り合いか?」
「いえ、分かりません。私も心当たりが無く…。とりあえず、一度お会いしてみます」
そう答えながら、環は、抑えきれない不安に胸中をじわじわと支配されていた。
電話を切ってから、今一度記憶を探ったが、やはり声の持ち主の正体に辿り着くことはできそうにない。
手のひらに、自然と力が入る。
「私も同席します」
その時、いつから話を聞いていたのか不明だが、背後から千草がそう声をかけてきた。
環は、突然話しかけられたことと、その内容、両方に対して驚き、目を丸くした。
「素性が分からない相手と二人きりになるのは、リスクが高いです」
「え、でも…」
「…いや、いい。何かあってからでは遅い。千草にも居てもらえ」
真剣な表情で、千草の申し出に賛同する課長。
更に「何かあればすぐに声をかけろ」と若干緊張した調子で警告をして、それに環と千草は頷きを返す。
「じゃあ、千草くん。悪いけど、お願いするね…」
「承知しました」
会議室に向かう道中、そんなやりとりをしながら、環は今回ばかりは千草の同行に心から安堵していた。
次回更新は4/25(土) 20時の予定です。




