魚目燕石
──此奴らは一体何者なのだ?
日置が遠巻きに見るその二人は凡そ、下村と新家の本人達にはとても、似ても似つかぬ面構えをしている。
だが山岡鉄舟から聞いた限り、いや確かに一人は下村に近い程の大男には違いない。
伝通院に召集された二百を超える浪士達の中に今、日置正三郎は居た。
想定以上の参加者に清河八郎ら元虎尾会の浪士組幹部級員がここ伝通院に集会場所を移し京都への出立を遅らせた為、日置もこの群れの参加に間に合う事が出来たのだ。
然し──
そこ此処には、日置も水戸から二年ぶりの再会となるはずの下村と新家の二人の姿は無く、変わりにまるで山賊のように粗雑な風貌の大男に、それに付き添うように小男が一人側にいる。
「芹沢鴨……ああ、それなら一目で分かりますよ。某も体躯には自身がありますが、あれは更に一回り大きかったですから」
「今、境内に居られますか?」
「居るでしょう、なかなか目立つ男です。新見というのもその側にいるはずですよ」
そう言って参加者名簿を取っていた山岡から話しを聞きつけると、挨拶も短く日置は直ぐに皆が集う境内へと向かった。
院の中でざわめく浪士達の群れだが、腕に覚えのある道場主や剣客のみに非ず、前科者や六方者も混ざる『何でも御座れ』の集団だった。話しによると当初、名のある者だけを選別しようとしたようだが御用金の宛が幕府から得られると、その方針を一変して今の形になったらしい。
──これは直ぐに水戸へは帰れそうにないな。
日置の知れぬこの芹沢と新見に接触する為には今暫く、此等の身辺を探る必要がある。
きな臭い、という言葉はまさに言い得て妙であった。
清河が率いた浪士組が隊割振りを行うや、芹沢は三番隊芹沢組頭、新見は三番隊新見組頭となる。そしてこの上洛の途中でさえ芹沢に至っては浪士組取締役に抜擢という、これは彼らを知る日置からすればあまりの違和感だ。
三番隊新見組に配属された日置には東海道を進む最中慎重な立ち回りが要求された。直接、芹沢や新見に接触することは避けたかったが折に触れて、芹沢組の隊員となった元水戸藩士の野口健司と試衛館出自の山南敬助とは道中で親しくなっていた。
「山南さんも志木さんも、ご機嫌宜しいか」
野口は神道無念流の目録で水戸の出でもあり、その辺りの擦り合わせで芹沢組に組み込まれたらしい。
「野口君も志木君もお変わりなく、新見組の方はどうです?」
「どう、と言われましても……此処では私に知り合いも何もありませんから」
ははと野口が愛想良く笑う。
「志木さん、よく独りでに上総から出てきましたね。この時勢では心細いでしょう」
「ええまあ……皆さんはもう派閥を作っておられるようですが」
その目でまず芹沢を追う。
芹沢は清河と周囲を囲う浪士組の幹部級を一纏めにした一番隊の面々と何やら談合している。
日置の目線で山南も察したらしい。
「私達の組の芹沢さんは水戸藩与力だったそうで、清河さんもあの人のことは周知のようですね」
「野口さんも水戸でしたな」
少し気不味そうにする野口。
「実は僕も芹沢さんは天狗党の幹部級だったことは水戸でも耳にしていましたが、面識自体は始めてでしたよ」
それはそうだ。
動乱の発端を水戸が起こしてから、芹沢も新見も天狗党として暗躍し藩内に留まる事がそれ程なかった。
江戸の大千葉道場に居た清河もそれは同じ、と思われたが芹沢は直ぐに隊長格の扱いからまして、上洛間近にして浪士組取締役である。
「それにしては随分と清河さんは芹沢さんを買いましたね」
日置が言うと野口がまあまあとまるで宥めるような手振りをする。
然しこれとは山南は少し違ったようで、
「芹沢さんの加盟していた天狗党と、清河さん身辺の虎尾会と、どちらも尊攘派の運動をしている事で有名でしたが……?」
──詳しいな、いや切れ者なのか。
北辰一刀流の皆伝だとも聞いたこの山南敬助。少々危険かもしれない。
その試衛館の盟主にして天然理心流の宗家・近藤勇という者が、あの芹沢組の内に自ら引き連れた門弟達と共にしていると日置も山南から聞いている。
近藤一派と、これは芹沢組にしてそこには非ずといった雰囲気を見た。
そしてこの山南、
日置と同じように本来『尊攘派』としての徒党だったこれらが今回、家茂公の上洛に伴いそれを警護する浪士組という群れを清河が作ったこと自体に疑問を抱いている様だった。
大千葉出自の山南は清河とも面識があり、他の者に比べれば俄然、清河とは親しい。
──白井様が言っていたことは真なのかもしれん。
少なくともあの偽の芹沢と清河の思惑が傍から見ても合致していることは間違いない。
「志木さんも芹沢さんに少し挨拶してみては?」
野口が言うが「いえ、私などは」と謙遜した風を装うが、本音は上洛まで芹沢と清河の動向を末端から窺い白井に文を送る必要があると思っていた。
日置が志木左近と名を改めたのは伝通院での徴集の際に筆記をしていた山岡鉄舟にそう名乗ったからだ。
「それでは、ご出身とお名前をお伺いできますかな?」
そう言えば決めていなかった、と日置。
基より此処で『水戸の出自』というのも躊躇われたが、同時に藩元の白井常胤と連絡を取り交わす際に自身が日置正三郎であると伝わらなくてはならない。
──日置、日置、では少々安直か?
一瞬迷ったが、
「志木左近、上総の出で農家ですが」
「左近?」
山岡が一瞬きょとんとするが直ぐにその表情がほぐれ、
「いえいえ結構ですよ『そういった者』は此処には多くいますから」
あっさり変名である事を見抜かれたが、それ以上には余計な詮索をして来なかった。
今や前科者や訳ありも束ねる浪士組に日置のような者が一人二人増えたところで支障にすらならぬ群れである。
「但し…」
「?」
「これから先、ご自身でお名前をお間違えならないように」
境内で芹沢を探したのはこの後の事である。
凡そ二週間を用して二百を超える大隊が東海道五十三次を渡り上洛を為すと、まず新徳寺へ集められ各々の宿割りがされた。
清河は越前藩主・松平春嶽を介し赦免復権を得ていた為、近隣の寺院や農家を法的に『押し借り』し半ば強引に屯集先を斡旋したのだ。都合を詳しく知らぬ者からすれば事前に決まっていた宿のようにも見えたが実際にはそうではない。
これには志木や山南のような一部の切れ者からすればややともする清河の暴挙に捉え、最早この中核にいた芹沢などはにたにたと汚い笑みを浮かべながら新徳寺の壇に立ち他の虎尾会面々と共にその肩を並べていた。
──何かある。
京都初日をこのまま解散、というわけではなさそうだった。
真打ちを気取って、ようやく清河が皆の前に姿を表し演説の為かその中央へと立つ。
見た目は紛うことない名士、その側には幕臣となる山岡鉄舟と虎尾会一同、そして不釣り合いにも粗雑でこと大柄な風貌の芹沢鴨と名乗る男も側に並ぶ。
「皆、長旅ご苦労であった。これよりわれら浪士組は天意に奉じこの京を護る尽忠報国の士となるわけだが……」
「?」
何やら清河の言っている事がよく分からない。
殆どの者がそうであった。
「我らの碧血は無論、この国を護る為に流れるべきだが、将軍が大君との攘夷を約束されるその助けとなり剣を振るう為今宵、此処へ集まったということを間違えてはならない」
そうなのか?
群れの中には当然、時勢を把握していない農村部の人間や前科の赦免を講じたく挙兵した元罪人等もいる。清河が何やら難しい事を言っているが要約すれば「尊攘の目的で集められた」とそう解釈する他なかった。
──なるほど、そういうことか。
この群衆の中、ちらと志木が山南に目を向けると思わず目が合う。
山南も志木と同じ事を思ったようだ。
然しこれは虎尾会の中で言っても半数のようで、山岡などは目を丸くし唖然としている。
「山岡さんは清河の懐を知らぬというのに……あの芹沢は奴に懐柔されているのか……」
これがこの浪士組の本性だった。
よくよく考えて見れば私党である虎尾会と芹沢の天狗党が元から尊攘運動を目的としていた集団で、事前に媒体先の組織を知っていればこの流れにはそもそも合点がいった。
要は皆、騙されたのだ。
期間で言えば家茂公が朝廷と談議し、その間に中央政局の近隣で謀反が起きぬよう警戒する目的であったが『あまりにも割が良すぎる』という給金と赦免政策だった。
皆が清河の撒いた餌に飛び付き、この京都に連れられたが、然しいざ現地に着いてみれば攘夷を断行しなけばこの遠征の地で禄も宛も無く、扱いを放置されるだけだ。
そんなはずではなかった、とにわかに境内がざわつく。
「幕府の敵とはならぬか?」
このざわめきの中で誰かが言った。だが、
「ならぬ」
清河がはっきりと、
「天子から攘夷の勅諚を賜わっている。我らは暦とした尊攘の士である」
「馬鹿な…」
根回しが早い。
いやこの京都に着く前から既にお膳立てされていたのか。上手く江戸幕府からは御用金をせしめ、上洛を成せば朝廷の後光に肖り、まして幕府政事総裁職の松平春嶽から急務三策を得た。
「何か不服があれば、明日にでもこの旅路を戻られるがよかろう」
「そ、それは……」
全員が上手く丸め込まれている。
そしてその側では芹沢が醜悪な笑みを浮かべながら、あろう事かあの下村嗣治が愛用していた大鉄扇で飄々と扇ぐ様を魅せる。
「……あの鉄扇は……っ!」
やはり此奴は下村と接触をしていた。
そしてどういう訳か、恐らく下村はもうこの世には居ないのだろう。変わりにこの男が芹沢鴨にすげ変わり、水戸藩士与力としての立場と天狗党の大義を悪用し清河に接近している。
それを知ってか知らぬか、清河の立ち回りと芹沢の思惑が交わる所に志木達がいるのだ。
奴を討たねばなるまい──
然し清河の動向によっては事が大きい。浪士組に潜伏しながらその好機を待つより他、今は無いように志木には思われた。
到底、志しある者の集団とは言えなかった浪士組だが、
「我々は京都に残る」
言い出したのは天然理心流宗家にして試衛館盟主の近藤勇であった。
三日目に行われた新徳寺での集会の際にこの押し問答が起こった。これには周囲の浪士達も思いがけず驚く。
「ふむ」
然し清河の不遜とした態度は相変わらず。
回りがざわめく程にはあまり意に介していない、というよりどちらかと言えば清河側の方が確かに道理に適わぬところではあった。
浪士組が上洛した直ぐ翌日に幕府からの帰還命令が届いていたのである。
当然、これには無視を決め込んだ清河だったが三日目に届いた被仰出にてこの清河の考えがよもや一変する。
──江戸湾に英国艦が一隻停泊している。
実は前年に東海道で薩摩が起こした攘夷「生麦事件」の損害賠償の請求に英国が幕府へ詰め寄っていた。そしてこの事を皮切りにして、浪士組へは一日目に京都での活動を中止し江戸に帰還しろと命令した幕府は、なんと三日目にはこの江戸湾に停泊する英国艦を監視する目的のつまり攘夷の為に江戸へ戻れと言葉を変えてきたのだ。
誰もが幕府の命などに清河は応じない、そう思っていた。
「尊王攘夷を掲げてこそ、この浪士組の尽忠報国は成されよう。我々は江戸へ戻る」
あっさりと掌を返すのである。
否、元々清河はこの大隊を連れて長くは京都へ滞在するつもりが毛頭無かったのかもしれない。
然しあまりの尻軽な頭目の言動に異を唱えたのが武州多摩の近藤勇だった。
「清河殿、それはあまりにも傲慢ではないか。只でさえ当初の目的も違い我らは集められた」
「何も違ってはいない、攘夷は天子の御意向。なれば江戸の英国艦を監視するのが今我々のすべき事だろう」
「一日目には異論があれば江戸に帰れと言い、今は京には残らないと言う。それがこの浪士組の在り方なのか?」
「近藤君、君はもう少し時勢というものを考えた方がいい」
清河の過度に他人を見下した態度に近藤は飛びかからんばかりであったが、資金運営を虎尾会が行う以上、他の誰もがこの決定には逆らわない。
そのように思われた。
「まあ待て清河さん」
意外にもこの間に入ったのは芹沢鴨だった。
この時、喉に纏わり付くような気色の悪い違和感を感じ取っていたのは、志木の他には精々試衛館の山南敬助ぐらいだったのかもしれない。
「では『近藤君』、君はこれからどうする?」
そして近藤は──
自らの一派とこの京都で残ると言った。幕府へ忠義を示した気骨のある発言にも捉えられたが、清河に従う他の者からすれば浅薄だと失笑されただろう。
どういうつもりだ?
事の成り行きを離れて窺っていた志木だが、やがて芹沢はあの鉄扇を袂から取り出すと気さくな調子で近藤の肩を軽く叩いて魅せた。
「よし、俺と新見の一組も共に京都へ残るぞ」
「……っ!?然し、それでは……」
これには近藤もだが、他の者全員も同じ様に驚く。
だが清河は少し違った。
「いいのか、芹沢さん」
「資金繰りには宛がある。それより清河さんも、帰りの道中には気を付けな」
やはり。
当然だが、気付いている。
──幕府からの伝令があまりにも早い。
浪士組が上洛してからまだ三日目足らずでこの幕勅である。端的に言って志木のような間者が数名この浪士組に紛れ込んでいることは明らかだった。
然し、それにもまして清河はこの撤収に応じたとなれば考えうる事は一つ、
浪士組を江戸と京都で分隊する構想を端から清河は持っていた。そして裏打ちを合わせていた芹沢が今、その機会だと判断したのだ。
「他の者からすれば、禄さえあれば後は何でも御座れか……」
だがこれで志木の京都の残留は決まった。
この芹沢鴨が下村嗣治に成り代わり何をしようと企んでいるのか。浪士組の末端で息を潜める志木が覗う。
桜田門外の変を主導した関鉄之介が捕らえられ斬首されるのは文久二年水無月の頃になる。
桜田十八士の半数は井伊直弼の襲撃後、薩摩を頼り京都で郡代・高橋多一郎を軸に攘夷の連鎖を行おうとしたが、薩摩は動かず高橋は孤立。その結果、幕府に追い詰められ弟子の関より先立ち自決することとなる。
天狗党が関を藩内へ匿うと、下村嗣治は政況を確認し、願わくば薩摩に再び助力を仰げないかと単身、西日本へと向かった。
だが、
「薩摩が全面封鎖、だと……!?」
四国側からも入国も出来ず二の脚を踏まされた下村は瀬戸内を再び戻り、幕府の監視も厳しくなる中、水戸街道小金宿まで蜻蛉返りをする羽目になった。
蝉時雨──
青々と草木茂り、陽射しの強まる文久元年の文月のことである。
「下村、戻ったか」
日暮家本陣へ戻った下村を出迎えたのは相棒の水戸藩与力・新家粂太郎。
一連の事件の後、水戸で彼らの上司になる御先手頭にして水戸藩旗本の白井常胤により、二人は赤沼獄舎に投獄されている、という扱いになっていた。
此処、小金宿を拠点に天狗党としての活動を暗躍し続けている。
「無駄足だった」
「見れば分かる」
新家は下村に目も合わせず「然し、何故…」一人ごちる様にぼやいた。
下村は愛用の大鉄扇を取り出すと、夏の暑さに蒸せる玄関先の上がり框へ乱暴に腰を降ろすと、徒労が癪に障るのかばさばさと風を切る音を鳴らしながらに扇ぐ。
「日和見だ、薩摩は。時勢に恐れている」
「だが斉昭公と斉彬公の事を考えれば、西郷辺りが水戸に手を貸してもおかしくはないではないか」
「いや……」
ぱちん、と鉄扇を綴じる下村が何を見るでもなく土間の向こうへ視線を配る。
玄関の軒先には夏の日が照りゆらと景色歪む。
「あれこそが、だ。久光公への政権移行が依然として藩内では上手く行っていないらしい。他藩に手を貸すのを阻害してるのは恐らく奴だ」
「なに?」
「薩摩の過激派は久光公を擁立し攘夷を『行わせたい』のが本音だろう、が主導自体は握らせたくない。と随分我儘なものよ。西郷は自らこそが斉彬公の意向を受け継いでいると盲信している」
「まったく……聞くほどに恐ろしいな、西郷の奴は。だが中央政局では相変わらず長州と土佐が暴れているのだろう?」
水戸が長州と攘夷を連携することはないのか?
行きも帰りもその脚で通ったはずだ、と新家が下村に問う。
「俺もこの形のせいで目立つからな、京は足早に抜けさせてもらったが……土佐勤王党が山内豊範公を擁立し上洛してから市中は余計に酷い有様だ『天誅』などと笑わせる」
「だが長州も天子様からの密勅を受けたろう、それに従う土佐もその意を介しているのではないか?」
「連中がやりたいのは『王政復古』だ、俺達の目指している徳川御三家による幕政改革とは趣向がまるで違う。あれは同じ攘夷ではない」
ちっ、と新家が舌打ちする。
「土佐の藩政が容堂公であれば斉昭公とも一橋派の盟友だった。今や武市半平太が参政では土佐に公武論は無いのか……」
「会津の容保公が幕府を抑えてくれたお陰で我々は幕敵にならずに済んだが、薩摩はもしかすると徳川同士で潰し合いさせたかったのかもしれん」
「馬鹿な……」
事実、桜田門外の変は水戸と幕府が戦争しかねない程の一大事であったが、この仲裁に入ったのが同じ徳川御三家となる九代目会津藩主・松平容保公であった。
圧倒的な人格と影響力をもってこの両者を諌め、徳川同士による争いを起こさせぬよう尽力し、これを回避した。
「だが時期に、いや既に隠密の幕吏が東海道と水戸街道に展開している。関殿を水戸で匿っているのも時間の問題だぞ」
すると新家は親指を北西へ返す仕草で、
「暫くは大丈夫だ、越後に逃がしている」
「……越後、か……」
随分遠いなと下村。
夏が過ぎ後少しすれば確かに北海側方面は積雪し、あの辺りの探索は幕府もなかなか一筋縄では行かないだろう。
「ならば俺達は今暫く小金に張り、江戸の様子を窺うのが良いか」
勿論、新家もそう思っていたが──
天狗党の支援も虚しく、霜月には関の居所を幕府に探られその身柄を捕縛。水戸は関の引き渡しを赤沼獄舎への投獄で渋らせ遅延を図ったが、敢え無く江戸へ送還されると間もなく処刑されてしまうのである。
然し、それでも天狗党が小金から引き上げることはなかった。
井伊直弼が討たれた事により、安政の大獄による効力は着実にその力を失いつつあったからだ。大獄は主に公武反対派の幕臣を幕政から追いやったが、それ以外には徳川慶喜を十四代将軍へ推した一橋派の盟君達も同様である。
関の斬首から二ヶ月目、薩摩が生麦事件を起こすと水戸は小金の警備を強化し京都の動きに備えていた。攘夷の火種はいよいよ中央政局に向けて激化しようとしている最中にある。
年が明け、間もなくの頃だった。
「虎尾会の清河八郎から、檄文……?」
天狗党の二人に向けてそれは届けられた。
然しその文はこの頃、清河が各所へ届けた将軍警護の為の挙兵という目的からは凡そ違う趣旨が記された内々の密書であった。
天狗党の、こと下村嗣治に対し専用に認められた攘夷の策である。
「下村、どうする?」
それを先に読んだ新家が聞く。
虎尾会は元々、横浜の英国大使館焼き討ち計画を調略していた経緯がありこれを幕府に感知され一次的に解体させられたが今再び、清河八郎を創設者として再結成されたのだ。
しかも大使館焼きに関してはその策を長州に渡し、久坂玄瑞や高杉晋作ら名だたる長州の過激派が後にそれを実行した。
「悪くない」
「然し、白井様はこれを何と言うか?」
ふむと下村。
将軍警護と京都での攘夷の二面性を両立した清河の策には、水戸藩士ならではの徳川御三家を意識した立ち回りがある。
収集された他の者達は状況も分からず水戸に加担させられるとあって恐らくこれを受け入れ難いだろうが、首脳部でこれを纏め資金繰りを確保していれば隊内で謀反も起きないだろうという構想はある程度予測出来た。
「京都守護職には松平容保公が昨年に就いた。確かに水戸が京に介入するならば協力を仰げる今が好機かもしれん」
「この策に乗るか?関殿の事があるが……」
水戸が反幕者に成り兼ねないか?
新家の心配は最もだ。
「もしかすると白井様は良しとせんかもしれん……新家、お前は先に出たように見せて隣りの松戸宿で俺の合流を待て」
「此処に居るよりは良いか……」
「白井様には俺が攘夷を濁して伝えよう。清河殿の略歴からすると直ぐ勘付くかもしれんが、江戸に出るまでの時間を稼げれば…な」
かくして、下村より先に出立した新家だったが赤沼獄舎への投獄を偽装していることもあり、白井への通達も存外には出来なかった。
水戸街道を小金から一つ上り松戸宿へ入った新家へは、今暫くの猶予が与えられた。
「江戸に入ってもよいが……」
自身の内情が天狗党であることを考えるとそれは少しばかり躊躇われた。
幕吏が、特に市中の内では他の藩士に紛れて徘徊している。
松戸の旅籠、その一室を二・三日借りるつもりでゆるりとしていた新家。
こつこつと戸を叩く音がする。
「……何用か?」
「お茶をお持ちしました」
戸を開け、盆の上に茶と饅頭を乗せた旅籠の番頭が一人入ってくる。
顔が酷く皺くちゃな老人だった。
「頼んでいないぞ」
新家が言うが、
老人は盆を畳の上に置くと、いやいやと手で頭を振った。
「我々、水戸街道沿いに住まう者達の気持ちです。水戸の御侍様でしょう?」
「む」
見ると茶は確かに緑茶であった。
この頃、お茶というものは名ばかりで農民等は大抵白湯の事を言っている。それもご丁寧に饅頭まで添えてである。
「斉昭公の事もあり世も不安な中、この水戸街道が安全に行き来出来るのは水戸の御侍様方あってのこと……我々庶民の感謝ですよ」
「……そうか」
確かに、この水戸街道沿いでは新家のような水戸者は手厚い歓迎を受けることはままあった。
この茶も、そういったものなのだろう。
「では、ご厚意に預かるとしよう」
茶を手に取り、新家が一口。
──が、
「っ!?」
喉と口内に突然、強烈な痛みが走る!
それは直ぐに胃に達し痛みは灼熱を帯び、新家は立ち上がれぬ程のまるで火の中に身体を放り込まれたかのような内側から焼け痺れる感覚に支配された。
「ト、トリカブトだとっ……!」
「へ、へっへっへ……」
小汚く嘲笑う老人。
がその表情がみるみる内に崩れ、否、文字通り顔の表面の皮膚がぽろぽろと禿落ち、その下から別の小男の新たな顔が現れた。
顔に蝋を塗り老人を装っていたのだ。
「貴方方が小金から出て来るのを、首を長くして待っておりました」
「き、貴様っ……」
突伏したままの新家だが、拳を握る力すら入らない。
「へっへ……ですが光栄に思って下さい。その毒、斉昭公を仕留めたのと同じものですから」
「公を…!?…おのれっ……!」
「達人の趣に御座候……貴方様に私めなんぞは、とてもとても歯が立ちそうにはありませんので、へへ……」
幕府の暗殺者、
桜田門外の変以降、この水戸街道から天狗党の動向を窺っていたのか。
「直ぐに下村様も後を追いますからご安心して往生して下さい」
薄れ行く意識の中新家は屈辱と、そして案じた。
日本と水戸と、天狗党と、そして下村の行く末を。
「家茂公の警護、か……」
ふむと袂で腕を組み頭を捻る白井の顔色を窺う下村。
嘘は言っていない。
「して、その清河から送られて来た文は?」
「新家に持たせ先に向かっています。俺宛に送られてきたものですから、手紙がないと彼奴も清河殿とは面識がありませんので」
「……」
逸り過ぎてはいないか?と白井の考えを読み取った下村。
清河八郎と言えば水戸でも、江戸の大千葉道場出自の北辰一刀流免許皆伝、そしてまた攘夷運動の名士その志士として藩元でも名が響いている。
桜田門外の変においても相応の影響を受けているはずだ。白井の懸念はまずそこにあった。会津藩主・松平容保公が仲裁に入ったとは言え、依然として水戸と徳川の確執は公の事として世の中に認識されていた。
然しながら、水戸を離れても白井の援助は下村達にとっては必須だ。彼は今、一線を退いてはいるが白井は根からの水戸藩士には違いなく、この先とて天狗党を粗末には扱わないだろう。
「昨年に京都守護職へは会津の松平容保公が付き、将軍が上洛するこの度を機に、我ら水戸も徳川御三家の者として寡勢せんとする清河殿の策です」
水戸、徳川、会津、と中央政局でこれらが三つ備えとなり、耳触りは良い。
「あいわかった」
言ってしまった。
間髪入れず下村が、
「では白井様、行ってまいります」
一礼し、体躯に似合わず慇懃ともせせこましくともする下村が水戸下市の番所を後にする。
白井が下村への違和感に気付き、日置正三郎を使いに出すのは翌日の朝が過ぎてのことだった。
まるで駄賃を貰おうとする子供のような振る舞いをした下村だったが、
「一先ずは、上手く白井様に勘繰られずに水戸を出立した」
内心、ほっとしていた。
然し今朝から半日でこの水戸街道を往復した下村の足は、夕刻近くになり中貫を目前にして止まってしまう。
此処は正しく名前の通り、水戸から江戸までの街道の只中に位置する規模の小さな宿場だ。
「今日は此処までか……」
いずれ日が暮れ道が見えなくなる。貸し提灯を持ち夜道を急いでも良いが、空を仰げは黒雲に明日の天候があまり芳しくないことを暗示していた。きっと清河は自分の浪士組加盟まで江戸で待機するはずだ。そう考えると下村を中貫に思い留まらせた。
中貫の枡形まで凡そ目測八町ほどだろうか、町並みと櫓に灯り出した明かりが薄暮に遠くひっそりとして見える。
と──
この下村が進もうとする先を男が一人塞いだ。
「ぬ」
野武士風の、下村に迫る程の大男だった。
山賊か?それにしては一人だが、
「相手を間違えているようだな」
並のごろつき等に遅れを取る訳がない。
「いや『どちらの意味』で言っても間違えてはいないね」
「なに?」
太々しい奴だ、下村が思う。
「芹沢鴨」
「っ!?」
刀の柄に手を掛け距離を取る。
江戸に近くなれば当然、そちらの名の方がよくよく通る。だがこの水戸街道でとなると「今は」話しが変わってきた。
清河の策が既に幕府に見抜かれている?
事実、有り得る。御用金を幕府から徴収する手筈だ。清河の金策の経路が分からないが向こうが虎尾会の過去を少し詮索すれば警戒されていて当然だった。
「名を聞こう」
珍しく下村から投げかける。
武士らしく手合いを尊重しているようにも見えるがこの問いは無論、敵の素性を探り当てはめる為のものだ。すると男は不敵な笑みを浮かべた。
「土蜘蛛、だ」
は?下村が一瞬呆ける。
「聞いた俺が馬鹿だったようだな」
くくっと喉の奥を低く鳴らす如何にも悪党という笑い方をするこの土蜘蛛。
随分人を斬って来た者だろう。その風貌からして忠義の者には到底見えない。
「お前は天狗、俺は土蜘蛛、お互い物の怪同士仲良く出来ると思うんだがなぁ」
「ほざけ……」
土蜘蛛の抜く獲物は四尺はあろうかという大野太刀。
こと外戦で振り回すような、幾度とそれを街道沿いで用い、日々悪逆無道を重ねてきたに違いない。刃毀れと、人の血と油を吸ってか僅かに赤錆帯びてさえいる。
刀の手入れもせんとは──
悪羅付き『それだけ』で罷り通ってきた様にさえ見えるこの男。こういう類は多くの者が生理的に嫌悪するだろう。そして今、下村の感情もそれは同じ。
生まれ持った体躯で図に乗っているな。
だが差物が長ければこそ、
──駄んっ!
地を蹴り下村が疾走る。
そこから体勢を『転かさない』手首を返した素早い寝小手を放つ。
起籠手を払う神道無念流の妙技は同時に、相手に近接し刀を絡め取る攻防一体の手である。打ち込みを嫌い柄を引き、返しを振る相手の刃を、流れのまま刃文を追い息を合わせ、この返し刃を受ける。
欣っと刃が交差し火花散る、想像通りの動きを土蜘蛛に取らせた。
「もらった!」
ここから下村得意の体撃を見舞い相手の状態を崩して一太刀浴びせるところであったが、
「……!」
「むぅっ」
ぎりぎりと土蜘蛛は鍔迫り合いしながに、長い大野太刀の刃を下村に向け体術を使わせない。
しかも土蜘蛛、神道無念流の相手に慣れているとも見える。加えて下村に根負けしないほどの胆力を備えていた。
ぎいんっ──よもや下村の方が刀身を下段に弾かれると僅かに隙を晒した。
間髪、土蜘蛛が体勢の悪い大振りな斬り上げを追い払う様に見舞うが状態を横に捻る程度でこれを容易く捌く下村。
いや、ここは大野太刀だったからこそ近接時の動きが鈍かったのだ。だんだんっと二足飛び退き素早く巨体同士が間合いを離す。
「おうおう、やるね芹沢さん」
気安い土蜘蛛に下村が少し苛つく。
だが確かにこの男、単身挑んで来るだけのことはある。
「一ついい事を教えてやろう」
見た目より随分と気取る奴だ。
剣を交える一合ニ合の合間で言葉を使い相手を振り回そうとするなど所詮、小物のすることだと下村が少し低い下段を構え様子を覗う。
が然し、
「新見錦は既に始末したぞ」
「なんだと……!」
「は、は、は」
駆け出した土蜘蛛。
「如何っ、追わねば!」
此奴は、いやいつからか自分達は幕府に付け狙われていた。
「迂闊だった……すまん新家っ……」
関鉄之介の事があり天狗党が目障りだったのか、それよりも虎尾会と接触することを恐れてのことか、目的は分からなかったが兎に角、今は奴を仕留めなければ水戸への妨害工作が拡大する。
水戸は徳川と揉めたばかりだ。
この様な不逞浪士を放置しては間違い無く後の人害となる。
追った、この夜の藪の中を。冬のチガヤが群生していた。
風が頬切り、ざわざわと足元から辺り一帯を不気味な不協和音が奏でた。物の怪の二人にはよく似合う、稀に差す頼りない月明かりが深淵をより一層演出する。
奴を仕留めなければ、今此処で──
野戦に慣れているようだが、死体の処理をしなくていいというのは下村にとっても望む所であった。
「くくっ、追って来たな?」
「賢しいぞ、下賤がっ」
逃げるのを止め、下村に向き直る土蜘蛛。
赤錆びた大野太刀を高い上段に構えた。体躯が事大きいこともあり、威圧感はなかなかのものである。
二度、力強い踏み込みをする下村。
神道無念流の小手技を嫌い上段に刃を掲げた、それを悪手だと分からせる為の渾身の刺突。
──のはずだった、
「っ!?」
突然、何かに足を取られる!
それは落とし穴とも言えない小さな地面の「窪み」である。下村が体勢を崩した。
「はっは!」
高笑いし、土蜘蛛が撃ち込む。
咄嗟に剣を上げ一太刀受ける下村が状態を立て直そうと後方に下がろうとする。が、
「うおっ」
今度は踵を取られ尻餅を付く様に転倒する。
低い位置に縄が張られていた。
──周辺に罠を仕掛けていたのか!?
土蜘蛛が隙かさず、
罵っ!
切れ味の悪い赤錆の太刀で下村の二の腕に一刀。
「…っが……!?」
「残念だったなぁ」
骨がいった。
刃を返し更に、逆袈裟斬りで今度は右小手を払う。
「ぐうっ!」
刃は肉の内で止まり、然し手三里を折り下村は身体を支えきれずその場で横倒れになった。
「こ、姑息な……」
「俺が『土蜘蛛』と呼ばれている理由よ。此処いら一帯に結界を張っていたのさ」
冬には一見、枯れている様に見えるチガヤだが、地下茎を残したまま休眠状態に入っている。枯れ草色の葉は決して腐ってはおらずそのせい、視界を邪魔する程に伸びている多年草だ。
下村を付け狙っていた時から、罠を張りこの場にお引き寄せ始末する計略だった。
横這いに伏せたままの下村が土蜘蛛を睨見つける。
「今更、俺達をやった所で……井伊直弼が討たれたのはこの日本の意志だ、何も変わらんぞ」
「勘違いするな。俺は幕府の雇われさ、お前達のいざこざなんぞ端からどうだっていいんだよ」
「なん、だと……」
そんな軽薄な奴に自分はやられたのか。
下村は落胆したが同時に、ならば何故、此奴が執拗に自分達を狙うのか理解出来ずにいた。
そんな下村の表情からこの体躯に見合わぬ気取り屋が気分を良くしたようで、
「お前達が『俺達』の報酬そのものだったのさ」
「……何を、言っている……?」
「俺がこれから『芹沢鴨』をやってやると言っているんだ。安心して死ね、下村嗣治」
物の怪が物の怪を喰らい、
悪鬼羅刹となりて、京へ災いをもたらす。
節気は小満になり、梅雨入りしていたが海の波は比較的穏やかで凪も多くあった。
小さな帆船が一隻、沖に出ていたが一人乗りだった。漁は小さくとも大抵二人組以上を作るものだが、季節風の収まる時期でもあり今日は安全だと判断したのだろう。沖泊するようにぷかぷかと海の只中を彷徨い水面に浮かんでいる。
釣り糸を垂らし少年が一人、いや彼は近く元服していたがまだ何処かあどけなさが残った。
「……確かに、いる……!」
色の濃い海面から魚影が視えるのか、どちらかと言えばその気配を感じ取っていたからなのかもしれない。
すると、
くくくっと仕掛ける竿が三段引きする。これは中級ほどのマダイだ。
竿を引き、糸巻き杭に素早く手繰り寄せる。近頃、四国地方で開発が盛んになってきたテグスのお陰で漁が大分楽にはなってきた。特に徳島は古く養蚕が幕府から認定されるほど盛んで、中国品のテグスを真似て日々国内で研究が先駆けて行われて来た。
土佐もそれに肖り、特に室戸辺りは鯨突き以外で直ぐに導入がなされた。その日は恰好の釣り日和だった。
「よし、今日は大漁大漁」
マダイに沖六、時期ではないが回遊して来る鰹も混ざった。
潮時、と波の穏やかな今朝方に沖へ出て巳の刻程になると沖から陸に向けての海陸風が流れる。帆を張り、時間を把握していれば一人乗りでも帰港はそれなりに楽だ。
手製の荒い桟橋に停泊し、船を降りると近くにいた漁師に声をかけた。
「おじさん、船に魚が乗っているんだ。幾らか卸しといてよ。沖六は兄上も好きだから少し貰いたい」
「あいや、まっこと忠吾さんは儂らより釣りが上手かね」
「いやいや、魚の方が栄えとったんです。後は宜しくお願いしますね」
上機嫌でその場を後にした。
海まで伸びる坂を少し登ると平屋敷が一件あった。他の農家よりはほんの少し立派なぐらいで土塀もなく、低い生垣が囲いを造る程度の粗末な屋敷である。
外納屋に馬蔵こそあるが、正しく下級武士の屋敷らしくこれがひっそりと崖の上に建っていた。
「兄上、戻りました」
「来たか忠吾、此処へ」
居間に座る清廉な男が一人、火鉢を側に片手で文を読む。
何やら御託らしく仰々しい文字が並んでいるのが忠吾にも見えた。
「江戸に蟄居する山内容堂公から『仕事』の依頼を承った」
「はあ」
気のない返事をする忠吾。
構わずこの男が続ける。
「水戸の徳川斉昭公を暗殺した者が京へ上洛しているらしい」
「それはまた……他藩のことでしょう、俺達が首を突っ込まなくても」
「斉昭公は容堂公にとっても、一橋派の盟友だった。その死因を訝しんで調査していたようだ」
聞きながら、あまり乗り気ではないといった感じの忠吾。
「兄上、土佐は今、武市半平太が仕切っているのでしょう?藩内では武断派も未だ根強いですが……ウチは誰に加担しなくてもこの田舎にすっ込んでおればいいじゃないですか」
「そうもいかん、父母共にコレラで途端に亡くなった。我らの家名はこの騒乱の期において、今定めておかなくてはならない」
「はあ……で、それどんな奴なんです?」
文を畳むと袂にしまいこむ兄が言った。
「土蜘蛛、と言うらしい」
「はぁ?」
間抜けな声が出た。
「あのね兄上、物の怪なんぞそれこそ専門の方にやって頂きたい。京ならほれ、安倍晴明とかそういうの居るでしょう」
「これは暦とした人間の仕業だ、それも我らと『同族』のな」
同族とは言うが一族が同じという意味ではない。
「だからお前の出番だ忠吾。戦人の亡霊退治もこの時勢の騒乱で最後になるやもしれん」
「やれやれ、剣の時代なんぞ、もうとっくに終わってそうものなのに……尊攘だの公武だのと、俺は人のいない所で釣りをしているのが一番性に合いますよ」
土佐を出たら、次はいつ此処へ帰って来られるのだろう。
穏やかな今日の天気を縁側に覗き、忠吾が遠く瀬戸内の方角を眺める。




