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新選組−隠し刀未目  作者: はらべー
外章・其の二
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盛邪必衰

 京都の残留を決めた近藤芹沢の両一派であったが清河八郎もただ彼らと袂を分かち分隊した、というわけでもなかった。

 江戸に戻るが尚、彼等の動きをその手中に収めようとする算段を当然取っていたのである。

 元虎尾会の関わりから三名──

 根岸友山(ねぎしゆうざん)、

 殿内義雄(とのうちよしお)、

 家里次郎(いえさとじろう)、

 根岸派と呼ばれ、京都に残った浪士組は実務を近藤や芹沢に委任し局長職の形を取らせたがこの根岸派は監査の役割を担い江戸へ戻った清河らに近藤一派の動向を逐一通達するよう命じた。

 問題だったのは、芹沢一派に関してはこの制限を受けることが無かった。という点にある。

「流石になかなかやりますね、清河さんは」

「おだてている場合ではないぞ山南。芹沢さんと談合している時点で気付くべきだった」

 だが今は芹沢鴨こそ壬生浪士組の筆頭局長である。京都に残るなりまず初めに資金の問題があった。ところがここに何と──

『京都守護職会津藩中将・松平容保公』からの資金援助を承(うけたまわ)るに相成る。

 芹沢の手腕であった。否、

──あの名は天狗党での下村さんの変名、あの男、下村さんの出自を把握している。

 志木左近が人知れず、この者への警戒心を強めた。

 水戸を介し会津と接触したのだ。そもそも田舎侍の集まりが公儀へ並の嘆願書を出したところで金銭の要望などまかり通る訳が無かった。芹沢鴨が下村嗣治(しもむらつぐじ)の名を使い水戸を得て会津から協力を仰がせたのだろう。

 浪士組運営として最初の功績をまんまと芹沢に持って行かれた近藤一派は銘々に先の不安を煽られることになる。

 会津藩からの資金は、芹沢一派の良いように扱われた。

 根岸派は少数だが江戸の清河からの援助がある。金が無いのは近藤一派だけだった。

 芹沢派は三日に一度は足繁(しげ)く島原へ通った。酒を呑み女を抱き散財した。金が湯水の様に溶けた。仮住まいとする八木邸には上洛から早々と女を連れ込み、まるで毎日が宴会のようだ。

 だがそれだけならまだましな方で、表へと出れば早速町人に対して無心と暴力を働いた。

 然るにその狼藉(ろうぜき)ぶりに監査役と称しているはずの根岸派は無視を決め込む。清河からすれば近藤一派の京都での空中分解が狙いであったことは明らかだった。

──芋侍の小僧共が国事を論じて私に盾突くなどと、身の程を弁(わきま)えろ。

 特に監査の殿内に関しては近藤との折り合いが悪く、何かに付けて突っかかってくる有様だ。

 近藤派は前川邸から借金をし、また古巣の日野宿名主・佐藤彦五郎から何とか数十両を送金してもらうがこの駐屯はそう長くも持たないだろう。

 金策、いや御用金を近藤一派が使えない事が問題なのだ。

「山南、何か策は無いのか?」

 近藤は参っていた。

 剣を振るえばこの男に手の出る者もそうそう居ないが、こういった立ち回りに関しては不得手だ。

「先ず根岸派が邪魔ですね」

「斬っちまおう」

 原田があっさり言う。

 沖田が腹を抱えて笑っていた。

「おい総司、笑い事じゃないぞ」

「順序はありますが……然し、案外良いかもしれません」

「本気か?」

 土方、永倉、藤堂、井上は市中警護へと出回っていた。

 こういったことは先ず土方が思い付きそうなものだが、恐らく平時にも二人でこれに似た打ち合わせがあったのかもしれない。

「志木君を根岸派に付かせています、少し水面下で働きかけて貰いましょう」


 文久三(1863)年、京都では暗殺の多く起きた時期であった。

 この頃は男児二人が揃えば天下泰平尊攘開国と政治を議論し合い、熱が上がれば小さな酒の席でも刀が振るわれる事が多々あった。昨年に京都守護職へ松平容保公が就任すると市中警護をより一層と取り締まる。

『天誅(てんちゅう)』に躍起であった土佐勤王党だが、盟主の武市半平太は藩主の山内豊範(とよのり)公を擁立し一度上洛を果たすと王政復古(おうせいふっこ)の足掛かりを敷き目的を成したとその後は藩政を安定させる為、実行部隊を残し土佐へと帰藩。

 然し天誅は土佐のみに非(あら)ず多くの模倣犯を産んだ。武市の狙い通りだった。維新志士、幕忠義士を問わず、人知れず京都の闇夜で命の灯が散った。

 壬生浪士組の様な挙兵の一団や薩摩の田中新兵衛などの掴みきれない少数個体もあり派閥が派閥を呼んだ。誰が誰を斬っているのか分からない状況で然し、其々(それぞれ)が名乗りを上げようと兎に角必死だ。

 国事、というより貧困の中で晩年死ぬのなら志しの内に今斬られた方がその生涯は余程マシなのだと、そういう解釈すらある。

 王政復古は事実、長州と土佐のみの思想に留まらず元々「勤王」という趣向が一般的理解だった日本(ひのもと)にあってその支持は密かに広くあった。徳川への政治委任の形を崩さない孝明天皇に変わって、長州と土佐に祀(まつ)り上げられた公卿(くぎょう)方は三条実美(さんじょうさねとみ)公を筆頭軸に急先鋒を姉小路公知(あねがこうじきんとも)公の活躍により、欠点だと思われた政治運営の手腕を勝海舟や松平春嶽(しゅんがく)のような江戸にいる改革派幕臣を取り込む事で改善を図ろうとした。

 中央政局が動く中、下関戦争の勃発に伴(ともな)い長州勢力の半数が京都から退くことになるが、ここに松門四天王であった高杉晋作を長州軍総督とし奮戦、英国(イギリス)とも事前交渉を上手く行う。京都は長州過激攘夷派を久坂玄瑞(くさかげんずい)や吉田稔麿(としまろ)に託し土佐と連携、依然としてその治安は混迷を極めたのである。

 その中で遂に遅れて壬生浪士組へ合流した試衛館出の斎藤一は芹沢派根岸派の両方へ顔を知られていない貴重な戦力となった。

 これを皮切りに、

「我々近藤派で隊士募集を行います」

 山南が言う。

「その金が無いと言っている」

「芹沢局長から御用金を回して頂きます」

 一瞬、開いた口の塞がらない近藤だったが、

「全て自分の遊興(ゆうきょう)費だと思っているものを出させることが出来るのか?」

「出さなければ後々、面倒が起こると思わせるのです」

「それが根岸派を斬っちまうってことと、どう繋がるんだ?」

 要領を得ないという原田だったが、思いの外沖田が何か閃いた様子。

「やっぱり近藤さんと言えば殿内さんですか?」

「総司、なかなか良い線行っていますよ」

「そりゃ近藤さんと殿内さんは大層仲が良いですからね」

 にやにやと笑う沖田に近藤は心底参ったという表情だった。

「逆だ逆!何かに付けて俺に因縁を吹っ掛けてきてはあれこれ抗弁を垂れてくる。俺もあの人には何をどう言ったらいいのか分からん」 

 根岸派の殿内義雄という男は、

 試衛館盟主であった近藤勇に対して酷く辛辣(しんらつ)であった。田舎出の百姓(ひゃくしょう)侍が頭目を気取り子分を引き連れ武士の形(なり)で上洛を成し、あまつさえ名士であった清河八郎に半ば対立したのだ。

 上総(かずさ)の出で本来、剣術にも学問にも明るい人物だったが虎尾会では一つ不祥事があったらしく目付役から降格。恐らくそう言った自尊心の高さを清河に嫌われた為だと思われた。

 その八つ当たりを近藤にしているのである。

 元々、江戸へ帰る清河の一団に混ざりたいはずだった。

「この混乱する京で、浪士組の中でまた新たに派閥を作れるのは殿内さんだと本人へ仄めかすのです。その下に一(はじめ)君と志木君を先鋒で付かせてその気にさせましょう」

「と、殿内さんには何と言うのだ!?」

 そこまで謀略して良いものなのか、近藤の中ではやはり義侠心があった。

 それはどんなに嫌われている相手に対してでもある。近藤勇とはそういう情の厚い者だ。

「根岸派として、江戸に帰った清河さんから『隊士募集しろと通達された』と方便して貰いましょう。近藤さんへの対抗心も有りますし、殿内さんは内心清河さんを嫌っているでしょうから」

「芹沢局長は?」

 順序がよく分かっていないらしく、原田はきょとんとしている。

「殿内さんとて『これから我々が別の派閥を作ります』とは芹沢さんへは物申さないでしょう。然し根岸派の監査という役目がある以上、芹沢さんもこの話しが出れば御用金を回さざるを得ない。なので近藤さんがこの間へ介入します」

「一度、近藤派で隊士募集するから芹沢さんは殿内さんの様子見をしろ、ということか」

「芹沢さんも水戸の人なら議論は好きそうだ。近藤さんの話術に掛かってますね」

 何が面白いのか笑みの絶えない沖田は「早く剣が振れる場が欲しい」と身体で表現しているようであった。

──まったく、此奴(こいつ)らは、

 とよく考えてみれば話しの出汁にしかされていない近藤が一人辟易としている。


「江戸にいる清河さんの耳にも芹沢局長の『ご功績』が届いたようで」

 八木邸に来ていた近藤。

「おう、そうか。それで近藤君、今日は何用かね?」

「それがそのご功績に関してなのですが……」

 御用金を芹沢が食い潰している事実を差し引いても、この壬生浪士組が『会津藩預かり』の後ろ楯(たて)を受けた事には違い無かった。

 芹沢の方はこの真っ昼間から座敷で酒を呷(あお)りその側に女を一人侍(はべ)らせ、大名気取りだ。元の八木邸の主(あるじ)を離れの納屋に半ば強引に押し込め、芹沢一派が母屋(おもや)を独占している。

 その女も元は呉服屋の主人の妾だとかで芹沢がほとんど強引に略奪して来たような、この者に目を付けられては誰もが不幸になるようだった。

──これでは只の野党と変わらぬではないか。

 もし近藤の側に土方や山南の様な智参(ちさん)が付かず、これが芹沢と一対一(さし)の場であったのなら、以前の近藤ならば迷わず斬り掛かっていたのかもしれない。

 然し今は日野の出の田舎侍ではなく、幕府へ忠義を示した一人の武士である。形だけとは言え会津藩主・松平容保公から御用金を賜(たまわ)り会津藩預かりとなった壬生浪士組で門下を連れた自らが無闇な揉め事は起こせなかった。

 上洛直後に清河が松平春嶽から引き出した「急務三策」を用い早速芹沢一派は町人を恫喝(どうかつ)した。筆頭局長となった芹沢がこれをそのまま引き継ぐと悪行の思うままに職権乱用し今の地位を固めている。

 局長、という肩書きで言えば近藤も同じだが順列があり一番上が芹沢だ。続き局長職は芹沢派から新見錦、近藤派は近藤勇。

 これでは配分が歪(いびつ)だとして副局長には申し訳程度に土方歳三が就く。

 この構成自体も京都を離れる際に清河が仕組んだもので概ね、近藤を使い潰す為の目的がある。単純に近藤を自身の浪士組から解離させては直属の門下が少数とはいえ、近藤は日野宿名士である伊藤彦五郎から援助を得れば市中でも近頃よくいる上洛者としてそれなりに立ち回ることが出来るだろう。そうさせない様に浪士組の形は崩さず然し芹沢を目の上の瘤(こぶ)として残留させたのだ。

──この私に反発を示すとは愚かな賊党め。門下共々、騒乱の京で路頭に迷わせてやる。

 清河の意を介したように芹沢は援助は必要ないと言った。明言通り会津から資金を調達するに至ったが、市中警護などは一切執り行わず遊興と守るべき町人への乱暴に明け暮れるばかりであった。芹沢は自分が近藤一派を潰してやると、清河にそう裏打ちしたのだ。

 浪士組の顛末(てんまつ)など芹沢にとっては端からどうでもよかった。

 そして禄(きゅうよ)もまともに無く、立ち位置だけ上に居る者が不逞(ふてい)を働き、然し全体の為には誠実で真面目な者が奔走し、成果が上がればそれを搾取される。

 今の壬生浪士組は正しく、内部の腐った黒い組織とも言える典型であった。

 根岸派の瓦解は近藤一派に取って必須。

「殿内さん伝(づて)に、清河さんから『隊を拡張させよ』と」

「なに!?」

 芹沢の目の色が変わった。

「話しが違う」

「は?」

 近藤は首を傾げたが、

「いや……人員を増やすには金がいるだろう」

「会津からの御用金を言っているのだと思います」

「あれは俺の金だぞ」

「清河さんはそうは思っていないのでしょう」

──奴め、壬生(こちら)が会津藩預かりと知って解体が惜しくなったか。

 胡座をかく芹沢がそわそわと貧乏揺すりする。何かにつけてこの男は暴れたいのだ。

「何故、八木邸(ここ)に殿内はそれを伝達しに来ない!」

「つまり『そういうこと』なんでしょう」

 近藤の意味深な言い方に芹沢が眉を顰(ひそ)める。

 そしてどうやら合点が言ったらしい。

「会津藩預かりと知って、再び壬生(こちら)の隊も自分の思うようにしたいということかっ!」

 殻になった盃を近藤に投げ付け怒号を発する。

 傍らの酌婦(お梅と言った)が芹沢の機嫌に身を縮め慄くが、近藤は座したまま整然とし態度を崩さなかった。

「芹沢先生」

「ぬっ……」

 この先生という響きには一瞬、芹沢も思わず黙った。

「考えがあります」

「何だ、言ってみろ」

「殿内や根岸派、まして『清河』めには御用金を回すことはまかりなりませぬ」

「当たり前だ」

「然し、もし隊を拡張……ということについては人数が増えれば芹沢先生のご心労も減らすことが出来ると思いますが?」

「……そうか?」

 確かに当初の目的で言えば近藤に対する嫌がらせをする事が清河から提示された依頼内容ではあった。

 然しここに来て清河が再び壬生浪士組を手中に収めたいと画策しているのであれば、それも自ら手配したわけでもない会津からの御用金付きで、である。

「どうする、近藤君」

「つまり『我々』の方で隊士募集を行い、根岸派の方は大阪に隔離してしまえば来たるべき日には清河とも対峙し易いかと存じます」

 ふむと芹沢は考える。

 悪くない。そういう結論が出た。

「なるほど、ならば明日にでも新見に金を持って前川邸に向かわせるとする」

「仰せの通りに」

 近藤が平伏する。

 あまりにも見え透いた慇懃(いんぎん)とした態度だったが、それが芹沢には逆に気分が良かったらしい。

「近藤君『よしなに』頼むぞ」

 相変わらずの大名気取りである。


 路地には夕餉(ゆうげ)の香りが立ち込める時刻となり、昆布と鰹(かつお)の出汁を取る湯気が鼻をつく。

 屋台が床几(しょうぎ)と縁台(えんだい)を広げ間隔を置いて並び京都の動乱真っ只中ではあったが、だからこそ商売には必死でこの頃でも日本(ひのもと)の外食文化は変わらずだ。とうに日は暮れたが四条大橋の側その木屋町通りには疎らに人が行き交う。

 橋の先は八坂神社へ向かう祇園通りで南下の三条大橋は東海道の玄関口となり強固な枡形(ますがた)を構えるが、こちら側はそれよりも落ち着いた景観の人道橋だ。

「いやはや、俺は今まで近藤君の事を勘違いしていたよ」

 縁台を挟み席の向かいには殿内義雄が座し、近藤と沖田の三人が僅かな清酒に京都の『炊(た)いたん』を箸で突く。

「この時勢ですから、そういった意思の不疎通はあるでしょう。さあ殿内さん、もう一杯」

「おお、すまんな」

 言って近藤が殿内に酒を勧める。

 実は近藤、下戸という程でもなかったが本来あまり酒は得意ではない。然るに今宵(こよい)は幾分無理をして呑んでいる。

 とは言え傍らの沖田は江戸の『おでん』が恋しかった。京都の味付けも旨いには旨いが、それとはまた理屈が違った。沖田は江戸育ちの江戸っ子で意外にもそちらの「粋」のようなものは気にする。料理であっても土地柄の趣向性を舌が優先することがあり、やはり向こうの味が自身の舌には馴染んだ。

 京都の味付けは素材の風味を活かす為に薄口醤油を使い塩分の濃さは塩を足して調整する。これとは別にまた煮付けも汁気が江戸より半分、といった具合だ。近藤は何でもかんでも「旨い旨い」と食し、寧ろ土方の方が『女を食う』ついでに食事に対する味覚も肥えている。

 仙台出身の山南は東北(あちら)では味噌ばかり使うので江戸に来た時に一般の料理の発展には博識だった彼も味を知り驚いたらしい。これが京都まで上るといよいよ食卓は薄味になってくるというのにひどく気に入った様子だった。

「どうした総司?沢山食え」

「そうだぞ沖田君。隊士が集まればこれから君は組頭なんだからな」

 殿内を見送る為の支度を御用金から少し根回しして今の席を設けている。

 言うなれば無料(ただ)なのだが、

 この二人にはそう言うのは無さそうだ。

 と腹八分目に抑えている。

 実は近藤には内緒に、沖田は山南から一つ『頼まれごと』を請けていた。

「京都(こちら)の炊いたんも悪くはないんですけどね……あ、大根は貰います」

 沖田、味の染みた大根は好きだ。

「俺も江戸に戻った面子の内から壬生(こちら)に引き込めるだけの事はやってみようと思う」

「ええ、それが良いでしょう。殿内さんが戻って来る頃には壬生の隊士も相当数になっていることでしょうから」

 芹沢からまんまと御用金を出させるに至り、殿内にもこれから浪士組の人数が増やせる算段を取っていると打ち合わせていた。

 そして殿内が江戸から京都へ帰って来た際に根岸派としてこの人員の幾らかを割り振ると近藤が彼へ方便を吐いた。実は殿内自身は筆頭局長になる権利すらを持ち清河の虎尾会に属していたのが、いつか清河にはそれが適切ではないとして京都での監視役で残留されられたのだ。つまり殿内は清河への遺恨があった。

 実際に近藤派が部隊拡張を行うことに嘘偽りはないが、それを根岸派また殿内自身へ隊を割くことはない。殿内が江戸で清河と接触すれば京都から彼を追い出した嘘は直ぐに露呈されるだろう。

 殿内の下に付いたという体(てい)の斎藤一も志木左近も内々、既に彼からは解離している。江戸に殿内が戻れば清河からの不信と間柄を考えれば孤立無援になると、そういう寸法だった。

 近藤は内心、それでいいと思っていた。そうでなくとも土方や山南は根岸派は斬ってしまった方が手っ取り早く事が済むと、そういう判断を今もしている。

「夜の内に出て行かれますか?」

「善は急げと言うしな。それに芹沢殿もそう長くは黙ってはいまい」

 それは確かにそう。

 だが殿内と芹沢のお互いに吹聴(ふいちょう)している事には差異があるという事に彼はまだ気付いていない。

 人数が増え、残りの根岸派を大阪に追いやってからが組織奪還の真骨頂だ。根岸派は京都の騒乱を恐れて市中に宿を置いていない。少し離れて大阪から壬生浪士組の監視をしていた。

 姑息な連中、と近藤は彼等を蔑んでいたが今となってはこれは都合が良い。

 明日からまた忙しくなる。

 そんな事を近藤は思っていたのだが、

「それで、殿内さんは……」

「……総司?」

 沖田の様子が妙だと近藤が訝しむ。

「江戸に戻ったとして、清河さんとは仲があまり宜しくないようですが」

「だからこうして、御用金が使える様になったからと清河殿に報告しに行くのだろう」

 要は殿内のこの出府(しゅっぷ)、根岸派の監視役としての見栄であった。

 直接、御用金が使えないということもあるが本人は清河から芹沢へ一筆あればそれも後々可能になるとは踏んでいる。

「もっと確実な方法がありませんか?」

「?……なんだ、それは?」

「おい、総司……」

「派閥をいちいち作らなくても、清河さんや芹沢さんに対する利害は近藤さんと殿内さんで一致しているはずですよ」

「なにっ……」

 これは山南の筋書きだった。

 近藤には黙って沖田へそれを委(ゆだ)ねたのだ。

「貴方は今のままだと、何処に行っても独りになってしまいますよ?」

「近藤の下に付けというのかっ!?」

 だんっ!と、縁台を叩き殿内が立つ。

 周囲の客も思わず三人に注視するが沖田は微動だにもしなかった。

「ま、待て総司。殿内さんも落ち着いて……」

「その為に此処へ呼んだのかっ」

「江戸へ戻っても多分上手く行きませんよ?」

「総司、お前も少し黙ってくれ」

 苦手な酒を呑んだ手前もあり、近藤の思考が上手くまとまらない。

 それに比べ沖田は、まるで市中警護で不逞浪士達を斬って来たような冷徹な眼差しをしている。酒もその肴(さかな)も八分目に抑えていた。いつでも臨戦体勢だった。

 しかしそうとも知らず、

「橋まで出て来い!相手をしてやる」

「いいでしょう」

「……ちょ、お前ら……」

 席を立ち、その殿内の背を沖田が僅かに遅れて歩く。

 近藤は参っていた。

 この勝敗は既に見えている。何故か?

「おい……」

「また攘夷だとか何だとか言う連中か?」

 四条大橋から人を遠ざけ殿内が刀を抜く。

 居酒屋で起きた天下論の痴話喧嘩、今の京都の人々には二人がそう見えただろう。


──欣(きん)っ──

 刀の鯉口を切り沖田もそれに倣(なら)う。きらと刀身が街明かりに揺れ、薄ら橙色(だいだい)に帯びた釼(はがね)が現(うつ)し世離(よばな)れを誘(いざな)うようだった。

 そのどちらもが在り来りた正眼を構える。

 開幕の合図など無い、だが──

 ひゅっと、殿内が出た。

 そのはず殿内は『北辰一刀流』その皆伝だった。北辰は先手必勝、瞬足を主とする剣技だ。

 沖田の出小手を狙う、が五寸手首を引いてこれを捌く。しかし止まらず、

「獲った!」

 刃を返し続く正道の面打ち!

 堂に入った型の見事な一刀だったが、

「ぬっ?」

 散(ち)んっ、と沖田が刃区(はまち)際で小さく物打ちを去(い)なすと殿内の脇を抜けて器用に橋の袖に逃げ込む。

 攻めに攻めを重ねる、これこそが北辰だ。

 殿内の剣技は正しくその道を修めた者の動きだった。端から見ていた近藤にも殿内の技量をひしと感じ取っていたが、

──駄目だ殿内さん、総司には……

「逃げるのが精一杯か?」

 今の立ち合いで自らの優勢を確信した殿内。

 だが沖田は、

 ゆらり、またしても正眼。

「無駄だ、天然理心流などという百姓剣術では」

「へぇ……」

 沖田の眼光が、鋭く光った。

 そして、恐らく殿内には沖田の動きが見て取れなかったろう。

──突っ、突っ、突っ、

「……っ!?」

 その喉元へ三度の刺突、

 鮮血舞うながらに殿内の身体が崩れ落ちる。

 器用に、返り血を拒む沖田が殿内と前後を入れ替え、ながらに刃の血油(ちあぶら)を払った。

「殿内さん、総司に江戸の三大剣術は駄目なのだ……」

 近藤が一人ごちる様に呟いていた。

 天然理心流を皆伝まで学んだ沖田には「これら」への無意識の対抗心を抱いていた。それは自分を育てた剣術に対しての還元しようとする心の現れでもあったのかもしれない。

 若くしてこの塾頭となった試衛館の宗家近藤や奔走した永倉へ報いたいと、より一層、沖田は天然理心流としての境地を極めたのだ。

 近藤はただただ諦念の溜め息を吐き、

 やはり分かち合えなかったこの義忠の士が壬生浪士組で初めての隊内粛清の対象となった事実を今、一人でに噛み締めていた。


 殿内の遺体が川から発見されたのは翌日の朝方だったが、橋の上での決闘が如実に晒されており近藤派の所業であることは根岸派にとって一目瞭然であった。

 然しこれに筆頭局長の芹沢は町奉行所に対し事件の捜査を行わせなかった為、浪士同士の攘夷論による些細な諍(いさか)いとして処理。近藤派への追求を負わせず事を収める。

 根岸派唯一の剣豪だった殿内が討たれたことにより残る根岸と家里は震撼し一旦大阪へと引き篭もるが、やはり近藤派への逆襲が必要だと清河へ連絡を計ろうとするもこれが予期せぬ形で断交された。

『朔平門外(さくへいもんがい)の変』

 つまり尊攘派公家・姉小路公知(あねがこうじきんとも)の暗殺である。天上人(てんじょうびと)の暗殺というかつて無い異例に市中は厳戒態勢を強め東海道へ外出することが憚(はばか)られた。

 現場に残された刀身から薩摩の田中新兵衛に容疑がかかり同時に、薩摩藩とまた土佐勤王党の関与が疑われたが、王政復古に関して特に勤王党などは長州と並びこれを主導していた為、概要は矛盾だらけだった。

 この双方を救ったのが土佐の参政・吉田東洋暗殺から姿を晦(くら)ませていた那須信吾の供述で、事件は新兵衛の単独による犯行ということと相成る。

 この頃、後世ではノイローゼやうつ病と言った精神の病にはこの時代確立した病名が付けられておらず人々に認知されていなかったが、然し実はこの殺伐とした動乱期の中、時の『人斬り』や維新革命家等の間では日本(ひのもと)において密かに流行していた未来の病だった。

 当時の新兵衛の精神状態も恐らくそういったものであったという判断がある。

 そしてこの僅か数週間に根岸派は最早、壬生浪士組の中にあって完全に隔離された状態へと追い込まれて逝く。

──清河八郎が江戸で暗殺されたのである。


「失礼仕(つかまつ)る」

 八木邸で相変わらず酌婦のお梅と戯れていた芹沢鴨の元へ新見錦が参上する。

 しかしながら芹沢にしては他の者への扱いとは違い、新見にはまるで空気の様な自然な振る舞いをした。

「どうした、新見?」

「いえ、それが……」

 この小男がちらとお梅に目配せする。

 すると芹沢もふむと、

「外せ」

 言いお梅を突き離した。

 この二人はお梅にとってもただならぬ者であることは理解していた。彼女が芹沢に従っていたのは間違いなく恐怖から来るものだったが、だとしてこの芹沢鴨という男には壬生浪士組筆頭局長は基より、近頃の攘夷による『人斬り』や革命論者などと言った者達よりも、更に良くないモノが取り憑いている。そう見えた。

 そんな得体の知れない魑魅魍魎(ちみもうりょう)の影。新見錦が現れる時、それが特に強く芹沢の雰囲気には出る。

 彼らの深いところへは決して関わってはいけない。

 お梅がただ黙って別の部屋へ下がると新見は暫く音がしなくなるまで口を開かなかった。やがて、

「清河八郎が江戸の麻布で討たれたようです」

「ほう……」

 壬生浪士組にとって驚愕であろうこの情報に芹沢は意外にも狼狽(うろた)える様を見せない。

 予期していた、そんな感じだ。

「下手人(げしゅにん)は誰か」

「それが、佐々木只三郎という会津の者だそうで」

「会津?やはり公儀か……それは俺達とは同族の『亡霊』なのか?」

 芹沢が手元にある盃の最後の中身を飲み干す。

 新見が否と手で頭(かぶり)を振った。

「この暗殺の指示も出処(でどころ)は恐らく我らと同じ南紀派の誰かとは思われますが……亡霊の者とは違い佐々木は暦とした隠密だったようです」

 それを聞き、くくっと喉を鳴らして芹沢が問う。

「ならば、あちらの浪士組はどうなった?」

「今は庄内藩が預かりとなり、頭目は山岡鉄舟か高橋泥舟か……よく存じ上げませんが」

「庄内か、出資をした以上は形を取り返したかったのだろうな。何にしても清河は知恵者ぶって金策をやり過ぎた」

「徳川、越前、庄内と果ては急務三策をもって押し借りを公然と行うなどと正しく偽善者の皮を被った悪党でしたなアレは」

 げらげらと笑う芹沢が空になった盃で新見を指し「どの口が言っている」と機嫌が良さそうだ。

「元々、奴は京に着いた時点で討たれていても可怪しくはなかった。その佐々木とか言う者、浪士組に端から居たな?」

「分かりますか」

「当たり前だ。新徳寺で近藤が一悶着起こしたから暫く長生きしたようなものだ」

 かの騒動により佐々木某(なにがし)が清河暗殺の機会を京都で失ったのだろう。

 すると芹沢は自分の言葉に感心したように、

「そう考えれば近藤勇という男は、もしかすると時代を動かす者になるやもしれん」

「買いかぶりでは?たかが百姓侍でしょう」

「いや、そうでもなかろう。それに連れている連中もなかなか粒が揃っている。その上あの天然理心流というのも殺しに向いている」

 聞き新見が目を細めた。

「始末しますか?」

「逆だ。近藤の手下共も何やら小細工しているみたいだが……奴らが手柄を立てればそれは俺達のものになる」

「それは、そうですが……」

「奴らでは会津にも水戸にも掛け合えまい。すげ変わった俺達ならそれが出来る」

 そろそろ酒と女が恋しくなって来た。

 芹沢の表情で新見が察する。刀は振れぬがこの小男はこういう所が持ち味だ。

 音も立てずにゆらり座敷を離れると別室に居たお梅を再び芹沢の元へ呼び戻す配慮を決して忘れなかった。


 元々、御用金を使い潰すつもりの芹沢だったが清河が討たれても尚、近藤派が行おうとしている隊士募集を咎める事が無くなっていた。

 理由はやはり、姉浩二公知(あねがこうじきんとも)公の暗殺にある。

 このまま公武には加担した方が良いか──

 下関戦争があり京都では寡兵(かへい)となる長州過激派だったが松門四天王・久坂玄瑞(くさかげんずい)は開戦には関わったものの直ぐに再上洛をする。京都では前年に土佐勤王党が公知公を連れて江戸から勝海舟等の改革派幕臣の牽引に成功しており王政復古の勢いは日々増していたのである。

 このまま市中は松平容保公と会津藩兵があるとはいえ単純な警護では成果らしいものは現れず壬生浪士組にとっても旨味は無かったのだが、此処に来て公知公が暗殺された事により孝明天皇の怒りを全国民が買うこととなった。

──近くこの日本(ひのもと)で再び『戊午(ぼご)の密勅(みっちょく)』の様な事が起こる。

 これは水戸に関与した芹沢だったからこその勘だった。

 そしてこの頃、近藤派が集めた隊士達はゆうに五十を超える総数となった。

 種田流道場盟主・谷三十郎とその一門。

 徘徊御免を授かり大阪を流浪していた薙刀の名手・松原忠司。

 甲州流軍学この軍師を自称する武田観柳斎。

 様々であり中には剣が振れるかどうかも怪しい者も混合してはいたが、一先ずは民間武力組織としてそれなりの形になったと言えただろう。

 大阪に駐屯していた根岸派には江戸で清河が討たれた事を期に芹沢が近藤派に擦り合わせるかの様、家里を八木邸に呼び寄せ士道不覚悟としてこれを処断。

 近藤派の体勢は今まさに整いつつあった。

──葉月(8がつ)、

 新見錦が切腹した。

「そりゃ本当なのか!?」

 驚きを隠せない原田。

 並んでこの現地へ向かうのは山南に原田、そして志木の三人。

 四条大橋の先、祇園通りにある花街の内の料亭の一室で腹を切り自決したというのだ。遺体を引き取る為に土方が三人を派遣した。

「なんで料亭なんかで腹斬るんだよ?」

 原田の疑問は最もである。傍らの志木は隣りを歩く山南の顔色を窺う。

 考え得ることは、

「土方さんと山南さんで、何か裏打ちを合わせてはいませんか」

「何故そう思うんです?」

 山南が表情を変えずに言った。

 原田にも思うところがあったようで、

「斎藤でも使ったのか?いやでも、彼奴(あいつ)も最近じゃまともに市中警護してたんだっけか?」

「岡田以蔵と鉢合わせしたらしいですよ」

「マジか?人斬り以蔵って言やあ、土佐勤王党から離脱したんじゃなかったのか?」

「坂本龍馬とも交流があると聞きますが……やはり何処かで繋がっているのでしょう」

「ははっ、よくどっちも生きてんな」

 何が面白いのか原田がどこか楽しそうにする。

 結局、彼ら近藤派にとっては新見が自害したというのであればそれは好都合に違いなかった。

 然しあれは新家粂太郎(にいけくめたろう)ではない。

 竹刀胼胝(たこ)すらない小男だ。切腹など本来するはずもなく、まして武士かどうかも怪しい者だ。志木が独りでに考えに耽(ふけ)る。

「着いたぞ」

 玄関先で女将が一人待ち構えていた。

 薄浅葱(うすあさぎ)のダンダラ羽織りを目にすると一瞥(いちべつ)し手で店の奥に招く仕草をする。

 どかどかとけたたましい足音で三人が奥の座敷に入ると、

「……これは」

 室内は薄暗く、この一等級座敷の上座に位置する場所に新見が静かに独り正座し、前のめりに突伏していた。

 確かに、両手で脇差しを掴み腹を割いた様には見えた。

 それにしても、だ。

「腹割いただけで死んだってのかよ……有り得ねぇ……」

 愕然と眺める原田。目の前にあるのは首の『介錯の無い』出血死した遺体、ということになる。

 死を迎えるまでに相当な激痛に耐えなければならないはずだ。

 それが悶絶したふうでもなく、見事に正座し腹を割いたまま毅然とさえした。

──どうやって殺(や)ったのだ、これは?

 志木がちらと山南を見るがまるでその感情は掴み取れない。

 ただ部屋の外にいる女将に話し込むと、どうやら遺体を運ぶ担架(たんか)と麻布を用意するよう手配しているだけのようであった。


「新見局長が切腹なされたようです」

「……」

 八木邸に訪れた近藤が芹沢に事後報告する。

 芹沢は微動だにもせずただ黙って部屋の中央を見据えている。近藤は自らが疑われるのではないかと案じていたのだが、どうも芹沢の頭の中では浪士組そのものが度外視されているらしかった。

 土方と山南の二人が近藤には黙ってあれやこれやと何やら裏工作しているようだったが、当の本人達には何を聞いても今いちはぐらかされるのだ。

 仕方なく事の成り行きを二人に任せてはいるのだが、芹沢の相手をするのが何しろ自分というのが時に弊害に感じている。

 芹沢は袂から鉄線を取り出すとその閉じた親骨をかりかりと噛み何かを考えているようだった。

──公儀からの刺客か?よもや水戸に勘付かれたのやもしれん。

 芹沢の内に過っていたのは江戸で討たれた清河の事である。


 ※大変申し訳ありません、暫く休載致します


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